第1812話 物価安定主義6
本テーマはここまで。
孫たちへの講義は続く。
「さて、ここで問題だ。民が貯金しだすと、物価は上がるかな? 下がるかな?」
リベルト(三十才)が手を挙げる。
「下がります」
「どうしてかな?」
他の孫たち向けに、ちゃんと説明してもらおう。
「貯金すれば、その分、モノを買わなくなりますので、
モノが売れなくなります。売れなければ、物価は下がります」
「うむ、正解だ」
流石、次期国王、この程度は朝飯前か。
日本は構造転換期の30年において、政府が国債と通貨を発行したにもかかわらず、インフレにならず、むしろデフレ気味だったが、それは国民が貯金に走ったからだ。いくら民間にお金が流れても、市場(取引)に回らなければ、モノが買われず、インフレになることはない。それに加え、民間銀行が市場にお金が流れないよう塩漬けにしたしな。
日銀が刷ったお金はいきなり市場に流れることはない。先ず、日銀当座預金(民間銀行名義の口座)に振り込まれる。本来、そのお金は民間銀行が好きに使えるお金だが、日銀の意向を受け、塩漬けしているものと推察される。
それじゃ民間銀行が損では? と思うなかれ。ちゃんと利息が付く。日銀当座預金は原則無利息だが、金融政策の見直し(2024年3月)により、「超過準備」(義務付けられた準備預金を超える部分)に年0.1%の利息が適用されるようになった。
現在、大企業は社内留保(自己資金)を増し、またエクイティファイナンス(新株発行・公募増資・第三者割当増資・転換社債型新株予約権付社債など)を通じ、デットファイナンス(銀行借入)を使わず資金調達することが増えたので、銀行の融資先が減っている状況だ。
だから銀行業界は苦境に立たされており、どこも経費節減やリストラが進んでいる。そんな最中にした日銀による政策金利見直し(年0.1%の利息)は民間銀行の救済に等しい。長年、財務省や日銀からの天下りを数多く受け入れてきたので、その見返りであろう。
また日本の民間銀行は国内の融資先不足を補うべく、国外に積極的に融資している。これも日銀や財務省の意向にも適うものだろう。国内の過度なインフレ防止になるし、海外で円の供給が増えれば、「円経済圏」の拡大につながるからね。
日本円は金利が安いので海外市場では大人気だ。事業融資が主となるが、それに留まらず、円キャリートレードという現象が発生している。これは低金利の円で資金を借り入れ(調達)、それを高金利の通貨に換えて外国の金融資産(債券や株式など)で運用し、運用益に加えて金利の差益(利ザヤ)を稼ぐ取引のこと。「円借り取引」とも呼ばれ、円安の要因となっている。円安は日本経済にとってプラスの方が大きいので、財務当局は注視しつつも総じて黙認している状況だ。
現在、1ドル150円台後半だが、輸出で稼ぐ大企業にバフがかかり、どこも売上が伸びている。東証の日経平均株価は5万円を超え、バブル期の水準を既に超えている。証券取引市場関係者の鼻息が荒くなる姿が容易に想像できる。年明け後も最高値を更新し続けているしな。
低金利 → 円キャリートレード → 円安 → 輸出増 → 税収増
おそらく財務当局はこの流れを意識し、そうなるよう誘導したのだろう。で実際、そのようになっている。本来、輸出が増えれば、ドルから円に回帰する動きが増えるので、円高が進むはずだが、企業は円に戻さず、ドルで海外に再投資してるのだろう。そうでないとこうならない。
この状況を切り取り、「日本にお金が回ってこない」「海外にばかり投資するな」という意見があるが、国内の投資を増やすとインフレ要因になることを理解しているのだろうか。いや、デフレ期なら、それはアリだが、現在、日本はデフレではない。というかインフレだ。いつまでもデフレマインドでいてもらっては困る。
2022年 2.3%
2023年 3.1%
2024年 2.5%
最近は物価が上昇しているのだ。2025年も2%を超えるだろう。
ここ数年、日本はインフレになっているが、それは国民がお金を使いだしたからではなく、円安で輸入品が高くなったからだ。ディマンド・プル・インフレではなく、コスト・プッシュ・インフレだね。前者は国内市場(需要と供給)によるもので、後者は海外市場(円相場)によるものだが、予測&コントロールしづらいのは後者なので、経済的に見てあまりいいものではない。それに、貯金なら国内にお金が貯まるが、円安で輸入金額が増えると、その分、お金が海外に流出するので、その面からもいいものではない。
ただ、輸入品が高くなったと嘆いても仕方ない。であれば、国産品を開発すればいい。特にお米、小麦、植物油など、カロリーの高い食品の自給率アップが急がれる。お米については、かつて減反という愚策をしてしまい、今も甚大な影響を受けているが、今こそピンチをチャンスと捉え、お米の生産量を増やし、海外に売るぐらいの勢いを持つべきだ。日本食は海外で人気があり、それに平行して日本のお米の美味しさが海外で知られるようになった。これを活かさない手はない。
ルイーズ(三十才)が手を挙げる。
「そうしますと、連邦が新たに通貨を発行しても、貯金に回り、
インフレにならない場合もあるということですか?」
「そういうこと。需要と供給、インフレとデフレはあくまで市場取引で決まるからね。そこから外れると影響を及ぼさない。これもお金だけでなく、モノもそう。豊作で大量に採れても、市場に出さず、倉庫に保管すれば影響を及ぼさない」
さて、ここから。
「だから、単純にお金をたくさん発行すればインフレ、モノがたくさんできれば、デフレということではない。実際の市場取引、つまり実際にいくらで売られているかの確認が必要だ」
モノを売るのも買うのも人。そこに人の思惑が入ってくる。
机上の空論で価格は決まらない。
「これについては“消費者物価指数“というものを用いる。これは消費者が購入するモノ・サービスを対象とした価格を集計した指数だが、具体的にはこの手順で決めるんだ」
パネルを提示する。
□------------
1.基準時点の設定
2.品目とウェイトの設定
3.価格調査
4.算出
□------------
これも言わばチート知識だが、チートスキルと違い、覚えれば誰でも活用できるのがいい。そして、皆に広がれば、それはチートではなく、一般的な知識となる。誰か特定の人だけが活躍する社会ではなく、皆が活躍する社会。その実現にはスキルより知識の方が役に立つ。
「先ず、基準時点を設定し、この時点の価格を100とする。それにより次の調査で101となれば、その間、物価が1%上がったということになる。通常、1年に1回だ。それから品目。これは生活に必要性の高い品目となる。そしてウェイトだが、これは家計に占める各品目の割合だ。それから価格を調査し、最後に計算する。総額の計算する際は、ウェイトに従い、加重平均する」
マーク(二十四才)が手を挙げる。
「加重平均って何でしょうか?」
「一口に物価と言っても、たくさん種類があるだろ。それを無視して一緒くたに計算すると実勢を掴めなくなってしまう。例えば、家計に占める割合の高い商品とそうでない商品では同じだけ価格が上がっても影響度が全然違う。だから計算する際は、影響の大きな商品は重く、影響の少ない商品は軽くなるよう、配慮する必要がある。例えば、ある店でこの様に商品が売れたとすると……」
パネルを提示する。
□---------------
A 銅貨2,000枚 10個
B 銅貨1,800枚 15個
C 銅貨1,500枚 30個
□---------------
「商品がひとつしかなければ、簡単にいくが、この場合、そうはいかず、
加重平均を計算しなければならない。具体的な計算方法はこうだ」
パネルを提示する。
□-------------------------
(2,000×10)+(1,800×15)+
(1,500×30)=92,000
92,000÷(10+15+30)=1,627.7
□-------------------------
「消費者物価指数を計算する場合はもっと品目が多いので、
もっと煩雑になるが、基本的な考えはこの通りだ」
ここで問題を出すとしよう。
「さて、ここで問題。もっとも影響の大きい商品は何だと思う?
レオナード(九才)、わかるかな? 庶民がもっともよく買うものだ」
この問いならレオナードでも容易に答えられるだろう。
「パンです」
「その通り。庶民がもっとも買うものは食べ物で、
その中でもパンや豆乳の比率は高いからな」
以前ならパンと牛乳だったが、今はパンと豆乳に切り替わっている。パンについては、さらに米に切り替える家庭も増えているが、元々、パンが主食なのでパンの人気は根強い。僕は元日本人で和食推しではあるが、この世界は元々西洋風なので、その部分は尊重している。僕も前々々世は西洋人だったし。
「だから、パンが値上がりしたら、庶民の生活にすぐ影響が出るので、これにもっとも気を配らなければならない。逆に季節ものの野菜は、他の野菜で代替が利くので、そこまで神経質になる必要はない。庶民が普段、何をよく食べるのか、それを把握しておくことだ」
日本の消費者物価指数|(CPI)の対象品目は「財」「公共サービス」「一般サービス」の3つに区分され、これらの対象品目は全部で582品目にも及んでいた。
「財」は生鮮食品や他の農水畜産物、繊維製品、石油製品、電気・都市ガス・水道などで、電気代(電力料金)も消費者物価指数に大きな影響を与えていた。「公共サービス」は、公営・都市再生機構・公社家賃、医療・福祉関連サービス、運輸・通信関連サービス、教育関連サービスなどが含まれ、「一般サービス」は、外食や民営家賃、持家の帰属家賃、他のサービスの家事関連サービス、医療・福祉サービス、通信・教養娯楽関連サービスなどの項目があった。この世界ではここまで数は多くないが、大いに参考にさせてもらっている。
日本では毎年、物価が2%ずつ上がる状況を良しとしていたが、この世界では違う。0%を良しとする。物価が上がる世の中では、それに応じて、賃金やら年金やら、他のすべての金額が上がったが、今考えると本当に変わった世の中だった。その中にいると、それが当たり前にようになるが、実際はそうではなく、そうなるように仕向けられていたんだよな。
賃金や年金が上がるからいいじゃないか、という意見があるが、そうしないとモノが買えなくなるので、そうなっているだけであり、本当に重要なのは収入でどれだけモノが買えるかだ。普通に考えてインフレなんてないほうがいいに決まっている。インフレになればモノが買えなくなり、それだけ生活が苦しくなるのだから。
なぜインフレが起きるのか?
それは借金してモノを買うからだ。本来、お金がなければモノは買えないが、前の世界はクレジットカードの普及により、借金の抵抗が少なく、皆、平気で借金してモノを買う。そうなると必要以上にモノが売れるので品薄となり、モノの価格が上がり、インフレになる。
インフレになると、お金の価値が下がるので、貯金が目減りし、借金も目減りする。そうすると、貯金するより借金する方が得と考える人が増え、ますます借金するようになる。
借金が当たり前の世の中になると、誰が得をするか?
それは金貸し、金融資本家だ。
彼らは自分たちに都合がいいよう、世の中を制度設計した。
それが資本主義だが、その実は資本(自己資本)ではなく借金主義だ。
自己資本の範囲で商売してる企業はほとんどない。
日本は構造転換期の30年で、欧米に経済成長で差を付けられたというが、日本人は貯金してモノを買わず、欧米人は借金してモノを買う、という傾向が、その根底にあり、そこを無視して議論しても実態は掴めない。
目先の生活を謳歌し、インフレが起きる社会と、
将来の備えをし、インフレが起きない社会、どちらが健全だろうか?
いい加減、「インフレ=経済成長=良いこと」という思い込みから脱する
べきだ。それは、この状態を良しとしたい金融資本家による洗脳なんだから。
日本で「毎年、物価2%の上昇」を良いものとして発信してる大元の存在は日銀であり、日銀は金融政策の理念を「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」としており、物価の安定について、こう主張している。
『物価の安定が大切なのは、それがあらゆる経済活動や国民経済の基盤となるからです。市場経済においては、個人や企業はモノやサービスの価格を手がかりにして、消費や投資を行うかどうかを決めています。物価が大きく変動すると、個々の価格をシグナルとして個人や企業が判断を行うことが難しくなり、効率的な資源配分が行われなくなります。また、物価の変動は所得配分にゆがみをもたらします』
こうした点を踏まえ、日銀は、2013年1月に、「物価安定の目標」を消費者物価の前年比上昇率2%と定め、これをできるだけ早期に実現するという約束をしたのだが、物価の安定についての基本的な主張はいいとして、物価上昇率2%を目標としている点が、僕と決定的に違う。
たとえ2%でも、物価が上昇したら、それは文字通り「物価の上昇」であり、「物価の安定」とは言わないのではないだろうか。また、そもそも論として、なぜ物価の上昇が、さも当然のように話をするのか。
それは金貸しにとって、そういう世の中の方が自分たちにとって都合がいいからだろう。金を生み、金を貸すことによって、世の中を動かすことができる。権力は麻薬のようなものであり、それを手にして快感に酔いしれているのだろう。
『私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。そうすれば、誰が法律を作ろうと、
そんなことはどうでも良い』
かつて、マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドはこう 述べたが、
金がすべての世の中では、金を抑える者が陰の支配者となる。
だが、紙幣を刷ると、インフレという副作用が発生する。
それを正当化するために影の支配者は考えた。
そうだ。「インフレ=経済成長=良いこと」にしてしまおうと。
こうして彼らの子飼いである議員や経営者やマスコミや御用学者などを通じて、
そう喧伝してきたのであろう。
インフレが経済成長?
いやいや、モノの値段が上がっただけだろ。良いことのように言うな。
通貨を信用創造しても、ゼロから新たな価値が生まれるわけでなく、実際は既存のモノやサービスや労働の価値の上に紐づいて成り立ち、新たな通貨は既存の通貨から価値を奪うことによって、その価値を創り出す。これがインフレ発生要因となる。
インフレ前 定食 800円
インフレ後 定食 1200円
通貨が増えれば、モノの価値は上がり、通貨そのものの価値は下がる。
これのいったいどこが良いんだ?
賃金が上昇しているのは主に大企業であり、
全体として物価高にまったく追い付いていない。
むしろ、派遣、パート、アルバイトなどの非正規が増え、
物価高で苦しんでいる人が多いだろう。特に若い層は。
インフレと言えば、南米のベネズエラは酷かった。大統領が相当な経済オンチで、安易に紙幣を刷りまくってしまった。金がないなら、金を増やせば、豊かになるとでも思ったのだろう。だが、実際は凄まじいインフレが発生し、一時は年率13万%も物価が上昇してしまった。コーヒー1杯飲むにも札束が必要だとか。それにより国民は困窮を極め、人口の2割超が国外に脱出したんだよな。麻薬組織の親玉が国のトップに就いたら、そりゃそうなるわな。その国の人にとっては、たまったものではないだろうが、反面教師とさせてもらう。
通貨を無計画で刷ったら、国の経済がおかしくなるが、これは通貨に限らず、国債もそう。信用創造で紙切れに価値を与えても、それは既存のモノやサービスや労働の価値があってこそ成り立つものであり、紙切れだけ増やしても意味がない。経済の根本を改めないと。
最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、ブックマーク、評価をして頂けると大変有難いです。
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