30.幸運
国王の話を聞いた次の日だった。
最悪な気分で目を覚ました。
サイドテーブルに置いてある水を飲み干して口元を拭う。
今日は、あのムカつく国王にサラの捜索を本格的に頼まなければならない。
(……なんでわたくしがあんなクソジジイに頭を下げなきゃいけないのよ。あり得ないわっ!)
今から情報を集めて必ずサラを見つけ出す。
そしてカーティスの気を引いて再び夢中になってもらわなければ。
いざとなった時にはカーティスに城から逃げ出す手助けをしてもらう為だ。
全て面倒な事ではあるが大結界の秘密を聞いた以上、儀式から逃れる為に全力を尽くすだけだ。
ーーーそんな時だった。
妙に城が騒がしいことに気付く。
いつもならば「朝のお祈りに向かいましょう」と口煩い侍女が迎えに来るはずなのに、今日は誰も部屋に入ってこない。
廊下を見てみると、人が慌ただしく駆け回っている。
「ーー聖女様が帰ってきたぞ!!」
「嘘だろう!?」
「……奇跡だ」
「本当に聖女様が…ッ!?」
廊下から声が漏れる。
(聖女が帰って来たってサラの事…!?きっとそうよッ!!)
朝食を持ってきた侍女に掴みかかるようにして詳しく話を聞いた。
行方不明だった鈍色の聖女が、突然従者と共に尋ねてきたのだという。
直ぐ様、窓からサラがいるであろう門を見下ろした。
「……国王陛下に御目通りを」
門の前、女性の声が静かに響き渡る。
フードを深く被っている為、表情は窺い知ることは出来ない。
大きな布は体全体を覆っており、サラなのかどうかも分からない。
後ろにはもう二人。
黒いフードを被った背の低い子供と、サラよりも背が高く眼鏡を掛けた青年が立っていた。
窓を覗き込み、様子を見下ろしていた。
不快な気分はあっという間に消えてなくなった。
これで上手く立ち回れば、何も知らないサラを騙して助かる事が出来るかもしれない。
力がなくても異世界人の聖女であるサラが犠牲となる事で大結界を張ることが出来るのではないか。
(なんて幸運なのっ…!!これでサラに聖女の儀式を押しつけて、わたくしが生き残る事が出来るわ!)
朝ご飯も食べる事なく、侍女に向かって叫んだ。
「早くッ!早く着替えさせて頂戴」
「は、はい……!」
「モタモタしないで!急いでよッ」
純白の聖女の服を纏い、大きな鏡の前、数人の侍女達に身なりと髪を整えてもらう。
やっとこの姿を見せつけることが出来ると思うと嬉しくて仕方がない。
サラが今から羨ましそうに此方を眺めて、悲しげな表情を浮かべると思うと心が躍る。
サラはこう思うはずだ。
「私がもし純白の聖女だったら良かったのに」と。
「フフッ……」
侍女達は顔を合わせて首を傾げた。
鏡に映るのは一年前よりずっとずっと綺麗になった自分の姿。
毎日オイルでマッサージをしてもらったし、肌も以前よりも、ずっと艶やかだ。
念入りに化粧をしてから謁見の間へと向かった。
*
王座に座る国王と、その隣に立っているカーティス。
その横でサラが来るのを待っていた。
(一体、どんな顔をみせてくれるの!?)
サラが大きなドアから、ゆっくりと歩いてくる。
ボロ切れを被っているサラとは違い、美しい純白の聖女の服を身に纏い上から見下ろしている。
(ふふ……最高の気分)
サラと二人の従者は膝を折り、国王の言葉を待っている。
「……面を上げよ、楽にしてくれ」
「はい、陛下…失礼致します」
「おぉ…確かに!あの時の鈍色の聖女ではないか!!」
サラは小さく返事をして、スッと立ち上がる。
上に羽織っていたボロボロの布を取ると、修道服に身を包んだサラの姿があった。
召喚された時よりも、ずっと大人びているように感じた。
黒色の髪はサラサラと流れて、長い睫毛の隙間からガラス玉のような瞳が国王達を見据える。
表情は微動だにしないが、清廉な雰囲気である。
細い指が動くと、隙間からチラリと白い肌が覗く。
祈るように手を合わせた。
聖女としての完璧な振る舞いをしているサラを不思議に思いつつ、その気品漂う仕草に皆、驚き目を見開いた。
何故か目を惹きつけて離さない。
まるで魔性だ。
サラの赤い唇がゆっくりと弧を描く。
どこからか生唾を飲み込む音が聞こえた。