第1830話 人生学校ゲーム3
関連回
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第1615話 霊性研究所35~徳と業6~
3人で僕が創った試作品のゲームに興じているところ。
ルーレットを回し、コマを進めたリルカが溜息交じりにぼやく。
「棚ぼたで大金が手に入り、徳を2ポイント解消……ですかぁ」
前世の参考にしたゲームなら、棚ぼたの大金ゲットは良いことだったが、
僕のゲームはそうじゃない。
「大金が手に入ることは、世間一般ではラッキーなことだが、苦労のない棚ぼたの場合、過去世の徳を食い潰してる可能性があるから、実はラッキーなことではないんだ」
パネルを提示する。
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徳を積む 善因を成すこと プラスポイントを増やす
徳の解消 善果を受けること プラスポイントを減らす
業を積む 悪因を成すこと マイナスポイントを増やす
業の解消 悪果を受けること マイナスポイントを減らす
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「ということは、ラッキーなことは、ラッキーでないと??」
ちょっと説明がいるか。
「ラッキーの定義にもよるが、いわゆるツキ、棚ぼたラッキーなら、過去世の徳の解消によるものだから、あまり良いことじゃない。ちゃんと努力した上で、それが報われる形ならいいけどね」
パネルを提示する。
□-------------------------------
ラッキー(何もしてないのに良いことが起こる)→ 徳の解消
アンラッキー(何もしてないのに悪いことが起こる)→ 業の解消
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「人は表面上の現象だけ見て、ラッキーを喜び、アンラッキーを嘆くが、
徳と業の観点から言えば、ラッキーを嘆き、アンラッキーを喜ぶべきなんだ」
メラルとリルカが少し考え込んでいる。まぁそれもそうか。
これは世間一般の価値観とは180度ひっくり返るもんな。
これゆえ、事故などの理不尽な厄災は良いことになり、
宝くじで高額当選するなどの棚ぼたは悪いことになる。
さて、次は僕の番だ。
ルーレットを回して、コマを進めると――
「人知れず、道路掃除をして、徳を2ポイント積む、だな」
リルカが口を開く。
「先ほど私も道路掃除しましたが、徳を積んだのは1ポイントでした」
「ああ、それは人前の行動、陽徳だったからだ。陰徳だと効果が倍になるんだ」
陽徳と陰徳についても、ギルフォード商会で教えている。
「何の見返りもない陰徳を2ポイントとしたら、称賛や感謝や信用などの精神的見返りのある陽徳は1ポイントに半減し、さらに、お金などの物質的見返りをもらったら、0ポイントになる」
パネルを提示する。
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陰徳 一切の見返りをもらわない → 2ポイント
陽徳 精神的見返りをもらう → 1ポイント
通常の行為 精神的見返り&物質的見返りをもらう → 0ポイント
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これはあくまで感覚的なものだが、陰徳は陽徳の2倍の価値がある。であれば、陰徳を推奨すべきとなりそうだが、逆に僕は陽徳を推奨する。理由は、陰徳は陽徳よりずっと難しく、困難度は2倍以上あると考えるからだ。やると解るが、一切の見返りを求めない善行は想像以上に難しい。ほとんどの人は善行といっても、何かしらの見返りを期待してやるものだからな。それを動機付けにして善行をするが、それがないのが陰徳だ。陰徳では善行そのものが動機となる。
だから、ハードルの高い陰徳を推奨したら、ほとんどの人は善行できなくなってしまう。それでは困るので、ハードルの低い陽徳を推奨し、それで善行を覚えながら、可能な範囲で少しずつ陰徳してもらうことにした。これがもっとも現実的。
中々できない2ポイントを狙うより、手の届く1ポイントをこつこつ積んでいく。フィギアスケートなら、転倒リスクの高いトリプルアクセルを1回狙うのではなく、ダブルアクセルを3回連続でやって、ポイントを稼ぐようなもの。
スポーツ大会では人目をひく大技が注目を浴び、喝采され称賛されるが、人生という大会では大技は要らない。小技をこつこつやって総量で勝負をする。1カ月に一度とか、思いついたように遮二無二、善行するよりも、小さなことでもいいから、1日1回、善行した方がいい。重要なのは人生を通しての累積の総量だ。一回あたりの量ではない。
要領のいい人は権力者の前でだけ、いい面を見せ、それで効率よく出世するが、それでは徳の総量は大して増えない。相手の立場に関係なく、目の前の一人一人に、いい行いをしてこそ、多くの徳を積むことができる。たとえ出世が遠のいたとしても、そんなことは人生の些事だ。
ビジネスとは趣向が違うが、徳を積むにも戦略がいる。
その感覚を学ぶのがこの人生学校ゲームだ。
「通常の行為には賃金をもらう労働も含まれるが、もらう賃金以上の
プラスアルファとして善を成せば、それで徳を積むことができるんだ」
心がけ次第で労働は善行となる。一番わかりやすいのが和顔愛語だろう。ただ機械的に、店で接客したり、療養所で患者に接したら、それは単なる労働だが、相手に寄り添い、相手の気持ちを和らげるために和顔愛語で接すれば、その行為は善行となる。
現在の日本の首相は和顔愛語を心がけているが、こういう人はこれまでほとんどいなかった。歴代の首相はむすっとした表情で、心の通わない事務的な話をするばかりだったからな。しかも、志が高く、腰が低い。いい人が首相になったものだ。
さて、次はメラルの番だ。ルーレットを回して、コマを進めると――
「人の為に役立つことをしたのに、誰からも評価されず、
徳を2ポイント積む、でした。やりました」
メラルが微笑む。これも解説しよう。
「これも陰徳だ。人は成果を出すために努力し、成果を出せないと、がっかりするものだが、まったくがっかりする必要はない。成果が出ないということは徳を積んで、それが解消されていない、ということだからね。こういうのを人はアンラッキーというが、実はそうじゃない。良いことなんだ」
パネルを提示する。
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ラッキー(努力せず成果が出る)→ 徳の解消
アンラッキー(努力したのに成果が出ない)→ 徳を積む
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「だから、世のため人のために努力し、見返りが全然ないなら、徳を積むのにベストな状態ということになる。逆に、何もしてないのに、棚ぼたのツキだけで、ラッキーなことが次々起こるなら、徳がどんどん解消され、最悪ということだ。得と業の仕組みを知らない人は、棚ぼたラッキーを望むが、これほど怖いことはない」
ツキ、運、棚ぼたラッキーの類を望むのは止めた方がいい。もっと言えば、他力本願もそうだ。本気で願えば、思考は現実化する法則により、叶うことがあるかもしれない。だが、相応の努力をせずに叶ったのであれば、それは過去世の徳の解消によるものであり、まったく良いことではない。それだけ天が遠くなる。前世では、ツキや他力本願を尊び、人々にそれを志向するよう導く教えがあったが、ミスリードもいいところだ。
その後、全員ゴールし、以下の結果となった。
僕 徳ポイント 102
業ポイント 55
清算ポイント 47
メラル 徳ポイント 123
業ポイント 70
清算ポイント 46
リルカ 徳ポイント 94
業ポイント 48
清算ポイント 46
最後は徳ポイントと業ポイントを清算し、一応、僅差で僕が一番になったが、
三人とも、ほとんど差がなく、中々いい勝負ができた。
「どうだい、ゲームを終えて感想は?」
僕の問いにメラルが答える。
「そうですね……不思議な感じがしました。
まるで人生をしたかのようです」
「ほぅ、そうか、人生ね」
人生の疑似体験ができるよう、意識して創ったからな。
「リルカ君はどうかな?」
「はい、本部長と同じです。まるで人生を体験したかのようです。ゲームを終えて人生に対する見方が変わりました。人生って、お金持ちになることや、出世したり、成功することが大切ではないんですね」
嬉しいことを言ってくれる。
「そうそう。そうなんだよ。これまでも僕が言ってきたことだが、ゲームをすると、その世界に没入するからリアルに感じるだろ。その体験が現実の人生でも活かせるんだ」
ゲームをやって終わりではない。日常でも活かしてもらう。
「みんな、徳より業が多い状態でスタートしたが、最後は業より徳が多い状態となった。そういう意味では及第点と言えるだろう。マイナスからプラスになったわけだから。だが、現実社会では、マイナスからスタートして、マイナスのまま終わる人も結構いる。それでもマイナスが減れば、まだいいが、やる前よりマイナスが増えたら、何のための人生だったのか、ということになる」
リルカが手を挙げる。
「総帥、非常に興味深いゲームだと思いましたが、売るとなると、
買う人を選ぶと思います」
よく分かっている。
「だろうね。だから、大々的に売り出すより、最初は、霊的な分野に理解のある人に絞った方がいいだろう。今考えてるのは、霊性研究所の講義に参加したり、僕の本を読んでくれている人たちだな。そこから口コミで広げていってもらおう」
メラルが手を挙げる。
「今回は、総帥が随時説明して下さいましたので、わかりやすかったですが、
徳と業についての予備知識のない人だと厳しいかもしれません」
この意見もそうだな。
「だな。できれば、僕の書籍『徳と業』を読んでもらうといいが……」
「でしたら、本とセットにして販売したらいかがでしょう?」
「うむ、それはいいな」
ということで、人生学校ゲームを販売することになった。
ゲームを通じ、皆の人生がより有意義になることを期待したい。
僕らは、徳を積み、業を解消することを通じて、学び、成長し、現世を卒業して、高級霊界行きを目指すが、なぜ、徳と業のセットかと言うと、僕の見立てでは、業を100%解消することは難しいからだ。良くて90~95%ぐらいじゃないだろうか。
悪言と悪行をせずとも、悪念を発すれば、それだけで業は発生するからね。生きてる間、どんなに精進しても100%悪念を発しない仏様のような状態になるのは不可能に近い。でも大丈夫。残り僅かなら、死後、肉体の枷から外れたら、ほぼ解消されると見ている。不安や警戒や恐れなど、肉体に基づく悪念は死後消える。健康や経済的な問題もすべてなくなるしね。
肉体があるから、生・病・老・死の苦しみが発生し、食べるために働き、嫌な思いをする。そして、肉体があるがゆえ、年齢、性別、種族、体形、健康のことを思い煩うのだ。競争や格差や貧困などもそう。肉体を持って現世にいるから起こることであり、肉体を脱ぎ、現世から離れたら、すべて解消される。
どこの家の生まれとか、金持ちだとか、頭がいいとか、イケメンや美人とか、肩書やら、名前が売れてるとか、死ねば一切どうでもいいことになる。それらのネガティブな想念も消えるだろう。特に高級霊界ならね。
僅かの業なら徳で清算可能。徳は上の世界へ行くために必要だから、あまり使うとマズイが、少しぐらいならね。だから徳と業なのだ。生きてる間、完全に業が消せないから、その分をカバーするために徳がいる。
気球は気球自体に重みがあるから、何もしなければ、それだけで上昇することはない。気球の中に熱気という徳を入れ、それで浮力を発生させるのだ。徳の解消とは熱気を浮力に使わず、地上で無駄に使ってしまうこと。
善因善果を期待して、他人に善いことをしたら、その分、自分にも善いことがあって欲しい。と思う人が多いだろうが、善因を現世で行うのはいいとして、善果を現世でもらうのはいいことではない。それだと、いつまで経っても徳を積むことができない。
現世で善因を成しても、現世において善果を期待しない。これが徳を積む心得だ。現世利益の得より、霊界でも通じる徳を志向しよう。現世でいくら天高くお金を積み上げても、死ねばゼロとなる。お金を貯めるだけの人生はゼロを目指すようなものだ。
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