第1832話 財源論
関連回
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第1807話 財政健全化17
「いかがでしょうか」
「うん、いいんじゃないか、リミア長官」
僕がこう言うと、行政長官のリミアと財務官たちが、安堵の表情を浮かべる。今日はギースの行政庁に来ており、四半期ごとに行われる会計チェックをさせてもらった。毎月、月次報告を受けているが、それは各項目の大きな数字だけ。四半期ごとの会計チェックでは、その内訳も確認するから少し大変だ。だが、それを怠り、年度末にまとめてやると、抜けが出やすくなると思い、分割チェックをさせてもらっている。四半期ごとなら記憶が鮮明なのでチェックがはかどる。
「ありがとうございます。聖王陛下」
「うん、皆もご苦労さん」
ギース領はそこまで面積は広くないが、貿易と漁業と農業と観光で栄え、かつ連邦機関が集中することから、人の交流が盛んであり、税収が非常に安定している。また、どこかの世界のどこかの国のように、収支が赤字になったり、借金を抱えることなく、余裕のある財政運営を実現できている。
健全な財政とは、プライマリーバランスが取れ、借金がなく、貯金がある状態で、さらに物不足やインフレがなく、職に就きたい人が職に就け、失業率がゼロに近い状態を指すものだ。そうなれば、おのずから世情や治安も良くなり、平和な社会を実現し、皆の満足度・幸福度がアップする。
――
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「ふぅ、一仕事終えた……」
城の執務室に戻り、ひとり執務室のソファでくつろぐ。
数字ばかりの資料を見ても、正直あまり面白いものではないが、数字に向こうに人々の暮らしを想像し、皆が幸せになるよう想って作業すれば苦にはならない。
この世は苦が多いと言われるが、それは利己的だからだ。利己的だと利己的でない行為が苦しく感じるもの。この苦しみを減らすには利他的になることだ。そうすれば、労働や家事や育児などの苦しみも大分和らぐだろう。
何かにつけ文句を言い、少しでも思い通りにならないと、愚痴、不平不満、泣き言、悪口を言うのは利己的な思いが強いからだ。これが苦しみや不幸の原因となっている。自分が、自分が、という思いが自分を苦しめるのだ。
僕らは世界を構成するピースのひとつに過ぎず、それぞれのピースが適材適所を求め、まわりのピースと協調し、互いに形を合わせながら、与えられた分としてのお役目を果たす存在に過ぎない。それなのに、まわりのピースと協調せず、一方的に自分の形に合わせろ、と主張したら、与えられた分を超えることになり、世界を乱すことになる。
「自分」という言葉は「自らの分」という意味が元にあり、「自らの分」を超えること、すなわち過度な自分(利己・自分さえ良ければいい)を戒める意味が内包されている。僕らは分をわきまえず自分勝手に生きていい存在ではなく、「自らの分」をわきまえて生きるべき存在だ。
この「分」は人それぞれであり、それこそ自分で掴んでいくしかない。極めて感覚的であり、捉えづらいものではあるが、意識すれば次第に掴めてくる。「自」で生きるのではなく、「自分」で生きるのだ。
僕はギース領の領主なので、ここの収支チェックをするのは当然のことだが、実は他に、ロナンダル王国、連邦、さらに聖帝国のチェックもしてるんだよな。財務官がまとめたものを監査のような形でチェックするのだが、どこも書類が整っており、見やすくなっている。ここまで財務手続きの指導を念入りにしてきた甲斐があった。それに、どこも健全財政を維持できているので、その点は気が楽だ。
現在、日本は衆議院選挙中で、各党が政策を出して国民に訴えているが、今回の選挙は今後の日本の行く末を大きく左右する重要なものとなるだろう。日本人の暮らし、伝統、文化、価値観を守るか否か。中国に依存するか否か。移民を制限するか否か。スパイ防止法や国旗損壊罪を制定するか否か。憲法を改正するか否か。自分で自分の国を守れるようにするか否か。など党ごとに政策が分かれており、そのどちらの方向に進むかの大きな分岐点となるだろう。国民は後々禍根を残さないよう、自分の考えに合う政党・候補者をしっかり選んでもらいたい。
各党の政策はだいたい二分しているので、その意味では選択しやすい選挙と言えるだろうが、ひとつ気になったことがある。それは消費税についてだ。何とほとんどの政党が「減税」を公約に掲げている。特にこれまで減税に難色を示していた与党が、二年間だけ、食料品だけ、とはいえ、減税に舵を切ったのは随分思い切ったものだ。選挙目当てなのは明らかだが、ここで勝負に打って出たのだろう。確実に票の上澄みにつながるだろうからね。
個人的には、消費税は逆進性が高く、富裕層や大企業に有利で、かつ手続きが複雑で、「公平・中立・簡素」という税の基本原則のどれにも反することから、廃止すべきものと考える。庶民の財布を締めて景気(金回り)を悪くするし、手続きの不透明さや負担の格差も問題だ。
という訳で、各党、消費税を減税する方向に決めたのは良いことではあるが、問題は財源だ。与党は、食料品だけ、2年間だけ、ということで、そこまで大きな金額ではなく、他を削って何とかするとのことだが、問題は野党だ。与党と違い、食料品以外を含む全品一律で、恒久的(無期限)というところが多い。これだと、他をちょっと削る程度では工面できない。
よって、確固たる財源が必要となってくるが、その内容は主にこうだった。
・余剰資金の運用益
・無駄の排除
・国債発行
・インフレ
・減税効果による税収増
・富裕層への増税
・大企業への増税
先ず「余剰資金の運用益」だが、これは既に政府がやっている。米ドルや米国債はじめ、国内債券・国内株式・外国債券・外国株式などね。ただ、今以上の運用益を望むとなると、その分、リスクが大きくなるので、お勧めしない。そもそも、これらは上がり下がりがあるものであり、恒久性を要すべき財源にする性質のものではない。結果的に得をすることはあるだろうが、それはあぶく銭の類であり、それを見込んで予算を立てるのは好ましくない。下手をすると、捕らぬ狸の皮算用となってしまう。
「無駄の排除」はすべきだが、どの分野をするかで答えが大きく変わってくる。コスパの悪い不採算部門ならいいが、成長分野では絶対に止めてもらいたい。かつての〇〇党の「事業仕分け」の二の舞は御免被る。ここは財政健全化で避けて通れない一丁目一番地だが、もっとも抵抗が大きく、もっとも時間がかかると思われるので、やるなら本気でないとね。単なるパフォーマンス、ガス抜きではダメ。一部の積極財政派は身を斬る改革に反対するが、無駄な不採算部門に手を付けずして改革は前に進まない。特に公金をチューチューするだけの天下り関連は徹底的にメスを入れないと。
戦後、日本は長らく官僚主導が続き、高度経済成長期はそれでうまくいったが、もうとっくの昔に時代は変わっている。それなのに、彼らは頭のアップデートができず、過去の成功体験を引きずり、新しいことをやろうとすると、「前例がない」の一言で封じ、改革の邪魔ばかりする存在となってしまった。現在の難局を乗り越えるには、官僚主導ではなく、政治主導でないと。
「国債発行」は基本的に反対。
これは将来にツケ送りするだけだ。とても財源と呼べるものではない。
「インフレ」は論外だ。インフレは抑えるべきもの。
前の世界にはインフレ脳の人が一定数いて、
これを財源のように言う人がいるんだよな。
「減税効果による税収増」は理論上解かる。消費税で財布の紐が固くなっていたのだから、それを減らせば財布の紐が緩くなり、消費が上がり、物が売れて税収が上がるだろうからね。ただ、理屈では、そうであっても、本当にそうなるかはやってみないと判らないところがある。
減税しても、その分を消費ではなく貯金に回せば効果は薄れてしまう。ただでさえ、日本人は貯金をする傾向が強く、構造転換期の30年も先行き不透明で貯金に走った。将来、年金や医療や保険がどうなるか判らない状況で、減税して消費に向かうだろうか、はなはだ疑問だ。
法人税を下げたのに、利益を上げた大企業が内部留保に走ってしまい、トリクルダウンが起きなかったのは記憶に新しい。金のある大企業ですら減税で貯め込んだのだ。金のない庶民なら猶更貯め込むような気がしてならない。経済学ではなく行動経済学で考えないと。数字だけで物事は動かない。
「富裕層への増税」だが、働いて稼ぐ分についての増税は反対。日本の所得税の最高税率は45%が適用され、住民税(10%)を合算したら55%だ。庶民感覚に従えば、「金持ちから金を取れ」となるだろうが、そうしたら働くのが馬鹿らしくなり、労働や起業や事業拡大のモチベーションを下げることになるだろう。頑張っても税でごっそり持っていかれる社会では夢がない。
やるなら、働かないで稼ぐ分(不労収入)だな。例えば、金融所得に対する課税(増税)とかね。但し、加減は必要だろう。大幅に上げてしまうと、海外にお金を移す人が増え、結果、当初見込んでいた程、税収は上がらないという事態になりかねない。
「大企業への増税」は法人税の増税を意味するが、日本の法人実効税率は約30%であり、国際的に見て高い水準だ。OECD諸国の中で、コロンビア、ポルトガルに次いで3番目。これまで消費税を上げて、法人税を下げてきたから、その逆をするべきという意見はあるが、世界的な傾向として法人税率の引き下げが進む中、日本の高い税率は企業の国際競争力を削ぐ要因となっており、現実問題、法人税を下げるのは難しいだろう。「大企業から金を取れ」というのは、庶民受けする意見だが、実際にそれをしたら、大企業が海外に出ていくだけだ。そうなれば、税収が上がるどころか、かえって下がる。
総括すると、
「インフレ」は庶民の生活を苦しめるので論外、
「国債発行」は将来にツケ送りするので非推奨、
この二つは財源にすべき性質のものではない。
「余剰資金の運用益」「減税効果による税収増」
はある程度期待できるものの、不確実性が高いため、
これだけに頼るのは現実的ではない。
「無駄の排除」はいいが、時間がかかるので、
来年、再来年というスパンでは計算できない。
「大企業への増税」は国際基準で見て、そうすべき状況ではない。
「富裕層への増税」は金融所得課税(増税)などはいいだろう。
ということで、即効性があるのは「富裕層への増税」だ。但し、上げ過ぎると、海外へ資産を移されてしまうので、これもやってみないと判らないところはある。あと、大企業は内部留保を貯め込んでいるので、増税しない代わりに、従業員の賃金をアップをしてもらうのがいいだろう。
役員報酬を上げれば従業員賃金との格差を生み、株主への配当を増やせば株主の不労収入を増やすが、これはまったく良いことではない。いずれにしても従業員の労働成果を奪っている。欧米の弱肉強食のグローバル基準なら、それでいいのかもしれないが、ここは日本、和を以て貴しとなす。従業員の賃金を上げず、役員だけが馬鹿高い報酬をもらう文化は相いれない。そんなことをしたら、従業員のモチベーションが下がり、企業の競争力低下となって返ってくるだろう。
そう言えば、とある野党の党首が減税を自分の手柄のように主張していたが、与党の党首から、その財源をつくったのは自分たちだと反論されて、ぐうの音も出ていなかったっけ。言うだけなら簡単なんだよ。言うだけなら。
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