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第1768話 番頭カイン5

 続きです。カイン視点。

 うん、この商品はここでいいな。よっと。


 ちょっと商品の置き方がおかしかったので、さっと元の位置に直す。商品名はちゃんと見えるようにしないとね。きっと、お客さんが一度商品を手に取り、買おうかどうか迷ったが、買うの止め、元に戻したのだろう。きちんと元の同じ位置に元の状態で戻してくれれば良かったが、多少崩れるのはよくあること。それを直すのは僕らの仕事だ。


 こういうのでムカムカする人はこの仕事に向いていない。おじい様流に言えば、悪想念を発する、ということなんだろう。しかし、これに限らず、この程度のことで悪想念を発っしていたら、何かある度に悪想念だらけになってしまう。そういう人は他の仕事も向かないに違いない。


 仕事とは「働く」であり、傍を楽にすること。皆を幸せにすることだ。仕事をして、皆の役に立ち、皆に喜んでもらう。皆には当然、自分も含まれる。他人ひとの喜びがそのまま自分の喜びになる。


 おっ、この商品も傾いてるぞ。直しておこう。よっと。これで良し。

 やはり、商品は綺麗にピシッと並んでいないとね。


 この仕事は真面目で几帳面な人が向いており、

 不真面目でいい加減な人は向いていない。


 世の中には、ちょっとぐらいおかしくてもいいや、という人もいるだろうが、そのちょっとぐらいが積み重なると、ちょっとがちょっとでなくなるからね。おかしければほんの少しでもすぐ正す。皆がそうすれば世の中は良くなっていき、そうしなければ世の中は悪くなっていく。おじい様がそう言っていた。


 現在、営業中で食品フロアの加工食品売り場を回っているところだが、ただ回るだけでなく、気付いたことをその場でする。そのためには商品を隅々まで見るのはもちろんのこと、スタッフとお客さんの様子にも気を配らなければならない。今の僕は感覚を研ぎ澄まし、全身を敏感にしてる状態だ。完全に仕事モード。


 加工食品とはその名の通り、加工した食品のこと。生の食品をそのまま提供するのではなく、工場で調理して包装したものだ。包装には、紙製の箱、植物素材のパック、ガラス製のビン、金属製のカンなどがあるが、いずれも密閉状態で衛生面に大変気を使っている。菌が入ってこず腐らないので、長期間、売り場に置けるのが大きなメリットだ。生鮮食品と違い、在庫管理が楽。ここの商品はほとんど値引きしない。だから価格管理も楽。朝夕のミーティングでも、加工食品の話はほとんど出てこない。出るのはほぼ生鮮食品についてだ。


 加工食品は商品ごとに消費期限が設定されているが、ほとんどの商品はその前に売れる。どの商品がどれぐらいの期間でどれだけ売れるかはデータ管理してるので売れ残りはほとんどない。データ管理は店長の仕事であり、これが休みなく続く。だから、ハバロンさんの代行として僕が入った。店長も代行できるが、それでデータ管理を疎かにすることはできないからね。うっかり注文数の桁を間違えたら大変なことになる。


 従業員が数人規模の小さな店なら、店長が現場仕事をすることはよくあるが、ここは天下のギルフォード商会の四大支店の一角であり、授業員が数百人規模で働いている。人員管理、顧客管理、勤務時間管理、仕入管理、売上管理、在庫管理、クレーム管理などのデータ管理だけでも膨大な仕事だ。実はこの一部を大番頭のハバロンさんが手伝っていたから、今は完全に店長一人、だから店長に食品フロアを手伝う余裕はない。


 対して僕の非日用品フロアはそこまで忙しくない。新人番頭ということで、ここに配属になったんだろうが、「手に余る」の反対、「手に足りる」の状態で、他のフロアの手伝いをちょこちょこしていたから、今回の決定は渡りに船だった。食品フロアのチーフ代行に入っているが、非日用品フロアの方もサブチーフ任せにせず、随時チェックしている。

 

 およっ、あんなところで小さな男の子が一人でうろうろしている。

 すぐ対応しよう。


「どうしたいんだい、僕? 誰か一緒じゃないの?」

「いなくなった……」


 近くに親御さんがいないな。きっと迷子だろう。


「それは大変だ。こっちに来ようね」


 手を引いてサービスカウンターに連れていき、

 女性スタッフに迷子の案内をお願いする。


「それでは頼みますよ」

「かしこまりました。カイン番頭」


 女性スタッフが丁重に小さく一礼する。流石、店の顔、マナーが行き届いている。この人は確か、貴族の屋敷の元メイドさんだったな。僕自身、城住まいなので、メイド経験のある人はすぐ判る。背筋がピシッとして動きに品がある。


 サービスカウンターは、お客さんのお困りごとやご要望を聞き、対応するところだが、当然、迷子対応もする。館内にアナウンスすれば、すぐ親御さんは来てくれるだろう。その他ここでは、会員証や資金保管証の発行、宅配サービスの受付、コピーや製本の受付、お祝い館の利用受付、乗り物(飛行船・海上船・馬車便)の利用受付、シルフィード会館やサラマンダー広場の利用受付、ギルフォード遊園地の利用受付など、多岐のサービスを行っている。


 もちろん、どの商品がどこにあるかも案内する。一応、各フロアのマップは掲示してあるが、商品数が多く、そもそもどこの売り場になるのか分からない場合もあるからね。それと『ご意見箱』が設置され、お客さんから店へ書面で意見や要望を出せるし、ATMも設置されているので、ここで資金保管証を使って、お金を預けたり、おろしたり、残額や利用履歴を確認することができる。


 母上のお話では、資金保管サービス単体では商会の利益にほとんどならないが、資金保管証があれば、現金を持たないで買い物できるため、これが売上増につながっているとのこと。ATMはギルフォード商会の店の中にあるので、来た人はついでに買い物もするだろう。それに資金保管を通じて、お客さんの手持ち資金残高が判るので、富裕層にピンポイントでアプローチすることができる。また残高以外の個人情報も何かと商売に役立つ。このメリットは計り知れないだろう。


 ギルフォード商会は庶民に寄り添うリーズナブルな商品(品質が良くて割安な商品)を数多く提供しているが、一方、家や宝飾品や高級服などの高額商品も数多く扱っている。これらの商品を日頃購入するお客さんを「お得意様」と呼び、自宅に伺い、御用聞きしているが、これは庶民と富裕層のどちらの顔も立てた戦略だ。庶民は店頭販売、富裕層は訪問販売することにより、両者のバッティングを防ぐ狙いがある。


 富裕層は貴族が多く、自前の馬車で移動するが、昔、それで店の周辺が馬車だらけになり、混雑したことがあったので、それを解決する手段として貴族のお客さんに訪問販売するようになったのが始まりとされる。その後、いろいろ変遷があり、今の形に落ち着いた。


 御用聞き(外商)の仕事は僕もやっているが、

 たまに外に出るのは気分転換になっていいものだ。

 客層もガラッと変わるので大いに刺激を受ける。


 さて、引き続き、店内を見て回ろう。

 おっ、向こうで年配の女性がキョロキョロしてるぞ。

 すぐ行かねば。


「お客様、どうかされましたか?」

「すみません。孫と離れてしまいまして」


 孫? あっ、ひょっとして!


「これぐらいの背の男の子ですか?」


 男の子の背の高さを手で示す。


「ええ、そうです、そうです!」


「それなら、先程、サービスカウンターで保護しましたので、

 そうかもしれません」


「ほんと、場所はどこかしら?」

「はい、ご案内いたします」(二コリ)


 ここで小さく微笑む。

 笑顔は人を安心させる力があり、これも小さな善行となるだろう。


 この店は広いから、こういうことがしばしばある。どのスタッフも気付けば、即座に対応するが、目の前の仕事に集中してると、どうしても視野が狭くなるから、それをフロアチーフである僕がフォローする。「なんで他のスタッフは気付かないんだ」なんて悪想念は出さない。そんな暇があったら、さっさと自分で動く。


「あっ、おばあちゃん!」

「あら、まぁ、良かった!」


 ふふ、どんぴしゃだった。


「見つかって良かったですね」

「ありがとうございます」

「引き続きどうぞお買い物をお楽しみ下さいませ」(二コリ)


 ここでまた微笑む。スマイルは新人研修で徹底的に教わったが、油断すると、しなくなってしまうため、日々、鏡の前でするようにしている。自分の顔は鏡が無ければ自分で見えないため、他人のための行動(善行)になるが、自分の健康にもつながるので一石二鳥だ。


 笑顔をつくるだけで、コルチゾール(ストレスホルモン)の分泌を抑え、セロトニン(幸せホルモン)が分泌され、精神的な疲れが軽減されるし、神経ペプチド(情報伝達物質)が生成され、NK細胞が活性化することで免疫力が高まり、がん細胞への抵抗力が増す。


 笑顔を習慣化するだけで、対人関係が良くなり、健康になり、徳を積み、運命が改善する。これをしない人は人生を大損してると言えるだろう。逆に、睨み顔、怒り顔、不機嫌な顔、不満顔、不愛想な顔を習慣化すれば、笑顔と反対のことが起こる。こういう人は人生を破壊してるようなものだ。


 おじい様は「自分の顔に責任を持て」と言ったが、これは本当にその通り。生まれ持った顔は変わらないとされるが、表情は変えることができる。そして表情を変えれば、後天的に顔を変えることができる。同じ顔でも表情が変われば、違う顔になる。それこそまるで別人のように。


 さて、また店を見て回ろう。にっこり、にっこり。

 あらっ、今度は会計が混雑してるじゃないか。

 ひぃ、ふぅ、みぃ……10人も並んでいる。よし、応援に入ろう。


「お待たせして申し訳ございませんでした。

 先にお待ちのお客様、こちらで承ります」


 即座に笑顔を封印し、真剣な表情にチェンジする。待たされて気分を害してるお客さんに対し、ニコニコ接したら、どやされかねないからね。コモンスキル『空気を読む』は身についている。


 資金保管証をお持ちのお客さんは保管資金払いできるので、会計が楽だが、現金払いのお客さんは一々現金を数えなければいけないので時間がかかる。だから、会計は現金払いの列が混みやすい。既にかなりの割合で保管資金払いとなっているが、それでも一定数、現金払いがあるので、そこは懸念事項となっている。


 ※補足※

 この世界の現金はすべて硬貨のため、

 必然的に持ち運びが重くなり、会計の手間を要します。


 母上のお話によると、この件は本部にも上がり、重役会議でも議論されているが、現金払いを禁止すれば、お客さんを失うことになり、その選択肢は取らないことになったとか。まぁ確かにね。経営戦略上、それは当然のことだろう。一見いちげんのお客さんもいるだろうし、そもそも、現金を受け付けないのは商人としていかがなものか? という話になる。なぜなら商取引の原則は現金払いだからだ。いくらギルフォード商会のやり方(保管資金払い)が広まったとはいえ、それをお客さんに強いることはできない。


 その代わり、現金払いと保管資金払いで列を分け、あえて保管資金払いで混雑する状況を作り出し、「こんなに混雑するなら資金保管証をつくろう」と考えさせるよう誘導することになったのだ。現実的妥協策として分からないでもない。確かにこれで資金保管証の申し込みは増えた。重役たちの目論見通りにね。


 だが、そうは言っても、現場で働き、目の前で困っているお客さんがいたら、手助けしないわけにはいかない。手助けしつつ、解決法として保管資金払いを勧めたい。身元確認や資金残高など一定の条件はあるが、ほとんどの人はクリアできるだろう。


 本当は困る前に対応したいが、それだと本部の意向を無視することになるので、意図的に少し困らせて、さりとて、あまり困らせ過ぎず、対応する塩梅としているが、一歩間違えれば、クレームものであり、ほんと現場ではいろいろある。


 日々、こういう経験をしていると、つくづく現場の体感温度というか、素肌感覚の重要性を認識する。もし僕が母上の息子というだけで、ポンと重役になったりでもしていたら、頭でっかちの現場知らずで、やることなすこと的外れになり、全体に多大な迷惑をかけることになっただろう。下から積み上げる課程を用意してくれた母上とおじい様には感謝しかない。


 現場知らずのボンボンがポンと上に就けるほど商売は甘くない。

 そんなことをしたら商会が傾いてしまうだろう。

 財閥を自称する程の大々商会となっても、それは同じだ。

 気を引き締めないと。


――

――――


 ふぅ、一息つこう。

 引き締めてばかりだと身が持たない。ちゃんと休みを取る。


 店員は立ちっぱなし、動きっぱなし、気を使いっぱなしの仕事のため、一時間の食事休憩とは別に、ローテーションを決め、順番にバックヤードで小休憩をすることになっている。時間は正味10分ぐらいでそんなに長くないが、この時間で緊張状態をほぐし、メンタルを整える。特に会計やサービスカウンターの仕事の後は疲労が出やすいので小休憩は必須だ。


 家族や友達や仲間なら別だが、赤の他人と接することは疲れる。人と接することは嫌いではなく好きな方だが、それでも、初対面の人と接すると心拍数が上昇し、メンタルにくるものだ。おじい様によると、これが、いい修行になるとのこと。人は人と接すると疲れるが、それは互いの角がぶつかり合い、取れるから。人は互いに磨き合い、次第に丸くなり、宝石のように輝くようになるという。僕もそうなっている最中かな。


 さて、休もう。


 肩と首をぐるぐる回し、背伸びしてから、脱力してソファにくつろぐ。

 ここで秘密兵器、おじい様から教わったツボを押すとしよう。


 ぐぐっ、ぐぐっ


 おお、合谷のツボは効く。電気が走ったぞ。裏合谷も押しておこう。


 ぐぐっ、ぐぐっ


 うう、効く効く、あと、労宮と神門もやっておくか。


 ぐぐっ、ぐぐっ、ぐぐっ、ぐぐっ


 おお、痛気持ちいい。


「あの、カイン番頭」


 一緒に休憩していたスタッフが声をかけてきた。

 はは、気が付かなかった。休憩モードに入ると能力値がガクンと下がる。

 確か彼は飲み物売り場のチーフ(手代)だったな。

 

 ジュースや酒も売れ筋商品だが、ビンも多く、重さがあって補充が大変なんだよな。店内ではカートを使って運んでいるが、売場に置く時は手を使うので、長時間やると手が疲れてくる。


「それ、よくやられてますよね」


 何気に観察されていたか。

 ここでは人目を気にしないので気が付かなかった。


「ああ、ツボ押しですね。いいですよ、これは、リラックスできます」

「私にも教えてもらえませんか?」

「いいですよ、ツボの位置を教えましょう。先ず合谷ですが……」


 疲労やストレスは目に見えないが、放っておけば溜まるもの。だから、こうして意識して解消するようにしている。その日の疲労やストレスは翌日に持ち越さないのが鉄則だ。ツボ押しをするようになってから判ったことは、溜まると痛みが増すので、それにより見えないはずの疲労やストレスが可視化できるようになったことだ。これは日常の健康管理に非常に役立つ。


「足の疲れも取れるんですか?」


 僕らの仕事は基本立ちっぱなしだから、足や腰に疲労が溜まりやすい。ここにも足つぼ台が置いてある。僕自身は若いので足腰にきてないから、あまり乗らないが、中高年の人はよく乗って、苦悶の表情を浮かべている。


「それなら足三里がいいですね。それも教えましょうか?」

「お願いします」

「それでしたら、ツボ取りしましょう。膝の皿の下に手をあてて……」


 ツボ取りとはツボの位置を正確に押さえること。足三里のツボ取りは少々コツがいる。一度判れば、どうってことはないが、初めての人が間違ってツボ取りしてしまうと、以後、間違った場所を押すことになるので注意を要する。


「……なるほど、ここがツボの位置ですか」

「そうです。押すと独特な痛みがある場所です」

「あっ、ほんとですね。ビリっときました」

「その、ビリっが体にいいんですよ」


 このスタッフとはこれまであまり話したことが無かったが、ツボをきっかけに交流を深めることができた。ふふ、『芸は身を助く』という言葉が『御言葉集』にあったが、その通りだな。


 ギルフォード商会は健康を主軸に置いており、あらゆる商品が健康に配慮したものとなっている。であれば、従業員自身も健康でないとね。不健康な人が「これは健康にいいです」と言っても説得力がない。特に食品フロアはそう。目に見えて元気溌剌に明るく振舞わないと。お客さんの前で疲れた顔なんて見せられない。


 バックヤードはそのための準備室だが、僕はここの時間を大切にしている。束の間、仕事モードをオフにするが、それは他の店員も同じこと。仕事モードでは表面しか分からなかった人が、ここでは素になり、内面まで分かることが多い。内面を見られたくない人はここでも仕事モードだが、それはしんど過ぎるだろう。それに、互いの腹を見せ合ってこそ、人は信頼し合うことができる。それには人に見せても恥ずかしくないような腹にしておくことだ。

 最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、ブックマーク、評価をして頂けると大変有難いです。

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