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第1657話 人事異動相談

 関連回 第1478話 東の大支店、第1602話 無借金主義

 コツ、コツ、コツ、コツ……


 足音が近づいてきた。この規則正しい感じ、兵士だな。


 僕は耳がいいので、廊下のかなり先の足音でも普通に聞こえるが、これがコモンスキル『人の話をよく聞く』を可能にしてくれている。人は年を取ると耳が遠くなる傾向があるが、よくよく調べると、人の話をよく聞こうとする人は、そこまで耳が遠くならない。遠くなるのはたいてい人の話を聞かない人だ。


 静かな部屋で、相手が聞こえるであろう音量で話しかけても、「えっ!」「ああっ!」「はいっ!」などと、威嚇めいた甲高い声を出し、もう一度同じことを言わせる人がいたりするが、こういう人は、俺様思考が強く、人の話を聞くのが嫌いな人。たまにならまだしも、毎回これからをやるなら、やがて、まわりの人から距離を置かれ、逆にその人の話も聞いてもらえなくなるだろう。


 コミュニケーションは双方向。人に話を聞いてもらいたければ、自分も人の話を聞く必要がある。自分が1話すなら、相手も1話し、相手が3話すなら、自分も3話す。どちらか一方だけがベラベラ話し続けるなら、それはコミュニケーションとは呼ばない。人は年を取ると知識量が災いして話したがりになる傾向があるが、それを自覚し、相手の話をよく聞くように努めるべきだ。でないと、耳がどんどん遠くなる。


 コンコン


 足音が止まり、外から扉が叩かれる。

 強すぎず弱すぎず、丁度いい力加減だ。僕の好みをよく分かっている。

 おそらく、この兵士は5年以上の経験者だな。


「どうぞ」


 ガチャ


「失礼します」


 やはり僕の思った通りの兵士だ。何の用かな?


「陛下、謁見でございます」

「謁見?」


 僕は領主だから、領民からの謁見希望があれば、応えることはやぶさかではないが、今はリミアのいる行政庁で事足りるので、そちら絡みではないだろう。一方、親族なら謁見の間ではなく転移室から直接、僕のところに来れるので、それでもなさそう。


「誰かな?」

「ギルフォード商会、東の大支店の店長、ギヌル・ペイシャント様です」


 おお、ギヌル店長か、孫のカインが働いているところだ。

 用があるなら、僕の方から行くが、わざわざ来てくれたのか。


 ギヌル・ペイシャント、家名があることから分かる通り、貴族で、ペイシャント男爵家の次男だ。ギルフォード商会では、年齢・性別・種族・身分・出身地などによる差別を禁止しているので、平民と仲良くできない貴族は採用されないし、何かの間違いで採用されたとしても、差別意識があると続けることは難しい。だが彼はそれを乗り越えてきたのだ。彼だったら謁見の間でなくていい。


「応接間に通しておいてくれ。時間差で行こう」

「かしこまりました」


 軍隊調に踵を綺麗に返し、兵士が謁見の間に向かう。一々所作が決まっているのがいいね。彼らは普段、城内および城周辺の警備をし、来訪者チェックをしているが、全幅の信頼をさせてもらっている。同じ釜の飯を食っているしね。


 関係度合いの深さにより、謁見の間、応接間と使い分けているが、 

 ギヌルとは知った仲なので、同じ目の高さで話す応接間でいい。


 民に寄り添う立場の僕としては、すぐにでも行きたいところだが、これでも一応王族なので、王族の威厳を示すため、多少相手を待たせるということをする。といっても、5分ぐらいだけどね。この世界の感覚として、これでも十分相手は早く感じてくれるだろう。他だと30分ぐらい待たせるケースもあると聞くしね。さて、ボチボチ行くとしよう。


――

――――


「総帥、アポなしで訪れて申し訳ございません」


 そう言えば、アポなしだったな。


「君にしては珍しいね。いつも情報管理アイテムで連絡してくれるのに」


「実はしようと思いましたが、そうすると、総帥の方がこちらへ

 来られると思いましたので……」


 なるほど、そういうことか。僕は待つより、出向くタイプだからな。


「そうかい、それは気を遣わせたね」

「いえいえ、気遣いに関しては総帥には遠く及びません」


 ふふ、相変わらず反応がいい。四大支店の店長だけはある。

 用件はカインのことだろうが、先ずは探りを入れよう。


「カインはよくやってくれているかい?」


 少し前に手代に昇進し、売場責任者をしてると聞いている。


「はい、自分のことだけでなく、まわりにも目が届き、

 よくやっておいでです」


「そうかい、それは良かった」

「本日お伺いしたのは、そのカイン様の件なのですが……」


 表情がキリっと引き締まった。やはりそうか。


「何だろう?」

「カイン様は非常に優秀なお方です」


 ん?


「……そうかい、それはありがとう」

「なので私としては、番頭に昇進させたいと考えています」

「えっ、この前、手代に上がったばかりだよね」


「ですが、カイン様の仕事ぶりは目を見張るものがあります。

 手代のレベルではありません」


「そうかい、そこまで言ってくれるのは有難いが……」


 何だろう。この感じ、何か思惑がありそうだよな。


「ですが、短期間で昇進が続くとなると、まわりの目がございます」


 んん?


「それで、いかがでしょう。昇進を機に別の部署にご異動頂いては?」


 ああ、そういうことか。これが狙いだな。確かに短期間で昇進が続けば、まわりが不満を持つだろう。特に同期はそうだよな。だったら、昇進を機にまわりの人間関係をリセットするのはアリではある。人事異動でよくある手法だ。


 例えば、前世のメガバンクなどは、一か所に長く務めると、地場の取引先と癒着する恐れが高まるということで、それを避ける為、数年おきに転勤させ、人間関係をリセットしてきた。融資の仕事はシビアだが、慣れ合うと情が絡み、手心を加えかねないからな。それが不正融資につながり、見返りとして賄賂を求めるようになる。


 ギヌルの思惑は察することができるが、カインの実力を認められ、昇進するのはまったく悪いことではない。それに、もともと経験を積ますため、どこかの時点で部署異動は考えていた。


「ふむ、そうだな……」


 先日、カルエスが司教に昇進し、その余韻を楽しんでいたところだが、親として子供の昇進は嬉しいもの。カインは僕の孫になるが、もちろん孫の昇進も嬉しい。それにカインが昇進すれば、ミローネも嬉しいだろう。ミローネが嬉しければ、さらに僕の嬉しさは高まる。



~ギヌル視点~


 ほっ、良かった。


 総帥が前向きに検討して下さっている。カイン様は優秀であり、番頭に昇進した方がいい、というのは本心、それに偽りはない。だが、それとは別に思惑がある。


 それはカイン様に早く別部署に異動して頂きたい、ということだ。現在、総帥との打合せにより、カイン様の身分を隠して働いて頂いているが、それを知っているのは店で自分だけであり、ずっとヒヤヒヤしっぱなしだ。カイン様に何かあったらと思うと気が気でない。


 それで、昇進の機会を利用して、他部署への異動を相談しに来た。勘の鋭い総帥のこと、私の思惑など読んでいるだろうが、ぜひ読んでもらいたい。


 未来の会長候補を部下にするのは気を使ってしょうがない。

 この負担を他の人にも分担してもらいたい、のだと。



~アレス視点~


 しばし沈黙の時間が続くが、ここまでの短いやり取りで、ギヌルの思惑はひしひしと伝わってきた。要はカインを昇進させるから、別部署に異動させてくれってことだな。こちらとしても、それは願ったり叶ったりなので断る理由がない。ギヌルの本心はカインの実力を認めつつも、将来の会長候補を預かる心的負担がきつい、ということだな。元々、僕の方から無理を言った経緯があるし、ここは彼の気持ちを汲もう。


 しかし、あれだね。特別なスキルを使わずとも、人の気持ちは伝わってくるものだ。以心伝心というが注意しないとな。相手の気持ちがこちらに伝わるということは、こちらの気持ちも相手に伝わるということだ。


 人の口に戸は立てられないが、人の思いは戸を飛び越える。

 以前、質問会で次のような質問があった。


「自分は何も悪いことをしていないのに、

 なぜか人から嫌われることが多いのです。なぜでしょうか?」


 これに対し僕は


「君は人を嫌っていないかい? もし、そうなら、

 それが相手に伝わり、相手に嫌われるぞ」


 と答えたことがある。これの怖いところは、物理的に人に何もしていなくても、人を嫌う気持ちがあれば、それがビシビシ相手に伝わるということだ。仮に嫌ってなくても、「まわりの人は劣っている」「レべルの低い連中だ」「哀れな奴」「馬鹿どもが」などと思えば、それがまわりに伝わり、やはり嫌われることになる。


「あいつは気に食わない」「どうにも虫が好かん」という気持ちになったことは誰しもあるだろう。具体的に何かした訳でなくても、人は自分を悪く思う気持ちにはかなり敏感なのだ。恋人や夫婦の間なら隠しようがなく、それこそ瞬く間に伝わるだろう。陰口や浮気は99%ばれる。


 結論を言うと、何もしてないのに人から嫌われるのは、人に対し悪想念を発しているからだ。自覚がないと分かりづらいだろうが、嫌う人のお陰で自覚することができる。であれば、嫌ってくれた人に感謝しないとな。「気付かせてくれて、ありがとう」と。


 人から嫌われたくなければ、人から嫌われるようなことをしないこと。決して人を見下したり、馬鹿にしないことだ。会う人、会う人、すべてにこれができるようにする。これは人生で習得すべき大切な課題のひとつだ。


 人を見下さない。人を馬鹿にしない。


 簡単なように見えて、実はまったく簡単ではない。いくら頭が良くても、いくら能力が高くても、これができない人は山ほどいる。どちらかと言えば、そういう人こそ、人を見下し、人を馬鹿にして、快感を得る傾向がある。だが、それは歪んだ感情であり、周波数の低い状態だ。そのままなら来世も、そのような境地となるだろう。どんなに表面上、品行方正であっても、腹黒では高い境地に行くことはできない。腹の中まで綺麗にしないと。


 この世において、見下していい人、馬鹿にしていい人は、

 ただの一人も存在しない。これを多くの人に知ってもらいたい。

 最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、ブックマーク、評価をして頂けると大変有難いです。

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