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1話

「ああ、そうだ。こんなことは君にしか話せないからね」


 その日。彼女はそう言った。


「ボクは、女の子として扱われたくないんだよ。そういう風にみられるのが、とても気持ち悪いんだ」

「……そうだったのか」

「こんなことを口に出すと、変な目で見られるかもしれないと思って黙っていたけど。本音を言えば、ボクはずっと男として扱って欲しかった」


 彼女は、俺を真っすぐ見据えて。


 嘘偽りない本心で、俺にそう告げた。


「君だけでもいい。どうかボクを、男として見てほしい」

「……それが、お前の望みなんだな?」

「ああ。お願いだ、テル」


 俺は、彼女のその真摯な願いを、


「分かった。今日から俺達は男友達だ」

「そうか。そうか!! ありがとうテル!」


 笑って受け入れてやった。





 ────こうして、俺の初恋は実らぬままに消え去った。













 夏休みを終え、涼やかな風が吹く中で俺は久しぶりに登校した。


 クラスの連中はどいつもこいつも、夏休みの思い出を語るので忙しそうだ。


 やれ海外に旅行に行っただの、やれ田舎に帰って夏祭りを楽しんだだの、青春を謳歌しやがって。


「テルちん、久しぶり。どしたの、ムスっとした顔して」

「別に」


 一方で俺はと言えば、心が荒み切っていた。


 原因は失恋だ。俺は夏の終わり、ずっと片思いしていた女の子にフラれたのだ。


「おや、おや。どうしたテル、本当に機嫌が悪そうじゃないか」

「お前にゃ関係ないね」


 そう言ってすました顔で話しかけてくるのは朝星ニカ。


 彼女は俺の幼馴染で、親友で。


「夏休みになんかあったのか?」

「うるさい、話しかけてくんな」


 ────俺が子供のころから片思いをしていた、初恋の娘だった。





 ニカは、一言でいえば奇人だった。


 好きな食べ物は『福神漬け』、嵌ってる趣味は『人間観察』、特技は『ブレイクダンス』。


 お弁当一杯に福神漬けを詰めて来て、昼休みはクラスで親しくもない人間の前に座りその人生観を聞き出し、放課後は制服のまま体育館でダンスを披露する、そんな頭のおかしい奴。


 見てくれは悪くないのでソコソコ男子人気もあるみたいだが、奴は一度も恋人を作っていない。


 否、作れなかった。



 あれは、去年の春だったか。俺は、顔を赤らめてモジモジしているニカに屋上に呼び出され、


『テル、聞いてくれ。実はボク……』

『お、おう』

『ボク、涼加瀬(すずかぜ)さん(女子)を好きになってしまったんだ!』

『……』


 と、唐突な同性愛カミングアウトをされたのである。


 ぶっちゃけ俺は、ついに告白される日が来たとか思っていた。目が点になったのを覚えている。


 聞くに、ニカは前々から女の子の方に興味があったとのこと。それがとうとう抑えきれず、かと言ってそのまま告白する踏ん切りがつかず。


 その恋の相談をする相手として、まず俺が浮かんだらしい。


『君、涼加瀬さんの好みとか分かる? 誕生日とか』

『知っているわけがあるか』


 好きな娘は百合でした。俺に脈はありません。


 そんなこんなで俺は、好きな女の子のキューピットをやらされる羽目になった。


 しかし、親友兼幼馴染として頼られたからには断るわけにもいかず真面目に相談に乗り。


 そして半年ほど、コイツの恋愛相談に付き合ったその挙句、


『ごめんなさい。私、その、女の子相手は』

『がーん……』


 意を決して告白したニカは、バッサリ振られたのであった。



 そんなニカを、俺は夏休みによく遊びへ誘った。


 俺は傷心を癒すためのデートのつもりだった。


 でも奴はとっくに気持ちを切り替えていたらしく、単に俺と遊んでいるだけのつもりだった。


 何時も通り、幼馴染みとして。



 そして、夏の終わり。


 ニカは、俺の気持ちを知ってか知らずか、こう告げた。



 『ボクを男として扱ってほしい』と。







 アイツは、俺のことを恋愛対象ではなく同性の友人と見ていた。


 そう、はっきり告げられてしまったのだ。











「もしかして……失、恋、したとか!?」

「……」


 とまぁ、俺が始業式からムスっとしている理由はソレである。


 俺はニカに、告白すらできなかった。戦わずして負けた。


 そんな、恋の終わりだった。


「マジでお前ら黙れ」

「あ、これ当たりだ。絶対失恋だよコレ」

「おー!? 詳しく話してみろ、黙っててやるから」


 そんなハートブレイク中の俺を、級友たちは楽し気に煽ってきやがる。


 久々の学校でテンションが高いらしい。


「私も興味あるかもー。テル君、失恋したの?」

「うるさいうるさい」

「否定しないって事はガチだね。まあ、少年、気にするな! 女なんて星の数ほどいるさ!」


 そんな俺の気も知らず、周囲のバカどもは笑みを浮かべて絡んでくる。


 こいつら本当に消えてくれないかな。


「テル君、じゃあ今日皆で遊びに行く? 私、慰めちゃうよー」

「良いね涼加瀬さん! ギャーっと騒いで、ワーっと叫べば大概はスッキリするもんだ」

「行こう行こう。テル、まさか断らないよな?」


 そのバカ共に混じって、ニカがウェイウェイしてるのも気に入らない。


 誰のせいだと思ってんだこのアホ女。


「……ああ、行く」

「はい、決まり!!」


 でもニカが……、このバカが遊びに行くなら付いて行くしかないんだけどな。


 コイツ、放っておくと誰かに持ち帰られそうだし。俺の親友は無防備過ぎる。















「にしても君、いつの間に恋なんかしてたんだ。水臭いじゃないか」

「……」


 モシャモシャと、福神漬けをいっぱいに頬張るニカ。


 俺は、始業式の後ニカの家で飯を食っていた。


 今日の遊びは、カラオケ前に制服を着替えて3時集合。それまでの間、ニカの家で時間を潰すことにしたのだ。


「面倒臭いからそういうことにしただけだ、別に失恋していない」

「またまたー、君は嘘をつくのが下手だねぇ。テルが何かを誤魔化してる時、眉間にしわが寄って、顎を触り、鼻が膨らむ癖があるよ」

「……」


 ニカはそう言うと、俺の鼻を突ついて笑った。


 人間観察が趣味の奴は、面倒くさい。俺ですら把握してない癖を、平然と指摘してくる。


「相手は誰だい? さては、涼加瀬さんか? 君もあの娘の魅力が分かるとは、うんうん成程」

「それはお前の好きな奴だろ。てかあの場に居ただろ」

「まあね。君をダシにして涼加瀬さんと歌えるとは、実にラッキーだ」

「お前、本当に……」


 はあ。もし俺が今、ニカに告白したらどんな顔をするのだろうか。


 流石に、ビビるだろうか。


「ふっふーん。カッラオケカッラオケ~♪」


 そして。


 俺達は今まで通りの関係を、維持できるのだろうか。














 カラオケで俺はやけくそになって歌い。


 ニカも、皆も、楽し気に過ごしていた。


 ……ニカ以外にも、女なんていくらでもいる。


「涼加瀬ちゅわーん!!」

「ちょ、ちょっとニカちゃん!?」

「お、見事なルパンダイブ」


 むしろ、何で俺はこんな頭のおかしい奴を好きになっていたのか。


 わからない、理解できない。まともな人間なら、もう少し普通の奴を好きになるもんじゃないか?


「あはははは!」


 ……完全に、セクハラだ。


 クラスのマドンナ涼加瀬さんに抱き着いて制裁されているアホを前に、俺はやるせない気持ちになった。
















「おい、テルっちー」

「……んだよ」


 翌日、いつも通りに授業が始まった。


 俺は、昨日のカラオケで多少気は紛れたとはいえ、まだ少しばかりニカの件を引き摺っていた。


「まぁまぁ、ちょっち可哀そうなお前を慰めてやろうと思ってな」

「いらねーよ、何するつもりだ」

「今日、楽しい宴が開催されるんだ。お前も、参加させてやろう」

「宴?」


 そんな折、クラスでも比較的仲の良い男子がウザ絡みをしてきた。昨日、カラオケの幹事をやった奴だ。


 今日も何か、イベントでも開催するらしい。また、昨日の様にバカ騒ぎでもするのだろうか。


「何だかんだ、昨日ちっとは気が紛れただろ? まあ、来いよ」

「……」


 まぁ、確かに騒ぐのは悪くなかった。


 人間は耐えがたいストレスに対して、バカ騒ぎで緩衝する事が出来るらしい。


「ま、予定もないし良いけど」

「よっしゃ、じゃあ放課後2-Dに来い」

「教室? まあオッケ」


 正直なところ、まだ結構引き摺っていたところだ。


 俺はその男子の誘いに乗って、放課後に指定された教室に向かうことにした。








「……」







 その教室は鍵がかかっていて開かなかった。中をのぞいても、誰もいる気配がない。


 たしか本年度の第2学年は、3クラス編成だ。


 従って2-Dなんてクラスは存在せず、この場所も使用されぬ空き教室となっていた。


「これは、もしかして。イジメってやつですかー」


 人を呼び出しておいて、誰もいない。きっとイジメだ、許せない。


 あまりに酷い。訴えれば勝てるかもしれん、日記に付けておこう。


「おお、テル。こっちだ」

「……」


 と思ったら、ニュッっと教室の下の戸が開いた。


 ウチの学園の教室は、換気路なのか屈めばくぐれる程度の戸が教室に備わっており、その中から例の男子が顔を出した。


「潜れと?」

「おう」


 こそこそと小声で話す男子生徒を見て、俺はこの催しが何やらきな臭い気がしてきた。


 誰もいない教室で、こっそりと集まって何をするつもりなのだろうか。


「まぁ来いよ。ここには男の天国があるんだ」

「……」


 ……。まさか、今から始まるのはエロ本の交換会とかじゃないだろうな。


 俺はすべてのデータをHDDに保存する派だから、紙媒体には興味ない。俺の家にはニカも出入りするのだ、変なモンの証拠を残せるものか。


 アイツ、興味が引かれれば他人の物だろうと容赦なく開けるからな。


「ようし、新入り一名ご案内~」


 まあそんなくだらない催しなら、とっとと帰ってしまえばいいか。








「第4回! クラス女子写真即売会~」

「うぇいうぇいー」



 ……思ったよりクリティカルな犯罪現場だった。


「すまん、少し職員室に行く用事を思い出した」

「ちょっと待て、ストップだテルっち」


 女子の写真販売だと? 思いっきり盗撮じゃねぇか。


 俺は清廉潔白に生きたいのだ。こんな犯罪者集団に関わるつもりはない。


「まあちょっとラインナップを見ていけよ、お前の考えも変わると思うから」

「離せゴミども……、俺までそんな怪しい集会に巻き込むんじゃない……」

「まぁ怪しいのは認めるがな。ほれ」


 そういって俺の前に差し出された写真には、隣のクラスの女子が満面の笑みで写っていた。


 カメラ目線で、ドヤ顔ダブルピースしながら。


「売れ筋だ。B組のアイドル西姫良子のブロマイド」

「……カメラ目線?」

「当たり前だ。ここにある写真は全て、被写体の許可を得て販売している」

「生徒同士での金品のやり取りはグレーだから、こそこそ隠れてやってるがな」

「む」


 何だ、本人の許可を得てやってるのか。


 ならセーフ、なのか?


「ここにいるエロ脇様の功績だよ。この男の怪しい交渉術により、色んな女子がここで写真を売り買いする事を認めてくれたんだ」

「俺達はこのエロ脇様のお陰で堂々と、好きな子の写真を手に入れる事が出来るのだ」

「無論、誰がどの写真を買ったかは絶対極秘。秘密がバレることはない」


 何やらこれは、思ったよりヤバくない集会らしい。あまり興味は引かれないが、取り敢えずもう少し様子を見てやってもいいか。


「……ほら」

「え、これは?」


 許可を得ているならラインナップを見てやろうと、ファイルを手に取ろうとしたその時。


 エロ脇様と呼ばれたその男が、表情ひとつ変えずに俺へとさっきの写真を差し出した。


「……受けとれ」

「俺、別にそれを買うつもりは」

「無料だ」


 さっきのダブルピース西姫さんだ。


 売れ筋と言っていたが……、良いのだろうか。


「西姫さんの写真は、大体新作が1枚無料なんだよ」

「本人曰く『モテない可哀想な男子に、私の満面の笑みをプレゼントしてあげるわ!』との事です」

「売上の半分が本人にキャッシュバックされるシステムなんだが、彼女は毎回サービスで無料写真を1枚撮らせてくれる。有り難い事だ」


 ……そういう娘も居るのか。


 喋ったこと無いのでよく知らんが、目立ちたがりな性格なんだろう。


「因みに俺達は、その写真を『ログインボーナスよしこ』と呼んでいる」

「ただ、ログボ勢は嫌われるから一枚くらいは買えよ」


 ……うむ。割と可愛いな、ログインボーナスよしこ。


「あとファイルは触るな。新入り、好きな子の名前を言え」

「ん?」

「ファイルは出席番号順にしっかり整理してある、俺以外は触ってはならん」


 エロ脇様(本名脇田)が、荘厳な雰囲気でそう言った。この集会にも、厳格なルールがあるようだ。


 郷に入っては郷に従っておこう。


「……じゃ、涼加瀬さんの写真って有る?」

「涼加瀬さんか、良い趣味をしている」


 俺は様子見がてら、うちのクラスのマドンナ涼加瀬さんの写真を要求してみた。


 安ければ1枚くらい買って、ニカにくれてやる心積もりだ。今、結構金に余裕があるからな。


 実は最近、俺は大ファンである野球選手の直筆サイン入り野球シューズ(世紀の盗塁王ブラック☆スターモデル)を買うため、コツコツバイトしていたのだ。


「ただ残念。彼女は写真販売NGだ」

「んー、そっか」


 あー、涼加瀬さんはそう言うの嫌がるのか。


 じゃあ、やっぱニカの写真を……。


 ……。


「何か、おすすめの写真は有る?」

「そうだな。少し地味めな、間東(まとう)さんのこの1枚とかどうだ」


 ニカ本人の写真も気になったが、それを口に出したら好きな相手がニカだとバレてしまう。


 涼加瀬カモフラージュがあるとは言え、ニカの写真くらい自分で撮れるだろと思われそうだ。


 ……あんまりニカと写真撮る機会無いんだよな。おとなしくしてるのが苦手な娘だから。


 ニカの写真があるなら、適当にオススメを聞いてから見せてもらおう。


「この一枚。一見すると普通のピースサインだが」

「そうだな。ちょっと照れ気味なのが可愛いが」

「……ここを見よ」


 差し出された一枚に移った、間東さんの肩をエロ脇様は指差した。


「ブラ紐が……透けているのだ!!」

「っ!!」


 その言葉に釣られ、思わず間東さんの肩を凝視してしまう。


 ……確かに。よく見ればピンク色のブラ紐が、うっすらと透けているではないか。


「こ、コレは不味くないか!?」

「何が不味いというのだ。ここにある写真は、全て被写体の許可の下で販売されている。無論この一枚も……間東さんに見せて許可得た上で売っているのだ!」

「だ、だがしかし!」

「……良いか、テル。もう一度言うぞ」


 エロ脇様は、全てを包み込むような笑顔で話を続けた。


「本人の、許可を得ているのだ」

「……っ!」


 むむ。いや、確かにちょっと下着が透けているくらいはセーフなのか?


 地味でおとなしそうな娘の写真だから罪悪感が沸くけど、同時にそこはかと無いエロスも感じてしまっている俺が居た。


「……5000円。びた一文、負からない」

「うぐっ……」

「ウチの写真は元データを誰にも渡してない。手に入れる手段は、ここで俺から購入するのみ」

「……成る程、それで紙媒体なのね」


 にしても高ぇ……。サイン入りシューズ代を切り崩してまで買う価値はあるか?


 でも、うむむ。うむむむ。


「すまん、他のを見て決める」

「それもよし。貴様もまた、エロの宿命を背負っているのだな」


 それを背負ってない男はいないだろ。


「他の際どいのだと、そうだな」

「エロ方面だと朝星の写真が多くなるが、幼馴染みのテルは興味ないだろうし。……本人ご提供の西姫(ログボ)さん水着ブロマイドとか?」

「……む? ニカだと?」


 朝星ニカ。アイツはあんまり恥の概念を持っていないので、写真が取り扱われているとは思っていたが。


 エロ方面って何だ。


「おい。ニカの写真がエロ方面って件を詳しく聞かせろ」

「ああ。朝星は『何時でもボクを撮って良いし、どんな写真を売っても良い』と宣言してくれたからな。俺が撮った中に、彼女の下着が写り込んでるのもあるのだ」

「……いや待て!」


 アイツは何やってんだ! 自分のエロ画像流出してんじゃねーか!


 ……。て事は何か? こいつら、ニカのパンチラ写真とか持ってるの?


 凄く、それは不快だ。


「まあ、気になるなら見てみるか?」

「……ああ、見せろ」


 そう言うと、俺に数枚の写真が手渡される。


 そこに写っていたのは……




・一枚目。自分から逆立ちをして、パンツが剥き出しになっているニカ

・二枚目。ブレイクダンス中に、派手にパンチラしてるニカ

・三枚目。スッ転んで頭から福神漬けを被り、スカートが捲れ上がってるのに気にせず、落ちた福神漬けを貪るニカ




「……」

「一応前はエロ目的で買う奴は居たんだが、何と言うか朝星はあまりに恥じらいがなくてな。最近は売れ行きがよろしくない」

「お前、幼馴染みなんだよな。もう少し、気を付けるよう言った方が良いぞ」


 ……あのバカ。


「よく注意しとくわ……」

「それが良い」


 マジで頭大丈夫かアイツ。福神漬けより自分のパンツを優先しろよ。


 ……。男扱いして欲しいからって、アイツ自身は女だし、イヤらしい目で見てくる輩もいるんだ。


 よくよく、言って聞かせないと。


「まあ、それより先に」

「ん?」


 取り敢えず、今俺に出来ることをやろう。


「なあエロ脇様。朝星は俺の幼馴染みってか、親友みたいなもんでな。本人が許可してるとは言え、俺はあまりそう言う写真をばら蒔かれたくないんだ」

「む? 何が言いたい」

「買い切り、出来ないか? ……ここにあるニカの写真、全部買う。あと元データも消してくれ」


 こんな画像が出回って、悪意の有る連中にインターネットとかに晒されたら大事だ。


 アイツは気にしないかもしれないが、俺が代わりに気にしてやる。


「それは、お前」

「10万出す。俺の貯金全部だ」

「……っ! それほどの覚悟……!」


 俺たち学生にとって、10万円は重い。大人の資本価値に換算すれば百万円には匹敵するだろう。


 コツコツと、半年バイトを重ねてついに貯まった俺の全財産。だが、親友を守るためなら惜しくない。


 グッバイ、ブラック☆スターモデル。また、金は貯め直せばいい。


 今は、俺がニカを守ってやらんとならんのだ。


「あと、お前らもニカの写真買ってるなら返してくれ。倍の値を払う」

「ま、まぁもう使わないし構わんけど」

「サンキューな。後、今後ニカの、そういう写真を売るのはやめて欲しい」


 惚れた弱みなのだろうか。それとも、単に俺の独占欲が強いだけなのだろうか。


「にしてもエロ脇様、どうやってニカに写真OKの交渉したんだ?」

「半日ほど朝星の『人間観察』とやらに付き合って、その見返りに許可をとった。あんなに質問漬けにされた休日は初めてだった」

「……うちのニカがご迷惑を」


 彼女の趣味『人間観察』は、文字通りその人の人生を丸裸にするレベルで取材をされる。


 なかなかニカの趣味に付き合ってくれる人は居ない。付き合ったが最後、身長年齢体重生年月日に加え、思想や宗派、自宅の財政状況に親の職業、果てはこれまでの人生経験まるごと記録されてしまうのだ。


 て事はエロ脇様の「観察記録」、ニカの部屋に有るのね。


「まあ、でもその分は稼がせてもらえた。日給10万円のバイトなんて無い」

「む?」

「受けよう。お前の真摯な思いに感銘を受けた。彼女の写真は全て渡すし、金を貰えればその場でデータを全削除しよう」

「……おお!」


 エロ脇様は、俺の想いを汲んでくれたのかニカの写真削除を快諾してくれた。


 女子のパンツが写り込んでいる割に、売れ行きがあんまりだったのも有るらしい。


「ただ、朝星本人にもよく言って聞かせておけよ」

「分かった」


 こうして、俺は大金を失った代わりに幼馴染みを守ることが出来たのだった。











「ふーん? ボクはもう少し慎みを覚えた方がいい、ねぇ」


 その日の夕方。俺は、我が家にニカを呼び出した。


 無論、コイツのバカを矯正する為である。


「何だよ、君までボクを女子扱いするのかい」

「そうじゃない。お前が男でもパンツ見せびらかすなって言ってんの」

「何でだよ」

「見苦しいもん見せんな。TPOを弁えろ」


 俺はニカの性格をよく知っている。


 どうせこのバカに「女の子なんだから慎みを~」みたいな説教をしても反発されるだけだ。


 なので、俺は別ベクトルからの説教を行うことにした


「むうー。女子制服はスカート指定なんだ、男子と同じように振る舞ったら見えてしまうのも仕方ないんだ。学校が悪いのさ」

「屁理屈こねんな、お前がパンツ見せびらかすのを不快だと思ってる奴も居るんだよ。路上で全裸になる奴は迷惑だろ、それと一緒だ」

「そんな変態と一緒にしないでくれ。ボクに露出の趣味はない」


 若干喧嘩腰になりながら、俺とニカはギャアギャアと言い合う。


 俺もニカも強情なので、この程度の喧嘩は日常茶飯事だ。


「せめてスカートの下に短パン履くとかだな」

「ふん。何でボクだけそんな気を使わなくちゃいけないんだ」


 こういう場合、どっちかが折れるまで数日はかかる。


 長期戦になるのは覚悟の上。何とかして、ニカを説得してやらんと。


「それに、アレだ。お前は自分を男と思ってようと、クラスの男子は気持ち悪い目でお前を見てるかもしれないぞ」

「そんな奴が居るもんか。ボク、男子から言い寄られたことなんて無いぞ」

「見た目女だったらそれで良いって奴も居るんだよ。クラスの男子が鼻息荒くして、お前のパンツ凝視してたらどう思うよ」

「馬鹿だなぁとは思うがね。それがどうした、勝手にすればいいさ」


 本当にコイツは無防備だ。


 というか、自分がそこそこ可愛いことを一切自覚していない。


 現に何枚かコイツの際どい写真が売れている訳で、間違いなくニカをそういう目で見ていた男は居た筈なのである。


「俺はお前の親友のつもりだ、ニカ」

「……だから何だよ」

「だからこそ言わせて貰ってる。お前のソレ、男子の間で『一度ニカ本人に注意した方が良い』って話になってんだよ」

「……は?」

「で、幼馴染みの俺が注意しろって話になった訳。分かるか?」


 これは嘘じゃない。


 エロ脇様を始め、あの場の男子は大体ニカに注意した方が良いと言っていた。


「……ふーん、嘘ついてないんだね」

「おうよ、マジだ」

「そっか、色んなクラスメイトがそう言ってるのか。……むむう、不平等な話だ」


 ニカはへそを曲げた顔になった。


 でも、俺一人の意見ではないと知って流石に思うところが出来たらしい。


「……短パンかぁ。分かったよ、用意してみる」

「頼むぞ、何なら今度一緒に買いにいくか」

「そうだね。そこまで言うからには、君が奢るべきだな」

「何でだよ」


 幸いなことに、どうやら俺はニカを説得することに成功したようだ。


 良かった、これで肩の荷が降りた。ニカの変な画像が、拡散されることも無いだろう。


「何時出掛ける? 今週末なんてどうだい」

「そうだな。それ買うまでは、お前もスカートで派手に暴れるんじゃないぞ」

「えー」


 俺の説教を理解したのかしてないのか、ぶぅたれた顔で俺の部屋のフローリングに制服のまま寝そべるニカ。


 ……またパンツ見えてるぞ、ちゃんと分かってるのかなコイツ。


「分かった分かった、分かりましたよー。落ち着きの無いボクは大人しくしとけって話でしょー」

「大体合ってる」

「ぶー」


 そのままバタバタ手足を動かす幼馴染みに苦笑しつつ、俺は空になった財布を流し見た。


 ……今週末に、ニカとデートか。それまでにバイト、入れとかなきゃな。


「用事はそれだけかい」

「ああ、もう帰っていいぞニカ」


 そんな俺の親心を知らぬニカは、不機嫌そうに立ち上がった。


 うん、俺は何でこんなのに惚れたんだか。


「じゃあね、テル」

「ああ」


 ……俺はニカの何が好きなのか分かんねぇけど。でも、俺がニカを好きな事は確かなんだ。


 そのうち、気持ちに気付いてくれたりしないかねぇ。



「……ん? 何だいこの袋」


 ふと、ドアノブに手をかけたニカが立ち止まった。


 俺も釣られて、ニカの視線の先を見る。


 ────そこには、怪しげな写真がはみ出している袋(エロ脇様印)が放り出されていた。


「……ヴぁ!?」

「何変な声出してんだい。……写真? が詰まってるみたいだね」


 うっかり俺は、ソレを片付けるのを忘れていたらしい。


「あ、ちょっと待……」

「何の写真かな?」


 ニカは俺が制止する暇もないうちに、その袋を手にとって────












「……」

「……」



 中から自分(ニカ)のセクシーパンチラ(モロ)写真の束を、掴み出したのだった。



「……」

「……」



 圧倒的な無言が、空間を支配する。


 ニカの手が、プルプルと微かに震えているのが分かる。


「……あー」


 ふむ、落ち着け。冷静になるんだ俺。


 よく考えろ? 俺とニカは一心同体、阿吽の呼吸の幼馴染み。


 大丈夫だ、このくらい俺達にとって大した問題ではない。


 きっと、俺がどうしてそんな写真を大量に持っているかも、言わずうちに理解してくれるに決まっている。



「……その」

「何だい、ニカ?」


 こちらを振り向かないまま、ニカは俺に話しかけてきた。


 よし、対応を誤るな。ここで上手いこと誤魔化すことが出来れば────


「もしかしてボクのパンツに興味有ったの……?」

「……ありますん」


 ……噛んだ。


「ご、ごめんテル」

「あ、今のはその」

「今週末、やっぱり予定、有った気がしてきた」




 ……やがて、ニカは無表情になり。


 ガクガクとした動きで、ロボットの様に部屋から出ていった。


「じゃ、じゃあね……」


 逃げるように立ち去る、幼馴染み(ニカ)の背で。


 部屋には、ムンクの叫び顔の俺が一人残された。














「おいテル、ちゃんと注意したんだな。朝星の奴、一切シャッターチャンスが無くなったぞ」

「凄いなテル、どうやったんだ?」


 翌日。


 俺の幼馴染みは、鉄壁スカート女子へと変貌を遂げていた。公然とパンツが見えるような、慎みの無い行動を取らなくなった。


「……テルっち?」

「死にてぇ」


 ……それと同時に、ニカはその日から俺に話しかけてくれなくなった。

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