03.憎悪
カーティスは確かに"愛してる"と言ったのだ。
"一緒に国を守って行こう" "サラしか居ない"と約束したはずだった。
鼻の奥がツンとした後、涙がボロボロと溢れた。
悔しいのに、喉が詰まって声が出ないのだ。
信じたくなかった。
何もかも嘘だと言って欲しかった。
努力は無駄じゃなかったと、そう言って欲しかった。
「あはは、嘘じゃなくて本当よ?この国の人間じゃない異世界人が王太子と結婚できる訳ないじゃない……知っていたから許したの。貴女とカーティスの婚約が必ず破棄される事を」
「……っ」
先程のカーティスの「ごめん」と言う言葉…。
その意味を初めて理解して、そして絶望した。
カーティスは、こうなる事を知っていたのに避けるばかりで何も言ってはくれなかった。
カーティスの愛は偽物だった。
簡単に切り捨てたのだ。
大結界の贄となるサラに見切りをつけて、早々にアンジェリカと関係を築いていたのだろう。
「異世界から来て泣いていたサラには、カーティスとわたくしだけが頼りだったのに……裏切られて残念ね」
「………ぁ」
「サラは馬鹿な所為で死ぬの!!!ライナス王国の為に利用されて‥ね」
「ーーーいやあぁぁあぁ!!」
魔法陣の上で必死でもがいた。
最後の力を振り絞って、上に上がろうとした。
ただ、死にたくなかった。
アンジェリカが言っている事が全て本当で、今まで積み上げてきた友情も愛情も全て嘘で。
本当は大結界の生贄にされる為に初めから皆に騙されていて……。
利用する為だけに優しくしていた。
甘く愛を誓ったカーティスも、平然と裏切ったアンジェリカも。
努力が全て無駄になる事を知っていた。
国に尽くす姿を見て嘲笑っていたのだとしたのなら…。
(なんて……なんて惨めなの…ッ)
「あぁ……ほら、貴女が死ぬ様子をあの窓から見てるわ」
アンジェリカの指の先を見た。
今から命を落とす瞬間を今か今かと嬉しそうに見ているライナス王国の要人達。
抗おうと足掻く姿を馬鹿にした様に笑う顔、歪む唇。
まるで見せ物だ。
カーティスと一瞬だけ目が合うと申し訳なさそうに笑った後、ゆるりと手を振った。
「ーーー嫌ァァッ!!」
「うるさいわ…」
「嫌だ!いや……ッ!」
「わたくしが貴女を虐めているのがバレちゃうから静かにしてくれないかしら?」
「………ぐっ!」
アンジェリカが必死で伸ばしている手を足で踏みつける。
尖ったヒールで左右に踏み込まれ、痛みに悲鳴を上げた。
唯一の抵抗する術すら奪われて、その勢いでズブズブと体が魔法陣に勢いよく沈んでいく。
胸元、首と……徐々に体は飲み込まれていく。
「だれか、誰かぁあぁ……!」
「ありがとう……最後にライナス王国とわたくし達の役に立ってくれて」
「…ッ、」
アンジェリカを思いきり睨み付ける。
もう、口元すら沈んでしまった。
「惨めね………サラ」
「……」
「アハハハ、本当に馬鹿ね」
全てを信じていた。
皆で明るい未来に進めると、幸せになれると思っていたのに……。
言葉に出来ないほどの激情が流れ込んでくる。
無意識にポタポタと涙が溢れた。
自分が馬鹿な所為で死ぬのだとしたのなら、こんなにも、こんなにもーーー
(………悔しい!!全てが憎いッ!!馬鹿な自分が許せないっ!!!)
異世界から召喚された以前の聖女達も、ライナス王国の人達の甘い言葉に騙されて、聖女として持ち上げられて、意味のわからない修行をさせられたのだろう。
こうして魔法陣に飲み込まれて、裏切りに涙を流したのだろうか。
必死に抵抗して血を滲ませながら、悲鳴を上げていたのだろうか。
ライナス王国の聖女に助けを求めても踏み躙られて見せ物になって死んでいく。
そして悔しさも苦しさも飲み込んで、誰にも看取られないまま消えていったのだろうか。
国に騙さられ、王族に踊らされてーー
命を散らした。
そしてまた、国の大結界が壊れそうになれば何も知らない少女が召喚される。
何、それ
意味が分からない
許さない
許せない
(絶対に、許さない……ッ!!)
「さよなら、サラ」
そして体が全て魔法陣に沈んだ。
少女達の無念と苦しみと憎しみを背負って……。