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第1766話 永年勤続表彰2

 関連回 第728話 ミローネの日常

 これもひとつの見せ場だよな。僕も昔はよくやった。

 壇上のミローネがグラス片手に声を上げる。


「皆さん、グラスの用意はいいですか? ちゃんと持ちましたか? ビールでもウイスキーの水割りでも、ジュースでも、好きなものを手に取って下さい。ここからは懇親会になります。皆さん、日頃、お客さんや取引先、その他、いろいろ気を使っておいででしょう。本当にご苦労様です。この時間はそれを忘れ、ゆったりと過ごしましょう。皆さんのご多幸を祈念して、かんぱ―――い!」


「「「かんぱ―――い!!!」」」


 ミローネが乾杯の音頭を取り、皆がそれに呼応する。全店長会議の後、本館の別階に移動し、懇親会という名目の軽めのパーティーを開催する。せっかく、これだけ人が集まったのに、仕事が終わって、はい、サヨナラでは勿体ないからね。


 商人たるもの、人の縁を大切にすべきであり、この機会に他の店長と交流を広げてもらいたい。店と言っても、扱う商品や業態は多様であり、多くの知見を得られるはずだ。大きな店、小さな店、正規店、系列店の区別もない。


 各テーブルに、各種アルコールとノンアルコールの飲み物、魚と野菜のフライ、干物、お寿司、パスタ、ピザ、ナッツ類などのおつまみを置いているが、椅子のない立食スタイルで、皆各々、自由に部屋の中をグラス片手、小皿片手に移動し、意中の相手と楽しげに談義を始めている。


 こういう雰囲気はいいものだ。皆大人だから、馬鹿騒ぎせず、節度を守って楽しんでいる。アルハラしたり、悪口に花を咲かせるような者は一人もいない。重役がいるからだろうが、それでもよく自制できている。


 昔は正規店の店長だけだったが、財閥体制になってから系列店の店長も参加しており、相当な数に上っている。会議は各店に設置しているスクリーンにより、遠隔でも参加できるが、この会議の本人出席率はかなり高い。四半期に一回ということで、スケジュール調整しやすいのと、他の店長との交流を楽しみにしてだろうが、それに加え、今回は永年勤続表彰があったからな。これは年に一回、この時期にする。


 成績優秀者は誰でもなれるものではないが、永年勤続者は地道にコツコツ働けば誰でもなることができる。最短の10年でも大変ではあるが、若い人にとっては手の届く目標だ。10年あれば、肩書も丁稚から手代に上がっているだろう。継続は力なり。


 大昔はそれこそ、入って1年もしないうちに手代になれたが、今は人が何倍にも増え、昇進ペースは遅くなっている。だから昔の方が良かったかといえば、一概にそうとも言えない。昔は今ほど労働条件が整っておらず、もっと殺伐とした雰囲気だったろうからね。もし僕が、この世界に召喚されるとしたら、昔より今の方が絶対にいい。ただ、それだと楽な環境で、修行にはならなかっただろうから、魂的には結局、これで良かったということになるんだろう。


 自意識はイージーモードを望むが、魂意識はハードモードを望む。人はこの二律背反の軋轢に苦しむが、苦しみを軽減する方法があるとしたら、それは自意識を魂意識に寄せることだろう。自意識が魂意識と同調したら、苦しみは理屈の上では消えることになる。ただ、最初からそうだと修行にならないので、その過程が大事ということなんだろう。


 役を演じる際、その役になりきるから、役を通して学ぶことができる。

 地のままで演技したら、舞台(現世)に上がった意味がなくなってしまう。


 誤解がないようにしたいが、人生の目的は魂意識になることではない。それだったら死ねば、そうなれるし、そもそも、この世に生まれる前はそうであった。重要なのは制限された自意識の状態で、経験したことを前向きに捉え、そこから学び、成長することだ。それが魂意識に刻まれていく。


 人は後から、あの時ああすれば良かった、こうすれば良かった、と後悔しがちだが、それは後からだから、そう言える話であり、その時の自分は最善の選択をしたはずだ。後からあれこれ言えるのは、経験を積み、それだけ成長したということ。ある意味、当時の自分と今の自分は別人ということになる。明日の自分すら今日の自分とは違うだろう。あの時、やらかした自分は今の自分ではない。


 人は失敗し、後悔するものだが、それを減らす方法があるとしたら、その選択をして、未来の自分がどう思うか想像することだ。そんなの分かるわけがない、と反論されそうだが、明確にはっきり分かる必要はないし、それは無理。ただ、想いをめぐらし、何となく想像するだけでいい。未来の自分が後悔してるか、してないかを。そして、何となく嫌な感じがするなら、その選択をしない方が無難ということになる。


 何か気になる。どうも嫌な予感がする。でも、いいや、やってしまえ。後は野となれ山となれ、では大体うまくいかない。まぁ、それでもやらなければならない時はあるけどね。そこが人生の難しいところであり、また面白いところでもある。何事も予定通り、計算通りにいく人生より、そうでない人生の方が大変ではあるが、魅了される部分がある。


 やはり人に囲まれているなぁ……。


 先ほど、マズルから話を聞き、ハバロンのところに行こうと思っていたが、永年勤続表彰を受け、まわりにたくさん人が集まっている。彼も中々交友関係は広いんだな。全店長会議の後だから当然だが、店長ばかりだ。同期も店長がほとんど。


 この全店長会議は、本部が各店長に方針や連絡事項を伝え、本部が各店長から

 報告を受けるものだが、毎回、その後の発表に注目が集まる。


・成績優秀店

(店単位で店長が対象)

・成績優秀者

(個人単位で番頭以下の従業員が対象)

・新店長

(新たに就任した正規店・系列店の店長が対象)

・永年勤続者

(勤続10年・20年・30年・40年…の従業員が対象)


 新店長については、以前は正規店だけが対象だったが、現在は系列店も対象に加わっている。また永年勤続者は以前、支援本部の総務課から人事データに基づき事務的に対象者あてに通知するだけだったが、味気ないと思い、表彰することに改めたのだ。この狙いは大成功であり、見事、従業員のモチベーションアップにつながっている。


 ちなみに永年勤続者へのご褒美だが、従業員がもっとも欲するのは

 お金と休みだと思い、このように定めている。


・勤続10年 金貨1枚(10万円) 1週間休み

・勤続20年 金塊2枚(20万円) 2週間休み

・勤続30年 金塊3枚(30万円) 3週間休み

・勤続40年 金貨4枚(40万円) 4週間休み

・勤続50年 金貨5枚(50万円) 5週間休み


 お金については商会ということで商品券にする案もあったが、これだと自商会の買い物を勧めているような感じがして制限なく使えるよう現金にした。欲しいものがあれば他商会のものでも構わない。うちはそんなに器の小さな商会ではないからね。むしろ善なる商売をする店なら、自他の商会問わず助ければいい。僕もそうしている。善に店の垣根はない。


 現在、商会は連邦エリアにおいて、これ以上の市場占有を望まず、正規店と系列店の出店を抑えているが、その代わり、友好店を増やす戦略に切り替えており、他商会との友好を積極的に図っている。その観点からも他の商会に関心を持つことは好ましい。


 休みについては新たに休みを与えるのではなく、有給休暇を消化してもらう方針としている。勤続10年以上なら、当年で20日付与され、前年の未消化分も合わせれば十分であろう。例えば4週間休むにしても、元々、週2日休みなので、5(日)×4(週)=20日の有給未消化分があればいい。もし無ければ無いで、その分は特別に休暇を与える。


 今回、ハバロンは勤続40年なので、金貨4枚(40万円)で4週間休み、その上、豪華客船の旅行が付いてくる。彼の有給未消化分は35日なので、まったく問題ない。ちなみに消化した5日は夏季休暇分。前後の休日(2日×2)とつなげて9日休みを取っている。冬季休暇の5日は未消化だが、これももちろん後から取ってもらう。


 おっ、そうこうしているうちに、ハバロンのまわりから人がいなくなり、一人になったぞ。今がチャンスだ。場の雰囲気に合わせ、軽い感じでいくか。抜き足差し足、そっと近づいてからの――


「よっ、ハバロン君、勤続40年おめでとう」

「あっ、これは、総帥、ありがとうございます」


 手にしているグラスはウイスキーの水割りか。

 少し顔を赤らめ、いい感じに出来上がっている。


 商会ではウイスキーを販売しているが、これはアルコール度数が高いので、水で割るよう注意書きしている。依存症を避けるため、3%にするよう推奨しており、この場のグラスもそうしているが、そのまま飲んでくれている。僕はノンアルのルイボスティーだが、これで十分。


「ご苦労さん、長い間よく頑張ったね。支援本部から聞いてると思うが、勤続40年ということで、商会から豪華客船の旅をプレゼントすることになっている。ぜひ、この機会に楽しんでくれたまえ」


 さらりと言ったが、どう反応するか。


「いや、それなんですが……」


 ハバロンが視線を落とし、少し困った表情をする。


「どうしたんだい?」

「長い休みを取らないといけないですよね?」

「まあな。ちょうど4週間の休みが取れるから、いいじゃないか?」


 4週間と言えば、約一ヶ月、十分楽しめるだろう。


「店の番頭がそんなに休んでいいのでしょうか?」


 大支店の番頭となれば、実質、店長と同じ。

 その責任の重さを感じているのか。


「いいんじゃないか、これまで、そんなに休んだことないだろ。

 遠慮なく休めばいい」


「ですが、店に迷惑がかかります」


 おお、責任感が強いな。


「それはお互い様だ。君はこれまで他の人が休んでいる時、

 頑張ったんだから、堂々と休めばいい」


「しかし、私の代わりに売り場を見てくれる人はいるんでしょうか?」


「食品フロアだったよね? それは店長が何とかすべき話だ。

 君は気にしないでいい。そのあたりは僕の方もフォローしておこう」


 有給休暇を含む福利厚生は従業員のためのものであり、商会として従業員に約束してる以上、商会が責任を持って、それを享受できるようにしなければならない。具体的には店長以上の役職者がその任を負うことになる。役職者の権限はそのためのもの。


「そうですか……」


「それより、君は奥さんと一緒に羽を伸ばすことを考えればいい。

 体の芯からリフレッシュするんだ。面倒なことはこちらでやっておこう」


 元々の豪華客船の旅は僕とメリッサの新婚旅行で始めたものだから、それに倣い、商会においても夫婦セットを基本として運用している。同居する子供がいるなら加えてもいいが、勤続40年なら、子供は独立してるだろうからね。商会として本人だけでなく、奥さんの内助の功にも応えたい。


 西の大支店にはカインがいるから何とかなるだろう。

 早速、マティス店長に話を通しておこう。


 しかし、あれだね。

 やはりハバロンはまわりに気を使っていたんだな。

 そして、こういう人だからこそ、勤続40年を達成できたんだ。

 善意には善意で報いたい。


 最近、日本では退職代行サービスなるものが盛況らしいが、その背景には、退職を申し出た従業員に対し、会社側が「まわりのことを考えろ」だの「忙しい時期にこんなことをするな」だの「自分の仕事を放りだすな」だの言い、露骨な引き留めが横行してる状況があるらしい。中には「辞めたい」と言っても受け付けてくれず、一年も二年も伸ばされているケースもあるとか。いやいや、あかんでしょ。


 労働基準法上、退職は労働者が二週間前に意思表示すれば済むものであり、それに関して会社側の同意は不要。就業中、従業員は会社の命令を聞かなければならないが、退職はそうではない。だが、法律を知らないのか、もしくは知らないふりをして、とぼけているのか、会社の担当者はまるで会社の同意が無ければ辞められないようなことを平気で口走ったりする。もしそうなら、これは従業員を陥れる詐欺的行為だ。はっきり言って違法。


 同じ経営者として会社の言い分も分からないでもないが、退職は労働者の権利であり、それを阻むことはできない。もし会社の望まない辞め方をされたのであれば、それは会社がこれまで、その従業員に対し、望まないことをしてきたからであろう。それが報いとなって返ってきただけだ。


 引き留めの言葉として「急に辞めたら他の人に迷惑がかかる。無責任だ」などと会社はよく言うが、そんなことは普段の業務でしておくべきことだ。一人いなくなって、それだけで回らなくなるなら、組織そのものに問題があり、その組織を放置した会社に責任がある。辞める従業員の責任ではない。


 どの会社でも、従業員は有給休暇、産前産後休暇、育児休暇などを取得するし、入院や退職もあるだろう。それを考慮した上で人員計画を立てなければならない。10人でギリギリ持つ状態のところに10人配属すればいいという話ではない。そんなギリギリの労働環境だから、愛想をつかされ、どんどん辞めていく。悪いのはそれを放置した会社だ。


 ただ、大人しい従業員はそれを会社に言えず、だから退職代行サービスに依頼するのだろう。会社は従業員に善意(会社のための継続労働)を強要するが、善意は強要されてするものではない。ましてや、その状況は会社が従業員に対し、善意で接してこなかったから起きているわけであり、自分で善を成さない者が他人に善を成せと言うなら道理が通らないだろう。「会社のことを考えろ」という主張は、従業員のことを考えている会社にしか言う資格はなく、その様なできた会社は手前勝手なことを言わないものだ。


 善意には善意で報いるものだが、善意がなくても善意で報いるのはさらにいい。だが、狡賢い者はそれを嗅ぎ付け、自分に善意で報いろと平気でのたまう。自分は一切善を成すことをしないのにね。こんなのを相手にしたら、燃料にされ、消耗するだけだ。善意は向ける相手を間違えてはならない。それこそ詐欺師やストーカーやクレクレモンスターやサイコパスに向けたら、えらい目に遭うだろう。善を成すには『人間観察眼』を鍛え、相手をよく選ぶことだ。理想主義者は比べることを悪く言うが、それは味噌もくそも一緒にするような暴論であり、現実では通用しないお花畑の論理だ。


 比べることは決して悪いことではない。

 それを差別と呼ぶなら論理の飛躍だ。意味がまったく違う。

 1と2は違うし、光と影も違うし、日本人と外国人も違う。

 それは当たり前のことであり、差別ではない。


 現実の世の中で、地に足を付けてしっかり歩くには、物事を比べ、為になるもの、ならないもの、善なるもの、悪なるもの、を見極める必要がある。霊界なら同じ周波数のものが集まるので、比べることはないだろうが、ここは霊界ではなく現世。多種多様なものがあるということは、それらを比べ、そこから自分に合ったもの、自分の為になるもの、を選べということだ。


 友にしろ、結婚相手にしろ、買い物にしろ、進路にしろ、何にしても選ぶ必要があり、それは複数の選択肢の比較の上で成り立っている。僕らは、比べて、比べて、比べまくって、今の自分があるのだ。その現実を無視し、「比べるのは良くない」という論に浮世離れしている。しっかり比べ、いい選択をすることが、いい人生につながるのだ。比較しなければ状況を正確に把握することすら困難になる。


 ここは現世、霊界と混同してはいけない。善を成して、必ず(高い確率で)善で返ってくるのは高級霊界の話だ。残念ながら現世はそうなっていない。その状態がいいとは決して思わないが、そういう現実があるということは認識しておいた方がいい。その上で、腐らず、諦めず、捻くれず、歪まず、悪く思わず、素直に、明るく、前向きに向上を目指すことが修行となる。


 現状を分析したり、物事の真理を探究するには比較が欠かせないが、複数の存在の関係性を比べることを差別と決めつける人がいる。だが、差別とは不当な悪待遇を伴うものであり、単に違う存在を並べて比べるだけでは、そうはならない。もし、それを差別と呼ぶなら論理の飛躍だ。


 最近、日本では外国人による犯罪が問題となっているが、国を憂う人たちが、これに対処しようとしたら、外国人差別と言う人がいるから呆れかえる。なぜ「外国人」と主語を大きくする? 問題となっているのは「犯罪をする外国人」だ。外国人全体ではない。だから、これも論理の飛躍である。もちろん排外主義でも何でもない。外国人であろうとなかろうと、犯罪は厳しく取り締まるのが法的にも道徳的にも正しいあり方だ。

 最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、ブックマーク、評価をして頂けると大変有難いです。

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