第1772話 番頭カイン9
関連回 第1755話 不老2
ここはギルフォード商会、西の大支店、僕の職場。
「カイン番頭、ちょっといいかい?」
勤務中、店内の階段を足早に降りていたら、踊り場でマティス店長に呼び止められた。西の大支店にはエレベーターがあるが、従業員は極力階段を使う慣わしとなっている。従業員専用のエレベーターもあるが荷運び優先であり、一、二階程度の移動なら階段を使う。運動にもなるし、人目が少ないので少し緊張を緩めることができる。
「はい、何でしょうか、店長」
たぶん例の件だな。前にも言われていた。
「先日まで食品フロアのチーフ代行ご苦労さん。それは良かったんだけど、かなり時間外労働してるよね。このままじゃマズいから、どこかで調整してほしい」
やはりそうだった。実は代行期間中も言われていて、「代行開けに調整します」と返していた。しかし、はっきり言って、それほど休みを欲していないんだよね。時間外労働しても、週にきちんと二日休んでいるので、そこまで疲れていない。
食品フロアのサブチーフは言われれば、しっかりやるタイプだったので、
一人で抱え込んだわけではなかった。
「どこかで休んだらどうだい?」
「えっ、休むんですか?」
今回ははっきり言ってくる。振替休日ではなく、
遅出か早上がりで時間調整しようと考えていたんだが。
「いっぺんには無理でも分割して休めばいい。あとは夏と冬の
休みの際、合わせて取るとか」
通常、夏5日、冬5日、有給休暇を取り、それを前後の休日(2日×2)とつなげて、9連休取るケースが多いが、休日出勤の未消化分がある場合、それにつなげて、10連休、11連休取るケースがある。しかし、番頭以上は正直取りづらい。取っていけないということはないが、人が少なくなる時期はカバーに入るべき立場にあるからな。
ホワイト労働基準は多くの従業員にとって間違いなく、いい制度だが、役職が上になるほど、享受する立場から与える立場になるため、いろいろ調整が難しいところがある。店長になると経営者扱いされ、ホワイト労働基準の適用が緩和されるが、番頭はそうはいかない。
「う~む……」
せっかく頑張ったのに後から怠けるみたいだな。
「君が仕事好きなのは分かるけど、休むことも仕事のうちだから」
店長にそこまで言われたら仕方ない。ハバロンさんもそれで説得したんだな。
「わかりました。調整してみます」
「うん、そうしてくれると有難い」
今度の木曜日が丁度何も予定が入ってないから、その日にするか。
ギルフォード商会では、有給休暇はあくまで本人申請に基づくもので、夏季と冬季の休暇を除けば、取らなくても特に上から言われることはないが、時間外労働についてはそうはいかない。上から調整(消化)するよう言われる。
一日六時間勤務が標準だから、それを超えると一日休むよう言われる場合もある。僕の場合、それをはるかに超えているので、振替休日を取るよう言ってきたんだろうが、流石に何日も取るわけにはいかないので、とりあえず一日取って、あとは業務に支障が生じないよう分散しよう。
店長の顔を立てつつ、現場の状況を見定める。店長が休みを取るように指示したからといって、馬鹿正直に何日も休んだから、現場に迷惑がかかる。そんなことは店長も望んでいないはずだ。上からの指示は言葉通りそのままやればいいというものではない。言外にある意図もしっかり見抜くのが部下の務めだ。言語外コミュニケーションの大切さはおじい様から教わっている。言葉だけ、字面だけ、表面だけでなく、その奥にある真意を見抜くのが大切だ。
――
――――
木曜日の午前中、いつもならせわしなく働いてる時間であり、こういう時間に
のんびりするのは申し訳ないが、休みを取った以上、しっかり休まないとな。
「兄上、よろしかったのですか?」
「ああ、これも視察みたいなものだよ」
休みといっても、家(王城)で大人しくしてるのも性に合わず外出したが、兄上が付き合ってくれた。兄上は既に王太子に就任しており、国内(ダルト王国)では気軽に外歩きできなくなっているが、ここ(ロナンダル王国)なら話は別。僕も兄上ほどでないが、一応、王子なんで、ここの方が気楽に行動できる。
護衛なしで街中を歩けるのは、二人とも武術の嗜みがあるのと、何と言っても『王族アイテム』があるからだ。これがあれば七つのスキル(【転移】【結界】【念話】【回復】【解毒】【解呪】【隠蔽】)を使うことができる。このアイテム(指輪)は「王族は自らの身は自ら守れるようにすべし」という、おじい様から頂いたものだが、オーバースペックな代物であり、これさえあれば何の心配もない。不意を突かれて攻撃されても【結界】が自動発動し護ってくれる。
ただ、そうは言っても、国内では護衛を付けて歩くことがほとんどだ。理由はそうしないと示しが付かないから。特に街中では民の目があり、王族が一人でのこのこ歩いていたら変に思われる。王族の威厳というのもあるだろう。それに護衛の人たちの仕事を奪う訳にはいかないからね。
「富裕層はお金を使って経済を回せ」
はおじい様の弁だが、王家も富裕層であり、城で多くの人を雇い、彼らにお金が流れるよう配慮している。おじい様のお城なんて、おじい様がいるんだから、本来は護衛なんて不要だろうが、それでも、たくさん護衛を雇い、城とその周辺の警戒をさせている。
「死に金ではなく生き金を使え」
もあったな。何も考えず、欲に任せてお金を使うのではなく、世のため人のためになることにお金を使う。王侯貴族が多くの使用人を雇うのは一見、贅沢や浪費に見えるが、雇用を生み出し、世のため人のためになっている。
「カイン、ここは気楽でいいな」
「そうですね、兄上」
僕もそうだが、国内の学校ではなく、ここの王立学園に入学したのも、
それがある。ここなら母国ほど身分を気にしなくて済むから気楽。
「おお、結構栄えてるなぁ」
兄上が通りを見渡しながら言う。ここは自然豊かなヨウス領だが、その中心部にあたり、商店が軒を連ね栄えている。ここだけ見ると商業が発展したベルム領と変わらないぐらいだ。だが視線を上に向けると山が間近に迫り、ここが観光地であることを実感する。空気も美味しいしね。
僕らは今日ここに、ぶらり散歩旅に来ている。特に何か目当てがある訳ではないが、日頃、勤務地から見えるヨウス領の山が気になり、何となく近くに行ってみたいと思ったのだ。
「こうやって街を散歩できるのはいいものだ」
兄上が満足そう。普段、王太子として僕より制限の多い日々を送っているから、間違いなく僕より満足してるだろう。ダルト王国でも街歩きはできなくはないが、護衛が付き、「裏通りに入ってはいけません」「あまり人混みに入ってはいけません」などと言われてるだろう。日頃、束縛が大きい分、開放感が大きい。そう考えると、兄上には悪いが第二王子で良かったと、つくづく思う。城の生活よりも店の生活の方がずっと気楽だ。
「おっ、あれは何だろう?」
兄上の声に従い、通りの先を見ると、何やら集団で活動してる人たちがいる。
ああ、あれは……僕も知っている。ベルム領でも見かけるからな。
「あれはギルフォード財団のボランティア活動ですよ。
街のクリーン活動をしてるのでしょう」
「クリーン活動?」
「ゴミ拾いですよ。皆さん、トングやほうきを使いながらやってますよね」
「ほんとだ。ボランティアってことは無償で?」
「はい、慈善活動ですから、皆さん、自発的に無償で行動されています」
「それは立派だな」
ボランティア活動は休日が多いが、平日でも普通にやっている。ただ、平日だと流石に現役世代の勤め人は少ないか、高齢で引退したと思われる世代が多い。しかし引退後もこうして皆の役に立とうとされているんだから偉い。この姿勢は大いに見習わないとな。
あれ? えっ!?
集団の中によく知った顔があった。まさか、こんなところに!?
「「大おじい様!?」」
兄上と同時に声を上げた。
「おお、マークとカインか」
「どうされたんですか?」
兄上の問いに大おじい様が堂々と答える。
「見ての通りじゃ、ボランティア活動をしておる」
「「ボランティア活動!?」」
そう言えば、大おじい様もボランティアの服装(ジャンバー)をされている。
ギルフォード財団は活動を世の中に知らしめるために「ギルフォード財団」の
ロゴが入った統一の上着を着るのが慣わしとなっているが、
ボランティア登録されたのか。
「あら、マークとカイン」
「「大おばあ様!?」」
なんと大おばあ様も。夫婦でご活動されていたのか。よく見るとお二人の近くに護衛らしき人物が付き添っている。一緒に財団の服を着て、一緒に活動しながらだが、どうしてまた? そこまでして?
「なに、ずっと麓近くの施設にいてもあれじゃし、こうして皆と一緒に活動する
のもいいと思ってのう」
ご心境の変化か……。
大おじい様と大おばあ様は山の麓の保養施設でお暮しだが、
ここなら歩いてこれる。往復だけでもいい運動になるだろう。
いずれにしても、いいことだ。
「お前たちもやってみるか?」
兄上と顔を見合わすが、答えは決まっている。
「「はい、やらせて下さい」」
あてのないぶらり散歩旅だったから、こういうのも悪くないだろう。
それに僕は『三方よし』の『世間よし(皆よし)』に興味があった。
『売り手よし(我よし)』『買い手よし(相手よし)』は既に実践しているが、
『世間よし(皆よし)』はその機会がなかったからな。
元々、この国はどこの街も綺麗だが、ここ最近はさらに綺麗さが増している。母国でも活動が始まっているが、流石に母国では難しいから、これは丁度いい。
しかし、護衛が付いているとはいえ、大おじい様と大おばあ様はこの国の王族、まわりの目があるのでは……と思い、見回すと、別段ジロジロ見られているということはない。何でだ? 先々の国王だぞ。
「大おじい様、まわりの人、全然気づいていないみたいですよ」
周囲に気遣い、小声でお訊きする。
「わしのことか?」
「はい」
すると、大おじい様が小さく笑みを浮かべる。
「わしは引退して、だいぶ経つからのう。それに、わしの頃は今ほど民の前に
姿を現さなかった。受信機も無かったしな」
なるほど、それでか。
きちんと護衛を付けているのは、万一のことを考えてだな。
やはり王族たる者、自国内の護衛付き添いは基本ということか。
「このあたりは落ち葉が飛んでくるから、それを拾ってくれるか」
「「わかりました。大おじい様」」
清掃道具とゴミ袋を渡され、早速、活動を始める。
普段、店内や店先の掃除はしているが、これはまったくの新体験だ。
よくよく見ると、僕らのような飛び入り参加も結構いる。これは他人の善なる活動に触発されて、自分の善なる気持ちが高まったということなんだろう。中には他人事だと思ったり、馬鹿なことをしてるぐらいに思う人もいるんだろうが、それこそスルーだ。人目には気にした方がいい人目と気にしない方がいい人目がある。善なる行動なら人目は気にしない。むしろどんどん見てくれ、というぐらいだ。
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