第4話 竜人の娘 ※キャラ挿絵付き
森の生活もだいぶ慣れてきた。初期の水と食料は使い切ったが、水は近くの川から汲み置きしてるし、食料も木の実、キノコ、野草を中心に備蓄できた。残念ながら狩りの腕は素人で、ウサギやシカ等なかなか捕まえることができない。剣の練習をしてるが、野生の動物は勘が鋭く、あっという間に逃げてしまうのだ。
「たまには肉が食べたいよな……」
毎日、植物ものばかりだとさすがに飽きてしまう。
「今度は魔法と剣を組み合わせるかな……それより罠かな……」
そんなことを考えていたら、家の外から声が聞こえてきた。
「お~い、誰かいるか~?」
声から察するに、どうやら若い女性らしい。
扉の前にいる様だ。それにしても大きい声だな。
声の印象から悪い感じはしない。
そのまま開けても、たぶん大丈夫だろう。
でも、それは日本の話。ここは異世界だ。
何があるか分からない。
「ここは人里離れているし、用心した方がいいな……」
こういう場合を想定して、事前にスキルを練習していた。
「外の木の枝に【転移】!」
自宅から少し離れた木の枝に転移した。ここからは訪問者(後ろ姿)がよく見えるし、こちらを葉っぱで身を隠せる。ん? 確かに若い女性のようだが、頭の両側に角が生えてるぞ……
頭に二本の角、その時点で人間じゃない。一体、何者だ?
ジッと角を見た瞬間、女性の姿が消えた。
「えっ!!」と思う間もなく
自分の後ろ側から「動くな!」という声がする。
横目で見たら先ほどの女性だった。
こちらに攻撃する意思はない。とにかく冷静に確認しよう。
「先程まで、僕の家の前にいたのに、どうして、今は僕の後ろにいるんだ?」
「んん? 後ろから気配があったからな。それで俊足を飛ばしたまでだ」
「俊足? それって魔法スキルか何かか?」
まるで【転移】の様だった。
「いや、違うぞ。素早く動いただけだ」
素早くって……人間じゃ無理な動きだ。
「ところで、こちらも聞きたい。なぜこんな木の上にいる?
見たところ、人間の様だが、簡単に登れないだろ? てか、どこから来た?」
【転移】だがから、途中経路なんて、眼中になかったが、
改めて下を見ると、確かにそれなりの高さだ。
「僕は先程、君が訪問した家の中にいたんだ」
家の方を指さししながら答えると、
女性が目をパチクリし、怪訝な表情に変わる。
「ちょっと待て、家の中にいて、今、どうして、ここにいるんだ?」
答えは【転移】だが、口で言うより、実演した方が早いな。
――――
――――――
「これで分かったかな?」
「いや、びっくりしたぞ!」
訪問した女性と家の中で談笑する。あの後、再度、自宅に【転移】してから、
扉を開けたら、びっくりしていた。まあ驚くのも無理はない。
僕にまったく攻撃の意思がないこと。ここに一人で住んでることを説明したら、警戒を解いてくれた。僕の方も最初、身構えてしまったが、相手も攻撃の意思がないことが分かり、こうして、家に招き入れた。
本当の悪党なら、扉を叩かず、家に侵入しようとするだろうし、木の上で僕の後ろを取った時に、刃物を突き立てるだろう。彼女はそれをしなかった。だから、普通に会話が成立すると思ったんだ。
木の上に転移したのだって、相手を確認する為で、その後、家の中に戻り、普通に戸を開けるつもりだった。この家の扉に覗き穴は無かったもんでね。
「ここには一人で住んでるのかい?」
「そうです。まあ、そのうち活動範囲を広げたいと思いますが、もうしばらくは」
「そうか」
「ところで、どんなご用件で?」
「実は一人で着の身着のまま旅をしてたら、持ち合わせが無くなってしまって、何も食べてないのだ。何か食べるものを頂けないだろうか? それと休ませてもらいたい」
「大したおもてなしはできないですが、いいですよ」
そう言って、木の実をテーブルに置いたが、凄い勢いで食べだした。相当お腹が減っていたのだろう。その後、落ち着いてから、詳しく話を聞いたところ、この女性はテネシアという名の竜人で、本当に一人旅をしていたようだ。あいにくこの辺りの地理には慣れておらず、どんどん森の奥に入ってしまったらしい。
「しかし、よくこんな森の家まで辿り着けましたね」
「なんとなく、家があるような気がしたんだ」
へぇ~流石、竜人、野生の勘かな?
先ほどの動きもまったく見えなかったし。
「ところで、家主よ、食べさせてもらって言うのもなんだが、
この家に肉は無いのかな?」
「自分も肉を食べたいけど、狩りの腕が素人で狩れないんですよ」
「それなら、私が狩ってやろう。少し食べて元気が出てきた」
「本当ですか! それは助かります」
その日、竜人の娘をベッドに寝かせ、自分はソファで寝た。だいぶ疲れていたようで次の日は昼近くに起きたが、起きてそうそう、狩りに出かけた。一応、ウサギやシカが出そうな場所は教えておいたが、どうだろうか?
テネシアは特段、行き先を決めてないらしい。
少し訳アリな感じがしないでもないが、そんな事を言ったら、僕も訳ありだ。
このあたりはお互い触れない方がいいな。
一人じゃ寂しいし、できればしばらく居てほしい。
――――
――――――
「家主~、シカを取ったぞ~」
玄関からテネシアの声が聞こえる。扉を開けるとテネシアがいたが、
肝心のシカがいない。どうやらシカは近くの川で血抜きしてるらしい。
「それでは、後で一緒に川に行きましょうか」
「そうだな。重いから二人だと助かる」
どうやらテネシアは剣と槍が得意な様だ。
今夜は久々のお肉か、楽しみだ。
――――
――――――
川の前でシカをさばいているが、テネシアは手慣れたものだ。
ここなら家を汚さないで済む。そろそろ作業が終わるな。
「それではテネシア、シカを持って帰ろう」
「そうだな。家主はこっち側を持ってくれ」
「大丈夫、重い荷物を持って歩かなくて済むから」
「んん?」
「片手にシカを持って、片手で僕の手をつないでくれるかい」
「うん? こうか」
「【転移】!」
「ええええ、なんだ、こりゃ――――!!」
一瞬で僕とテネシアとシカが自宅前に到着する。
「おい、脅かすなよ」
「はは、ごめん、ごめん」
いきなり【転移】でテネシアに文句を言われる。しかし、ぶっつけ本番だったが、今回、手をつなげば他人も【転移】で運べることが分かった。物を運べるのは知っていたが、人(正確には竜人だけど)は初めてだ。
その日の晩はおいしいシカ肉を焼いて、たらふく食べた。いや~美味しかった。テネシアの話では、狩りは武器の腕だけではダメで、相手の気配を読み、逆に自分の気配を消すことが重要らしい。それとスピード。こればかりは一朝一夕でできることではないが、剣と槍を持って、これができるのは本当に凄い。
就寝前、テネシアと話す。
「そう言えば、テネシアは僕の事をずっと、家主と言っているけど、
ちょっと変な感じがするな」
テネシアの滞在が一日、二日だったら、それでも良かったが、
今の雰囲気だと、当面居てもらえそうだしな。
「そうか? 家の主なら、家主だろ?」
僕の名前であるアレスを言えば、いいんだろうが、自分でつくった名前だし、正直、まだ自分の名前って感じがしない。それにこの世界で初めて会った存在に対し、名前を言っていいのか迷う部分もある。まだ自分はこの世界の人間になりきれてないんだろう。
家主の代わり、アレスの代わり……
あっ! あの呼び名はどうだろう。
「それじゃさ、君さえ良ければなんだけど、家主から家を取って、
主はどうだろう?」
僕はずっとこの家にいるつもりじゃないしね。
「主か、いいよ」
「そうかい?」
「うちの故郷で、家の主は『主』『主人』等と言われていたからな。
違和感は無いぞ」
テネシアの故郷は古風なんだな。だが渡りに船だ。それに乗ろう。本名(というか、この世界で僕が適当につけた名前だけど)はもう少ししたら教えよう。
僕が提案した主呼びは家主の代替に過ぎず、主従関係を示す主人の意味ではない。言わばコードネーム「アルジ」だ。せっかく異世界に来たんだし、こういう呼び名があってもいいよね。本名の「アレス」にも似ている。とにかくこの世界に慣れていこう。
※イラストレーターのだぶ竜様によるデザイン画※
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