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第1826話 天下りの弊害2

 続きです。

 役人をしていたから、銀行にいたから、大企業にいたから、有名大学を卒業したから、有力者のコネがあるから、そんな理由で実務能力や人格や適性などをチェックせず、企業に迎い入れ、いわんや社長などの重職にホイホイ就かせることに強烈な違和感を持つ。というか狂気の沙汰だよな。日本のことをあまり悪く言いたくないが、この点はかなり問題だと認識する。


 確かに学歴や職歴が優れていれば、優秀な場合は多いだろう。だがそれで、その組織にとって必要な人材であるかどうかは、また別の話だ。どんなに学歴や職歴が優れていても、組織に合わない人物はいるし、仮に合っていたとしても、ろくにチェックもしないで入社させたり、重職に就かせるのは明らかにおかしい。


 そのおかしなことを日本社会は「赤信号、みんなで渡れば怖くない」という感覚で行っている。これは一種の認知バイアスだ。あるひとつの特徴(有名大学卒など)を見て、他の面(仕事の能力や人間性)も優れていると判断してしまうハロー効果、「高学歴なら仕事ができるはず」という思い込みを持ち、その予断に合う情報(例:些細な成果)だけを重視し、矛盾する情報(例:ミス)を過小評価する確証バイアス、「この大学の出身者は論理的だ」といったステレオタイプを無意識のうちに相手に当てはめるアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)にかかっている。


 エリートは万能? エリートは何でもできる?

 ないない、そんなことない。そう思い込んでいるだけ。

 その考えが組織の機能不全を起こし、民主主義を形骸化させる要因となる。


 本当は心の奥でエリートは万能でないことを知っていても、そう思おうとすることで、エリートに任せることの大義名分を得て楽ができる。そう、楽をしたいという怠惰な気持ちがエリートを生み出し、それが天下りにつながっているのだ。


 民主主義が形骸化し、エリート主義になるのもそう。民が自らの主権を放棄して、エリートに一任することによって起こる。部分的に任せるのはいい。そうではなく、思考放棄して、何もかも任せるのが問題なのだ。「頭のいい人が考えてくれるから、自分は考えなくていい」とね。この瞬間、主権は民からエリートに移る。


「サラ、シルエス、タイタス、くれぐれも人を雇う際は面倒くさがらず、よくチェックするようにな。組織の理念に合う考えをしているか、人格が優れているか、仕事ができるか、そのあたりをちゃんと見て、適切な人物を選ぶことだ。誰かの紹介やコネだけで選ぶようなことがあってはならない」


 パネルを提示する。


□----


 天下り


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 天下り(天孫降臨)は『古事記』『日本書紀』に見られる日本神話で、天照天照大御神の孫であるニニギノミコトが、地上(葦原中国)を統治するために高天原から高千穂へ降り立った出来事を指すが、ここから転じて、退職した公務員が出身官庁が所管する外郭団体・関連する民間企業などに再就職することを指すようになった。今では、民間企業の上位幹部が子会社の要職に就く際にも使われるケースが増えている。


「これは大きな組織の人物を小さな組織が有難がって、ノーチェックで採用することだ。大きな組織の人物だから間違いないという思い込みから来るものだが、そんなことは決してない。仮に優れた人物だとしても、ノーチェックで入れば組織と整合性が取れず、後々トラブルが生じる恐れがある」


 あと、これも言っておくか。パネルを提示する。


□-------


 ハロー効果


□-------


「これは肩書や経歴など、ひとつの特徴だけで『全体的に素晴らしい』と判断してしまうことだ。コネや天下りもそう。その人物についてよく知らないのに、経歴や誰かの評価に引きずられて、全体的な評価が甘くなってしまうんだ。気を付けないと人事評価や対人関係でも知らず知らずのうちにやってしまうから要注意だ」


 日本は学歴社会になっているが、あれもハロー効果の影響が大きい。大学を卒業すれば、素晴らしい人間だという思い込みが蔓延している。でも実際は、学歴が優れていても、仕事ができるとは限らないし、人格的に優れているとも限らない。一流と言われる大学を卒業しても、ろくでもない人物はいる。


 ただこれは、少し考えれば分かる話なので、それでも企業が大学卒を採用しようとするのは、確率論なのだろう。確かに大卒以外でも優秀な人はいくらでもいる。いくらでもいるが、優秀な人に当たる確率は大卒の方が多いので、選考の手間と採用後のリスクを減らすため、それに絞ると。その代わり、大卒以外の優秀な人を漏らすことになるので、そのデメリットがある。


 この件に関して、現在のイタリアの首相が思い浮かぶ。日本と同じく女性ということで注目を浴びているが、注目すべきはそこだけではない。彼女は大学には進学せず、ローマの高校卒業後、生活費を稼ぐためにベビーシッターやナイトクラブのバー店員などを経験した「たたき上げ」だ。15才から政治活動を始め、21才でローマ県議会議員に当選し、31才で青年政策担当大臣に就任し、45才で首相に就任した。未婚のまま子供を産んだシングルマザーでもある。


 まさに世襲や学閥に頼らず、下積みからはい上がった政治家だが、もし学歴フィルターをかけていたら、このような逸材が世に出ることはなかっただろう。そう考えると学歴フィルターなんて取っ払った方がいい。こう言っては何だが、日本の大学4年間なんて大したことはない。最初の2年間は一般教養科目という高校のおさらいが多いし、最後の1年はリクルート活動に明け暮れるし、実質的に大学で習うことは多くない。高校の方がずっと多かった。これなら高校卒業後すぐ働いて、社会にもまれた方がいいかもしれない。


 実際、僕のような考えの人はいるもので、これは実際にあった話だが、とある

 有名大学の入学式の日、大学の入口で、こんな呼びかけをする人がいた。


「皆さん、ぜひ我が社に入社して下さい。受験戦争に勝ち抜いた今がもっとも能力が高く、その能力に我が社は期待します。4年間、だらけて過ごせば、その能力は落ちてしまうでしょう。それはもったいない。今すぐ働きましょう」


 勧誘虚しく、応じる学生はいなかったようだが、この内容には真実性があり、実際、有名大学に入学したにもかかわらず、早々と中退し、就職もしくは起業した人がいた。彼らは自分の能力がもっとも高い時期、売り出せる時期を本能的に知っていたのだろう。


 あと、学歴社会が蔓延る理由として、生涯賃金の影響があるだろう。大卒と高卒で生涯賃金の差は5千万円ぐらいあるとの試算がある。一時期は1億円以上の差があったようだから、これでもだいぶ改善されたが、これだけ差があると時間とお金をかけてでも大学を目指そうとする人が出てくる。


 これは大卒がホワイトカラーに、高卒がブルーカラーに就くことが多く、ホワイトカラーとブルーカラーの賃金格差がそのまま表れていることによるものだと思われるが、だったら、ホワイトカラーとブルーカラーの賃金格差を少なくすればいい。具体的にはブルーカラーの賃金アップだ。


 ところが、企業はホワイトカラーの賃金カットに走り、これで格差解消を図っているんだよな。いやいや、高い方を低い方に合わせてどうする。低い方を高い方に合わせないと。こういうところは汚い。


 現在、日本の企業は人手不足を理由に外国人の受入れを要望しているが、不足しているのは主にブルーカラーであり、日本人がその職を避けるのは賃金が低いからだ。だから賃金さえ上げれば人は来る。「賃金を上げても人が来ない」とぼやく経営者がいるが、それは上げ幅が少ないからだ。もっと上げないと。


 格差解消の美名でホワイトカラーの賃金をカットし、多様化の美名で移民受入れを推進したら、日本経済はおかしくなる。格差解消するなら、ブルーカラーの賃金アップであり、そうすれば人が集まり、無理に多様化しなくて済むようになる。


 戦後、日本とドイツは双方とも輸出型の加工貿易で発展したが、その際、人手不足が発生し、ここで決定的な違いが生じた。双方ともブルーカラーの人手不足だったが、日本はブルーカラーの賃金を上げて自国民に働いてもらい、ドイツはブルーカラーの賃金を上げず低賃金で働く移民(主にトルコ系)を招き入れたのだ。


 その結果どうなったか。日本はホワイトカラーとブルーカラーの賃金格差が改善され、自国民中心で経済発展したが、ドイツは賃金格差が広がり、さらに移民問題が発生し、社会の混迷を増すことになってしまった。


 この時、日本は既に人手不足でどう対応すればいいかの最適解を得ていたのだ。今回もこの通りにすればいいだけだが、なぜか、失敗したドイツ方式を選ぼうとする勢力がいるから頭を抱える。この人たちは歴史を学んでいないのだろうか。学んでいないとすれば不勉強だし、学んだ上で日本を悪い方向に進めようとするなら悪辣だ。


 感情論抜きにして数字で見ても、移民はコスパが悪い。よく移民は「安い労働力」と言われるが、実際は「高い労働力」だ。日本語を教え、日本の文化やマナーを教え、いろいろ手続きを教え、仕事を教えるのに、どれだけのお金がかかっているか。日本人なら仕事を教えるだけでいいが、移民はそうはいかない。それなのに「安い労働力」で済むのは国から補助があるからだ。これは事実上の移民推進政策に他ならない。


 日本政府は頑なに移民政策を取っていないと主張しているが、それは政府による移民の定義が国際的な移民の定義とかけ離れていることによる詭弁だ。国際的には「1年以上、他国に居住し、就労生活を送る人」と考えられているが、政府はそれよりずっと狭く解釈し、「永住許可を受けた人」と考えている節がある。


 はっきりこう言ったわけではないが、就労・技能実習等で滞在する外国人を「外国人労働者」等と分類し、移民と区別していることから、そう解釈することができる。つまり、働くため、一時的に日本に来てる外国人は移民ではない、という理屈なんだろう。だが、一時的に来たとしても、それを繰り返せば長期になり、永住許可も視野に入ってくる。「移民ではない」という理由で入れ、そのまま、人道だ何だと、なし崩し的に移民にしてしまうのが見え見えだ。入れてしまえば、こっちのものってか。冗談ではない。


 日本は、OECD諸国の中で第4位の純移民流入数を記録した2019年から、実質的な移民大国として認識され始めた。それなのに政府は未だに移民政策をしていないという絵空事を言っている。まったくいい加減にして欲しいものだ。


 ヨーロッパもアメリカもカナダもオーストラリアも、移民を受入れてきた国々は移民の弊害に気付き、既に受け入れの制限を始めている。移民大国アメリカですら、ノーサンキューの時代になったのだ。彼らの頭には移民を受け入れず発展してきた日本の姿があったはずだ。それなのに日本がそれらの国を真似てどうする。


 今の首相になってから、不法滞在外国人の取り締まりが強化され、強制送還が加速されたのは幸いだが、今度どうなることやら。「不法滞在者ゼロプラン」はいい。だが、「秩序ある共生」に不安を感じる。野放しの「共生」ではなく、郷に入っては郷に従えの「秩序ある共生」だから、その点は一定の評価をするが、それだけでは不十分、数(総量)の制限をしないと。あまりにも急激に増えすぎている。


 それと入り口(入国審査)の強化だな。2024年の統計によると、来日外国人による刑法犯検挙は、ベトナム、中国の順で多く、この2か国で全体の半数以上を占めている。旅行などの名目で入国し、日本で犯罪に手を染めるのだろうが、この様な連中がオーバーステイ(不法滞在)して、(偽装)難民申請して、そのまま日本に居つこうとする。


 この様な連中を捕まえて強制送還する費用は国費つまり税金だ。百人送還すれば百人分の、千人送還すれば千人分の税金が使われる。これはドブにお金を捨てるようなものだ。ベトナムも中国も日本に入るにはビザがいるが、偽造書類が使われているケースがあり、もっと審査を厳格化しないと。


 政府は、2030年に訪日外国人旅行者数6千万人、旅行消費額15兆円を目標に掲げているが、既にオーバーツーリズムの状態であり、各地でトラブルが起きている。そろそろ量から質に転換した方がいいのではないだろうか。日本に来て悪さをするような国の人ではなく、お行儀のいい国の人に来てもらいたい。

 最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、ブックマーク、評価をして頂けると大変有難いです。

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