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第1817話 行動経済学2

 続きです。

 ミローネの微笑ましい視線を受け、カインへの教示は続く。

 今回はマンツーマンだ。


「収入の高い人は難しい仕事を、収入の低い人は易しい仕事を、

 ということですね」


「そうそう。経済的合理性で考えれば、そうなる」

「ですが、おじい様、物事はそう単純にいくものでしょうか?」


 おっ、すぐ気が付いたな。よしよし。


「ふふ、察しがいいね。その通り。物事はそう単純にはいかない」


 論を展開しよう。


「確かに、ベテランに難しい仕事を、新人に易しい仕事を、というのは基本的には間違っていない。だが、それにこだわり、金科玉条のように徹底すると組織はかえってうまくいかなくなる。例えば、新人だから簡単な仕事でいいと言われて納得する人もいれば、実際問題、納得しない人もいるだろう。昔の僕も実はそうだった。理屈で説明しても納得しないことは普通にある。それは、自分もやればできるんじゃないか。という思いがあるからだ。これは理屈ではなく、感情の問題だ」


 特に若い頃は根拠なき自信が生じるものであり、中には「世界で一番優れているのは自分だ」という思いをこじらせるケースがあったりする。いわゆる自信過剰、誇大妄想だが、子供から大人になる過程、学生から社会人になる過程で、そういう思春期特有の思いになることがある。


 急に世界が広がり、それに認識が追いつけず、その不安を解消するため、自分を大きくしたいという心理が働くのだろう。「できない自分」を認めず、自分の中に「できる自分」を創り出し、事実とは別にそれが本当の自分だと思い込もうとする。平たく言えば、事実と願望の混同だな。


「……分かる気がします。自分もそうでした。というか、

 今もそうかもしれません」


 正直だな。当時の僕はそこまで自分を客観視できなかったが、カインは僕と違って10代でしっかりした教育を受けてきたから、それができるんだろう。つくづく教育は大事だ。前の世界では40代、50代になっても、自分を客観視できない者はごろごろいた。


「だろう。逆に仕事ができる人だって、毎回、難しい仕事ばかりでは気が滅入ってしまう。時には簡単な仕事がしたい時もあるはずだ。それを無視して双方の仕事を機械的に割り振ったら、仕事の効率が落ちてしまう」


「そういう時はどうしたらいいのでしょうか?」


「したい仕事があるなら、試験的にさせてみるのはひとつの手だ。新人が難しい仕事をしたいなら、希望通りさせてみる。ひょっとしたら思いの外、できるかもしれない。仮にできなくても、その経験を通して『自分にこの仕事は難しい』と分かれば、仕事に対する見方が変わり、簡単な仕事を疎かにすることを改めるだろう」

 

 出来ないのに出来ないことをさせるのは合理的ではないが、

 人は機械ではないので、合理性だけで計れるものではない。

 わからない人には、わからせないとね。


「わからせる」とは、人の「わかる」すなわち学びと成長を

 促す行為であり、善行となるものだ。


 教えるけど、わかるかどうかは相手次第というスタンスでは、

 事務的だし冷たい。もう一歩踏み込んで、わからせる努力をしないとね。


 パネルを提示する。


□--------------------


 人は理屈だけでなく感情で物事を判断する


□--------------------


「理屈では自分にできない仕事と判っていても、感情では上司にできる仕事なら自分もできるはずだ。という思いがあったりするからな。この感情の部分を無視して行動すると、後々トラブルが生じかねない」


 前世には慰謝料という概念があったが、それが思い浮かぶ。不法行為(民法709条)により精神的苦痛を受けた際に請求できる損害賠償金で、民法710条で「財産以外の損害」として定められており、浮気・不倫、DV、ハラスメントなどが主な対象で、離婚や損害賠償請求の根拠となっていたっけ。


 人は理屈だけでなく、感情で動く部分がかなり大きい。ぶっちゃけ「感情>理屈」で動く人は多いのではないだろうか。その面を経済で捉えたのが「行動経済学」だ。行動経済学は、人間が常に合理的に行動するとは限らず、心理的・感情的な要因(認知バイアス、直感など)が意思決定に影響を与えることを前提に、実際の経済行動を研究する学問分野だ。


 ダニエル・カーネマンらが先駆者で、< プロスペクト理論(価値の感じ方)やサンクコスト効果(埋没費用効果)など多くの理論があり、マーケティング、政策立案、金融、人事など幅広い分野で応用され、より良い社会設計やサービス開発に活用されている。


 一般的な経済学は、日常生活を取り巻く経済や経済活動の仕組みを研究する学問であり、基本的に人間が「合理的な行動」を取ることを前提としている。それに対し、行動経済学は「人間が合理的でない行動」を取ることを前提とする点が大きな違いだ。行動経済学では感情・意思決定の癖など、心理学の領域も研究対象となる。行動経済学は経済学に心理学を合わせた学問と言えるだろう。


 従来の経済学では説明できないことが行動経済学で説明できることが多いが、それもそのはずだ。従来の経済学は人が「合理的な行動」を取ることを前提にしていたからな。少し考えれば分かるが、そんなことはない。ソ連の統制経済が失敗したのも、従来の経済(しかも都合のいい箇所だけ、具体的にはマルクスの『資本論』)を鵜呑みにしたからだ。人は数字や計算や理屈だけで動くものではない。


 まぁ、当時のソ連は為政者が人民をモノのようにとらえ、本気でモノのように扱えると考えていたからな。人には一人一人、心があるが、それを為政者は無視していた。だが、これは当時のソ連に限らず、今現在、独裁政権をしている覇権主義の国にもあるものだ。いずれ経済破綻するだろうが、人の心を無視して経済が成り立つわけがない。


 パネルを提示する。


□------


 行動経済学


□------


 長々、前置きしたが、ここで本題を出す。

 いつもと違うパターンだが、こういうのもたまにはいいだろう。


 欧米では最初に結論を言って、それから、その理由を説明をするのが一般的だが、奥ゆかしさを尊ぶ日本では、いきなりドンと結論を出すのではなく、いろいろ経緯や状況説明しながら、相手の理解や共感が深まったところで、そろりと結論を出す。場合によっては相手の顔色を見ながら、結論を変えることさえある。


 そう、最後の最後で結論さえ変えるのが日本人の話し方だ。いきなり結論を言って押し通す欧米と、相手に合わせ、状況を見定めながら、結論を出したり、変えたり、出さなかったりの日本では話し方が根本的に違う。


 これには文法も大きく影響してるだろう。欧米の言語は主語・動詞・目的語の順番で、何をするか、すぐ分かるが、日本語は、主語・目的語・動詞の順番で、最後まで聞かないと、何をするか分からない。最後の最後で否定し、それまでの趣旨をひっくり返すこともある。最後の最後までよく聞かないと日本語は意味が通じないのだ。


 日本に初めてキリスト教を伝えたスペインのイエズス会宣教師、フランシスコ・ザビエルは日本語のあまりの難解さに面食らい、「悪魔の言語」と評したが、相当苦労したことが伺える。欧米の言葉なら、最初に結論を言ってくれるので、あとは流すこともできるが、日本語はそうはいかない。挨拶や雑談から始まり、相手の本心を探り合い、そこから、そろりそろりと核心に迫っていき、最後に言いたいことを言う。


「あの人は素晴らしい。頭もいいし、他人からの評判もよく、皆から愛されている。きっと一般的にはいい人なんだろう。でも、申し訳ないが、僕はちょっとね……」


 なんて日本人は言ったりするからな。最後のどんでん返しはよくあること。


 欧米の一部の人は最初に結論を言わない日本語を欠陥言語のように言うが、最初に結論を言わないことで相手との対立を避けたいという調和の言語が日本語だ。互いに腹を探ることで想像力を鍛え、言いたいことが何なのか考えることで思考力を鍛える。言いたいことを言わずして、相手に本音を伝えるなんてことも普通にするからな。


 無下に断ると相手を傷つけるので、それを避けるため、「まぁ、考えておきますよ」などと言ったりする。聞き手が日本人だと「ああ、脈薄だな」と判るが、相手が欧米人だと、文字通りに解釈し、肯定的に捉えるケースがあるんだよな。実際は断っているのだが、欧米人にはそのニュアンスをわかりづらい。


「経済学は経済を金勘定や経済理論で考える学問だが、行動経済学はそれに人の感情を加えて考える学問だ。少し専門的になるが、これについて掘り下げていこう」


 経済学については、市場原理、需要と供給、インフレ・デフレ、生産・分配・消費、ミクロの視点(個人・企業の視点)・マクロの視点(国全体の視点)など、既にいろいろ教えている。教えていないのは、信用創造、付加価値、GDPあたりだな。これは害になると判断した。


 パネルを提示する。


□-----------


 1. プロスペクト理論

 2. ハロー効果

 3. サンクコスト効果

 4. アンカリング効果

 5. 現在志向バイアス

 6. 現状維持バイアス

 7. バンドワゴン効果


□-----------


「先ず、プロスペクト理論についてだな。具体的を示そう」


 パネルを提示する。


□-----------------------


 A 何もしなくても金貨10枚取られる 

 B コインの表が出たら金貨22枚取られるが

   裏であれば何も取られない


□-----------------------


「このような状況の時、お前なら、どちらを選択する?」

「そうですね……Bでしょうか」

「どうして?」


「何もしないのにお金を取られるのは、損をした気分になります。

 それだったら、損をしない可能性があるBを選びます」


「なるほど、でもよく考えてごらん。確率で計算すると、Aは金貨10枚取られ、Bは50%の確率だから、二で割って、金貨11枚取られる計算になる。理屈で考えるなら、Bを選んだ方が得だ」


「言われてみれば、確かに……」


「でも、人は無意識で『損をしたくない』という思いがあり、これが近視眼に走らせ、計算を狂わせる。損失回避ともいうが、商売でも結構使われている。『今買わないと損ですよ』という口上もそうだ。本当は買う必要がないモノでも、そう言われると買いたくなる心理が働く。これがプロスペクト理論だ。


 前世の商売でこれを露骨にやったのが、宝くじだ。高額当選する確率は数千万分の1とかであり、明らかに無駄になることが分かっているのに、「買わなければ当たらない→損をする→それを避けたい」という心理が働き、極めて非合理な行動を取るのだ。


「夢を買う」という人もいるが、まさしくその通りだろう。「もし当たったら、ああしよう、こうしよう」と想像することが楽しく、その想像をするために、お金を払っているようなものだ。でも、よくよく考えたら、宝くじなど買わなくても、そんな想像はいくらでもできる。


 宝くじを買わないと起こりえないじゃなか。


 と反論が聞こえてきそうだが、それを言うなら、宝くじを買ってもほぼ起こりえないことだ。むしろ、宝くじを買わない方が、宝くじ当選に限定しないので、よほど可能性が高くなる。大金を手に入れる方法は別に宝くじに限った話ではないからね。


 ポストを覗いたら、大金が入っていた。

 道を歩いていたら、大金が落ちていた。

 遠い親戚が自分を相続人に指定していた。

 なぜか知らないが金持ちに気に入られ、大金をくれた。

 通りすがりの見ず知らずの人がいきなり大金をくれた。


 等々、まずないだろうが、確率だけで言ったら、おそらく、こちらの方が宝くじよりずっと高いのではないだろうか。宝くじを買って、その当選の夢ばかり見るということは、他の可能性を視野に入れないのと同じこと。実はかなり損な行為だ。本当はプロ歌手やプロ野球選手になる実力があるのに、あるルートや方法にこだわったため、可能性を狭め、夢のまま終わるようなもの。


 そもそも1千万円や2千万円ぐらいなら、宝くじを当てるより、

 普通に働いて貯める方が何万倍も簡単だ。


 はっきり言って、宝くじは買うようなものではない。還元率は45~47%であり、損をすることが最初から分かっている。それに、売れ残りの宝くじが高額当選したら、高額当選は実質ゼロということもあり得る。全発行枚数のうち、売れ残りが3割なら、その分、高額当選も減るからね。だから毎回、億万長者が発生してるという言説は事実ではない。


 高額当選を夢見て、宝くじを買ったのに、実は高額当選者が出ないことがある。なんて知ったら、多くの人は興冷めして買わなくなるんじゃないだろうか。宝くじを買うぐらいなら、その分、貯金した方がずっといい。金持ちになる夢は宝くじを買わなくてもできる。


 ただ、僕だったら、そんな小さな夢は見ないけどね。

 もっともっとはるかに大きな夢を見る。

 それは本願であり、人生学校たる現世からの卒業だ。


 だが、僕の夢は誰かに頼ったり、何もしないで叶うことはない。

 自分自身の力を使い、行動して叶える必要がある。


「人は皆、得をしたいと思うが、それ以上に損をしたくない、という気持ちが強い。だから、皆が持ってないのに、自分だけ持っていなかったりすると、それだけで損をした気分になり、それを解消するため、必要でもないのに、それを買おうとしたくなる」


「商売で使えそうですね」


「うむ、確かに使える。使えるが悪用は厳禁だ。必要でないモノを買わせるなんて道徳に反することだからね。逆に必要なモノを買ってもらうために使うのはいい。例えば、健康な食品を勧めるために『これを食べて体調が良くなった人は多いですよ』とかね。これから話す内容も全てそう。悪い方向ではなく、良い方向で使うように」


 心理学を使った経済学は、人の心を研究する分、人の心の左右に関心が移りやすい。だが、それは一歩間違うと、マインドコントロールにつながるので注意が必要だ。今のカインなら大丈夫だろうが、念押しはしておかないとな。

 最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、ブックマーク、評価をして頂けると大変有難いです。

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