短編そのに 「かわいい尋問」
ほんのりヴァイオレンスと、すげーかわいいモフモフが書きたくなりました。
ハァ~情緒不安定かも(汗)まぁ短編ですので、気軽に少しでもほっこりして頂けたなら幸いであります。
「……おい、あれは何だ?」
「………。」
赤井からの不穏な声音に、真綾は差して反応を見せず、食わえたメンソールを一服吹かしてからクラシックカーの外ヘ投げ捨てる。
……あれから源さん?と別れ、真綾の車で動物病院ヘ行く事となったのだが、自然公園の駐車場にやって来た時点で、この地域で夜間診療を行なっている病院が検索にヒットせず、赤井のアジトヘ仔猫を連れて帰る事にした。
「この時間じゃ、ペットショップも閉店してるな……途中でホームセンターに寄ってくれ、代用出来そうな物を買う。」
「代用ってアンタ、猫飼った事あんの?」
その言葉にやや口ごもってしまう赤井を見かね、真綾は「仕方ない」とぼやき、車ヘ乗り込む前に何処かヘ電話を掛けていたようだった。
(……デジャヴかこれ?)
が、ある種の予感めいたこの感覚の正体を赤井はすぐに知ることとなる。
結局、買い出しはせず、まず仔猫をアジトに連れて行く事となった……そして。
〜〜冒頭に戻る。
「……だから、あれは何だったんだと聞いている。」
「………。」
尚も問い詰める赤井の声に、またもや構わずエンジンを切り、真綾は颯爽とクラシックカーから降り立つ。
そこは住宅街の一画に建つ高級マンションの地下駐車場であったのだが、ほんの数秒前に搬入口付近から黒塗りのバンが走り去ってゆくのを目撃した事が赤井の詰問の発端となっていた。
「へぇ、良い所に住んでんね♪」
「………。」
打って変わって、今度は赤井が黙り込む……その姿に流石に気が咎めたのか、真綾は破顔し笑い飛ばしてみせる。
「安心しなさい、あのバンは組織の保安部よ、さっき頼み事をしたから。」
頼み事……やはり先程の電話はそういう事情であったのかと、得心すると同時に保安部が何故、自身も今日初めて訪れるアジトに来たのか猛烈に嫌な確信に至ってしまう。
……それは最早、分かり切った答え合わせと言えた。
地下駐車場からエレベーターに乗り7Fのボタンを押す、このマンションは22階建であり目的の階に着き、扉が開かれた瞬間、広がった光景は一流ホテルと見紛う程のエントランスホールであった。
「ホントに……良い所じゃん。」
先程よりも皮肉が過分に含まれていると感じながらも赤井は聞き流す方が得策だと理解し、ホール全体ヘ意識を向ける。
マーブル模様が印象的な大理石製のテーブルを挟み、並ぶネイビー色の四人掛けソファー……案内カウンターと制服姿の女性が一人、もうふたつ離れた場所にエレベーターがあり、片方が搬入専用であろう、更に分かりやすいロゴの経路案内を視るに非常階段もあるようだ。
時間にして約一〜ニ秒で空間把握を済ませ、最後にカウンターに立つ二十代半ば程の女性ヘ赤井が視線を送ると彼女もそれに気付いてか、微笑みを称えたまま美しい所作で一礼してから歩み寄って来た。
「お待ちしておりました赤井様、本日より赤井様の専属コンシェルジュを務めさせて頂きます、篠宮千草と申します。」
(上から俺の面相を聞いていたのか……組織の息がかかった施設なんだろうが、この女は素人だな、俺の素性までは知らないか。)
「ちょっと、ムスっとしないでアンタも挨拶くらいしなよ。」
まるで赤井の思考を見透かしたかの様に、脇からにんまりと笑い掛けられ、更に赤井は眉間ヘシワを寄せてしまう。
「すまない、少々人見知りなんだ、気にしないでくれ……篠宮さん。」
そう簡素に挨拶を済ませた赤井に対し、真綾は苦笑していたが、敢えて反応を見せずに篠宮は二人をホールの奥にある廊下へと誘う。
「……マンションの廊下に騎士の鎧が飾られてるの私初めて視たわ。」
「………。」
廊下の突き当りに位置する両開きの玄関ドアの前で向き直り、篠宮は赤井に一枚のカードを差し出す。
「こちらがルームキーとなります、ご要望がございましたら、9時から20時まででしたら控えておりますので内線でお申しつけ下さい。」
20時……そう説明を終え、自分たちに「それでは失礼致します。」と一礼して去ろうとする篠宮の背中を赤井は咄嗟に呼び止めた。
「勤務時間外まで待たせてしまってすみませんでした。」
慌て気味に頭を下げようとする赤井を止め、微笑んだまま改めて一礼してから、篠宮は戻っていった。
バツが悪そうに頭を掻きつつ、カードキーをドアの差込口ヘ押し込む……百合倉の電話から、何となく飼育に必要な物を買い置きしてくれたんだろうと赤井は思っていた。
源さん?といい、わざわざ組織の保安部にお使いを頼むとは、余程この国は平和で暇なのだろうと。
自分もこれから一年半はそのヌルい世界に浸からなくてはならないと思うと、気が滅入りそうになってしまう。
自然と溜め息をつき、ロックが外れた事を示す電子音を聞き流してノブを捻った……次の瞬間、赤井は予想を超えた光景に困惑していた。
無論、表に出す事無く平静を装っていたが、洞察力に優れた同業者、百合倉真綾には見抜かれるレベルでしかなかったのだろう。
……専属のコンシェルジュが付いている位である、部屋の内装と調度品、備え付けの家電製品含めて豪華絢爛の一級品なのは予想の範疇であった。
しかし、あくまでアジトは仮眠を取る場所であり必要以上に、否、今まで家電ひとつ身の回りに置いた事の無い赤井にとって、実際にその場所ヘ放り込まれるのは勝手が違ったのだ。
気が休まらない……が彼にとって、更なる追い打ちとなったのは広大な部屋の随所に置かれた妙なオブジェと同じく壁に建付けられた不自然な棚?であろう。
巻藁に似たオブジェは一瞬、打撃練習の木人像かとも思ったが壁同様の板がいくつも備え付けられ、それが足場だと気付いた事によって疑問が氷解する。
「キャットタワーとキャットウォークね♪ちっさいアスレチックみたいで可愛いじゃん。」
百合倉は意地の悪い笑みで赤井の反応を楽しんでいるようだ……保安部は主にこの設置に重きを置いたのではと思える程の拘りが見て取れた。
「……勘弁してくれ。」
今日何度目かも忘れた溜め息をつき、視線を部屋の一画ヘ向けると、そこには邪魔にならない様に積まれたダンボール箱が五つ有る……。
中身は仔猫用粉ミルク、ウエットタイプのエサ、カリカリ、ケージや餌箱、哺乳瓶やもしもの為のシリンジ、ノミ取りシャンプー、何十枚のタオル、猫砂や遊び道具等、多種多様過ぎる物資の数々であったという。
ただケージだけ未開封であり、キャットウォークを建てつけるなら、ケージも組み立てておいて欲しかったね♪との百合倉の弁も赤井には届いてない様子だった。
が、呆然としかけた赤井をまたもやか細い声が現実に引き戻す。
「……早く喰わせないとな。」
キャリーケースを見下ろし、取り敢えず仔猫の餌を優先する……しかし、ここからが難解であった。
ダンボールのひとつから粉ミルクの缶を取り出したものの説明書き、特に分量で口論となり挙げ句にお湯の温度をどう測ればいいのか分からないという始末である。
更に混乱は続く、キッチンの勝手が分からずお湯を沸かすポット探しで全ての戸棚を開く羽目になってしまった。
最新のオール電化に手こずった頃には22時を回っていたという。
二人とも家事スキルが壊滅的であった事が完全に裏目に出ていた。
その後、更に三十分を費やし、ようやく人肌?寄りの温度のミルクを完成させ、百合倉がスマホから漁った情報で仔猫のサイズ的に哺乳瓶よりシリンジの方が飲みやすいだろうという流れになった。
豪華な絨毯の上で胡座をかき、キャリーから片手で仔猫を取り出すとヒザに乗せる……。
「尋問で使って以来、久々にシリンジ(注射器)なんか見たわ……クサ生えるかも。」
クサ……生える?……意味が分からなかったが、聞き返す余裕は今の赤井にはない。
細心の注意を払いつつ、仔猫の腹側ヘ左手を差し込み支える……改めて見るとうっすらと黒い縞模様が視認出来る、口はやはり小さくミルクを飲まない場合には無理にでも開かせるか、シリンジを捩じ込むしかないが、力加減を誤れば容易に『壊してしまう』危うさを孕んでいる様に思えた。
それは対象を徹底かつ執拗に死へと追いたててきた赤井にとって、本来ならば実感出来ない感覚であったが、実際に儚く小さな命に触れてしまえば否応なしに実感せざるを得なかったのだろう。
「………。」
手こずらされた……否、下手に手出し出来ないという思考からマゴついてしまったと形容した方が正しい。
そんな不安を本能で察したのか、目も開いていない仔猫は口に当たる器具の感触を拒んでいるようで、ミルクを溢してしまう。
どうしたらいい……暫しの沈黙の中、状況の打開を模索し続ける。
しかし答えが出ない、何度やっても仔猫は口を開こうとしないのだ。
「産まれたてでも、本能的に母猫の乳首はまさぐりに行くらしいけど……やっぱり器具じゃ駄目?」
「これが食い物だって認識すらないのか……。」
やはり無理にこじ開けるしかないかと覚悟を決めた刹那……何気ない百合倉の言葉に引っ掛かりを覚え、傍らで覗き込む彼女を見上げる。
「あはは、アタシのを吸わせてみる♪」
「名案かもな……。」
「ちょ、ば、馬鹿じゃないのっ!?」
戸惑いをみせる百合倉を余所に、赤井はシリンジで吸い上げる為に茶碗へ入れたミルクへ自身の右手小指を浸すと……仔猫の口元に付けて刺激する。
「………。」 「………。」
二〜三度それを繰り返す、ミルクの味を少しでも覚えてくれたなら本能に訴えられるのではという公算、賭けであった。
やがて四度目に小指をつけた時、か細く鳴く為に僅かに口を開いたタイミングが重なった……気がした。
飲んだかもしれない、そう気を揉んでいると仔猫の口元が先程より緩んでいる様に見える。
薄い好機が訪れた、決して見逃してはならない、即座に決断し……ある意味で狙撃よりも神経を割きつつ、集中力を高めて赤井はシリンジを持ちかえ仔猫の口元へ運ぶ。
「…………!?」
少量だが、確かに流し込めた……いきなり異物を押し出され仔猫は頭をもたげ様としたが、その拍子にミルクが喉奥へと呑み込まれて消える。
「初めて飲んだな。」
自然と手を延ばし仔猫の背中を撫でると、微かに息が洩れる。
ほんの微かなその響きに、赤井と百合倉は何故か安堵感を覚えていた。
……それから何度か苦闘しながらも、何とかシリンジの三分の一程は飲ませる事に成功した。
「一回目はそんなもんで良いんじゃない?そのコの大きさだと消化にも限度があるし、少しずつ高頻度で与えて様子をみましょ♪」
「高頻度……って、どれ位だ?」
「ウ~ン多分、一〜二時間おき位じゃね?お腹一杯で完全に拒否るまでは付きっ切りで視ないとね。それと他にもやる事があるし。」
「残念だがこれから暫くはヒマなんでな、睡眠時間が無くなる程度大した事じゃない……ん?……他にもって何だよ?」
赤井の問いに、下品な含み笑いを洩らす百合倉……。
「排泄のお手伝いに決まってるでしょうが。」
「は、はい……何だって?」
「産まれたての仔猫は自分でオシ○コもウ○チも出せないの!親が舐めたりして刺激してあげるのよ。」
「そ、そうか、そういうものなのか……。」
百合倉のいかにもな説明に、神妙な面持ちで納得しつつ、仔猫に視線を落とすと何故だが仔猫が申し訳なさそうにシュンとしている様に見え、赤井は思わず口元を緩めて笑ってしまう。
(へぇ、そんな顔も出来るんだ。)
その後、何処かで聞きかじった百合倉のレクチャーを受け、赤井は何枚か重ねたティッシュを片手に仔猫の背中から掴んで仰向けにすると……まんまるとした胴体から比べ、申し訳程度の脚をおっぴろげにし、バタつかせた。
だが本能で察しているのか、しっかりと巻かれた尻尾が急所を守る様にぴったりとガードしているようだ。
意を決して尻尾を掻き分け、ティッシュを小刻みに動かしてみる……動かしてみる。
その瞬間、より一層激しく仔猫が鳴き叫んだ、まるで恥辱に耐えられないと懇願するかの様に。
「!?……コイツ、意外に多いぞ!!」
「はいはい、ちゃんと排泄出来ないと病気になったりするから念入りにね。」
何処か嬉々として排泄を手伝う赤井の姿に、尋問めいた雰囲気を垣間見て、百合倉は内心で仔猫を心配しつつ、吹き出しそうになるのを必死に耐えていたという。
つづく