第1821話 温泉旅行2
続きです。
パチン……パチン!
ラケットに弾かれた白いピンポン玉が緑色の台に当たり、
弧を描きながら動き、切れのあるリズミカルな音を奏でる。
パチン……パチン!
只今、僕らは温泉から出て、館内着である浴衣に着替え、レクリエーションルームで卓球に興じているところ。温泉卓球と言えば、浴衣姿で気軽に楽しめる日本の温泉文化の定番であり、温泉上がりの娯楽といえばこれだ。レトロチックで郷愁を誘う。
卓球は、19世紀末のイギリスで上流階級の室内遊びとして発祥した。雨天時に屋外のテニスを屋内のテーブルで楽しむために、コルクやシガーボックスを道具にして行ったのが始まり。後にセルロイド製のボールと専用ラケットが登場し、「ピンポン」という名称で大流行したんだよな。
日本には1902年に伝わり、当初は日本でも「ピンポン」と呼ばれていたが、先にイギリスで「ピンポン」の商標登録がされていたため、トラブルを避けるため、公式では「テーブルテニス」と呼ばれ、その後、第二次大戦を経て「卓球」と呼ばれるようになった。
戦時中、敵国の言語である英語などは使用禁止となり、テーブルテニスは卓球に、ベースボールは野球に、テニスは庭球に、バレーボールは排球に、バスケットボールは籠球に、サッカーは蹴球に、ドッジボールは避球と呼ぶよう強制された。しかし、ドッジボールが避球って笑ってしまう。学校でうっかり生徒が「ドッジボール」を口にしたら、先生から「避球と言え」と注意されたんだろう。
敵性言語禁止はルールの隅々まで徹底した。野球だとこんな感じ。
ストライク よし、正球
ボール だめ、悪球
アウト 引け、無為
セーフ よし、安全
ファウル 圏外、不正打
フェア 正打
ホームラン 本塁打
バット 打棒
デッドボール 死球
いやぁ、大変だね。当時の苦労が偲ばれる。戦時中、スポーツをやる余裕はなかっただろうが、ほとんどの球技は西洋由来という事実を実感する。西洋で創られた球技はその根底に西洋的な考えがベースにあり、そこは僕も引っかかっていた。どちらかと言うと呼び方は大した問題ではない。球技のルールそのもの、その土台となる考え方に問題がある。
「それっ」
「えいっ」
丁度今、イレーネとミアが打ち合っているところ。双方、相手に気遣い、力をセーブし、かつ慎重に打っているが、それもそのはず、僕が決めたルールは前の世界の西洋式ルールとまったく違うからな。
パチン……パチン!
互いに打ち合うのは同じだが、相手の打ち返しやすい場所に、相手の打ち返しやすいスピードで打ち、相手に打ち返してもらうのが特徴だ。それでラリーが続けば、その回数が二人のポイントとなる。つまり、打ち合っている二人は同じチームであり、敵同士ではない。西洋式ルールだと敵と対峙し、試合が進むと敵意が増すが、僕が決めたルールはそうじゃない。味方同士で仲間意識が増す。
パチン……パチン!
僕は審判で、ラリーの回数を数えているが、丁度今、20回を超えたところだ。
「イレーネさん、ミアさん、頑張って下さい」
「二人とも、頑張れ」
メリッサとテネシアが応援する。彼女たちはこの次に組んで打ち合う予定だ。毎回、温泉に来る度に組み合わせを変えているが、回を重ねる毎に皆少しずつうまくなっている。
パチン……パチン!
隣の卓球台ではレクサーとラルフが打ち合い、アレクが審判をしている。サラは観戦を楽しんでる感じかな。家族揃って、ここには結構来てるのだろう。この二人も息がぴったりだ。やはりスポーツをやるならこうでないと。
前の世界の卓球は相手の嫌がるところを狙い、相手が打ち返しづらいように打った。しかも相手をねじ伏せるようにバチーンと強くね。あんな嫌らしいことをずっとしていたら、性格が悪くなると思い、ここではそれを180度改めた。
前の世界の弱肉強食ルールなら、力の強いテネシアとイレーネが圧倒的に有利だが、僕の定めたルールだとそうはいかない。強い力があっても、相手に合わせて力を落とし、コントロールする必要がある。これにより、二人と比べ、か弱いメリット、ミアと組んでも同等に打ち合えるのだ。
卓球に限らないが、前の世界の対戦型スポーツ(主に球技)は、相手の裏をかいて騙し、相手の嫌がることを平気の平左で実行できる人がいい成績を上げていた。右に行くとみせかけて左に行き、相手のタイミングをずらし、相手の集中力ややる気を削ぎ、相手に力を出させないようにする。利他ではなく利己を貫くのが対戦型スポーツの大きな特徴だ。集団競技の場合はチームメンバーに対して利他の面はあるが、それでも敵に対してはそうじゃないからね。
とあるプロ野球監督はID野球を掲げたが、その肝は徹底的に相手が嫌がることすることだった。でも、それはこの監督に限らず、すべての監督、コーチ、選手が意識していたこと。そうでなければプロなんてなることはできない。
だからと言うとアレだが、プロ野球は良からぬニュースは多かった。暴力、パワハラ、賭博、淫行、陰口、足の引っ張り合い、試合中の乱闘も普通にあった。ああいうのは世の中に悪い影響しかない。卓球選手の不倫報道もあった。試合で相手の隙ばかり突いていたから、私生活でもその感覚が抜けず、相手の隙を狙って密会に勤しんでいたのかも。サッカーは煽情的で、選手もファンもアナウンサーも獣のように雄叫びをあげ、試合で負けるとフーリガンという集団が暴れまくった。
そんな訳で前の世界の対戦型スポーツはこの世界に導入していない。だが、卓球は大人しめの球技だし、室内で気軽にできるので、僕の定めたルールにより、温泉施設で試験的に導入させてもらった。僕のルールでは相手の隙を狙わないし、相手に隙を作らせようともしない。むしろ相手の隙をカバーする。
その昔、オリンピックの柔道男子無差別級決勝で、日本のY選手とエジプトのR選手が対戦したが、Y選手が右ふくらはぎ負傷(肉離れ)という状況下だったため、R選手はそこへの攻撃を避け、正々堂々と戦ったのだ。
弱肉強食のルールに従えば、相手の弱点を付いて勝つのが正しいのだろうが、R選手は自分の信念に従い、それをしなかった。結局、これによりR選手は本来の実力を出せず、Y選手に負け、銀メダルとなってしまったが、その行為は世界中から称賛され、金メダル以上のものを得ることになった。スポーツはかくあるべき。
パチン!
おっ、イレーネの打ったピンポン玉が明後日の方向に飛んでいった。
少し力が入ったかな。
僕の定めたルールだと力のある方が調整が必要なため、かえって難しくなる。だが、それでいい。力を持つ者はその力を制御し、弱者に合わせ、弱者を助けるために使うべきだ。自らを誇示するためではない。これは力に限らず、能力や才能などもそう。
「ここまですね。イレーネさん」
「ミアさん、お上手ですね」
「いえいえ、イレーネさんこそ、お上手ですよ」
ラリーを終え、イレーネとミアが互いに称え合う。
こういう光景は見てて気持ちいいものだ。
「二人とも、ここで休むといいよ」
二人を僕のいる長椅子へ手招きし、タオルをそれぞれに渡す。入浴後に運動すると汗をかきやすいからね。でも、この汗はほとんど水分なので、べとつかず爽快感がある。
水分を出した後は補給しないとな。
「はい、二人とも豆乳」
二人にビン豆乳を渡す。
「これ、美味しいですよね」
「丁度、飲みたいと思ってました」
イレーレとミアもこれがお気に入り。豆乳は入浴後によく飲むが、水分だけでなく、カリウム、マグネシウム、鉄、カルシウムなどミネラルの補給にもなるから、このタイミングで飲むのはグッドだ。
前世ではスポーツドリンクと称して、カタカナ表示の甘い水が流行っていたが、500ml中、角砂糖で7~10個ぐらいの糖分が含まれていた。実質、砂糖水、飲む点滴だね。最近はゼロカロリーを謳う商品も出ているが、人口甘味料を使用してるから、これもまったくお勧めしない。これだったら、麦茶やレモン水を飲んだ方がはるかにいい。何なら超薄めた塩水でもいい。
ちなみに500mlのコーラで角砂糖17個、サイダーで16個ぐらいの糖分が含まれているので、これらを毎日飲んだら、膵臓に負担をかけ、糖尿病一直線だ。
「さ~て、テネシアさん、いきますよ」
「いつでもいいぞ。メリッサさま」
おっ、二人が始めるようだな。じゃあ、また審判をするか。
審判と言っても、ラリーの回数を数えるだけだから気楽なものだ。
「じゃあ、始め」
僕が声をかけると、メリッサが打ち、二人のラリーが始まる。
パチン……パチン!
よしよし、二人とも相手が打ち返しやすいように打っている。これは相手への思いやりだ。思いやりを乗せて打つと思いやりが乗って返ってくる。前の世界の卓球は攻撃心を乗せて打ち、攻撃心が乗って返ってきた。同じ卓球でも全然違う。
相手が困るように打つのが西洋流、相手が困らないように打つのが僕流。面白いよな。同じことをしても意識の持ち様で善にも悪にもある。これは人生全般にも言えることだ。AさんとBさんといて、同じような境遇で同じように過ごしても、意識の持ち様でその先にあるものが、天と地ほど変わることが有り得るだろう。
前世の有名な法話に「天国と地獄の長い箸」というのがある。それによると、天国でも地獄でも、中央テーブルにある食事を1mぐらいの長い箸で食べなければならないが、そんな長い箸なので、地獄の住人は料理を挟んでも、自分の口に運べず、満足に食べることができない。それで腹を立て、まわりに文句ばかり言う。
対して、天国の住人は長い箸で料理を挟んで、自分で食べようとせず、それを反対側にいる人に食べさせてあげる。そして、今度はお礼に反対側の人に食べさせてもらう。こうして、皆、お腹いっぱい食べられ、互いに感謝し合うのだ。
この話を聞いて、他人事のように「ふ~ん、そうかぁ」で終わったらいけない。これは天国と地獄を題材にしているが、現世にも当てはまる。ここにも「長い箸」がそこかしこにあるのだ。というか、ほとんどのものが「長い箸」と言っていいだろう。同じものでも使い方次第で、自分も他人も助けて喜ばせ、また自分も他人も助けず困らせる。
自分さえ良ければいい。自分さえ助かればいい。という人は、
結局、自分を良くすることも、自分を助けることもできない。
目の前にいる人は、敵だと思えば敵になり、味方だと思えば味方になる。
敵にするのも味方にするのも自分次第だ。
高級霊界では、まわりは味方だらけだが、それは自分がそういう心境だから、それに応じた世界に行けたということだ。「まわりは敵だらけ」と思っているようでは、とてもじゃないが、高級霊界に行くことはできない。
だからこそ、生きてる間に、みんな味方、みんな友達、みんな仲間、みんな良い人、という善想念を育む必要がある。実際そうでなくても、そう思うようにすることが大事。仮にまわりが嫌な人ばかりでも「みんな良い人」と思うことはできる。一々、誰かを敵認定し、悪想念を発して、ニヤついている場合ではない。そんな暇があったら、「みんな良い人」と思うようにする。但し、現実問題、他人に迷惑をかける悪党はいるので、それに対しては、悪想念を出さず、粛々と対応(自己防衛)する。
「みんな良い人」は善想念であり、世の中を変える力があるが、そうはいっても、すぐ変わることはない。なので、そう思い込んで他人から騙されたら元も子もない。想念は自分がコントロールするものであり、自分が想念にコントロールされるのではない。「みんな良い人」という善想念も自分がコントロールするものであり、これに自分がコントロールされてはいけない。
コツは、悪いことをしそうな人を見ても、悪い感情を抱かず、粛々と警戒して対策を取ることだ。ところが、多くの人は、そういう人に対して、悪い感情を出すばかりで対策を怠る。対策を怠るから、酷い目に遭い、それでまた、悪い感情を掻き立てる。これではまるで、悪い感情を出すことを自ら望んでいるようだ。
パチン……パチン!
「お~い、主、何回、いった?」
「今ので32回だ」
「おお、30回超えたか」
そんなこと言ってると……。
「わっ、変な方にいった」
「ははは、ここまでだな。よく続いたね」
温泉上がりの娯楽感覚で、ここまで続けば大したもの。
「あなたもされたらどうですか」
そろそろ僕の出番かな。と思っていたら、
メリッサが察して声をかけてくれた。
「そうだな……じゃあ……」
誰としよう?
妃の誰かと組むと一人で済まず、四人全員となるので、ちと大変。
今日は遠慮しておこう。こういう時は……。
「アレク、僕とやるか?」
彼もずっと審判をしていたからな。
そろそろ自分もやりたいと思っていることだろう。
「いいですね。やりましょう。父上」
反応がいい。やはり、そうだった。さて、親子で打ち合うか。
僕流のルールなので、勝負特有の変な気負いはない。
つくづく、このルールにして正解だった。対抗心も敵意もまったく湧かない。相手と協力したい、仲良くしたいという思いだけが湧く。西洋式の「相手をやっつけるのが面白い」という感覚を助長させるルールがおかしかった。あれは弱肉強食の狩猟文化から来てるよな。サッカーなんて敵将の首を蹴り合って勝利を祝った風習が起源だしさ。
前の世界では、西洋式のルールが世界中に蔓延り、もはや、それが当たり前のようになってしまったが、純粋な気持ちに立ち返れば、「相手をやっつけるのが面白い」というのは歪んだ思考だ。この世界ではそれが広がらないようにしたい。
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