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コレモン天使  作者: ちょうすけ
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舞い降りた白塗りの天使

その声はスポットライトの光源の方向、男のずいぶん頭上高くから聞こえた。


男が光に目を細めて上を見上げると、スポットライトの光の中に動く何かが見えた。


上からその何かが、とてもゆっくりと降りてきた。


男は目を凝らしてその何かをじっと見た。


それは人間のようだった。


だが、シルエットが人間と少し違っていた。


ほとんど人間だったそれは、頭上に光る輪っかがあり、背には白い翼があった。


男はそれが天使のコスプレのようだな、と思った。


コスプレ天使はよく見るとおっさんのシルエットだった。


自分と同等か、それ以上に歳を取っていそうだ。


天使の顔を覗き込むと、その顔は白粉おしろいで真っ白に塗られていた。


眉は目の三倍くらいは太く黒く塗られていて、頭には見事なちょんまげがあった。


天使の顔は、男のよく知っている顔だった。



「師匠!」



男は立ち上がって叫んだ。


暗闇と静寂の中、心細かった男に舞い降りた予想外の出来事だった。


天使は生前男が師匠と慕った人物の顔であり、そしてその顔には見慣れたコントのメイクが施されていた。


見間違えるはずがなかった。



「師匠!じゃねえよおめえ。何やってんだよおめえわよ」



と、師匠と呼ばれた天使は軽く舌打ちし、しかめっ面をしてみせた。


男はやはり天使が師匠だと確信し嬉しくなってにやけながら、



「師匠こそ何やってんすか、空飛んだりして」



と言った。



「ばかやろう俺は天使になったんだよ。見りゃわかんだろよ。だから空飛べるんだよ。見てみろこの翼」


師匠はそう言うと白い翼をパタパタと動かしてみせた。


それは鳥の翼の動きそのもので、男はおもわず感心し、



「師匠、鳥みたいっすね」



と言った。



「ばか、鳥じゃねえよ。天使だって言ってんだろ」



師匠は自分は天使だと言い張った。


天使と言われても男はなんだかピンと来なかった。


男が思い浮かべる天使の姿と言えば、年はもいかない少年だったからだ。



「天使って、もっと可愛いやつでしょ?師匠どう見ても羽の生えたおっさんですよ。しかもそのメイク」


見慣れたメイクだったが、男はやはりその師匠の顔がおかしくてぷぷっと笑った。



「ばかお前、これはメイクじゃないんだよ。白塗りもこのまげもこの眉毛も最初っからこうなんだから」


「いや師匠、さすがにそれはメイクですよ」


そうだ、それはドッキリだ。


最近のは手が込んでるからわからなかったのだ。


男は自分が死んだと思ったのは勘違いだったかなと思った。


酒を飲み過ぎてよくわからなくなる事は今までにもあった。


そう思いたかったし、無意識にそう思い込もうとした。



「違うよお前、何言ってんだよ。メイクじゃないし、ドッキリでもねえよ。俺は今天使なの。知らないの?俺死んだんだよ、コロナで」



そう言われて男は、師匠が死んだ時の寂しさを思い出した。


「知ってますよ、師匠こそ何言ってんですか。どれだけ俺が寂しかったと思ってるんですか。勝手に死ぬなんて」


と男は師匠に怒った。



「ばか、しょうがねえだろ病気なんだから。俺だって死にたくて死んだんじゃないんだよ。心残りだってあるんだから」



師匠はがっくりと肩を落としてため息をついた。



「まさか師匠、俺の事ですか?」



男はうれしくなった。


師匠は俺の事を想っていてくれた。


師匠も寂しかったのだ。


俺と同じように。


あれだけ可愛がってくれていたのだから、それは当然に思えた。


二人は生前一緒にたくさん仕事をし、一緒に浴びるほどの酒を飲んだ。



「ばかちげえよ何言ってんだよ。入院した病院ですごい可愛い子がいたんだよ。胸だってこんなでよ」



師匠は両手を半円に動かして大きな胸を表現し、鼻の下を伸ばしてみせた。



「女ですか。俺じゃなくて?なんかがっかりだなあ。やになっちゃうよ」


男はふくれてみせた。



「何膨れてんだおめえはよ。いい年こいてよ。あんな色っぽい子だったのにケツも触れなかったんだぞ。あーあ、電話番号くらい聞いときゃよかったよ」



師匠がいつものすけべ話をするので男はすっかり今の状況を忘れ、会話は師匠のペースになった。



「ちょっと師匠。飲み屋じゃないんだから病院で看護師さん触ろうとしないでくださいよ」


「だから触ってねえって。でもほんといい女だったなあ。コレモンでよ」



そう言うと師匠は自分の右腕をイチモツに見立ててくいくいと動かし、同時に腰も前後にくいくいと動かした。



「ちょっと師匠、何やってんすか。そんな下品な事する天使なんかいませんよ。年考えてくださいよ」


「いいじゃねえかこれくらい。だいたいおめえ、俺たちは死んでんだから年なんかないんだよ」


「死んでんなら電話番号聞いたってしょうがないでしょ」



男はいつもと変わらぬ師匠の姿に安心した。


この天使は紛れもなく師匠だ。


師匠が天使の格好をしているだけなのだ。


男はまだ今ここにいる自分や起こっている出来事を受け入れられなかった。


テレビの撮影であってほしい。


俺も師匠も死んでなんかいない。


ただ二人して酒を飲み過ぎたのに違いないじゃないか。



「やっぱこれテレビなんでしょ?背中かどっかにワイヤーついてるんでしょ?この羽だって…」



男は少し背伸びをすると、宙に浮いている師匠の背に手を伸ばし白い翼を引っ張った。



「いてててて!ばかやめろお前!これ本物なんだって!小道具じゃないんだよ!」



そういうと師匠は両翼をばさっと羽ばたかせた。


数枚の白い羽が翼から抜け落ちて辺りをふわりと舞い、羽は小さな光となって消えた。


それはCGにしては出来過ぎで、男はぎょっとなった。


本物の天使であって欲しくない男は、



「ほんとですか?なんかうそくさいなあ。まあ確かによく出来てますけど」



と言って、もう一度よく確かめようと今度は師匠の翼を撫でた。



「あふーん♡、てバカ!お前なにやってんだ。翼のへりは性感帯なの!感じるんだから撫でるんじゃないよ!」



師匠のリアクションがボケに見えて、男は笑った。



「師匠、ふざけてるでしょ!全く。ドッキリなんでしょ?ここ、どこのスタジオですか?」



男の問いに答えず、真顔になった師匠は自分の口元へ右手を近づけた。


すると、どこから出て来たのか右手の指には一本のタバコが挟まっていた。


それを口にくわえると、今度は左手の指の先をピンと立てた。


その指先に火が宿り、師匠はタバコに火をつけた。


大きく煙を吸い込むと、タバコの先が赤く光った。

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