42.最低
ギリギリと微かに聞こえる歯軋り。
後ろから迫る気迫は紛れもなくアンジェリカのものだ。
しかし、このまま溜め込んで帰ってもらっては意味がない。
アンジェリカの不安や怒りや嫉妬をカーティスに打つけてもらわないと困るのだ。
もう少しカーティスから確実な言葉を引き出してアンジェリカを煽らなければならない。
「カーティス殿下はアンジェリカ様と幸せな道を歩んでくださいませ」
「どうしてだい、サラ!?僕じゃダメなの‥?」
「私は純白の聖女様を裏切ることなど出来ません」
「そんな‥!」
「では、私はここで失礼いたします」
「っ、待ってくれ!!まだ話は終わってないよ!!サラ‥!僕はアンジェリカではなくサラと婚約したいと父上に相談しているんだ!だからあんな女なんて要らないッ」
「‥‥」
「アンジェリカとは婚約破棄をするから、僕と婚約してくれないか!?」
「‥‥‥カーティス」
(掛かった‥)
サラの唇が弧を描く。
地を這うような声を出してカーティスを呼ぶアンジェリカの姿がそこにはあった。
「ーーーどういう事ですのッ!?」
「ッ、アンジェリカ!!どうして此処にっ!?」
「わたくしと婚約破棄ですって!?!?それにサラと婚約したいって、どういう事よッ!!!」
「そ、れは‥!だから、そのっ」
アンジェリカが鬼のような形相でカーティスに掴みかかる。
今すぐカーティスに殴りかかりそうな勢いに、サラは一歩二歩とアンジェリカの邪魔にならないように後ろに下がる。
「アナタの不貞は、お父様にも伝えさせて頂きますから!こんな侮辱、赦されませんわッ!!」
「ち、違うんだ‥アンジェリカ」
「わたくしを、このわたくしを、騙していたのね‥!!」
「っ、僕は‥サラにどうしてもと言われて仕方なく!!」
「‥‥」
(最低な男だわ‥ほんと)
先程まで愛を囁いていた口で、簡単に嘘を吐く。
いっそ清々しいほどだ。
自分の保身のためにサラを盾に使った。
サラが欲しいと言いながら、当たり前のようにサラを裏切ったのだ。
「ッ‥サラが言ったんだ!!僕の事が好きだって!ね?そうだろう?」
「‥」
「っ、本当さ!だから信じてくれ!愛しいアンジェリカ‥!」
アンジェリカがギロリとサラを睨みつける。
サラはじっ‥とアンジェリカを見つめ返して、瞼を閉じてから軽く頭を下げる。
アンジェリカの怒りがサラにすり替わったと思ったカーティスが、安心したようにホッと息を吐き出した時だった。
「カーティス‥ッ!!!」
アンジェリカの叫び声のような怒号にカーティスは肩を震わせた。
「ア、アンジェリカ‥!?」
「どこまでわたくしを馬鹿にするつもりなのかしら」
「‥‥えっ!?それはどういう」
「そこで、全部聞いてたのよッ!!」
「ッ!!?」
サラは顔を伏せながら自分の作戦が上手くいったことを喜んだ。
アンジェリカは自分が犠牲にならない為に自分に惚れ込んでいると思っているカーティスを使う可能性は高い。
そしてサラの側に毎日いるカーティスと話すタイミングを窺うだろうと。
カーティスの心がサラに傾く様子を見たアンジェリカが、カーティスとサラを付け回すのを待っていた。
アンジェリカの前では、カーティスの求愛を全て断り続けた。
そして教会や孤児院など、アンジェリカが居ない場所に行った際にカーティスに餌をやる。
アンジェリカを"純白の聖女様"と言い、崇めるような発言を続けることで、サラはアンジェリカの怒りの全てをカーティスに仕向ける事に成功したのだ。
そして肩書きと顔だけで、大してカーティスを好きでもないアンジェリカは、自分で見たもの聞いたものを信じて記憶のないサラではなくカーティスを攻撃するだろうと。
万が一アンジェリカがサラを責めたとしても、カーティスにこうして裏切られたとしても、サラは簡単に身の潔白を証明出来る。
サラは一度だってアンジェリカの前では、カーティスを受け入れてはいない。
本当は以前のアンジェリカにされたように、カーティスを隠れて寝取ってやり、ギリギリのタイミングでバラすことで、最高のプレゼントを送ろうと思っていたが、ヨムドイトの意向により中断。
時間と手間は掛かったが、どうにかしてアンジェリカの精神が擦り切れるギリギリのタイミングで、怒りの矛先をカーティスに持ってくる事が出来たようだ。




