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第1769話 番頭カイン6

 続きです。

「1、2,3、4,5……あれっ、数が1つ多いですね」


 ここは店裏にある荷物の受取場所。昔は馬車で運んだものだが、今は飛行船が主流。専用の発着場があり、ここで荷下ろしをする。屋上にもあるが、お客さん用に開放してるスペースを広く取っているので、そこですべてはしていない。


 それに、もっとも仕入・販売の多い商品は1階の食品であり、全体の半分以上を占めるから、食品に関しては1階に受取場所を設置した方が効率はいい。という訳で、この店は受取場所が1階と屋上の二カ所となっている。これは本店を含め他の店もだいたい同じだ。


 本来の担当者が少しの間、手を離せなくなり、僕が代わりに受領確認しているところだが、数えたら荷物(段ボール箱)がひとつ多い。発注は店長がしてるから、その通りにしないとマズい。店長は余計な在庫を積まないよう綿密に計算してるわけだから。


「あっ、すみません。数を間違えたようです」


 数え間違いか、まぁ間違えは誰にでもある。素直に非を認めたから、とりあえず良しとしよう。いくらシステムがしっかりしていても、ヒューマンエラーは付きものだ。一々大騒ぎすることはしない。パワハラ気質のある人、攻撃性の強い人なら、こういう時、鬼の首を取ったように騒ぎ立て、ネチネチ嫌味を言って、小さな虚栄心を満たそうとするんだろうが、それはとんでもなく恥ずかしい行為であり、大の大人がするものではない。


「生ものでないですから、このまま受領しますよ」


 この商品は継続的に扱っている商品だし、

 店長に報告して、次回分で調整すれば済む。


「ありがとうございます」


 販売も物流も仕事は違えど、同じギルフォード商会の一員、

 こんなことで一々目くじらを立てることはしない。

 但し、絞めるべきところは絞める。


「但し、このことはちゃんと上司に報告するようお願いします。

 僕もそうしますので」


「えっ!?」


 驚くところ? こちらが、えっ!? だよ。

 何か変なこと言ったかな? 普通のことを言っただけだが、

 ちょっと不満げな顔になったぞ。


「いつもの人なら、これぐらいでそんなこと言いませんよ」


 ああ、それでか。だが当然、それで見逃すことはしない。


「それはマズいですね。僕の方から彼に注意しておきましょう」


 報連相は業務の基本中の基本。新人研修で習うものだが、

 新人だけがすればいいものではない。全従業員がすべきものだ。


「注意って、あなた、彼の部下ですよね?」


 なるほど、年下だから、そう思ったか。上司が部下に頼んだと。

 ここは舐められないようにしないとな。しっかり相手に視線を合わせ、

 声のトーンを低くして告げよう。笑顔を消し、真顔で、


「上司の番頭です」


 その瞬間、配達員の表情が変わる。

 まさか上の人だと思わなかった、という表情だな。

 コモンスキル『威圧』はピンポイントで役に立つ。


 これは加減が大事だが、僕は普段ソフトな印象を心がけているから、それを解き、少しハードにしただけで、相手からすると『威圧』に感じるようだ。普段、大人しい人ほど怒った時、怖いというが、怒るまでもなく、普通(?)になっただけでも、こちらの本気が伝わるようになれば、悪想念を出さずに済む。今回もほとんど出していない。


「えっ、番頭さんでしたか!? これは失礼しました」


 ただ、これは仕方ない。18で番頭なんて、正規店では、どこにもいないからね。系列店でもいないだろう。しかも、これを僕に頼んだ店員は加工食品売り場のチーフ(手代)で32だ。内情を知らない人が見れば、上司が部下に頼んだようにしか見えないだろう。


 その点は水に流すにしても、見過ごせない問題点が判明した。

 他部署の人に言うのもあれだが、同じ商会の一員として

 この人にもちょっと注意しておこう。この人も同罪だからね。


「ちょっとしたミスは誰にでもあるもので、それを一々責めることはしません。ですが、どんな小さなミスであっても、それを隠すのはダメです。ちょっと位いいだろう。というのが一番怖いんです。繰り返すと次第に感覚が麻痺して、どんどん大きくなりますからね。今後注意して下さい」


 悪感情を出さず、努めてソフトに言ってみた。人だからミスをするのは仕方ない。だが、それを当然のことと思うのは違う。仕方ないが、仕方ないで済ませないように心がけることが大切だ。そうすればミスを減らすことができる。


「わかりました。申し訳ございませんでした」

「今後もよろしくお願いします」


 やはり商会のスタッフは総じて優秀な人が多い。

 内心はどうあれ、自分の非をすぐ認め、きちんと人の話を聞けるもんな。 

 まぁ、そうでなければ、採用されてないだろうけど。


 もっとも度し難い人物は自分の非を認めず、人の話を聞けないタイプの人。たとえ現在、どん底なぐらい悪い状況であっても、自分の非を認め、人の話を聞けるなら、改善し向上することができるが、そうでないとどうしようもない。おじい様流に言えば、「縁を結べない」ということになる。おじい様は人の縁を大切にされるが、それは商会全体に受け継がれている。


――

――――


「カイン番頭、ちょっといいですか、

 お客さんとちょっとトラブルがありまして……」


 店内を巡回中、魚売り場の店員から呼び止められる。

 少し焦り気味の表情、すぐ行こう。


 おっ、店員とお客さんが対峙してるな。

 緊張感が一気に高くなる。だが、こういう時こそ冷静でないとな。


 何もない時に冷静になるのは誰でもできる。

 こういう時に冷静でいられるか否かで差がつくんだ。


「サービスしてくれませんか?」


 お客さんが対峙する店員に強い口調で言う。

 サービスとは値引きのことだろう。


「いや、これはサービス商品ではありませんので応じかねます」

 

 うん、これでいい。この商品は売れ筋のカニであり、黙ってても売れるから、サービスする必要がない。今の時期は身がぷりぷりで鍋にすると美味しいからな。ちょうど先日、城の晩餐で食べたが、父上も母上も兄上も僕も無言でひたすら食べたのを覚えている。いつも饒舌な母上まで黙々と食べていた。


 カニ食えば、家族のだんらん、押し黙り。

 てな感じだね。


 昔は、西の大支店のような内陸部では、魚介類は希少で高価だったが、今は保存と流通が格段に進歩し、希少でも高価でもなくなった。庶民が気軽に手にすることができる。だから、魚介類はあまりサービス品にすることがない。生鮮食品だが野菜と違って冷凍保存できるしね。するとしたら、夕方、売れ残り品のタイムサービスだが、カニはその前に売り切れるはずだ。その分だけ解凍している。


 ちなみにサービス(値引き)は一定範囲の下、フロアチーフ(番頭)に権限があり、その権限に従って、売り場チーフ(手代)が実行する。こればかりは現場判断が優先されるため、店長と大枠の値引き可能額を決めた上で、個々の判断はフロアチーフがする。これができるのは各商品の原価(仕入価格)を把握してるからだ。これに粗利を乗せて売るわけだが、カニは売れ筋商品であり、粗利は大きい。暴利を貪ることは決してしないが、稼げる商品で稼がないとね。カニは食品ではあるが、嗜好性の高い商品だ。


 ギルフォード商会では、無くては生活に困るもの、生活必需品は利益を低く設定し、逆に、無くても困らないもの、嗜好性の高いものは利益を高く設定している。基本的に前者を中心に商売しているが、後者も抜け目なくやっている。ただ、これは矛盾するものではない。後者で稼ぐからこそ、前者の商売が成り立つ。


 富裕層が高いものを買えば、間接的に庶民を助けることになる。この構造を商会は長い年月をかけて構築した。おじい様が富裕層に「買い物して経済を回そう」と呼びかけているのも、ちゃんとした裏付けがあるということだ。


 だが、その状況とは関係なく、

 目下、魚売り場で、お客さんと店員のやり取りは続く。

 理想は理想、現実は現実ということだな。


「この前、ここでカニを買ったんだが、中身がスカスカだったんだよ」

「中身がスカスカ? その様なことは……」

「あったんだよ。嘘は言わない」

「……それは申し訳ありませんでした」

「だから、その見返りに安くしてほしい」

「う~む……」


 困った表情をしつつ、店員が僕の方に視線を移す。それなら、ここから僕が対応しよう。幸い、このお客さんは、大声でどなる訳でもなく、冷静に話をされているので話が通じそうだ。度し難い人ではないと見た。短い時間でカスハラ客か否か見極めるのは腕の見せ所。現時点ではそうではない。だが、いきなり豹変するタイプも中にはいるから、まだ警戒は解けない。とりあえず、一般のお客さんとみなし、セオリー通りに対応しよう。先ず、事実確認から、


「お客様、事実確認したいのですが、以前、ここでカニをご購入され、

 中身が()()()()だったのは、お間違いございませんか?」


 あえて、お客さんの使った「スカスカ」という表現を強調する。

「スカスカ」というのは、中身が空っぽという意味だ。


「ああ、間違いない」


 言質を取った。スカスカなんて、あるわけがない。

 それなら搬入した時点で判る。この時点で勝ったようなもの。

 こちらには切り札がある。


「わかりました。それでは、それが本当か否か、確認しますので、

 サービスカウンターまでお越しいただけませんか?」


「サービスカウンター? なぜ?」


「はい、おっしゃることが真実か嘘か見抜くアイテムがございますので、

 試させて頂きます」


 現在、鑑定アイテムの使用は大幅に制限され、余程の場合でないと使えない

 ことになっているが、今回のケース(トラブル発生)はそれに該当する。


「えっ、いやぁ……」


 お客さんの勢いが一気に落ちる。さて、ここから、


「どうされましたか? 真実なら、今回のお買い物で

 きちんとサービスさせて頂きます。スカスカなんですよね?」


「スカスカ、というか、身が少なかったというか……」


 あらら、表現が変わってきたぞ。ゴールポストの移動か、

 通常の交渉なら許さないが、相手はお客さん、この程度は許容しよう。


「身が少なかったと? それでも結構ですよ。ただ、自然由来のモノなので、どうしても当たりはずれがございます。購入されたカニの全部がそうだったのですか?」


 それなら、購入時に判るはず。


「う~ん、全体的に身が思ったより、少ないなぁと……」


 思ったより、か……これは微妙な表現だな。

 これだと客観的に許容範囲な状況でも、本人がそう思えばそうなってしまう。


「わかりました。とにかくそれで確認しましょう」


 アイテムで【鑑定】した結果、身がスカスカということではなく、身が少なかったということが判明した。但し、これはお客さんの基準であり、実際のところ、許容範囲のような気がしないでもない。というのも他のお客さんから同様の苦情がまったくないからだ。


 だが、会員証でデータ確認したところ、うちのヘビーユーザー(ほぼ毎日ご来店)であり、しかも割とたくさん商品を購入されているので、番頭判断でサービスすることに決定した。但し、こんなことが何度もあると困るので、今回のみの特別対応ということで予防線を張った。


「今回のご購入分に限り、半額とさせて頂きました。

 今後も御贔屓をよろしくお願いいたします」


「ああ、また来るよ」


 店を去るお客さんに深々とお辞儀をする。よし、これで一件落着。こういうのを落としどころというんだろう。あのまま、どちらも言い合いしていたら、ヒートアップして関係がこじれるところだった。だが、店員の対応としては、あれで何ら問題ない。


「カイン番頭、ありがとうございます」

「これが僕の仕事ですから。今の調子で引き続き頑張って下さい」


 この店員は筋を通して対応し、マニュアル通り、上の判断を仰いだので合格点だ。サービス(値引き)するのは簡単だが、それを常態化すると自分たちの首を絞めることになるからね。


 交渉術で言えば、彼が押されても押し返してくれたから、僕の引き(譲歩)が功を奏した。もし、最初から引いていたら、必要以上にもっと引くことになっただろう。そうなれば店のダメージが大きくなっていた。今回ぐらいで済めば大したことはない。


 ギルフォード流交渉術は譲歩を大切にするが、それはあくまで相手が譲歩(善意)を理解できる場合。最初から喧嘩腰(悪意)で譲歩を迫る相手に譲歩することはしない。今回の場合、相手も歩み寄ったので、こちらも歩み寄ることにした。


 ギルフォード商会は値引きなしの定価商売が基本。サービス品にしたって、値引きであって、実は値引きではない。あくまで自発的なサービスだ。価格決定の主導権はあくまでこちらにあるという腹積もり。態度は下からだが、その点だけは対等だ。昔の駆け引き商売では、上からの態度で相手を威圧し、条件闘争したが、そんなことはここではしない。こちらの提示した値段で買いたくなければ、「どうぞお帰り下さい」と、笑顔で言うことができる。


 まぁ実際に口に出して言うことはないが、気持ちの上で押されることはない。同じ値段でうちより品質のいい商品を売っている店は先ずないから、そこは自信を持っている。態度は低く、気持ちは強く。


 カニ、ウニ、カキ、イカ、タコなどはその昔、見た目の奇抜さから、海沿いの一部の人しか食べなかったが、おじい様が会長の頃、販売を強化し、保存と流通の進歩と相まって、今でも誰でも普通に食べるようになった。「魚介類があれば、獣を食べる必要がない」はおじい様の弁だが、確かにその通り。動物性の食材については、陸より海の方が圧倒的に種類は多く、いろいろな味を楽しむことができる。それに獣肉より魚肉の方が栄養に優れている。


 良質なタンパク質に加え、脳や心血管の健康をサポートするDHA・EPA、骨を丈夫にするカルシウム、体の調子を整えるビタミン類(特にB群、D)、そして血液サラサラ効果のあるタウリンが豊富に含まれている。肌のツヤを良くし、関節や骨の動きをスムーズにするコラーゲンもあったな。成長期の子供にも、働き盛りの世代にも、高齢者にも、実にいい食材だ。


 対して、獣肉は中性脂肪とコレステロールが多く、血液がドロドロになり、血管を痛めて、動脈硬化を進行させ、狭心症や心筋梗塞などの心疾患、脳出血や脳梗塞などの脳血管疾患といったリスクを増大させる。


 魚にも獣にも脂は含まれるが、魚は人より体温が低いため、人体に入ると温まり、液体のまま流れるが、獣は人より体温が高いため、人体に入ると冷え、固体化して流れにくくなる。同じ肉でも人体に及ぼす作用がまるで違うのだ。魚を食べれば生活習慣病が改善し、獣を食べれば生活習慣病が悪化する。


 このあたりの情報はかなり拡散され、今やほとんどの人は獣ではなく魚を食べるようになったが、それでも未だに獣を好んで食べる人はいる。商会ではそういう人向けに獣肉も販売しているが、嗜好品として扱い、かなり高く価格設定している。手が届かないほど高い価格ではないが、魚の数倍の価格であり、これを買うぐらいなら、魚を買って刺身や照り焼きを食べる方がずっといい。

 最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、ブックマーク、評価をして頂けると大変有難いです。

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