20.復活
「サラ……」
「はい」
狂気に満ちた紅月が二人を照らしていた。
「……来い」
ゆっくりと、ヨムドイトの元へと向かう。
持っていた契約書は、いつの間にか赤い炎に包まれて消えてしまった。
神秘的に輝く月の光は、二人を祝福してくれているようだった。
赤い絨毯は、まるでバージンロードのようで酷く滑稽だった。
ヨムドイトの前まで辿り着くと、ヨムドイトが体を引き寄せるように手を伸ばし、優しく指を絡めた。
口角を上げて笑う姿は恐ろしくも美しい。
ヨムドイトに抱き締められるような形で、椅子に腰掛けた。
小さな手で体を抱き込んだヨムドイトは、髪を耳にかけて、次第に距離が近づいていく。
唇が綺麗に弧を描いた。
ヨムドイトの月のように輝く瞳と視線が絡む。
吸い込まれそうな金色が、恍惚とした笑みを映し出す。
「貴方に闇の力を……」
そう呟いて、ヨムドイトと唇を合わせる。
柔らかい唇の感触に目を瞑る。
ビリビリと電流のように唇を伝ってヨムドイトへと力が流れ込む。
ヨムドイトが後頭部を押さえて、更に深くなる口付けに吐息が漏れる。
全てを受け渡した後、唇がそっと離れた。
目を開けば、そこには先程子供の姿だったはずのヨムドイトが、立派な男性になり座っていた。
「素晴らしい…ッ!!」
ヨムドイトの歓喜の声が響き渡る。
あまりの変貌ぶりに目を見開いていると、唇をぺろりと舐めたヨムドイトは、愉しげに此方を見ていた。
先程とは違い、大きな手が頬を包み込む。
強制的に合わさる視線……ヨムドイトの手の甲に指を滑らした。
その顔はこの世のものとは思えない程に美しく、溢れ出る威圧感と圧倒的なオーラは見るものを惹きつける。
唇から覗く牙……先程の子供の時の柔らかい感触とは違い、固い腕と厚い胸元があった。
黒い髪がサラリと流れるのと同時に、立派なツノが現れる。
大きな手と長く伸びた爪が愛おしそうに長い髪を梳いた。
「あぁ……サラ」
睫毛が揺れるのと同時に、先程よりもずっと低くなった声が耳元で色を含んで吐き出される。
「……フッ、ハハ」
「ふふっ…」
暫くの間、乾いた笑い声が辺りに響いていた。
愉快で堪らなかった。
自分の愚かさを笑っているのか、怒りに震えているのか、最早分かりはしない。
「酷い目にあったのだな……いっそ憐れだ」
「そうかもね…貴方も随分と悪い女に騙されたのね。可哀想に」
「あぁ……その通りだな」
互いの感情が混ざり合って、もう…いっそのこと哀れだとすら思った。
けれど今までで一番、最高の気分だった。
「アイツらを魔法陣に引き摺り込む為なら、どんな事でもしてみせるわ」
「お前に其れができるのか?」
「…どういう意味かしら?」
「優しいお前は最後の最後で許しそうでならない……それなら初めから我が全てを破壊すれば良いのだ」
「………何を言い出すかと思えば、随分と陳腐な事を言うのね」
「分からぬぞ?人間はすぐに心変わりをする生き物だからな…下らぬ感情に振り回され、何を言い出すか分からぬ」
「それは貴方の事を言っているの?」
「はっ……そうかもな」
吐き捨てるように言った。
ニヤニヤと此方を試すように揺さぶりをかけるヨムドイトに、思いきり顔を歪めた。
どうやら子供の姿だった時の可愛らしさと弱気な部分は消え失せたようだ。
態度も大きくなった男は、頬を楽しげに撫でた。
そんなヨムドイトの手を"触るな"との意味を込めて弾き飛ばす。
ヒラヒラと手首を動かしてはいるが楽しそうに笑っている。
「私が、私の手で地獄に送り出すのよ…?」
「……」
「貴方はその手助けをする…そうでしょう?」
「あぁ、そう契約した」
「………だったら、詰まんない事ばかり言ってないで、どうせなら糞女神を天から引き摺り落とす方法でも教えなさいよ」
冷めた態度で言えば、それを聞いたヨムドイトは腹を抱えながら笑い出した。
「ハハッ!神にすら牙を剥くか…!!面白いッ」




