第1780話 福祉と負担2
続きです。
講義は続く。いつものように目の前の状況(講義)に対応しつつ、頭の中で関連する情報についても考えながら、同時並行的にやっているが、僕には『高速思考』があるので、思考を長々しても、実際の時間はそれほど経っていない。
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低福祉低負担(小さな政府)
メリット 税負担が少ない
デメリット 公的援助が少ない
高福祉高負担(大きな政府)
メリット 税負担が多い
デメリット 公的援助が多い
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現在、このパネルを提示し、皆に見てもらっているが、
ここからさらに論を進めよう。
「先ほど、どちらも一長一短あると言ったが、それを理解した上で使いこなすことができる。例えば戦時や危機的状況なら、国が一致団結する必要があるから、大きな政府になるだろうし、逆に平時で問題がない状況なら、国の役割が減り、小さな政府になるだろう。今は平時だから、小さな政府寄りになっている」
リベルトが手を挙げる。
彼はこの中で最年長(三十才)であり、既にライナスから多くの仕事を任されている。将来の国王としての自覚を日々強めていることだろう。
「でしたら、おじい様、今の状況が続けば、どんどん小さくしてもいい、
ということでしょうか?」
「基本的にはそうだが、そうは言っても、国でないと
できないことは多いからな」
パネルを提示する。
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福祉=公共サービス
・政治、経済の安定
・公共インフラ(道路、学校、橋の建設など)
・教育
・治安維持
・防衛
・生活関連(上下水道の維持、電気の供給など)
・情報関連(必要情報の提供など)
・社会的弱者の保護
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「これらの多くは国でないとできないだろ? やろうと思えば民間でできなくもないが、民間だと金儲けに走る傾向にあるから、質と継続性が保てない。上下水道にしても完全に赤字だが、それでも維持する必要がある。こういうものを民間に任せたら、民に負担を押し付け、民が困ることになりかねない」
水道や電気などは、民の生活の土台を支えるものであり、国で管理しないとマズいことになる。最近、日本では水道事業を外国企業に任せるケースが出ているが、とんでもないことだ。こういう部門はたとえ赤字であっても維持しなければならない。そのための国だ。
この世界の水道は、用水路(暗渠)からのポンプによる水汲みが主流で、日本と比べたら技術水準は各段に落ちるが、それでも自慢できることがある。それは民から料金を徴収していない点だ。皆が無料で水を飲むことができる。自然環境が良好なお陰もあるが、水は国の責任で民に供給すべきという考えが基本にある。これは初代国王ケンネリオン以来の考え方。彼は前世がイギリス人であり、福祉や公共サービスの意識が高かった。もちろん僕もそう。何たって彼は僕の前々世だし。
「では、今ぐらいでいい、ということですか?」
「うん、そうだね。今ぐらいで丁度いい」
そうなるよう僕もライナスも国政を担ってきた。単なる主観ではなく、
目安箱などで民の意見を確認してるから自信を持って言える。
「民の道徳や教育や経済の水準が低ければ、国が民を導くため、大きな政府が必要とされるが、それらの水準が高ければ、民が自発的に適した行動をとれるので、小さな政府で済む、という見方もできるだろう。ただ、それでも無政府状態ということは有り得ない。政府は必ず必要だ」
無政府状態になれば、社会的な秩序が乱れ、混乱が生じ、すべてが滅茶苦茶になる。前世の例で言えば、独裁政権が倒れたことをきっかけに各氏族間の対立が激しくなり、内戦に突入したソマリアがそうだった。米軍を中心とする国連PKO部隊が介入したが、治安回復に失敗して撤退。以降、実質的に無政府状態が続いている。それに伴い、大量の難民や国内避難民が発生した。
ソマリアはアフリカ大陸最東端(アフリカの角)に位置し、長年の内戦と無政府状態、テロ、深刻な干ばつと食糧難、極度の貧困に苦しむ国で、イスラム教徒が多数を占めている。主要産業は農業・牧畜だが、インフラは未整備で、特に女性や子どもが人道危機に直面しており、アル・シャバーブなど過激派組織によるテロが頻発している。
日本の外務省は各国の危険情報をレベル付けで公開しているが、
レベル1 十分注意して下さい。
レベル2 不要不急の渡航は止めて下さい。
レベル3 渡航は止めて下さい。(渡航中止勧告)
レベル4 退避して下さい。渡航は止めて下さい。(退避勧告)
ソマリア(全土)はもっとも危険なレベル4だ。
レベル4と言えば、よっぽどの場所で、他にもあるのか調べたら……。
インド(一部)、パキスタン(一部)、ハイチ(全土)、アゼルバイジャン(一部)、アルメニア(一部)、ウクライナ(全土)、ベラルーシ(一部)、ロシア(一部)、アフガニスタン(全土)、イエメン(全土)、イスラエル(一部)、イラク(一部)、イラン(一部)、シリア(全土)、トルコ(一部)、レバノン(一部)、アルジェリア(一部)、エチオピア(一部)、エリトリア(一部)、カメルーン(一部)、ケニア(一部)、コンゴ(一部)、スーダン(全土)、チャド(一部)、中央アフリカ(全土)、ナイジェリア(一部)、ニジェール(一部)、西サハラ地域(一部)、ブルキナファソ(一部)、マリ(全土)、南スーダン(全土)、モーリタニア(一部)、リビア(一部)
こんなにあった。多くは紛争状態であり、世界では今もこんなに争いが続いているということだ。見ての通り、中東、アフリカ諸国が多いが、レベル3,2,1に落とすと、アジアを含む他の地域もたくさん入ってくる。インド、中国、タイ、カンボジア、フィリピン、パキスタン、マレーシア、ミャンマー、エクアドル、コロンビア、パナマ、ベネズエラ、ペルー、メキシコ、等々、挙げたらキリがないが、実は世界中、危ない国ばかりだ。
まぁ、あれだね……平和な日本から見たら、世界中のほとんどの国は危ないだろう。比較的安全とされる欧米やカナダだって移民が増え、犯罪が増えているからな。北欧ですら移民が増え、様変わりしてしまった。最近、日本人は海外へ旅行する人が減ったが、これ(海外の危険性)を感じ取っているからだろう。決して円安だけが理由ではない。
それに、こう言っては何だが、旅行は国内で事足りる。円安の最中、わざわざ高いお金を払って海外に行くメリットがほとんどない。言葉は通じず、物は高く、危ないし、不衛生だし、日本にあるようなおもてなしのサービスはまったくない。
欧米に行っても、どこぞの国のせいで、アジア人に対するヘイトが強くなっており、人種差別的対応を受ける可能性が高まっている。ロンドンもパリも移民ばかりで治安が悪く、ホームレスがそこかしこにたむろする。元々現地に住む人ですら嫌気がさして郊外へ引っ越すぐらいだからな。それに食べ物が馬鹿高く、外食すれば、一回の食事で簡単に三千円以上飛んでいく。これなら安全な日本で安く食べた方がいい。名所にしても景観にしても、素晴らしいところはたくさんある。
日本は世界的に見て、治安の良さで有名だが、最近、近隣国が難癖を付け、日本の治安悪化を理由に渡航自粛を呼びかける事態となっている。日本の治安悪化? 世界中の国が笑っていることだろう。来たくなければ来ないで構わないが、言うに事欠いて、日本の治安悪化とはね、だが、皮肉なことに当該国の人の訪日が減ったお陰で、かえって治安が良くなるだろう。実際、当該国以外の国の人の訪日が増えている。オーバーツーリズムも緩和された。
治安が悪化してるのは当該国だろう。日本のニュースでは報道されていないが、外国資本の逃避、国内経済の落ち込み、倒産による取り付け騒ぎ、失業者の増加、デモの頻発、等により治安が悪化している。その不満の矛先を日本に向けているのだから、現地で日本人と分かったら、何をされるか分かったものではない。
現在、日本は当該国(一部)をレベル1(十分注意して下さい)に指定しているが、指定区域は民族対立のある辺境の自治区のみであり、その他は無指定(安全)となっている。当該国の政府は露骨に反日扇動しており、日本人が渡航すれば危ないことが十分予想されるのだから、せめてレベル2(不要不急の渡航は止めて下さい)に上げるべきだろう。もちろん全土対象に。向こうは難癖だが、こちらは正当なもの。それをしないからなめられる。外務省がレベルを上げるまでもなく、賢明な日本人は渡航を控えるだろうが、政府として外交的態度をしっかり示すべきだ。
日本人は大人の対応により、やられてもやり返さないところがあるが、それは善意ではあるものの、相手によっては善意と解釈せず、弱さ・服従と受け取り、悪意を強めるケースがある。今回はまさにそれ。善意は誰にでも通じるものではない。日本が大人の対応を取り、何もしなければ、ますます図に乗って攻撃してくるだろう。憎んだり復讐する必要はないが、冷静に適切な対応をする必要がある。
「小さければいい、というわけではないんですね」
「そういうこと。無政府状態までいかなくても、民が成熟していない段階で、過度に小さくしてはいけない。民に合わせた大きさが最も好ましい。それには、国でないとできないことは国で、民にできることは民で、という見極めが大切になってくる。そこは机上の空論ではなく、実態をよく観察した上でやらないとな」
リベルトが小さく頷く。彼なら分かるだろう。
ロナンダル王国をしっかり統治してくれよ。
僕は日本を教師とし、時には反面教師として、ロナンダル王国を統治したが、
この両国を比べることでいろいろ見えてくるものがある。
ロナンダル王国は日本と比べて、大きな政府か小さな政府か? と問われたら、間違いなく小さな政府となるだろう。先ず税の負担が非常に少ない。農家からの物納、商人からの金納、土地所有者からの金納しかないが、農家から出来高の2~3割、商人から利益の2~3割、土地所有者から日本の固定資産税より低い額しか徴収していない。日本の税金は約50種類もあるが、複雑怪奇で経営者が自分で申告するのが難しい程だ。しかも税制は毎年変わり、さらに解りづらくなっている。
国民所得全体に占める税金(国税・地方税)と社会保険料(年金・健康保険・介護保険など)の合計額の割合を国民負担率というが、近年、日本は約46%で推移している。これは稼いだお金の半分近くを国に持っていかれるということだ。さらに日本は将来世代が負うことになる財政赤字があり、これも加味した潜在的国民負担率は約49%になる。
対してロナンダル王国はどうか? 厳密に計算したわけではないが、国民負担率は10%ぐらいじゃないだろうか。一見すると商人と農家が過度に負担してるように見えるだろうが、商人が売る商品には納税分が転嫁されており、余剰農作物を売る農家も納税分を転嫁してると捉えることができるので、実質、消費者である庶民が納税の一部を間接的に負担しているのだ。庶民は知らず知らずのうちに税を納めている。
それと、ロナンダル王国では、年金や保険などの社会保険制度はない。民が自分で貯金し、老後や有事に備えるのが基本となっている。これがもっとも分かりやすく、かつ公平だ。日本のようにわざわざ経費をかけて、民から集め、それをまた経費をかけて分配するのは無駄以外の何物でもない。そんなことをするから『消えた年金問題』のような愚かしいことが起こる。
支給開始年齢55才だったのが、60才になり、65才になり、今は70才にしようかという話が出ており、いずれそうなるだろう。この変遷に心の中で「詐欺だ!」と叫んだ人は多かったはず。60才まで払えば、60才から支給される話だったのに、65才になったわけだから人生設計が狂う。「年金100年安心」というスローガンはいったい何だったのか。
金額の多寡はあれど、貯金はやろうと思えば誰でもできること。別に国がやる必要はない。それを言うと「いやいや、ちゃんと貯金できない人もいるでしょ。そういう人は誰かに任せないと」という反論が聞こえてきそうだが、それを言うなら「預かる人だって、ちゃんと管理できる保証はない。貯金は自己責任が基本だ」と言い返したい。浪費癖のある人はそれを直すべきだ。
そもそも自分より他人(国)の方が安心と思う時点でどうかと思う。自分のお金は自分で管理すべきだ。と言いつつ、現実問題、目の前にお金があると使いたくなるのは人の性でもあるので、前の世界では銀行に、この世界ではギルフォード商会にお金を預けることをお勧めする。
絶対に貯金に手を付けないという自制心のある人は金庫でもいいが、数十年の長い間、それを維持するのはなかなか大変だ。人には魔が差す瞬間があり、何かのきっかけで散財する可能性がある。そんな時、手元にお金がなければ、間を置いて冷静になることができる。お金(現金)には使わせようとする魔力があり、手にすると使いたくなるものだ。そこから逃れるにはお金から距離を置くのがいい。
世界や制度は違うが、ロナンダル王国と日本を比較したら、
前者が小さな政府、後者が大きな政府と言えるだろう。
では、日本の前世における状況はどうか?
日本は北欧のような「高福祉・高負担」ではないし、アメリカのような「低福祉・低負担」でもない。だから世界的に見れば「中福祉・中負担」というのが大方の見方らしい。
そして、実際、日本はその方向で進んできた。北欧のような「高福祉高負担」は、人口規模の大きさと資源の少なさから無理だし、さりとてアメリカのような、個人で勝手にやってくれ、国は知らん、という「低福祉低負担」でも困る。この間が望ましいというのが国民の多数派であろう。
中福祉中負担ならいい。福祉と負担のバランスが取れている。
だが、本当にそうだろうか?
社会保障給付費の対GDP比で見ると、日本は欧州の福祉先進国(フランス、ドイツ、スウェーデンなど)より低い水準だが、アメリカよりは高い傾向にある。近年(2022〜2023年頃)のデータでは、日本が約23〜24%台であるのに対し、フランスは約47.7%(2022年)、ドイツは41.4%(2022年)、スウェーデンは37.0%(2022年)と高く、アメリカは27.9%(2022年)で日本に近いかやや高い程度。日本は高齢化で給付費が増加傾向にあり、国際的に見ても中程度の位置づけだ。これはいい。
問題は負担だ。国民負担率では、日本は46%で、アメリカ(約34%)より高く、イギリス(約47%)とほぼ並び、スウェーデン(約55%)に近づいている。日本は世界一の高齢化率(65才以上の人口割合)の国であり、いずれ北欧並みの負担となるだろう。
日本は中福祉中負担の国とされているが、
いずれ中福祉高負担の国となるだろうし、なりつつある。
これは「福祉<負担」のため、バランスを欠き、
今後、国民の不満が大きくなることが予想される。
なぜそうなるのか? 高齢化ももちろんあるが、中福祉中負担と言いながら、これまで現役世代が必要な負担を十分負わず、将来世代に負担をツケ回したからだ。それが財政赤字と赤字国債という形で如実に表れている。
健康保険は今でこそ原則三割負担だが、1961年、国民皆保険制度がスタートした時、本人(被保険者)の窓口負担ゼロ(十割給付)だった。つまり中福祉低負担であり、「福祉>負担」だったわけだ。当時の人には喜ばれただろうが、当然続くわけがなく、そのツケが今になって重くのしかかる。
福祉国家を目指し、無理に「福祉>負担」をすると、やがて続かなくなり、今度は反転して「福祉<負担」の負担国家となる。国会で財源を示さず「福祉、福祉」と何とかのひとつ覚えのように叫んでいる議員は、その実、福祉国家ではなく負担国家に導いている。
お金は天から降ってくるものではない。
打ち出の小槌は物語の中だけのアイテムだ。
政府の無策や愚策が続けば、低福祉高負担の国に陥る可能性さえあるだろう。そうなればお先真っ暗になる。政治家や官僚は一般的に優秀な人がするものと思われがちだが、本当に優秀なら、こんな放漫な財政運営はしない。普通の会社なら赤字が続き、借金が膨らめば倒産する。でも国だから、大丈夫? 何とかなる? だといいんだけどね。
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