41.警戒
となると、アンジェリカは何らかの方法で大結界の仕組みを知った可能性が高い。
それに加えて記憶が無くなり辺境の村へと帰ろうとするのを無理矢理引き止めたアンジェリカの必死な様子を見るに、確定だと思ってもいいだろう。
アンジェリカはどうにかして逃れようと考えている。
しかし城に居る間、以前のように近付いて来るのかと思いきや、一定の距離を保っている。
自分から話しかけて色々と探るのは純白の聖女としてのプライドに差し障るのか、此方に関わろうとはしない。
何か算段があるのかと警戒していたが、どうやら何もかもが思い通りにならずに苛立ちを募らせているようだ。
以前のアンジェリカのような余裕も狡賢さも無い。
サラがこの国に舞い戻ってからは肩身の狭い思いをしているのだろう。
そして、ここで我儘放題していたツケが回って来た。
恐らくアンジェリカの味方は居ない。
女神ライナスの強い信者である侍女達も"サラ"に仕えたいと流れてきた。
相当、アンジェリカに対しての不満があったのだろう。
部屋にはヨムドイトとプラインがいる為に断っているが、カーティスを上手く使いながら、代わりの仕事を斡旋してアンジェリカを孤立させていた。
国王もアンジェリカを蔑ろにしつつあるが、大結界まではと対応しているものの嫌悪感が滲み出ている。
(……今、アンジェリカの元に侍女はいるのかしら?)
あの過剰な香油の匂い、乱れた髪…手厚く世話をされているとは思えない。
(けれど、大結界を張る儀式までは油断出来ないわ)
国民にも国王やカーティス、城の人達にも十分な有用性を示しているが、異世界の聖女である事には変わりない。
このままではアンジェリカかサラか、どちらが大結界の犠牲になるかは現時点では分からない。
曖昧なまま、当日までもつれ込むのは危険だ。
(確実にアンジェリカを落とし込む…それまでは)
確実に追い詰める為に動いていた。
知らない内に、何もかも奪われて崩れていく。
ここでカーティスの裏切りを知れば、間違いなく……。
「あんな女、本当はどうでもいいんだ」
「殿下…?」
「サラ、君が好きなんだ!」
「………」
この返答次第で、アンジェリカがどう動くかが決まるだろう。
「私は…」
「……サラ」
「私は女神に身を捧げた身です。カーティス殿下のお気持ちは嬉しいですが…」
「っ、それでもいい!表向きでなくても僕と共に歩んでくれないか?」
「……」
「僕には君しかいないんだ!!絶対に大切にするからっ」
(馬鹿か、コイツ…)
口を開けば開く程に愚かな思考が浮き彫りになる。
勢いだけで何も考えていないカーティスの言葉は寒気と吐き気がするほどに下らない。
(こんな男よりは、まだヨムの方がマシね…)
「ーーー!?」
思わず口元を押さえた。
自分は今、何を思ったのだろうか。
あの魔王に少しでも絆されているなど、考えたくもなかった。
「……サラ?」
「何でも、ありません…」
穏やかに微笑んだ。
何故こんな回りくどいことをしなければならなくなったか。
元はといえば、ヨムドイトが"カーティスに触れてはならない"、"焦らせ"と言ったからだ。
(どうして私は、こんなに面倒くさい思いをしてヨムの言う事を律儀に守っているのかしら…)
本当はさっさとカーティスを落として、アンジェリカではなく此方に気持ちを向けさせようと思っていた。
以前のアンジェリカのように体を使う事も厭わなかった筈なのに…。
けれど結果的にはヨムドイトの言う通り、カーティスを焦らしたことは正解だった。
手に入れば飽きてしまうカーティスにとっては、此方の方法の方が適切だったといえる。
そのお陰でスムーズに事を進めることが出来た。
(そんなところも腹立たしい)
此方の事は何処までも深く探ろうとする癖に、自分の手の内は絶対に見せないのだ。
毎日、何度も繰り返される言葉。
『サラ、我のものになれ』
『我がお前のことを一番理解している。そうだろう?』
そんな言葉に反応するのも面倒になったサラは適当に聞き逃していた。
(……狡いのよ)
自らの気持ちが見えないように蓋をする。
自分自身、気付かないうちに侵食されていたなど認めたくはなかった。




