第1330話 冒険者パーティー『不殺生』
関連回 第1121話 新人冒険者研修6、第1122話 不法投棄
~アマルナ王女視点~
「アマルナ王女、冒険者をやってみないか?」
「えっ、私が冒険者ですか!?」
いつものように冒険者ギルド併設の訓練場で【結界】を使って的役を
こなした後、見学にいらしていた聖王陛下から、唐突なご提案を受ける。
私がここにいるのは魔法研究所の課外活動の一環。
冒険者達とは交流していますが、えっ、この私が冒険者??
「いきなりで驚いただろうが、いつまでも的役じゃ飽きてくるだろ?」
「えっ、それは……」
図星です。確かに飽きてきました。
結界発動中、ほとんど動かないですし……
「だから、次は冒険者になってみないか? 的役より何倍も経験が広がるよ」
「ですが、私にできるでしょうか?」
「な~に、【結界】上級者の君なら、何ら恐れるに足らずだ」
聖王陛下がにっこりと微笑む。聖王陛下がそうおっしゃるのであれば……
「ここじゃなんだから、場所を移して、詳しい話をしよう」
「はい」
とにかくお話をお聞きしましょう。
――
――――
「初めまして、マークです」
「初めまして、レクサーです」
冒険者ギルド近くの喫茶店に場所を移すと、先にいた二人の男性から挨拶を受ける。私より年下のようですが、上品でどことなく気品を感じますね。これまで会った冒険者と明らかに違います。
しかし、今さらですが、この世界はお店が非常に多い。飲食店ぐらいは私の国でもあるが、お茶がメインの喫茶店なんてありません。何でも喫茶店は打合せに便利なんだとか。確かに店内はゆったりした雰囲気です。なるほど、これなら落ち着いて話せますね。
「二人とも僕の孫でね。某国の王太子なんだが、たまに冒険者活動をして
るんだよ」
えっ!? お孫さん!? 王太子!? 冒険者活動!?
「マーク、レクサー、こちらは某国のアマルナ王女だ。
どこの国かは詮索しないように」
「「わかりました。おじい様」」
三人の視線が私に集まる。これは私も挨拶する流れですね。
「初めまして、私はアマルナと申します」
これに聖王陛下が、うんうんと頷く。
「よし、三人の挨拶が済んだところで、早速本題に入ろう」
ひょっとして、このお二人と組むんじゃ……
雰囲気的にそうですよね。
すると、それを察してか、聖王陛下が私に視線を向け、説明を始める。
「マークとレクサーは冒険者パーティーを組んでいてね。
その名も『不殺生』と言う」
「不殺生!?」
聖王陛下が掲げてらっしゃる、
生き物を殺さないという信条のことですね。
「その名の通り、冒険者でありながら、生き物を殺さない」
「えっ、それで冒険者ができるのですか?」
冒険者といえば、剣と魔法で獣を倒すイメージです。実際に倒すところを見たことはありませんが、狩った獣を冒険者ギルドに持ち込んでいるのは見たことがあります。
「冒険者には、討伐、護衛、探索(調査)、採取、雑用の五業務があってね。
殺生は討伐業務だから、それ以外をこなせば、普通に冒険者活動はできるん
だよ」
「へぇ、そうなんですか」
なるほど、冒険者は討伐のイメージが強かったが、お仕事はいろいろあるんですね。私がお相手した冒険者達は攻撃魔法の使い手ばかりだったから、その印象がありました。
「冒険者ギルドの啓蒙活動により、討伐一辺倒のイメージは昔より改善されてきているが、それをさらに推し進めるため、二人に『不殺生』を名乗ってもらっているんだ。だから、君が冒険者になっても殺生する必要はないんだよ」
殺生しない冒険者……それならいいですね。
「君は二人と一緒に自然保護区に入って、主に探索(調査)、
薬草の採取をしてもらいたい」
「自然保護区とはどのような場所でしょうか?」
「山奥の森林地帯で、冒険者ギルドが管理している地域だ。魔獣や獣が多く棲んで
いるんで隔離してるが、この中で活動する際、【結界】が大いに役立つ」
魔獣や獣が棲む隔離地域?
ということはイースハラン大陸の魔の森と同じような感じでしょうか?
(うん、似たようなものだね)
あっ、聖王陛下から【念話】が来ました。
マーク王太子とレクサー王太子に聞かれないよう
配慮して下さったんですね。
「【結界】さえあれば、自然保護区の中は怖くない。マークとレクサーも
【結界】スキルで難なく依頼をこなしているんだ」
まぁ、お二人とも【結界】をお使いになるのですね。つくづく思うが、この国の魔法レベルは本当に高い。吸収できるものはどんどん吸収していきましょう。
――
――――
「はい、登録完了しました。こちらが冒険者カードになります」
冒険者ギルドで手続きを済ませると、受付の方から冒険者カードを渡されました。冒険者って結構簡単になれるものなんですね。ちょっと身構えましたが、あっけない。
「Fランク冒険者なんてこんなものだよ」
付き添いの聖王陛下がニコニコしながらおっしゃる。
そう言えば、カードにFって書いてありますね。
「Fランク冒険者単独の受注範囲は限られているが、Cランクのマークとレクサーと組んだから、パーティーとしてなら、Cランク案件まで受注することができるんだ」
なるほど、それがパーティーを組むメリットなんですね。
「それと注意事項だが、Fランクの場合、一か月以内に最低一回の依頼達成が必要
となる。これができないと、登録抹消になるから注意するように」
「えっ、一か月に最低一回の依頼達成ですか?」
大丈夫でしょうか? 私は素人同然。
「心配しなくても大丈夫、簡単な薬草採取でもいいんだから。
マークとレクサーは月二回程度活動してるから、それに合わせれば問題ない」
なるほど、それなら大丈夫そうですね。
~アレス視点~
アマルナ王女の冒険者登録は完了したが、
もうちょっと補足説明した方が良さそうだな。
「君にこれを渡そう」
アマルナ王女に資料を渡す。
「これは?」
「これは冒険者として知っておいた方がいい薬草と魔物の資料だ。
先ずはこれを覚えなさい」
薬草はミアの『薬草図鑑』、魔物はレネアの『魔物大全』から抜粋したが、
これだけ知っていれば、冒険者としては十分だろう。
「それから、仕事のメインが薬草採取になるだろうから、自然保護区に入る前に
ベルム領の植物ダンジョンで肩慣らししておくといいだろう」
「わかりました」
通常のダンジョンは自然保護区の中にあるが、ベルム領の植物ダンジョンだけは自然保護区の外なんだよな。あそこは危険性が少ないので初心者向けのダンジョンだ。
――
――――
「おお、似合ってるじゃないか」
「そ、そうですか」
聖王陛下がうんうん頷いて下さる。
ここはベルム領にある植物ダンジョン。ここに来る前、冒険者に必要なものを一通り揃えてもらい、聖王陛下から頂戴しました。この服装もその一つ。事前に着替えてきましたが、軽装で動きやすい。これだけでも冒険者になった気分です。
しかし、このダンジョンは草花に蝶が飛び、何とも長閑な雰囲気ですね。来てる冒険者は軽装がほとんどで、中には普段着と変わらない人もいます。長剣を持ってる人はほとんどおらず、代わりにルーペや本を手にしています。
そう言えば、私も持ってきてました。
「アマルナ王女、収納ポーチに荷物は入れてきたね?」
「はい」
収納ポーチ……
腰にぶら下げた小さな入れ物ですが、見た目とは裏腹に大きな物がすっぽり入る魔法アイテムです。こんな凄い物を頂いていいんでしょうか。聖王陛下のお手製とのことです。
「じゃあ、早速、薬草採取を始めようか」
「はい」
今日は聖王陛下と私だけ。マークさんとレクサーさんとは次の機会になります。よくよく聞いたらお二人も私と同じ他国からの転移留学生で、現在、連邦アカデミーというところで、内政運営について学んでいるとか。平日は学業優先のようです。私も学業優先ですが、魔法研究所は課外活動を重視してるので、ここでの活動も学業の一部となります。
「あのあたりが良さそうだ」
植物ダンジョンの中は様々な植物が生い茂っており、詳しく探すまでもなく簡単に薬草が見つかります。聖王陛下の言われた場所へ行ってみましょう。
「この草は何でしょうか?」
「ポーチから資料を出して確認してごらん」
そう言えば、資料を入れてました。
「薬草資料を【取出し】!」
あっ、出てきました。さて、確認しましょう。え~と……
「ありました。もちもち草ですね」
しかし、この資料の絵は凄いですね。実物そっくり。
写真というらしいが、これも魔法の力なんでしょうね。
「そうそう、じゃあ、採取してごらん。短剣と軍手と採取袋を出して」
「はい、短剣と軍手と採取袋を【取出し】!」
「怪我するといけないから、薬草採取では必ず軍手をして、それから短剣を持つ
んだ」
軍手を両手にはめ、右手に短剣も持つ。採取袋は聖王陛下に持って頂く。
「根本から刈るんだ」
「はい」
ザクッ
左手で薬草を持ち上げ、右手で持った短剣で刈る。
草刈りなんて生まれて初めて、何とも新鮮な体験です。
「さあ、どんどんやろう」
ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ。
いつの間にか聖王陛下も腰をかがめ、一緒に薬草を刈り取っている。
なるほど、私に見本を見せてくれているんですね。同じ目線で……
ザクッ、ザクッ、ザクッ。
ここからは単純作業が続きますが、どれぐらいすればいいんだろう?
ザクッ、ザクッ、ザクッ。
「聖王陛下、どれぐらい採取すればいいんですか?」
並んで作業しながら、お伺いする。
「このあたりの薬草は単価が安いから、相当採らないとダメだね。
こんもりと山になるぐらい」
聖王陛下が両手を広げ、山の形をジャスチャーされる。
これは多そうですね。
「山になるぐらいですか、大変ですね」
「そう、薬草採取は非常に地味で根気のいる作業なんだ。右手ばかりでやると
右手が疲れるから、疲れたら左手でやるといい」
確かに右手がかなり疲れます。
「あの、短剣でも草刈りできますが、専用の鎌だともっと切れると思うのですが」
「僕らは冒険者だからね。日頃から短剣に慣れた方がいいだろう?
それに万一、獣に襲われた場合、鎌より短剣の方がいいからね」
「こちらのダンジョンには獣がいるんですか?」
「ここにはいない。でも、自然保護区に入ったら出てくるから、
あらかじめここで、その心構えを持つようにした方がいい」
なるほど、だから自然保護区に入る前にここだったんですね。
「しゃがみ込んで薬草採取に没頭すると、周囲の警戒が疎かになりがちだ。そんな
時、獣が襲ってくるが、君の場合、【結界】があるから、その点、安心だな」
わざわざご自身で冒険者の心得を教えて下さるなんて聖王陛下はお優しい。簡単そうに見えて中々できることではありません。それに、この薬草採取、私一人だけの作業だったら、もっときつかったろう。そうならないよう、当然のように一緒に作業して下さる、聖王陛下のこの姿勢を見習いたいと思います。
最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、ブックマーク、評価をして頂けると大変有難いです。




