第1816話 行動経済学
関連回 第1772話 番頭カイン9、 第1811話 物価安定主義5
「父上、カインを連れてきましたよ」
「おお、ミローネとカインか、よく来たな」
「おじい様、ご無沙汰しております」
今日は休日、城の居間でゆっくりしていたら、ミローネがカインを連れてやってきた。ミローネが来るのはいつもの事だが、カインと一緒は久しぶりだ。
現在、彼はギルフォード商会の西の大支店で番頭として働いており、忙しい身の上だもんな。以前、大番頭であるハバロンの代行で根を詰めて超過勤務をしていたが、その後、振替で休むなどして、うまく調整しているようだ。働くべき時にしっかり働くのはいい。だが、休むべき時はしっかり休んでもらわないとな。
「カイン、ちゃんと休みを取っているか?」
「はい、ぼちぼち……」
と答えながら、視線を下に逸らす。
この感じだと本当に「ぼちぼち」なんだろうな。
「そうか、それなら、まぁいい」
誰に似たのか、カインは無類の仕事好きで、放っておくとどんどん仕事をしてしまう質があるので、こうして自重するよう一言いうのが常となっている。マティス店長にもカインに超過勤務させ過ぎないよう、それとなく言っているところだ。ただ、働く気になっているのに、水を差すのもどうかというのもあり、そこまで強くは言ってない。最終的な判断はカインの考えを尊重する。
現在、日本では国民の為に働く宣言した首相が睡眠時間を削りながら、日々奮闘しているが、その姿勢に好感を持つものの、もう少しご自愛してもらいたいとも思っている。だが、今の日本は問題山積でそうも言ってられないのだろう。
今の日本は緊急事態、国難といっていい状況だからな。
ここで伸るか反るかで日本の未来は大きく変わる。
最近、衆議院を解散したようだが、憲法改正、スパイ防止法、国旗損壊罪、外国人土地取得規制法など、日本にとって必要な政策に反対する勢力を削ぎ落すためなのは明白。案の定、そのような勢力は今回の解散に大義なしと騒いでいるが、国益を優先する党とそうでない党のどちらを選ぶか? という、これ以上ない大義がある。今回の選挙で前者が勝てば、一気に改革が進むはずだ。
二人が正面のソファに座る。ミローネはギルフォード商会における僕の後継者、カインはそのミローネの後継者。現在は番頭だが、ゆくゆくは商会のトップである会長に就任してもらうという青写真を描いている。そのためにはいろいろ経験を積んでもらわないとな。
ミローネの時もそうだったが、後継者とはいえ特別扱いはしない。末端から実力で上がってもらう。ポンと役職だけ与えても相応の実力が無ければ意味がないからな。それにそんなことをしたら、まわりが納得しない。ギルフォード商会の人事考課は年齢も性別も種族も身分も出自も関係ない。実力で評価する。それは後継者であっても変わらないことだ。従業員たちに実力主義を説きながら、自分の子供をその例外とするなら、商会内のガバナンスが揺らいでしまう。
親が子供の仕事を継ぐのはいい。だが、子供というだけで、無条件で親の仕事を継ぐことには反対する。そんなことをしたら、どこかの世界のボンボン世襲議員のようになってしまう。ルッキズムにあたるので顔のことはあまり言いたくないが、甘やかされて育ったボンボンは顔に幼児の相が出るんだよな。どこかの国の元首相もそうだった。
「頑張っているようだが、仕事の方はどうだい? カイン」
「はい、日々、いろいろ学ぶことが多いです」
「ほぅ、それはいいことだ。どんどん学ぶといい」
カインは番頭になったとはいえ、まだ十八才。他の番頭たちと比べたら経験不足は否めない。だからこそ、その差を埋めるべく、折に触れ、いろいろ教えてきた。
「父上、カインにまた何かお話してやって下さい」
ミローネが申し出てきた。ふふ、自然な流れだな。
「じゃあ、何か話をしよう。いいかい? カイン」
「はい、おじい様、お願いします」
それじゃ、何を話すかな。
商会の後継者に相応しい内容にしたいが、今回は砕けた感じでいくか。
丁度、話したいテーマについて構想がまとまっていた。
このテーマはカインにとって有益なはずだ。
「ある商会で新人がベテランの上司から仕事を頼まれ、それをしていたが、その仕事が誰でもできるような簡単な仕事ばかりで不満を持ったとしよう。こういう事ってどこでも起こりうるよな? ギルフォード商会でも普通に起こりえることだ」
「はい、そうだと思います」
「うむ。だが、それは当然のこと。新人はまだ仕事を覚えていない訳だから、最初から難しいことは任せられない。簡単なことからさせるのが仕事のセオリーだ。そこで、その新人に話を訊いたら、不満を持ったのは、上司から雑用を押し付けられている感じがしたから、ということだった。つまり、馬鹿にされているような感じがして、ということ。だが上司に訊くと、そんなつもりはまったくなく、仕事をひとつひとつ覚えてもらい、応援の気持ちが強かった。という。この話を聞いて、どう思う?」
「そうですね……コミュニケーション不足によるものだと思います。
一度、しっかり話し合うべきでしょう」
「だな。だが、実際の現場ではそれをせず、『それぐらい察しろ』と言わんばかりに、なあなあで済ませてしまう場合が多い。そうすると、表面上はうまくいってるように見えても、見えないところで、不満がたまり、それが徐々に仕事の面でも表れるようになってくる。『この人は自分の考えを理解していない』『この人に言っても無駄』『だから報連相したくない』となっていくんだ」
「それは問題ですね」
「だから、そうならないよう、日頃から、ちょっとしたことでもコミュニケーションをよく取る。特にこの場合、上下関係があるから、部下から上司には声をかけづらい。上司から部下に『何か気に病んでいることはないか?』と率先して声をかけるべきだ。報連相待ちではダメ。自発性がないとね」
ここまでは導入のたたき台。
「さて、話を戻そう。先程の例だが、別の視点で考察しよう。例えば上司の月の賃金が大銀貨5枚(五十万円)、新人の月の賃金が大銀貨二枚(二十万円)とする。この場合、合理的に考えると、上司は大銀貨5枚に見合う仕事を、新人は大銀貨2枚に見合う仕事をすべきということになる。それなのに、上司が新人でもできる仕事をしたらどうなるか? 本来もっと難しい仕事をするべきなのに、簡単な仕事をしてるわけだから、賃金に見合った仕事をしていない、ということになる。これは商会全体から見たら好ましいことではない。だから、上司は新人ができる仕事をするべきではなく、新人に任せるのが正解ということになる。上司が新人でもできる仕事ばかりしたら問題だからな」
僕も前世で社会人1年目の頃、上司から雑用をたくさん言い渡され、不愉快な気分になったことがあるが、後からよく考えたら、組織として、それは当たり前ということが分かった。高給取りの上司が新人でもできる仕事をしたら、会社にとって損失となる。
むしろ、できる新人なら、どんどん上司から、新人でもできる仕事を奪い、上司に上司にしかできない仕事に集中できるよう動くのが理想ということになる。そういう意味では、当時の僕はそこまで優秀ではなかったということだ。
でも、それは仕方ないとも思っている。学生時代、精力的に勉強してきたが、あれは受験のためのもので、肝心の人生についてのことはほとんど習わなかったからな。知識を詰め込んで頭でっかちにはなったが、具体的に人生の各場面でどう行動すべきか、ほとんど教わらずに社会に放り出されてしまった。
だから、それを反面教師とし、この世界の学校では知識の詰め込みではなく、現実の世の中でどう行動するかに焦点を当て、知識をそのために使えるよう指導している。福沢諭吉の『学問のすすめ』は国民ひとりひとりが学問を通じて知識と判断力を身につけ、自立し、その集合体として日本という国が西洋諸国に負けない近代国家として発展することを目指すべき、という内容だが、この本の凄いところは、学問のための学問ではなく、現実世界で役立つ実用のための学問(実学)を勧めているという点だ。福沢諭吉は『活用なき学問は無学に等しい』とまで言い切っている。僕もこの点に共感し、実用を重んじる教育制度を構築してきた。だから、同じ18才でも日本の18才より、この世界の18才の方がずっと大人だ。昔の日本の18才ぐらいの水準には達しているだろう。
昔の日本の若い世代は凄かった。福沢諭吉は23才で江戸に蘭学塾を開き、それが後の慶応義塾となったが、それにとどまらず、坂本龍馬、高杉晋作、伊藤博文、大隈重信、山県有朋、榎本武揚、大久保利通、木戸孝允など、10代、20代から活躍した人たちがずらずらっと並ぶからな。この時代はとにかく若い世代の能力が高かったが、それを可能にしたのが、実用を重んじた教育だ。知識詰め込みの偏差値教育や、絵空事を夢想するだけの教育では、ああはならない。
GHQがいじくる前の日本の教育は凄かった。だから、今の10代、20代と、当時の10代、20代とでは、精神的な成長で大きな差があった。それは18才で戦死したとある特攻隊員の遺書の文面からも分かる。これは出撃する前日に新しい母親(継母)にあてたものだが、それまで亡き実母への思いから、なかなか心を開けずにいた思いと、それを解き放つ思いにあふれている。
『母上御元気ですか。永い間本当に有難うございました。我六歳の時より育て下されし母。継母とは言え世の此の種の女にある如き不祥事は一度たりとてなく、慈しみ育て下されし母。有難い母 尊い母。俺は幸福だった。遂に最後迄『お母さん』と呼ばざりし俺。幾度か思い切って呼ばんとしたが、何と意志薄弱な俺だったろう。母上お許し下さい。さぞ淋しかったでしょう。今こそ大声で呼ばして頂きます。お母さん、お母さん、お母さんと』
今時の18才にここまでの文章が書けるだろうか。特攻と言えば神風特攻隊であり、片道の燃料だけ積んで、敵の艦船に突撃する捨て身の運命だ。生きて帰ることは不可能。さぞ怖く、さぞ泣きたく、さぞ憤懣やるせない思いがあっただろう。その胸中は想像を絶するものだが、それを一切出さず、ただただ、相手を思いやる言葉にあふれている。はたち前でこの境地に達しているとはね。
「上司と新人の賃金の差は実力の差によるもの。上司は難しい仕事ができ、新人は簡単な仕事しかできない、という評価の上でなされている。であれば、それに則り、上司が難しい仕事を、新人が簡単な仕事をすることが基本ということになる。それが分かれば、新人は上司から仕事を任されても、不満を持たず、上司が上司しかできない仕事に集中できるよう、協力するようになるだろう」
新人の頃、仕事中、上司から、一階の自販機で缶コーヒーを買ってくるよう、よく言われ、ムカついたものだが、あれだって、僕の方から「買ってきましょうか?」と言っても良かったんだよな。
缶コーヒーを買うには時間がかかるが、客観的に見て、僕の時間より上司の時間の方が貴重だから、経済合理性を考えれば間違ってはいない。議員や経営者は秘書と雇い、弁護士や司法書士などの士業は、事務員を雇うが、あれだって自ら動くより、サポート要員を雇って動いてもらった方がコスパはいいからだ。ぱっと見、格差っぽく見えるが、高収入の人が簡単な仕事をしたら割に合わないからね。
まぁ、その点はそうなんだろうが……。
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