28.道具
そして一時的ではあるが、力を取り戻したヨムドイトは何を血迷ったのかサラと結婚すると言い出したのだ。
大層、サラを気に入ったヨムドイトはアピールを繰り返しているが、ヨムドイトの捻くれた愛情表現をサラは一切無視している。
適当にあしらわれて邪険にされる程に、燃え上がっている。
全てを惑わすように出来ているヨムドイトをサラは難なく躱すのだ。
(異世界の聖女には魔王様の魅了が通じないのか‥?)
「あの女は……聖女は、魔王様と共にいて平気なのですか?それとも異世界人は特別なのでしょうか?」
「確かに聖女なのも大きいだろうが、異世界人だからだな」
「……やはり、そうですか」
初代聖女もそうだった。
闇の宝玉を奪っていったライナス王国の聖女は、ヨムドイトの魅了が通じなかった。
この世界に住むものならば、力が無意識に働いてしまう。
魔王はそういう風に作られているのだ。
けれど異世界から召喚された聖女だけは違った。
ヨムドイトのそういった力は一切通じない。
だからこそ無垢な聖女に興味を持った。
そしてまんまと女神の策略に嵌められたと気付いた時には全てが手遅れだった。
初代聖女も結局は結界を張るために女神に利用されたのだろう。
魔族を弾く大結界を張られた後、ヨムドイトは静かに言った。
「もうアイツとは、二度と会う事はないだろうな」と。
初めは言葉の意味が理解出来なかった。
初代聖女に怒りを見せる此方とは違い、ヨムドイトは大結界を見ながら複雑そうな表情を浮かべて「贄か……悍ましいな」と言ったのを聞いて、全てを悟ったのだった。
そして再び、異世界から召喚された聖女は憎しみと怒りを持って再び現れた。
本来、聖女の力と反発してしまう闇の力を宿してやってきたのだ。
そのお陰で一時的なものではあるが、力を取り戻す事が出来た。
「女神から送り込まれた聖女に貶められ、女神を恨み破壊を望む聖女に救われる……ははっ、笑い話もいいとこだな」
「……」
「それに契約も交わしたのだ。サラの願いを叶えねば我ですら消えてしまうからな」
「魔王様がそこまでする事は…っ!」
「我は久しぶりに楽しくて仕方がないのだ。サラの心は憎しみと怒りで満ちている。故に今は我が付け入る隙はない。今はな…」
サラの瞳にヨムドイトなど初めから映っていない。
ヨムドイトにとっては、それが面白くて仕方ないのだ。
「サラを徹底的に落とし込み、我に心を傾けさせてこそ魔王と言えるだろうな」
「魔王様…」
「お前もサラの目を見ていれば分かるだろう…?ああして魔族と共に混じってはいても一定の距離を保っている。人間であるプラインにも同じだ」
「……!」
「こうして魔族の為に動いて、我に恩を着せているのだとしたら中々に賢い女だと思わないか?」
サラが何の見返りもなく力を使っているとは思えない。
魔族の為に動けば動くほど、ヨムドイトの元にサラの評判が伝わる。
魔族達がサラに肩入れすればするほど、ヨムドイトは魔族の代表として、何かを返さなければならないような気分になるのだ。
義理堅く真っ直ぐな魔族の性質を理解しているのか、無意識なのかは分からない。
全てが打算的なようで、本来持ち合わせている優しさを見せたりとヨムドイトですらサラの行動に振り回されている。
「サラは全てを信用していない。誰も信頼していない。魔族ですら道具として使い、我をライナス王国を破壊する為の兵器くらいにしか思っていないのだろう」
「それなら…ッ」
「そんな凍った心を溶かすのも、また面白いだろう…?」
「……私は反対です」
ヨムドイトはサラをテラスから上機嫌に眺めていた。
嬉しそうに笑いながら、やり取りを楽しみつつも、今までにない程にサラに執着している。
「リュカよ、ライナス王国に行くのが待ち遠しいなぁ?それに、もうすぐあのライナス王国の豚共を血祭りに出来ると思うと血が沸る」
「……はい」
「我が手を下すよりも先にサラが殺してしまうのが、少し惜しいがな…」
「私にはあの聖女が……ッ!?」
ふと殺気のような視線を感じて、その方向を見た。
サラが無表情で此方をじっと見ている事に気付いて肩を小さく震わせた。
あの小さな体に何を詰め込んでいるのかは分からないが時折、サラから得体の知れない恐怖を感じるのだ。
「…っ」
「飲まれるなよ……リュカ」
ヨムドイトがヒラリと手を振ると、サラはそれを無視して踵を返し去っていく。
「魔王様…っやはりあの女、危険ですッ!!」
「危険な女じゃないと燃えないタチでな」
「そんな事ばかり言っておられるから、何百年経っても結婚できないんですよ…」
ヨムドイトは唇を歪めて、笑っていた。
「我のファムファタールは、サラだけだ」




