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第1774話 教育番組~付録~

 関連回 

 第1279話 レネアと魔法談議5~忌避スキル~

 第1750話 教育番組~善の考察~

 第1764話 霊性研究所56~瞑想会8~

 先日、ミローネと陽徳について話し、着想を得ていたが、

 そこから、もう一歩進んだ善のあり方について考えを整理し、

 今回、皆に開示することにした。


 僕の情報は上から下りてきたものもあるが、それをすぐ表に出すことはしない。先ず自分の中で徹底的に反芻熟考し、整合性が取れているか、皆のためになるかをチェックし、その上で、どのタイミングで誰に言うか、どの様に表現するかを決めてから出すことにしている。思いついてパッと出すことはしない。それでは毒が含まれていたり、理解しづらかったりして消化不良を起こしてしまう。上から下りてきた情報だと思っても、実際はそうでない場合があるものだ。


 古代日本では、神や精霊と交信し、託宣や治癒、祭祀を行うシャーマンや巫女がいたが、その際、下りてきた情報が正しい(聖なる)ものか、間違っている(邪なる)ものか判定する審神者さにわがいた。


 審神者さにわとは、下りてきた情報を正しく解釈し、真意(神意)をくみ取る霊的専門職、または、その行為を意味する。審神者さにわの歴史は古く、『古事記』の仲哀天皇の段に、天皇が琴を弾き、武内宿禰たけしうちのすくね沙庭さにわに居て神のめいを請うたという記述がある。ここで沙庭さにわは場所(清庭(さやにわ))の意味だが、それが審神者さにわに転じ、宿禰が審神者さにわを務めたと解釈されるようになった。


 記述によると、この時、神は天皇ではなく近くにいた神功皇后に乗り移り、神託を述べたとされるが、宿禰が解釈を手伝ったのだろう。人にもよるが、神霊が下りてきた際、前後不覚のトランス状態(自意識のない状態もしくは変性意識状態)になる場合があるので、冷静かつ客観的な霊的視点を持つ審神者さにわがいると、トラブルを防ぐことができる。


 現代日本でも、霊能力者や占い師など、シャーマンや巫女のように上からの情報を下ろす人はいるが、どうも審神者さにわなしでやってる人が多く、危険な香りが漂って仕方ない。自分で情報を下ろし、自分で審神者さにわする人もいるにはいるだろうが、それは自制がしっかり取れる修行者でなければ務まらない。そうでなければ、下りてきた情報に振り回され、大言壮語を吐き、周囲を混乱させることになるだろう。


 自分を大きく見せたいと思う人はそれに感応した霊を引き寄せるが、それはたいてい低級霊だ。そして低級霊(とそれが憑いた人)は審神者さにわを極端に嫌がる。自分が邪と判定され排除されるからね。


 とと、横道はここまで。


「聖王陛下、本日のテーマは何でしょうか?」

「本日のテーマは“付録“についてだ」


 ここは連邦放送局のスタジオ、これから教育番組の収録が始まる。

 司会兼聞き手はいつもの相方、ギロン王子だ。


 今回はゲスト席に

 ギルフォード商会から、ミローネ、メラル、バーモ

 ギルフォード療養所から、ローレル、ブレンダ

 ギルフォード財団から、ルルア、ガルシア

 霊性研究所から、エミリー、アネット

 

 を招待した。今回の話はそれぞれの分野で役立つだろう。ガルシアは少し前にギルフォード財団の事務局長に抜擢した人物(男性)で、ルルアのいるエルスラ王国の元役人、シルエスから推薦があり、決めさせてもらった。ルルアも顔馴染みなので、いいと思ってね。


「付録、ですか?」


「と言っても、これだけじゃ何のことか分からないよね。

 これからじっくり話をしていこう」


 こういう感じのスタートも謎めいてたまにはいいだろう。

 視聴者の想像を掻き立てることができる。


 さて、導入はこれだ。パネルを提示する。


□-----------------


 陰徳 一切の見返りを求めない善行

 陽徳 精神的な見返りを求める善行


□-----------------


 これは周知の人も多いだろう。

 ゲスト席のみんなも「当然知ってるよ」という顔をしている。


「これまで各方面で説いてきたから知ってる人も多いだろうが、目指す善にはこの二つがあり、このうち、より善性の高い究極の善は陰徳になる。本当の善、真善と言っていいだろう。対して、陽徳は、金銭など物質的な見返りを求めず、称賛、感謝、尊敬、信用など精神的な見返りを求めるもので、こちらがお勧めということ説いてきた」


「それはどうしてでしょうか?」


 ギロン王子はその答えを知っているが、

 視聴者視点で質問してくれるのはいつものこと。


 これは受信機テレビの番組、画面の向こうに多くの人がいる。その中には僕の話に初めて触れる人もいるだろう。そういう人のことも僕ら二人はちゃんと考えている。知らない人を置いてけぼりにしたくないし、知らない人にこそ知ってもらいたい。


 前世で昔、とある有名霊能力者が番組で一般の人から質問を受け、難しい言葉を連発し、その意味を訊かれたら、めんどくさそうに、自分の本を読んで勉強しろ、的な返答をしたので、なんて傲慢なんだろうと閉口したことがあった。相手に合わせ、相手に分かるように話すのが、和顔愛語の愛語である。その霊能力者は人には偉そうに和顔愛語を説きながら自分はまったくできていなかった。難しい言葉を使って、自分凄いだろアピールされてもね。学者や専門家などにこういう人は多い。


 さて、質問に答えよう。陰徳より陽徳がお勧めの理由だったな。


「陰徳は確かに素晴らしい行為だが過剰善であり、長続きしないからだ。無理に続けたら、生活費を切り崩すなどして消耗することになる。たまに無理のない範囲でやるならいいが、程々にということだ」


 何かの宗教や信仰に前のめりになり、多額の寄付をし続けて一文無しの素寒貧になるような状態がこれにあたる。本人は善いことをしたつもりだろうが、はっきり言って自滅行為であり、まわりの迷惑になることが多い。親が寄付しまくって家庭崩壊し、子供が苦労するとかね。自分だけ、いい気持ちになってもダメ。


 激安大盛りの食事を提供し、庶民に愛される店を経営する人は、そこだけ見れば、いい人ということになるのだろうが、店で利益が出ないため、家族を犠牲にするなら、優先順位を履き違えている。先ず家族の生活を守ることが最優先であり、その上で利他的な商売をする。善には順番があるのだ。


 家族と仕事、どちらが大事か?

 そんなの比較対象にすらならない。家族が大事に決まっている。

 

「対して陽徳は精神的見返りがあるから、後々それが自分を助けてくれることになる。例えば、お客さん本位の誠実な商売をすれば、お客さんから信用を得られ、それにより商売を続けることができる。称賛や感謝や尊敬や信用は無形のものだが、お金以上の価値があるんだ」


 これを無形の資産というが、有形の資産より価値がある。

 たとえ貧しくても、信用があれば、そこから巻き返すことができ、

 豊かでも、信用がなければ、そこから一気に落ち込んでいく。


「確かにそうですね」


 ギロン王子が相槌と打ってくれる。

 彼も「人気」という無形資産を持っているからな。

 それが仕事につながっている。


「だから、陽徳を勧めるわけだが、この陽徳について、もう一歩進めよう。精神的見返りを露骨に求めるのではなく、軽く期待する程度。善行したついでに付いてくる“付録“として捉えるといい」


 ここから本題に入る。


「そこで付録が出てくるわけですね」


「そう、付録、ごりごりに見返り求めるのではなく、付録と考える。そうすれば善性が高くなり、見返りが思ったより少なかったり、もしくは無くても、気にならなくなる」


 パネルを提示する。


□--------------


 付録


 有れば有ったで、いいけれど、

 無ければ無いで構わない。


□--------------


「これが付録の感覚だ。必ず見返りがあると思えば、その思いに執着し、その結果に右往左往することになる。だから見返りを最初から期待しない。おまけの付録として考えるんだ。そうすると気持ちが楽になる。生き方そのものもね」


 パネルを提示する。


□-----------------


 ギブ(与える)&テイク(受け取る)


□-----------------


「この世はギブ&テイクで成り立っているが、大切な点が二つある。それはテイクよりギブが先に来るということ。ギブにこそ力点を置くべきということだ。そして、テイクについては執着せず、付録のように思うこと。ギブをしたついでに付いてくるおまけの様に。そうすることにより、通常の取引であるギブ&テイクも善性を帯びることになる。つまり善行になるということだ。普段、僕はバランスを取るよう言うが、ギブ&テイクについてはバランスにこだわる必要はない」


「ということは、テイクがなくても構わないということですか?」


「極論すればそうなるね。ただ、ギブ&ギブでは陰徳と同じく過剰善になるから、極端は当然ダメ。無理のない範囲でテイクよりギブが大きい状態が好ましいということだ」


 パネルを提示する。


□-----------------


 ギブ(与える)>テイク(受け取る)

 

□-----------------


「これがギブ&テイクの理想の形だ。10与えたら、9ぐらい受け取れればいい、ぐらいの感じかな。繰り返すがあくまで無理のない範囲でね。10与えて、1つも受け取らないような、身を斬る善行はすべきでない。続かないし自滅する。そうなれば結果的に長い目で見て大きな善行にならない。いっぺんに10の善行をするより、こつこつ1を積み重ねた方がいい」


 前世で、収入の10分の1を寄付する、什一献金の教えがあったが、

 これなどは参考になる。


 ここからさらに持論を展開していこう。


「この付録の考え方は様々なことに応用できる。例えば、店で値段を下げたサービス品が売られているとしよう。これは店がお客さんに対して感謝の意味を込めて行うものだが、これも言わば付録のようなもの。あればあったで嬉しいが、無ければ無いで構わない、それが普通というものだ。ところがこれを有って当たり前だと思うと、無くなった時、気分が落ち込んでしまう」


「なるほど、サービスは付録なんですね」


「そう、いつも買い物してくれるお客さんに対する店のサービスだが、それはあくまで付録なんだ。それから何かの分野で頑張ると賞を獲る場合があるが、この賞も頑張りに対する付録だ。そこを間違えてはいけない。賞を獲るために頑張る人は多いが本当は違う。頑張った結果、賞が付録として付いてくる、というのが正しい。付録だから、有る場合も無い場合もある。でもそれは気にしない。付録なんだから。付録に右往左往しない」


 それからこれも。


「善行したら徳を積むと言ってきたが、徳も付録のようなもの。

 たまたま付いてくる場合があるが、それを主眼にすべきではない」


「つまり、徳積みを目的にしてはいけないと?」


「目的にすること自体はいいが、それに執着しないこと。軽く考えるということだね。徳を積もうと意気込んで善行するより、相手の幸せを考えて善行する方が善性は高くなる」


「それはどうしてですか?」


「徳を積みたい、と薄っすら考えるのはいいが、その思いが強くなると、

 エゴ、私利私欲の性格を帯びてくるからだ」


 情けは人の為ならず、だが、それでも、相手のためを思う気持ち(善意)が大切であり、自分のため、という意識が強いとそれを打ち消しかねない。徳積みは自分のためであるが、他人のためでもある。


「人に尽くして、感謝されなくても、好かれなくても、褒められなくても、

 がっかりする必要はない。それらも付録と思えばいい」


 恋愛において、片想いの人がいて、いろいろ尽くしても、結局、振り向いてもらえない場合があるが、それも同じこと。自分のした行為(相手のために尽くす)が本番であり、本体であり、それに対し、相手がどう反応するかは付録だ。


 僕はこれまで多くのスキルを創ってきたが、中には創るのをためらい、やめた忌避スキルがある。そのうちのひとつが、人に好かれるスキルだ。あえて命名するなら【魅了】【魅力】【人たらし】と言ったところだろうか。


 人は円滑で心地良い人間関係を望み、他人に好かれたいと思うものだが、他人が自分を好きになるかどうかは他人次第であり、その判断に固執し、心を奪われるのは程々にすべきだ。好かれるために努力することは善いことだが、それはあくまで自分がそうしたいからしてることであり、それで相手の気持ちを自分に向けるよう強制すべきではない。


 たとえ相手が振り向いてくれなくても、相手のために尽くした行為が消えることはない。善行したなら徳積みとしてカウントされる。だが、振り向いてくれないことに逆上し、相手を憎んだり、恨んだり、文句を言ったら、せっかく積んだ徳が消えてしまう。


 人に好かれたくて相手のために行動するのはいい。だが、その結果、自分を好きになってくれるかどうかは付録であり、あまり気にしない方がいい。仮に好きになってくれなくても、徳積みの機会を与えてくれたんだから、それで良しとする。


 その過程で人は成長するのだ。なのに【魅了】【魅力】【人たらし】なんてあったら、労せずして付録が手に入るから、本番(善行)をしなくなってしまうだろう。それではよろしくない。


 世の中にはいろいろ頑張って尽くしても人に好かれない人もいれば、労せず易々と人に好かれる人もいる。営業や水商売では、後者の人を「センスがある」と言って褒めたたえたりするが、特段何もしてないのに人に好かれるなら、棚ぼたラッキーであり、過去世の徳を食い潰している可能性がある。だから人に好かれるのは一概にいいこととは言えない。


 むしろ人生がイージーモードになるため、人生のハードルが低くなり、修行効果が薄まってしまう。労せず皆が自分を好きになってくれ、自分の味方をし、応援してくれるなら、そりゃ、そうなるよね。


 ハーレム的状況(気持ち悪いぐらい皆に好かれる状況)もそう。

 得(現世利益)も徳(来世利益)もどんどん食い潰している。


 それに、どういった人から好かれるかが問題だ。欲望まみれの周波数の低い人、悪性の高い人なら、好かれない方がいい。そもそも現世は低級霊界出身者が多く、誰でも彼でも好かれればいい、というものではない。それなのに【魅了】【魅力】【人たらし】なんてチートスキルがあったら、『人間観察眼』とバッティングし、道を誤りかねない。


 常々、僕は縁を広げたいと思っているが、ただ広げたいと思っている訳でなく、文字通り、縁がある人に広げたいと思っている。縁があるとは、僕を好きになるか、そこまでいかなくても嫌いでない状態(僕の話を冷静に聞ける状態)を指す。僕が嫌いという人は僕の何かが気に食わず、周波数が合わないのだろう。そういう人にまで無理に好かれたいと思わないし、積極的に縁を結びたいとも思わない。


 誤解がないようにしたいが、僕を嫌う人に対しても、僕は嫌うことはないし、縁結びの門を閉ざすこともない。ただ、そこの開拓(振り向いてもらう努力)にエネルギーを使うぐらいなら、僕のことを好きでも嫌いでもないニュートラルな人にエネルギーを使いたい。


 人に好かれるのは大変なこと。相手に寄り添い、相手に合わせ、相手のために行動する必要がある。それは利他行(善行)となり、修行となるだろう。それにより人生の目的を果たすことができる。他人が自分を好きになるかどうかは付録のようなもの。好かれようが嫌われようが気にしない。


 時間に限りのある現世において、善や愛は無限ではなく有限だ。

 だからこそ、相手を選び、効果的に使いたい。

 最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、ブックマーク、評価をして頂けると大変有難いです。

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