36.不要
「何を言ってるか分かってるの?」
「あぁ…勿論だ」
「ライナス王国に来てから私の邪魔ばかりして、どういうつもり?」
「サラ」
「……」
「……」
「…………分かったわ」
ヨムドイトの顔を見る限り、残念ながら冗談ではないようだ。
魔族の国にいた際にずっとヨムドイトに付き纏われたせいで、不本意ではあるが冗談を言っているのか、本気かどうかの区別が出来るようになった。
ガタガタと怯えているプラインに口元を拭いていたタオルを預けてから、ヨムドイトに聞こえるように舌打ちをする。
そして作戦を練り直す為に椅子に腰掛けた。
返答に満足したのか、嬉しそうに広々としたベッドに寝転がり、瞼を閉じてスヤスヤと眠り始めた。
ライナス王国に来る前、リュカがヨムドイトと一緒に行きたいと煩く騒いだ事があった。
リュカもヨムドイトと同じく高位な魔族である為、聖女の力で中和することになる。
別に構わないと言ったが、ヨムドイトがリュカと口付ける事を拒否した為、同行は叶わなかった。
「それだけは嫌だ」と頑なに拒否したのだ。
ヨムドイトの嫉妬は本当に厄介だ。
「……はぁ」
「サラ様、大丈夫ですか?」
「えぇ……プライン、眼鏡は外したらダメよ?貴方の顔を覚えている人が居るかもしれないから」
「はい」
「それとヨムが勝手な行動を取ろうとしたり、牢屋に入れられそうになったら、すぐに私に知らせて頂戴」
「……」
「プライン…?」
先程とは一転して、プラインは不安そうに此方見つめている。
余程ヨムドイトが怖かったのだろうか。
ゆらゆらと揺れている金色の瞳をじっと見ていた。
「あの、サラ様!」
「何かしら?」
「ずっと、聞きたいことがあって……」
「……?」
一旦ペンを置いて、プラインを見上げるように視線を送る。
プラインが自分から何かを言うのは珍しい事だ。
覚悟を決めたように強く問いかけた。
「サラ様は、居なくなったりしませんよね…?」
「……」
「この件が終わった後には、もう一度僕たちの元へ戻ってきてくれますよね?」
「……プライン、どうしたの?いきなり」
誤魔化すように首を傾げるが、プラインの縋るような視線は変わらない。
「サラ様…お願いです」
「プライン、ごめんなさい…今から色々と考えなくちゃいけなくて。後ででいいかしら?」
「でも僕、心配で……答えてくださいっ」
これ以上、踏み込んでくるなと意味を込めて牽制してみても、必死なプラインには如何やら通じないようだ。
尚も食いつくプラインにペンを動かしながら答えた。
「嫌よ」
「……ッ!」
「答えない」
「サラ様、僕達の為にも生きてください…!」
「……」
「皆、サラ様の帰りを待っています…!」
その言葉に目を見開いた。
けれど驚いた顔をしたのは一瞬だけだった。
表情は次第に険しくなっていく。
必死に訴えかけるプラインは、此方の変化に気づくことは無かった。
「サラ様が何処かに行ってしまうような気がして…!」
「……」
「だからッ」
ーーーーーバンッ!!
部屋に大きな音が響く。
無言でテーブルを叩いて立ち上がった。
そしてプラインに攻撃的な視線を向ける。
瞳に映る憎悪にプラインはビクリと肩を揺らす。
「プライン……私はね」
「…っ」
「全てを壊す為に此処にいるの」
「……で、でも」
「要らないわ」
「ッ!!」
「…………要らないのよ、こんな国」
サラの声が更に低くなる。
プラインはずっと思っていた事があった。
サラは近くにいるようで、とても遠い場所にいる。
皆と手を取り合っているように見えて、サラはずっと孤高に生きている。
どこか違う場所を目指して一人で歩いているのだ。
何処に向かっているかは分からない。
けれどサラが消えてしまいそうな気がしてならなかった。
サラは皆にとっても大切な人だ。
魔族であり親代わりであるビスの怪我を何度も治してくれた。
魔族も魔王であるヨムドイトだって、サラを必要としているのに、決して誰にも心を開かない。
その事が、ずっと気掛かりだったのだ。
自分とは違って、サラはとても強い。
けれど、その反面で脆くて今にも壊れてしまいそうだと思っていた。




