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Rapuel~AIで異世界攻略~  作者: 不是夜
序章
1/7

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初投稿です。

「っし……終わったあああああぁぁぁ!」


 冷房の効いた暗い室内。煌々(こうこう)と照らし出される画面上に表示された『ロード中』の文字を眺めて、俺こと御城(みき)達樹(たつき)は人知れず笑みを浮かべた。今更になって全身に疲労がのしかかってくる感覚を覚えたが、そんなものは微塵(みじん)も気にならなくなるほどの高揚感(こうようかん)が込み上げてくる。


 今まで、どれだけのサービス残業をこなしてきただろうか。今や、業務履歴の残らない残業用デスクトップの方が俺の愛機だ。残業代なんて神話上の給与と教えられ、三六(さぶろく)協定(きょうてい)なんてまやかしの法律に文句の一つくらい言ってやりたい気持ちで職務に勤しんできたが……それも今となっては昨日までの出来事。そう──全てはこの日のための布石(ふせき)だったのだから。


 主に予算不足で、過去何度も企画停止にまで追い込まれながらも、ひたすらに直属の上司やら部長やらに頭を下げ続けることで、なんとかここまでたどり着いた本企画。

 遂に、あと少しで完成する。……これさえあれば、理論上、どんなところでも安全に暮らすことが出来るのだ。これさえ完成すれば、今までの社畜生活とはおさらばだ。

 こんな会社今すぐに抜け出して──そうだな、ほとぼりが冷めるまではどこかの無人島でリゾートを楽しむのがいいか。何なら海外に飛んだって生きていけるはずだ。


 完成後の予定に思いを馳せながら、ロード完了を見越してマウスを連続クリック。今晩中に運用テストを終わらせてしまえば、もはや誰も追ってはこれまい!

 この日をどれだけ思い描き、行動に移してきたか。会社にある俺の書類やデータ、資料は個人情報のこの字も残さず昨日中に全て破棄済み。ああ、自分の才能が怖ろしい。

 ……しかし、やけに眠いな。今、何時だっけか。思い返してみれば、前回仮眠を取ったときの記憶がほとんどない。食事もいつ摂ったのか記憶になかった。


「エナドリ買って……いや、仮眠室に寄って、ちょっと、やすむ、か……?」


 頭の中を整理するために呟いて、ほとんど無意識に立ち上がった。

 それが、間違いだった。

 突如、視界がぐらりと傾いて、頭がオフィスの床に叩きつけられる。痛みは感じなかったが、それがむしろ危ない状況であることは今の疲れ切った脳みそでも何となく分かった。視界の端に、胸ポケットから吐き出されたスマホが映る。救急車? いや、呼ぼうにも、体が思うように動かない。過労か、何かか……何だって、こんな時に。


 ちかちかと目の前が明滅(めいめつ)する。いや……こ、れは流石、に──

「まずいか、も……」

 ──意識が底抜けの暗闇に呑まれていく最中。思わず〝それ〟のコードを握り締めるやつれ切った手は、酷く他人のもののように思えた。




 まるで大自然の抱擁(ほうよう)のような香りに包まれて、俺はゆっくりと目を開けた。


 背中にじわりと感じる湿気。都内のインテリアショップにある高級羽毛布団のような感触のせいか、不思議と悪い感じはしない。首を左右に揺らしてみると、かさかさと小気味(こきみ)良い音が鼓膜(こまく)を揺らした。というか、ずっと社内にある仮眠室の狭いソファをベッド代わりにしていたせいか相当凝っていたはずの肩が、あまり痛くない。


 目に映るものを無視しながら、今度は耳を()ませてみる。

 高いところからキュンキュンと聞こえてくる鳴き声は鳥のものだろうか。全く聞いたことがない。ざわざわと木々の(こずえ)が風に揺れるような音が聞こえ、俺を夢から現実に引き戻そうとするが気にしてはいけない。夢から覚めてしまえば、オフィスの床で目を覚ますことになる。


 もう一度、瞬きをしてみる。景色は変わらない。十数メートルはありそうな大樹に囲まれ、葉々の隙間から漏れる柔らかな陽光が辺りを照らしている。

 右頬を引っ張りつねってみても、背中に触れる落ち葉の感触がオフィスの固い床に変わることはないし、マイナスイオンをたっぷり含んでいそうなフィトンチッドの香りが、仮眠室に置いてある無香タイプの消臭剤の匂いに変わることもなかった。


 その場に立ち上がり、ぐるりと一周、周囲を見渡して。

「……なるほどな?」

 ここ、どこだ?


 眠りにつく前の記憶は、曖昧(あいまい)ながらある。確か、運用テスト中に意識が飛んで、倒れて──そうだ。……こうなった以上、ひとまず会社に一報を入れなければならない。個人情報の件はあとで言い訳を考えるとして──今、何時だ?


 スマホを取り出そうと胸ポケットを探ったが、空だ。そういえば、オフィスの床に転げ落ちたのを思い出す。せめて意識が飛ぶ前に拾っておくべきだったか、いや無理か。

 クビになるだけならまだいい。が、その後の夢も予定も全てが崩れ去る音がした。

これで、何もかもが水の泡だって? そんな馬鹿な。いや、でも。


「連絡を入れることもできないし、時間も分からないとか……はは、終わった」

 と、諦観の念を口にした、その時。


「現在の時刻は十三時十五分です」


 どこからともなく聞こえてきたのは、妙に聞き慣れた機械音。

 思わず、期待を込めて音がした方に振り向く。


「あ、ぁ……!」


 そこにあったのは、我が社が(というか俺が主に)開発していたAIロボット【ラプエル】の姿。まだ運用テストの最中だったはずだが……いや、そんなことはどうでもいい。

 ジーザス、神は俺を見捨てなかった。

 今重要なのは、ラプエルがここにあること。それだけだ。


 いやしかし、まだ楽観視(らっかんし)してはいられない。俺はラプエル及び周辺機器を注意深く確認し、外傷がないか確かめる。もし故障個所があれば、直すための器具もないのだから。


 傷一つ見当たらない純白に輝く球体のボディに無垢な瞳(正確に言えばカメラとセンサー)。耳を当ててみれば、ラプエルの小柄な体から感じる微かな鼓動(冷却ファンの音)が心地よい。ひとまず、強い衝撃を受けて壊れている……なんてことはなさそうだった。「ここはどこだ? 現在地を教えてくれ」


 おそるおそる、ラプエルに向かって話しかける。

 最終テストが終わっていないだけとも取れるが、逆に言えばラプエルがちゃんと機能する確証はどこにもなかった。テスト用のパソコンも会社にあるだろうし、確認のしようがない。


「現在地はエンターナの森です」


 なんて心配は無用のようで、ラプエルが答えてくれた。


「……エンターナの森?」

 しかし、聞いたことのない場所だ。森の名前について俺がほとんど知らないというのもあるが、日本名っぽくないところが不安を(あお)る。そもそも、目が覚めたら森の中に放り出されていた、という状況すらまだ飲み込めていないのだ。誰が何のために、こんなことをしたのか。


 それらもまとめて、ラプエルに聞く必要があるだろう。


「ここがどういう場所なのか、なぜ俺はここにいるのか。全部、説明してくれ」


「分かりました。まず、エンターナとは──」


 およそ十分後。ラプエルのおかげで、現状況の大体を理解することが出来た。

 なぜこんな場所にいるのか、誰がどのような理由で、俺とラプエルをここまで運んできたのか、という部分はラプエルにも分からないらしいが、この地の解析が進めば、可能性を示唆してもらうことも可能とのこと。流石は高性能AI、頼りになる。


 ──すぅ、と息を大きく吸う。


 確かにどこでも安心して暮らせるのをコンセプトに、俺はこのラプエルを作っていた。

 それは違いない──が、だからといって。


「異世界は考慮してねええええええええええ‼」


 静謐(せいひつ)な森の中、俺の絶叫(ぜっきょう)だけが空しく響き渡った。


最後まで読んでくださりありがとうございます。

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