第1765話 永年勤続表彰
関連回
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第1514話 先苦後楽2
ここはギルフォード商会本館の上の階にある大会議室。
この建物の造りは前世のビルと同様でガラス窓があり、外の眺めは素晴らしい。
王都はもちろんのこと、国境付近まで見渡せる。
このあたりでここほど高い建物は隣接する本店だけなので、この二つの建物は王都で象徴的な建物となっている。一応、不敬にならないよう王城よりは低くしているが、王城は先が尖った造りであり、上の階はこんなに広くない。これだけ多くの人数が髙い階に集まれるのはここだけだ。
だから、ここの会議室に来る者は必ずと言っていいぐらいガラス窓から
外を眺め、普段自分たちがいる場所や方向を指さして談義に花を咲かせる。
そんなテンションの上がる会議室で定例の全店長会議を終え、
丁度今、永年勤続表彰をしているところだ。
「勤続10年おめでとうございます」
「ありがとうございます」
パチパチパチパチパチパチパチパチ!
会長のミローネが笑みを浮かべながら対象者に表彰状を手渡しし、隣に立つ連邦本部長のメラルが賞金の入った封を手渡しする。勤続10年だと金貨一枚(10万円)だ。
「表彰おめでとうございます」
「ありがとうござます」
勤続10年と言えば、そこそこ長い年月だが、
ギルフォード商会にはゴロゴロいる。というか大多数だ。
ギルフォード商会は先苦後楽と『鉄は熱いうちに打て』の方針により、勤続年数の短い従業員に対し、厳しめの指導を実施するため、勤続3年以内の従業員の退職はそこそこあるが、それを超えるとアルデンテのごとく芯が出来上がり、辞める人が一気に少なくなる。
従業員には基本的に長く勤めてもらいたいが、さりとて、どんな仕事でも合う合わないはある。合わないと思えば、さっさと見切りをつけ、辞めてもらって構わない。だから、勤続3年以内、特に1年以内の離職率の高さは気にしていない。合うと判断した人に長く勤めてもらいたいのだ。
辞める人の多くが、大手のギルフォード商会に入ったら、楽できる、大儲けできる、威張れる、と考えている人たちだったから、辞めてもらっても痛手はない。本来、そういう類の人は採用しないに限るが、面談の時間は限られており、責任者や重役の『人間観察眼』を持ってしてでも、完全に見極めることは難しい。
以前は採用の際、鑑定アイテムを使用していたが、今は制限してるので、それが影響しているが、『人間観察眼』は商人として、人として必須のスキルなので、これを鍛えるためにも、この方針を貫く。楽ばかりしたら現世の修行にならないしね。商品の目利きもそう。鑑定アイテムに頼らず、自分の目で判断する。そうすれば自然と眉間のチャクラである第三の目が開くだろう。
第三の目が開くから、物事が見通せるのではない。
物事を見通そうとするから、第三の目が開く。
「表彰おめでとうございます」
「ありがとうございます」
今回も対象者は多く、表彰が続く。うちは従業員が多いからね。
日本の企業だと、お辞儀をしつつ黙って表彰するスタイルが多いだろうが、そこはギルフォード流、お辞儀だけでなく言葉に出す挨拶も欠かさない。日本人なら頭を下げるだけで、その意味を察するが、事情を知らぬ者が見た場合、それだけではなぜ頭を下げたか判らない。謝罪なのか、敬意を持ってなのか、感謝してなのか、ただの社交辞令なのか、言葉を発すれば、それを相手に伝えることができ、誤解を防ぐことができる。
外国では、頭を下げる行為は「私はあなたより下です」「私の負けです」「謝罪します」等を意味する場合がほとんどなので日本人は気を付けた方がいい。中には日本の文化を理解する人もいるが、そうでない人が大多数なのだ。近隣の国でさえ日本人が頭を下げたら「自分にひれ伏した」「謝罪した」と取るからね。日本人のお辞儀の文化は素晴らしいものだが、誤解を招かないよう国内にとどめた方が無難だ。仮に文化的意味を理解する人であっても、悪意があれば、「こちらの言い分を飲み、自分の非を認めた」と解釈し、交渉材料に使おうとする。
相手を大切に思う謙虚や譲歩は日本の素晴らしい文化であり、天に通じる霊性の高い行為であるが、残念ながら、外国の多くの人はそれが解らず、弱さ、愚かさ、服従、謝罪の意味で受け取ることが多い。善意は誰にでも通じるものではないことを知った方がいい。悪人に善意で接しても燃料にされるだけ。むしろ悪を助長させ、悪に加担したことにすらなる。
「勤続20年おめでとうございます」
「ありがとうございます」
おっ、勤続20年に入ったな。対象者は列をつくって並んでいるが、先程より一気に減った。まぁ20年ともなるとね。永年勤続表彰は毎年、勤続年数10年、20年、30年という風に10年単位の大台に乗った従業員を対象に実施しているが、その意味するところは、商会で長く働いてくれている従業員の労をねぎらうことだ。もちろん感謝もしている。
おっ、会場にカインも来てるな……。
この中ではひときわ若いので目立つ。彼はまだ18だもんな。
中高年の中では初々しく見える。ほんとどが彼の倍以上の年齢だもんな。
彼は店長ではないし、永年勤続表彰の対象でもないが、この前に開かれた成績優秀者表彰で来ていた。商会は基本的に実力主義のため、年齢、性別、種族、身分などの個人的属性で評価されることはないが、完全にそれ(実力)だけだと寒々しい感じがするので、勤続年数を重ねた人にもスポットを当てることにしたのだ。
カインのように若くても抜きんでた実力で上に行くのはいいが、皆が皆そうではないし、また皆が皆そうであっても逆に困る。組織というものは適材適所で成り立っており、様々な人材が支えている。だから抜きんでた実力がなくても、愚直に真面目にコツコツ働いてくれる人を大切にしたい。そいう意味でこの永年勤続表彰を僕は大変重視する。
経営者の立場からすると、たまに大当たりしてヒーローになる従業員よりも、ミスをせず、アベレージを積み重ねてくれる従業員の方が相対的に好ましい。もちろん、カインもそれに該当するが、まだまだ、これからであり、今後、永年勤続表彰も目指してもらいたい。
「勤続30年おめでとうございます」
「ありがとうございます」
勤続30年の番になったな。ここまで来ると片手で数えるほどになる。よくここまで勤めてくれた。こういう従業員は本当に大切にしないとな。昔、日本の会社員だった頃、僕は若造で、偉そうにする中高年に内心反発の気持ちがあったが、それは同じような仕事をしてる(ように見える)のに、彼らの方がずっと給料が多かったからだ。何なら、こちらの方が朝早く出社し、夜遅く退社していた。
あいつら給料泥棒だ。なんて若気の至りで悪想念を抱いたものだが、年を重ねた今なら分かる。会社から見て、入って間がない従業員と、長い年月支えてくれた従業員を同じ待遇にする訳がない。彼らの努力のお陰で、会社が存続し、会社が存続したからこそ、若い人は就職できたのだ。近視眼だと、そんなことも分からないんだよな。
ギルフォード商会では、かつての日本の企業がしたような年功序列型賃金制度は敷いてないが、長く勤めれば、できる職務が増え、かつ職能が向上するので、それに応じて俸給がアップするケースは多い。実際、1年より5年、5年より10年の方が平均して優秀な従業員は多い。ギルフォード商会において勤続年数と実力は一定の相関関係があるのだ。
量より質というが、質を高めるには量が必要。
どんな貴重鉱石であっても、磨かなければ、ただの石ころ。
実力は大事だが、勤続年数も大事。
勤続30年の表彰が終わった。
次は勤続40年か、いない年もあるが、今回はいるんだよな。
「勤続40年おめでとうございます」
「ありがとうございます」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ!
対象者は一人。西の大支店の番頭ハバロンだ。
これまででもっとも拍手が大きい。カインの時もこんなに大きくなかった。
それだけ勤続40年は価値があるということだろう。
日本の国民年金は20才から60才の40年間(480ヶ月)保険料を納めると満額受給になるが、それを達成したようなものだもんな。この世界に年金制度はないが、ギルフォード商会では月々の俸給から一定額を差し引いて貯金する従業員積立制度があるから、相当な金額になっているはずだ。
ちなみに積立制度自体はギルフォード商会の従業員でなくても、勤め人なら誰でもできるので、幅広く運用しているところだ。皆に『アリとキリギリス』のアリになってもらいたい。
ハバロンは過去に成績優秀賞を獲っているが、今回の賞は格別な思いがあることだろう。いくらホワイト労働基準のギルフォード商会とはいえ、当初からそうだった訳ではないからな。昔は今と違い、長時間労働や休日出勤が当たり前だったから辞める人も多かった。それを乗り越えてきたのだから賞賛に値する。
「総帥、ちょっといいですか」
隣に座る支援本部長のマズルが声をかけてきた。
「勤続40年ということで、ハバロンさんには豪華客船の旅行
をプレゼントすることになっているんですが……」
そう言えば、福利厚生の一環で、そうなっていたな。
「うん、いいんじゃないか、そうすれば」
昔、僕はメリッサと新婚旅行の際、豪華客船を創り、それに乗った良い思い出があるが、その幸せを皆にもお裾分けしたいと思い、大型にバージョンアップした豪華客船を創り、商用(一般利用)と自分たちの福利厚生用に運用しているところだ。商用(一般利用)だと結構な費用がかかるが、福利厚生では全額商会持ち。対象者は無料で利用できる。
勤続40年といえば引退の時期であり、これを機に退職する従業員もいるが、ハバロンはそんな感じではなさそうだ。仕事好きでバリバリ働いている。これまで本部から再三、店長昇進の打診をしているが、西の大支店をいたく気に入っており、そこから離れたくないということで、番頭のままとなっている。
まぁ大支店の番頭なら、実質店長と同じか、それ以上だから、ハバロンの考えは合理的でもあるんだよな。ハバロンは一階の食品フロアのチーフをしているが、ここだけで他の店の何軒分もの広さがある。当然、扱う商品や配下の従業員も多いし、お客さんだって一般の店では考えられないぐらい多い。組織の肩書上、番頭となっているが、実質、店長以上の裁量をふるえているから、現状に満足するのはもっともではある。名より実を取ったということだな。
『鶏口なるとも牛後となるなかれ』
『 鯛の尾より鰯の頭』
はどちらも大きな組織で後塵に甘んじるより、
小さな組織でもトップに立つことに重きを置く言葉だが、
『寄らば大樹の陰』
『良禽は木を択ぶ』
のように大きな組織で好ポジションに就くことに
価値を置く言葉もあるからな。
どちらも正解であり、各人のライフスタイルに合わせればいい。人生において究極の目指すものは皆同じだが、その方法や手段やペースは各人の裁量で決めるものだ。山の頂上はひとつでも、そこに至る道はたくさんある。
仕事は好きだけど今の仕事を気に入っており、転勤したくない。実はこういう従業員は結構多い。西の大支店にはマティス店長がいるので、他の店に移動しない限り、店長に昇進できないが、そもそも店長になりたいという気持ちもあまりないようだ。現在、店の№2だが、それで満足してるという。流石にマティス店長が退職したら、そのまま西の大支店の店長になるだろうが、ガツガツしてる感じはまったくなく、このまままずっと番頭でもいいという風に聞いている。
随時、ミローネはじめ本部の重役は各店長と面談してるので、人事上の希望を十分把握している。どこかの国のどこかの会社みたいに、事前相談も了承もなく、いきなり問答無用で人事異動を発令することはしない。100歩譲って適材適所ならまだいいが、実際は、経営者都合のリストラ、報復人事、『角を矯めて牛を殺す』的は移動がまかり通っている。
傲慢な経営者は従業員をまるでゲームの駒のように扱うが、それぞれが命を持った人であり、それぞれに人生があることを理解した方がいい。そうでなければ大きなカルマを積むことになるだろう。この世にはただの一人も、粗末に扱ったり、蔑んでいい人はいないのだから。
「実はハバロンさんなのですが、有給休暇をあまり消化してないんです」
「そうか」
仕事好きと聞いているから、さもありなんだが、
実はこれ、店長と番頭クラスに多いんだよな。
ハバロンだけということでもない。
有給休暇とは定休日とは別に、本人の都合で休める日で、最初の年に10日付与し、それから、1年ごとに1日ずつ増やし、最終的には年20日となる。但し、過去の未消化分がすべて累積する訳ではなく、未消化分は過去1年分だけ有効としている。だから最大で40日となるが、通常それをいっぺんに使うことはなく、使うとしても、夏季休暇(5日)と冬季休暇(5日)ぐらいだろう。強制してる訳ではないが、自然とそうなっている。この世界は日本ほど寒暖の差は激しくないが、それでも、もっとも暑い時期ともっとも寒い時期は労働意欲が減退するので休む習慣がある。
有給休暇は日本の労働基準法を参考にしているが、日頃忙しい従業員に大変喜ばれており、これも福利厚生のようなものだ。しかし、有給休暇の取得をするかしないかは従業員の判断に任せており、取らなければ取らないで、上から「取りなさい」という指導は特にしていない。働きたい人に「働くな」というのはおかしいからね。
日本の首相は「働いて働いて働いて働いて働いて、参ります」と言ったが、そこまでいかずとも、「働いて働いて働いて、参ります」ぐらいは、うちの商会にもゴロゴロいる。働きたいなら、どんどん働けばいい。ということで――
「本人が働きたいなら別にいいんじゃないか? 家庭を顧みなかったり、
健康を害するなら問題だが、そこまでではないんだろ?」
「そうなんですが、今回、豪華客船の旅行をプレゼントしますので、
長期休暇を取ってもらう必要があります」
ああ、そういうことか。
「だったら、今回、取るんじゃないか?」
よく知らんけど、
「だったら、いいんですけど……」
つまり、これまで有給休暇をあまり消化していないから、今回もそうしかねないということか。しかし、マズルもそれで心配するなんて人がいい。でも、それが正しい有り方なんだろう。純粋に経営サイド的視点に立てば、有給を取らない方が楽だが、従業員サイドの視点に立てば、そうじゃないからな。
昔、日本のある会社で先輩社員が新入社員に有給休暇の話をしたら、それをたまたま総務の課長が耳にし、後でその先輩社員を叱ったということがあった。「新人に余計な情報を教えるな」というのがその理由だったが、今でもそういう体質はあるんだろうな。
もちろん、ギルフォード商会ではそれはなく、新人研修の際にしっかり教える。有給休暇を含め、福利厚生は従業員のためのもの。それを隠そうなんて何ともみみっちい話だ。積極的にどんどん使えとまでは言わないが、気兼ねなく使えることをきちんと説明するべきだ。
仮に本人が口で「働きたい」と言っても、肩書や立場や、職場のローテーションの都合や周囲の目を気にして、そう自分に言い聞かせている場合もあるからな。
例えば、「わかる」と「わからない」だが、これも白黒二元論のように単純にはいかない。本当に何もわからない状態、それは「わからない」ことすら「わからない」状態だ。そこから「わからない」ことが「わかる」ようになり、「わからない」ことを「わかろうとする」ようになる。やがて少しずつわかってくるが、それで即、全部わかったことにはならない。その前に、本当は全部わかってはいないけど、わかったことにする状態というのがある。これを整理すると――
一、わからないことがわからない
二、わからないことがわかる
三、わからないことをわかろうとする
四、少しずつわかってくる
五、全部わかってないけど、全部わかったように振舞う(わかったことにする)
六、全部わかった
という感じだな。この中で一と五が曲者だ。一は、わからないことがわからないので、本当の無知だが、無知ゆえ無知がわからず、知ってるかのように振舞う。それと五、だいたいわかったので、全部わかったことにするというものだが、こういうケースは結構多いのではないだろうか。9割ぐらいならまだしも、中には5割ぐらいの理解で全部理解した気になっていたりする。
井の中の蛙で大海を知らないのに、大海について偉そうに言うのが一、
まだ道の途中なのに、完成者のように振舞うのが五。
働きたい人も本当にそう思っている人だけでなく、そう思い込もうとしてる人もいるはずだ。それが悪いわけではない。むしろ上を目指す姿勢としては望ましい。翌桧の木のように向上心と謙虚さを忘れなければね。ただ無理しすぎると良くないので加減は必要だろう。
ちょっとお節介してみるか。僕の耳に入った以上、放置しない。
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