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第1770話 番頭カイン7

 関連回

 第1482話 新人カイン4

 第1728話 優先採用枠

 第1729話 優先採用枠2

 さ~て、仕事が終わった。

 この瞬間、達成感で満たされ、ほっとする。


「皆さん、お先に失礼します」

「「「お疲れ様です」」」


 今日もいろいろあったが、無事に仕事を終えた。こうして皆より早く上がるのは久しぶり。ふふ、今日は早番だもんな。まだ店内なので顔に出さないようにしているが、そうでなければ、きっと、にやけ顔になってしまうだろう。早く店の外に出よう。大きな店なので、出るまでに少し時間がかかる。


 廊下を走ってはいけないが、早足、早足。

 あっ、前から人が来る。少し速度を落として――


「お先に失礼します」

「「お疲れ様です」」


 おっ、また来た。


「お先に失礼します」

「「お疲れ様です」」


 廊下ですれ違いざまに従業員たちと次々に挨拶する。

 ここは本当に人が多い。

 まだ挨拶しか交わしたことがない人も結構いたりする。


「お先に失礼します」

「「お疲れ様です」」


 でも、だからこそ挨拶は大切。挨拶ひとつでも気持ちは通じる。


 ギルフォード商会の店の営業時間は午前10時から午後8時までだが、それに合わせ、午前9時から午後4時までの勤務時間である早番と、午後2時から午後9時までの勤務時間の遅番とある。それぞれ途中で一時間の休憩時間が入るが、店が混雑するのは午後2時以降であり、遅番の方が忙しいのが常。


 だから、必然的に遅番のシフトが多くなるが、それでも遅番ばかりでは大変なので、皆、平等に早番を振り分けている。中には遅番の方がいいという人もいるが、だからといって、その人ばかりに遅番を振ることはしない。遅番の方が明らかに疲労度が大きいからね。誰かを犠牲にすることはあってはならない。


 僕自身は代行ということで、この間、率先して遅番をしてきたが、実は早番(早出の時間外労働)も出ており、この間の時間外労働はかなりのものとなっている。代行が解けたら、どこかで調整しないとな。週30時間の勤務が標準だが、週50時間ぐらいの勤務になっている。ちょっと働き過ぎかな? 気合が入っているから、自分的にはそうでもないんだけど。


「おお、明るい」


 プチ感動で思わず声に出てしまったが、外に出ると、まだ午後4時過ぎなので明るい。今日はこれから飲みに行く。王立学園時代からの親友のラルフとね。彼は卒業後、連邦通信局に就職しており、ずっと交流を続けている。


 さ~て、早く行くぞ。


――

――――


 店内


「「かんぱーい!」」


 ごくごくっ


 ふぅ~~くるねぇ~~


 久々にラルフとジョッキで乾杯を交わす。先々月以来かな。二人とも20才前だからノンアルコールのビールだが、炭酸が効いて泡もあり、気分が盛り上がる。ホップの苦味の良さも分かるようになってきた。


「カイン、いい飲みっぷりだね」

「ラルフ、君もね」


 15才で成人となり、働くことも結婚することもできるが、アルコールは20才以上と定まっており、18才の僕らは飲むことが許されない。だが、20才になったら飲みたいかと問われれば、そうでもない。アルコールが健康に有害なのは、おじい様からさんざん教えてもらっているからね。ノンアルコールビールで十分。


 結婚についても、20才未満は早過ぎで、20才以上が適齢という風潮が世間的に広まっている。20才未満では十分自立できておらず、相手を見定める目も養われていない、ということだが、確かにその通り。現に僕だって自分のこと、日々のことで手一杯だ。いつか結婚したいと思うが、もう少し先だな。


「カイン、相変わらず、忙しそうだね」

「まあね、でも、忙しいことは、いいことさ」

「おお、言うねぇ」

「でも実際、その通りでしょ」

「まあな」


 こういう軽口を叩ける関係はいいものだ。


 ここはベルム領にあるギルフォード商会系列の飲食店。ラルフもこの付近に転勤してきたため、会おうと思えば、こうして気軽に会える。きっと、おじい様が僕とラルフのために手を回してくれたんだろう。


「このお店も落ち着いた感じでいいね」

「ふふ、だろう? ちゃんと選んだから」

「うん、いい店を選んだよ」


 ラルフがドリンクを飲みながら満足そう。完全個室ではないが、三方に壁があり、適度にプライバシーが守られているもんな。すぐ横の通路は店員が適当な間隔で通るので注文しやすい。商会系列の飲食店はこういう半個室チックなつくりが多くて気に入っている。流石、お客さん目線が徹底している。仕事帰りの勤め人は飲むと職場の話をすることが多く、それが要らぬトラブルになる場合があり、プライバシーを保てる店は人気が高い。


「店はつくりや雰囲気が大切だからね」

「店員さんらしい台詞だね」


 店員さんか……言われてみれば確かにそうだ。店の中では役職が付いて番頭という意識が強いが、外から見れば関係ないもんな。番頭だろうが何だろうが店員には変わりない。そう考えると、肩書の絶対視は戒めないとな。肩書はあくまでも内部のものであって外部には関係ない。いくらどんなに高い役職だろうが、それは内部のこと。外部に自慢するようなものではない。


「俺はA商会の店長だぞ」と言ったところで、

「それ、その商会の中だけの話だよね。外部には関係ないよね」

 で終わってしまう。

 国王ですら、他国の人からすれば関係ない。「だから何?」になる。

 群れのボスはその群れの中だけでボスとして通用する。


 井の中の蛙大海を知らずだが、これの怖いところは、

 蛙が大海を井の中と同じように考えてしまうことだ。


 所属する組織が大きければ大きいほど、

 そこが「すべて」のように錯覚しがちだが、決して「すべて」ではなく、

 そこで決まったことは、そこだけで通じることだ。この点は気を付けよう。


「カインは番頭さんなんだよね?」

「そうだけど、ラルフはどうなの?」

「僕は少し前に係長になったよ」

「へぇ、それは凄いじゃん」


 実は以前聞いた情報だが、互いにとぼけたふりをする。

 互いの本心がわかっているからこそできる芸当だ。


「いや、ギルフォード商会の番頭の方が凄いんじゃない? 

 僕なんて大したことないよ」


 ラルフは元々、連邦通信局の本局にいたが、今はこの近くの支局に移動し、配達事業部の仕分課に配属されたと聞いている。連邦通信局のトップである局長はおじい様であり、僕と同じく経験を積ませるために移動させたのだろう。


 ラルフから渡された名刺には、

『連邦通信局 西の大支局 配達事業部 仕分課 係長 ラルフ』

 と記載がある。家名がないのは僕と同じく平民を装っているからだ。


「いやいや、連邦通信局の係長の方が凄いんじゃないの?」

「そんなことないよ」

「そんなことあるって」


 互いに認め合い、褒め合うのはいつものこと。出来レースといえばそうだが、この関係が心地いい。互いに腹を見せ、安心して小馬鹿を興じることができる。僕とラルフは同期の同い年で18才、自分で言うのも何だが若い。でも二人とも、それぞれの組織において将来のリーダー候補となっているから、気合を入れて頑張らないといけない。一人だとプレッシャーに潰されそうでも、二人ならはね返すことができる。年もそうだし、リーダー候補というのもそうだし、王子で身分を隠しているのも同じだから、シンパシーが大きい。身近に同じような境遇の親友がいるのは有難いことだ。


 僕らは親友だが、同時に親族でもある。ラルフの父上アレクと僕の母上ミローネは兄妹であり、僕らは従兄弟同士になる。同じロナンダルの家名を持ち、共に聖王陛下と呼ばれるおじい様を祖父に持つ。


「食料品フロアはどう?」


 彼に渡した僕の名刺には、

『ギルフォード商会 西の大支店 非日用品フロアチーフ 番頭 カイン』

 と記載があるが、現在、食料品フロアチーフ代行をしていることは既に伝えて

 いる。会うのは久々だが、日頃、ちょっとした合間に念話しており、

 近況はある程度共有している。


「非日用品フロアと比べたら、段違いだね。

 丁稚、手代で働いたことはあったけど、番頭はまた違う」


 こんな本音は彼にしか話せない。年下でまわりになめられないよう気を張って仕事しているが、ずっとつま先立ちで、自分を大きく見せるのはしんどいもの。ここではそれをしなくていいから楽だ。


 今の状況は苦か楽か? と二択で問われれば、本心の答えは苦となるだろうが、だからといって、それが苦しくて嫌だとはならない。先苦後楽の教えを受け、苦が楽になることを知っているからね。仕事は確かに厳しいが、楽しさが芽生え、次第に増している。


「番頭か、上になった方が忙しい?」

「うん、そうだね。見る範囲が全然違う。君のところはどう?」

「まぁ、僕のところもそうだね。昇進して管理する人数が増えた」


 番頭も係長もサブ的ポジションだが、店長や課長を補佐し、

 部下の指導に大いに関わる。


「ラルフの仕事はどう? これまでと変わりない?」


 連邦通信局の仕分け作業は忙しいと聞く。


「仕事そのものは難しくないけど、人の管理が大変だよ。

 特に最近、優者枠採用を始めたから、面接とか研修とかね」


「勇者枠採用? 勇者って冒険者の?」


 冒険者を採用するのか?

 連邦通信局と合わない感じがするが。


「違う、違う。優しい者で、優者。ギルフォード商会でやっているのを

 うちで取り入れたんだ。知らない?」


「そう言えば、どこかで聞いたような気がしないでもないが、

 あまり気にしてなかった」


「そうか、カインは販売部門だもんな。優者枠採用はギルフォード商会の

 製造部門と流通部門でやってるらしいよ」


「製造と流通か、それだとちょっとピンとこなかったな。

 僕は何だかんだ販売一筋で来てるから。どういう制度なの?」


「優者枠というのは、新卒の優先採用枠のことで、就職困難な生徒を救済する措置として、おじい様が導入された制度さ。採用条件はただ一つ、優しいこと。学業成績や身体能力等は目をつぶるというのが特徴」


「へぇ、通常の採用基準と全然違うんだね」


「そう。通常の採用と違い、体に障害を持っていたり、メンタルを病んでいる人の救済としての採用だね。いじめに遭い、メンタルのダメージを受けた生徒、気の弱い生徒、対人関係を築くのが苦手な生徒なども想定している。但し、可哀そうな状況であっても、優しい人でないとダメ、意地悪な人は採用しないんだ。それと今は新卒だけじゃなく、中途も対象になっている。就職後、勤務先で上司や先輩からパワハラを受けて、メンタルを病む人もいるからね」


「へぇ、そうなんだ……」


 僕はギルフォード商会の看板である販売部門にいるが、ここでは、明るく元気にバリバリ働く店員のイメージが強いから、優者枠採用というのを聞いて、商会の違う一面をうかがい知ることができた。商会が商売と善行を二本柱にしていることは当然知っているが、これはきっと善行の範疇なんだろう。しかし、そこまでやっていたとはね。


 このことは当然、おじい様も母上もご存知のはずだが、僕に話をしなかったということは、今の目の前の仕事に専念しろ、ということなんだろう。確かに今抱えている仕事で手一杯で、他を見る余裕はないからな。


 だけど、善行の何たるかは、幼少の頃から習っており、今の仕事でもそれを意識することはできる。売り手よし、買い手よし、世間よし、の三方よし、だな。僕は、売り手よし、買い手よし、まで考えて行動してきたが、世間よし、までは、頭では考えても具体的に行動してこなかった。そこもちょっと意識しないとな。今は忙しいけど、手が空いたら試してみたい。

 最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、ブックマーク、評価をして頂けると大変有難いです。

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