第1036話 古書店巡り
主人公のオフタイムの過ごし方
「おっ、新しい古書が入ってるじゃないか、どれどれ~」
新しい古書って、変な言葉だが、店に新しく入った古書って意味ね。今日は王都のギルフォード書店の古書売り場に来ているが、ここは古書が充実してるから、僕の大のお気に入りだ。面白そうな本がたくさんある。
おっ、視線を感じるぞ。
視線の先を見ると、ここの店長が会釈をする。何回も来てるから、そりゃ分かるよな。なぜ分かるかと言えば、今の僕は【隠蔽】も【モブチェンジ】も使っていないからだ。
以前は街中に出る際、この二つのスキルを使っていたが、連邦をシルエス、聖帝国をタイタスに引継ぎ、政治(国政)の第一線の仕事を降りたタイミングで素顔の出歩きを決めた。いつまでもコソコソするのは性に合わないしな。
当初、もっとジロジロ見られると思ったが、テネシアとイレーネがいなければそうでもないことに気付いた。あの二人は華やかで外見に特徴があり、人ごみの中でも目立っていたからな。人間で言ったらモデル級の美人さんだ。それに比べ僕は中肉中背の優男風で、目立つ外見的特徴がない。僕一人だけなら、そこまで目を引かない様だ。
大昔、冒険者ギルドで他の冒険者に因縁を付けられた事があるが、あれは僕が美人二人を引き連れていたのを見て、嫉妬の感情を抱いたのだろう。しかも外見的に弱そうとなれば、「こんな男が?」となり、余計に注目を浴びる。
だが、一人なら、それはない。
そうは言っても、受信機でよく知られた顔なので、近寄れば分かってしまう。なので、芸能人がするような色付き伊達眼鏡を装着し、頭にツバ付きの帽子を被っているが、これだと、まぁ気付かれないね。
ただ、よく行く古書店のスタッフは気付いているだろう。ギルフォード書店なら尚更だ。でも、ここのスタッフは気付いても、気付かないフリをしてくれるから大丈夫。配慮に感謝したい。
「おっ、こっちにも面白そうな本があるな」
僕は読書が好きだが、新書だけでは飽き足らず、古書もよく読んでいる。僕ぐらいになれば、誰かに頼めば、それなりの本を収集できるが、その作業を人に頼むのが惜しい。新しい本を探し、新しい本と出会う過程が楽しいからね。
今日はこれぐらいでいいな。
ドサッ!
カウンターに大量の古書を置く。
少し重かったが、【身体強化】したから大丈夫。三十冊ぐらいかな。
「お会計しますので、少々お待ちくださいませ」
この会計スタッフも、僕と分かりつつ、一般と同じ対応をしている。
教育が行き届いているじゃないか。感心感心。
三十冊ともなると計算も大変だよな。この世界に電卓はないが、ソロバンはあるので、スタッフが要領よく計算する。このソロバンを普及させたのは僕で、ギルフォード商会では、ソロバンの習熟が必須となっている。もちろん学校でも教えている。ソロバンは手先を器用にし、熟練すれば、計算機より早く正確になる。計算機は入力ミスが多いからね。
ちなみに僕は頭の中にそろばんのイメージを出せるので、簡単に暗算できる。
このスタッフが計算間違いしない事を祈ろう。
「え~と、金貨四枚、銀貨五枚、銅貨七枚となります。
(四十万五千七百円相当)」
うん、ちゃんと合っているな。しかし、スタッフが金額を告げると、その金額の大きさで周りから「おお!」と声が漏れる。僕が買う古書はほとんどプレミアものだから、値が張るが、何も自分だけのために買っている訳ではない。
「はい、これが代金」
胸のポケット(に見せた収納)からお金を出す。
読み終わった後、すべて図書館に寄贈する。僕は本好きだが、現物の本を独り占めする気はまったくない。知識は皆と共有すべきだろう。それに僕の場合、一度読んだ本は【マイ図書館】にデータ保存されるので、そもそも現物で持つ必要が無いんだよね。
「いつもありがとうございます!」
「(ふふふ、いつも、か)それじゃ、頂くね。本を【収納】!」
このお店では僕は身バレしてるので、まわりを気にしつつも、スキルを使う。
ギルフォード商会、ギルフォード書店では僕のスキル(収納)は周知されて
いるのだ。
但し、世間一般の収納は収納ポーチ、収納カバンの様に特定のアイテムの中に入れるイメージだ。小さな入れ物に大きな物が入る。空間魔法の術式を練り込んでつくるらしいが、かなり高いんだよな。余裕で屋敷が買えてしまう。
だから、冒険者ですら、ほとんど持っておらず、荷物持ちという仕事があるぐらいだ。ホーンラビットの角、ゴブリンの耳の様に討伐対象の一部だけなら楽だろうが、マッドボアの様に大柄で体全体が買取対象になる場合、持って帰るのが大変。
※補足※
ホーンラビットはウサギの魔獣、マッドボアは猪の魔獣です。
ボア系の肉は美味で需要が高いので、冒険者ギルドは積極的に買取りしている。以前から僕は獣肉から魚肉へのシフト運動を展開しており、市場では獣肉の取引が減少傾向だが、それにより獣肉の価格が上がり、ボア系の肉は高値取引されているのだ。
獣肉規制により、一時期、冒険者ギルドと対峙したことがあったが、規制により、却って獣肉が高騰してるので、冒険者ギルドとの関係は極めて良好だ。
ただね……ボアを仕留めて、それを担いで持って帰る冒険者の苦労が忍ばれるよ。この世界のボアは魔獣であり、かなり大きい。昔だったら毛皮と牙だけ回収し、肉は近くの村人にあげたりしていたが、今は肉が高く売れるから、重くても持って帰りたいよな……
現在、僕は冒険者ギルドの最高顧問でもある。獣肉規制の立場は変わらないが、討伐後の荷物問題は気になっていた。というのも、この重い荷物、冒険者パーティーで最も弱い立場にある者に押し付けるという問題を生み出しているのだ。荷物問題は昔からあったが、ボア肉高騰がそれを再燃させている様だ。
この世界に大規模畜産業はないし、家畜の品種改良もない。だから原種に近い牛、羊、ヤギ、ニワトリ等は飼われていても、品種改良された豚は飼われていない。だから、豚肉の様な味を好む者はボア系の肉を食べるしかないというのもあるんだろう。
ボア系の肉の特徴はあの脂身だが、脂身は健康を害するんだよな。人は油でコーティングされた物を「美味しい」と感じる(錯覚する?)性質がある。これを応用したのが天ぷらだ。苦い野菜でも天ぷらにしたら、食べれてしまう。
人が美味しいと感じる物は油、砂糖、炭水化物をふんだんに使った物が多い。だから、高カロリーな美食を求めると健康に悪いのだ。低カロリーの粗食こそ健康にいい。大食、美食、肉食より小食、粗食、菜食だ。
さて、今はオフタイム、帰って読書しよう。
――
――――
聖王城の執務室に戻り、本を読んでいく。本を読むと知識が増え、いろんな事に気付かされる。ギルフォード商会が出す新書はすべて読んでいるが、商会の基本理念から逸脱してないので安心して読める。書籍課のエーリヒ課長に「新書は全部、読ませてもらっているからね」と伝えているが、これは応援と同時に「チェックしてるからな」という意味も含んでいる。頭のいい彼なら十分理解しているだろう。
既にギルフォード商会には数え切れないぐらい多くのスタッフがいるが、そのほとんどが移行後のスタッフだ。移行後というのはスキル生産から現実的生産へ移行した後という意味だが、エーリヒ課長は移行前からいる古株なんだよな。だから僕の考えをよく分かっている。そんな彼に対しても、僕はチェックを怠らない。
チェックは軽めの不信(悪想念寄り)だが、これをせずして信用はありえない。チェックせずして信じる? あり得ない。不信を乗り越えた先に信用はある。成功もそう。失敗の先にある。いきなり何もない所に信用、成功は生まれないのだ。
そうそう、僕が本を読む速度だが、はっきり言ってかなり速い。以前、【速読】スキルを使っていたが、僕なりの速読術を編み出し、どんどん読み込んでいる。三十冊ぐらいだと、午後のひと時であっという間だ。
本を読んでいたら、イレーネが顔を出してきた。
「あら、読書ですか?」
「うん、そうだけど、君が来たから、ちょっと休憩するよ」
僕は場の空気を読む。大切な家族が来たら、そちらを優先する。
本など、いつでも読めるしな。
イレーネが机の上の本を見る。
「相変わらず、凄い量ですね。どれぐらいで読むんです?」
「う~ん、二、三時間ぐらいかな」
「えっ? 【速読】スキルを使って?」
「いやいや、速読術さ」
「速読術?」
「そう、一行一行、読むんじゃなくて、ページごとにドンと視覚で捉えて、
脳内で高速処理するんだ。慣れれば誰だってできるよ」
高速処理と言ったが、要は重要箇所とそうでない箇所を選別する作業。何度も読んでると、それが分かるようになってくる。分厚い本でも要旨は数行だったりするからね。ちなみにこの読み方は辞典の様な本では無理。あれは情報のかたまりだ。
「本と言えば、ディオネとタランも好きですね。よく連邦図書館に行ってますよ」
「ほぅ、あの二人がね」
婚約中の二人だが、そろそろ結婚かな。ちょっと聞いてみるか。
「二人の仲は順調なのかな?」
「ええ、順調なようですよ」
「ほぅ、それは善きかな善きかな」
「ふふふ、そうですね」
ディオネはイレーネの娘、タランはサレシャの息子、母親同士が友人だし、
僕の出る幕がなくて善い事だ。このままうまくいってくれるといいな。
――
――――
今日は新規開拓で他国のとある古書店に来ている。【探索】スキルを使って、大陸中の古書店リストをつくり、そこから良さそうな店をピックアップし、回っているのだ。
「おっ、あの店だな」
看板が出ていたので、早速入る。
ん? 客が全然入ってないな。混んでるよりはいいが、
一人もいないのはちょっと気になるな。
中は普通の書店っぽいけど、どうしてなんだろう?
と思い、一冊の本を手にしようとした時、
「ちょっと、ちょっと!」
いきなり、老婆から声をかけられてしまう。
いったい何だ? ここの店主か?
「触るなら買って下さいよ!」
はぁ?
「いや、本の状態を確認しようとしただけだが」
「触ったら手垢がつきます! 触るなら買って下さい!」
「あのねぇ、古書なら状態を確認する必要があるでしょ」
「じゃあ、触らないで確認して下さい」
おいおい、それじゃ背表紙しか見えないぞ。ちなみに本の表側が表紙、裏側が裏表紙、とじ込みのある側面を背表紙という。棚差しの背表紙だと、一部しか見えず本の状態がほとんど分からない。
本は少し気になるが、購入意欲が一気に失せた。
「じゃあ、結構、さよなら」
「ああ! 冷かしか! この□□□□!」
出際になんか捨て台詞を吐かれたが気にしない。商品を買うなら気に入った店からだ。この店はリストから外そう。てか、あれだと商売にならんだろう? どうやって売るんだ?
とりあえず次だ。
――
――――
おお、この店はいい品揃えじゃないか!
書店内なので、心の声にとどめたが、
そうでなければ、声に出していた。
どれどれ、本の状態はどうだろう?
棚から気になった本を取り、パラパラめくるが、店員から注意されることも
ない。本の状態も悪くない。この本は買うか。他には~
うんうん、この本もいいな。これも買おう。
変な書店だと、本を手にした瞬間、店員が近くに寄り、わざとらしくチリ掃除をしたり、咳払いしたりする。「立ち読みするな」という無言の圧力なんだろうが、あれで大部分の客が不快に感じ、「二度と来るか」になるのを分かっていない。
僕の場合、あくまで物理的な状態を確認するため、本を手にするし、落丁等してないかを確認するため、パラパラめくる。新書なら、そんな必要はないが、古書なら、傷があったり、破れていたり、いろいろあるからね。消費者として確認するのは当然だ。
ちなみにギルフォード商会、ギルフォード書店では、古書は手に取り、パラパラできる。新書は立ち読み防止のため、帯で巻いてるが、手に取って外側の状態確認はできる。新書で万一、落丁等があれば即交換に応じる。
さて、いい買い物ができた。ここはリストで〇をしておこう。
次はどこに行こうかな。ふふふ。
――
――――
ここはとある路地裏、目付きの悪い連中が数人集まり、
ひそひそ話をしている。
「おい、それは本当か?」
「ああ、あの聖王様が護衛一人付けずに、古書店巡りをしてるってよ」
「護衛を一人も付けずにか……」
男達の目が怪しく光る。
「聖王様って大金持ちだよな?」
「ああ、間違いなく超絶の大金持ちだ」
「あのギルフォード商会の創設者だもんな」
「それなら……」
「ああ、やってやろうぜ」
男達は怪しい企みを続けるのであった。
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