第1782話 財政健全化
関連回 第1663話 信用創造3、第1664話 信用創造4
孫たちへの講義を終え、ひとり執務室のロッキングチェアに揺られ、まったりとくつろぐ。孫たちに復習するよう言ったが、それは自分も同じこと。じっくり振り返ろう。復習とは言われたことを思い返すだけではない。そこから自分なりに思考を発展させ、現実の世の中に活かすことが求められる。決して頭の中の思考だけで終わらせてはいけない。
PDCAサイクルは、P(Plan・計画)・D(Do・実行)・C(Check・評価)・A(Action・改善)で成り立つが、PCは思考、DAは実践であり、思考と実践の繰り返しで物事の向上を図るもの。できる人はこれを意識ないし無意識でやっている。
これは日本で普及し、製造業の品質改善に大いに役立ったが、元々、日本人が編み出したものではなく、戦後、GHQの招きで来日したW・エドワーズ・デミング博士が日本人に教えたものだ。デミング博士は母国アメリカで品質改善の重要性を説いていたが、ほとんど聞く人がおらず、失望していた。だから自分の教えを素直に聞いてくれる日本人に感銘を受けたことだろう。当時の日本は焼け野原から復興中だったが、デミング博士の教えはその後の日本製品の飛躍的な品質の向上に大きな貢献を果たした。そして日本の成功をきっかけにPDCAサイクルは有名になり、世界中が日本に学びにくるようになった。
但し、PDCAサイクルには欠点もある。それは最初のP(Plan・計画)の敷居が高いことだ。ここで誤ると、その後のサイクルがすべておかしくなる。また正しい計画であっても、実行性が伴わなければ、計画倒れとなる。実際、日本以外の国はPDCAサイクルが必ずしもうまくいっていない。D(Do・実行)も難しいし、C(Check・評価)やA(Action・改善)も簡単にできるものではない。
デミング博士の教えはレベルが高すぎてアメリカでは広まらなかったが、そのレベルに日本人が合っていたから、日本で広まったのだろう。PDCAサイクルは単なる機械的な品質管理システムにあらず、先々を見通す曇りない目、たゆまない努力、自己客観視、うまくいってもそこで終わりにしない謙虚さ、という精神性が大きく関わっている。これは元々、日本人に職人魂として備わっていたものだ。
ただ、PDCAサイクルはハードルが高く、最近ではOODAループというものが流行っているらしい。これはアメリカ軍のジョン・ボイド大佐が航空戦に臨むパイロットの意思決定プロセスとして考案したものだが、その有益性が多方面で知られるようになり、今やPDCAサイクルと並び称されるようになっている。
OODAループは、O(Observe・観察)・O(Orient・状況判断)・D(Decide・意思決定)・A(Act・行動)で成り立つが、PDCAサイクルのように、いきなり計画を立てるのではなく、観察から始めるので、ハードルは相当低いと言えよう。前準備を十分することにより、意思決定を確かなものとし、行動に結びつける。
直感的に思ったことは、PDCAサイクルもOODAループも人生に似ているということだ。但し捉え方が違う。PDCAサイクルは魂視点が入った生き方、OODAループは純粋に人視点の生き方、ということだ。僕らはこの世に、誰からも何の目的かも告げられず、生を受けた。わけもわからずマラソンが始まり、わけもわからず走っているのが僕ら人。魂は目的を知っているが、人はそうではない。
だから、最初に計画を立てること自体、相当なことなのだ。その点、それを知らないことを前提に、先ず観察から始めるのは、人視点に寄り添っており、ハードルは低いと言えよう。計画や目的がはっきりしなくても、目の前の状況に臨機応変に対応し、事を成すのがOODAループだ。わけもわからずマラソンを走っていても、とにかく前のランナーに狙いを定め、追い抜けばいい。
OODAループの方が現世的で現実的だが、果たして、これで終いにしていいのか? という感じはする。確かにハードルは低いが、現世に注力する分、魂との距離が遠くなり、ずれた場合の修正が効きづらいのではないだろうか。PDCAサイクルはハードルが高いが、ミスを折り込んでおり、チェックに力を入れているが、OODAループはそこが弱い気がする。外の観察は優れているが、内省が足りない。
OODAループは製造業よりビジネス、
もっと言えば、データを扱うビジネスと相性がいい。
観察:データを集める
状況判断:データを分析する
意思決定:方針を決める
行動:方針を実行する
現在、アメリカにはGAFAと呼ばれる巨大IT企業が幅を利かせているが、これなどはまさにOODAループを活用した成果だろう。でも、これ、いくらやっても霊性進化に結びつかないのではないだろうか。現世で成功し大儲けできるのかもしれないが、皆が皆、これに走ったら、いい世の中にならない気がする。もともと敵を倒す軍事手段だったわけだし。
僕らは、わけもわからずマラソンを初め、わけもわからず走っているランナーだが、前のランナーを追い越せば、それでいいのだろうか? 勝つことが人生の目的だろうか? そう思う人はそうすればいいが、それだと、次のレースも、そのまた次のレースも、永延と同じように走り続けることになるのではないか。わけもわからず、ただ次から次へと抜くだけの人生。
OODAループは同じ円の中をぐるぐる回るものであり、PDCAサイクルは螺旋状に回りながら上昇していくもの。輪廻転生を選ぶか、そこから脱することを選ぶかは、各人次第だ。ただ、OODAループを選ぶ人も、いずれどこかの時点でPDCAサイクルにシフトチェンジすることになるだろう。いずれ飽きがくる。
とと、盛大に横道に逸れた。講義の振り返りだったな。
福祉と負担をテーマに、国の収入と支出、プライマリーバランスついて話をしたが、実のところ、この世界の国々はどこもプライマリーバランスが取れていて、そこまで心配はしていない。それでも教えたのは、転ばぬ先の杖という奴だ。起きてから騒ぐのではなく、起きる前に対策を取り、騒ぐようなことが起きないようにする。いわば財政の予防だね。おかしな方向に進まないよう先手先手を打っている。
たとえプライマリーバランスを単年度で崩しても、貯えがあるので、すぐ取り戻すことができる。無借金、無国債というのは本当にいい。どこの国も基本的に収入の範囲内で支出を収めているので、前の世界の国々のように深刻な問題となることはない。この世界の財政は実体経済を元にしており、前の世界のように虚構経済がのさばっていないからな。
前の世界では虚構経済が実体経済の数十倍の規模に膨れ上がり、実体が有るかどうかも分からない出所不明な大量の資金が世界中を駆け巡り、暴れまわり、実体経済を揺さぶっていた。その様はまるで海の怪獣リヴァイアサンが荒波を起こし、漁船がパニックになっているかのよう。
それにしても、日本の財政状況はよろしくない。
日本の国債発行残高は1000兆円を超えており、度々議論となっているが、これはバランスシート上、政府から見て負債であり、国民から見て資産であるため、政府と国民を同じ家族と見立てた場合、そこまで大騒ぎすべきでないという議論がある。
家庭でいえば、お父さんがお母さんから、お金を借りたようなもの。家庭の中ではプラマイゼロとなる。そんな例え話をした国会議員がいた。国は政府も企業も国民もすべてひっくるめての家族であり、それゆえ国の家族「国家」と称されるから、あながち的外れな論ではいだろう。
だが、そうは言っても、このままどんどん国債発行残高が増えるのは不安要因を大きくすることであり、決して好ましくない。家庭でお父さんがお母さんから、お小遣い的に数万円程度借りるならいいが、これが数十万、数百万円となったら違和感を持つだろう。他所の家から「あの家はどうなっているんだ?」と疑念を持たれることになる。
鎖国してる頃ならいざ知らず、今や日本は世界経済の真っ只中にいる貿易大国であり、世界中の国と手を取り合い、海外からの信用が必要不可欠となっている。そして、国の信用、国債の信用、円の信用、日本人の信用はすべて根幹でつながっている。国債だけ都合よく切り離すことはできない。
国(政府)の負債は国民の資産だから、ノープロブレム?
いやいや、本気で言ってる?
一部の積極財政派の人は
まるで赤の他人のように国(政府)と民を切り離した議論をしているが、
あまりにも現実離れしている。
唐の詩人、杜甫は『春望』の冒頭で『国破れて山河在り、城春にして草木深し』と詠んだが、国が滅びたら、草木などの自然が喜ぶだけで、人の暮らしは大変なことになってしまう。国(政府)という船が沈んだら、船員である民も無事で済むはずがない。国(政府)の負債は民にも大きく関係する。他人事ではない。
国(政府)という船があるから、船員である民は生活ができている。その船に乗りながら、船がどうなっても関係ない、という議論は噴飯ものだ。そういう議論をする人は一度、無政府状態のソマリアで暮らしたらいい。国(政府)があるからこそ、自由を手に入れ、その自由で好き勝手なことが言える。
国(政府)があるのは、当たり前のことではなく、有難いこと。かつてポーランドは18世紀に、ロシア・プロイセン・オーストリアの三国に分割されて、123年間、地図上から消滅し、さらに第二次世界大戦でドイツとソ連に分割占領されたことがある。それでも、国(政府)を復活させたのは、それがないと民の基本的な権利が守られず、生活に困窮し、民族のアイデンティティの維持が困難だったからだ。他人の家の庇を借りて、居候のように暮らすこと程惨めなことはない。
また、国を家族と見立てても、家族の負債は文字通り家族のものであり、それは家族の一員である自分のものでもある。国(政府)の借金は民の資産だから関係ない、とはとても言えたものではない。マスコミは、国(政府)の借金を人口で割り、一人あたり1000万円の借金と報道したことがあったが、これもあながち間違っていない。国(政府)は国民と家族であり、運命共同体なのだから。
僕は日本人が生み出した「国家」という和製漢語に好感を持つ。
日本人ならば日本という国を自分の家のように大切にするべきだ。
問題点はあるが、日本のような良い国は滅多に存在しない。
国ガチャで言えば、大当たりだ。
だから元日本人として、日本の財政健全化について考えよう。もし僕が元日本人の人格と記憶をリセットして、この世界に転生していたら、日本のことなど考えようともしなかっただろうが、ばっちり人格と記憶を保持した状態で転生しており、肉体的には元日本人でも、精神的には日本人そのものだ。この世界に来て、この世界のことを吸収してきたが、その土台には常に日本人としての自分があった。
特に引退後は、その意識が強くなり、マイ図書館で日本をウォッチする機会が増えたが、観察者として距離を置いて観るだけにとどまらず、それを元に思考する機会も増えてきた。
先ずは現状を確認しよう。
2025年度の国の一般会計歳入と一般会計歳出の総額は1,151,978億円となっているが、一般会計歳入のうち、公債金は24.9%を占め、286,471億円となっている。これが国債発行分であり、不足分埋め合わせの借金ということになる。平たく言うと、日本という国は歳入が歳出の4分の3しかなく、4分の1を先の世代にツケ送りしてるということだ。
一般家庭なら、毎月40万円生活費がかかるのに、30万円しか給料がなく、毎月10万円借りているような状態だ。これはどう見ても不健全だろう。ちなみに一般会計歳出のうち国債費は24.5%を占め、282,179億円となっているが、これが国債返済分だ。これもだいたい4分の1。
つまり日本は毎年、借金の返済をすると同時に、同じぐらいの額の借金を繰り返す状態となっており、いわば自転車操業のような状態。これではなかなか借金総額(国債発行残高)が減ることはない。
一方、国債発行残高(普通国債)は2025年度末には約1,129兆円に達する見込みで、これは名目GDPの2倍を優に超えている。世界的に見てもかなり高い水準で、これが悪目立ちしているのだ。元日本人として他国から「借金大国」と蔑まれるのは心苦しい。ここだけ切り取ると、資金計画できない、いい加減な国に見えてしまう。日本人の国民性はまったくそうではないのに。
※補足※
国の負債は国債発行残高(普通国債)の他、
政府短期証券、借入金などもあり、実際はもっと多いです。
実際は資産も高い水準なので、これを加味すれば、そこまで騒ぐ必要はないという議論もあるが、問題は世界がどう見るかだ。今のところ落ち着いているが、不安要因であることは間違いなく、改善に向け、対策を打つべきだ。
悪意のある切り取りは苦々しいが、そこで怒ったら、相手と同じレベルになってしまう。やるべきことはどこで切り取られても問題ないようにすることだ。悪意のある人は、99問題がなく、1問題がある人に対し、その1だけをあげつらうが、プラス思考で見れば、自分が目を背けたい、知らずにいたい問題点をあぶり出してくれており、そこを改善すれば成長することができる。
自分は他人の良いところを見るようにしてるのに、他人が自分の悪いことろばかり見ると、ついつい不満を言ってしまいたくなるが、実はこの状態こそ、もっとも成長することができるのだ。もし今、自分がその状態なら、修行の段階が上がったということであり、喜んでいい。
日本の国のバランスシート(貸借対照表)における資産は、財務省が作成する「国の財務書類」で公開されており、金融資産と非金融資産に大別されるが、負債が資産を大きく上回る「資産・負債差額(負債超過)」が特徴で、2023年度末では資産約778兆円に対し、負債約1,473兆円で、約695兆円の負債超過となっている。一般企業なら負債超過(債務超過)は倒産や上場廃止(1年以内に解消しない場合)に繋がる深刻な状態だが、これがもう何十年も続いている。
財政赤字にしても、国債発行残高にしても、債務超過にしても、国を揺るがす大問題だが、もう余りにも長く続いているため、多くの人の感覚がゆでガエルのように麻痺して、そういうものかと気にしなくなっているのが少し怖い。
大騒ぎする必要はないが、問題から目を逸らし続け、問題が有るのに無いふりをするのは無責任であろう。自分が生きてる間だけ凌げればいい。後は知らぬ存ぜぬ、すっとぼけのホーチミン、というのでは、後の世代の人に申し訳ない。これは国だけの問題ではなく、国民一人一人の問題だ。僭越ながら僕も元日本人として解決策を考えたい。
最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、ブックマーク、評価をして頂けると大変有難いです。
書籍化作品へのアクセスは下記のリンクをご利用下さい。




