19.契約
瞼を閉じた。
目の前にあるものは全て偽物だ。
目の前にいるものは全て愚物だ。
全てが嘘で、全てが偽証。
何も信用してはいけない。
たかが口約束なんて、何の気休めにもならない。
求めているのは裏切らない絶対的な証明。
それが欲しいのだ。
「私は、何も信用しない」
「……何があったかは知らないが、余程酷い目にあったのだな」
「……」
「いや、人間らしいと言うべきか」
「どうしますか…?」
ヨムドイトは目を細めて何か考え込んでいる。
答えが出るのを待っていた。
「お前に………賭けてみるのも面白そうだ」
「ーーー魔王様ッ!?!」
今まで黙っていたリュカが口を開く。
「我もライナス王国の聖女を信用していない」
「ならば…何故ッ!」
「もう時間が無い、これに賭ける他ないだろう」
「そんな…」
此方を見つめながらヨムドイトは静かに言った。
「………闇の宝玉を奪っていったのは、ライナス王国の初代聖女だ」
「……!」
「馬鹿な自分を恨んだ……まんまと女神の策略に嵌り、この様だ」
「……」
「そして奪い返す時にも女神ライナスが呼び出した聖女の力を借りるとは、運命とは中々に酷だな」
ヨムドイトはサラ同様、憎しみが篭った瞳で此方を見つめている。
「………お前を見ていると、その女を思い出す」
「……」
「今すぐにその首をへし折りたくなる」
「貴方とは、とても仲良く出来そうだわ」
「…ふん、口の減らない女だ」
ヨムドイトが指を振ると、ヒラリと飛んできた紙とペンが目の前でピタリと止まる。
「契約書だ」
「………契約書」
「…お前は闇の宝玉を取り戻す為に動く。そして我はライナス王国を破壊して、純白の聖女に絶望を与える為に協力する……その契約だ」
「裏切ったら…?」
「消滅する」
「証拠が見たいわ」
「用心深い女だ……まぁ、よい。そのくらいでなければ宝玉など取り戻せないだろうからな」
「………そうね」
「リュカ、罪人を連れてこい」
リュカが頷くと、スッと姿が消えた。
暫く経つと拘束された罪人が二人、前に現れる。
書いたモノと同じ契約書に、リュカが連れてきた罪人達が名前を書き込み契約を交わす。
そして、その契約内容を破り、裏切る意思を持った瞬間……体が燃え上がるのと同時に、灰となり跡形もなく消えてしまった。
顔色一つ変えずに一人の罪人が消える様子を見届けた。
それから目の前に浮いている契約書を手に取ると、隅々に目を通してからサインを書き込む。
すると紙はヨムドイトの元に飛んでいき、どこからか出てきたペンで同じように名前を書き込むと再び手元に戻る。
「サラ、確認しろ」
「えぇ、分かったわ」
「フッ…顔色一つ変えぬか」
「…?」
ヨムドイトの名前が書き込まれている事を確認してから静かに頷いた。
ヨムドイトは喉を鳴らしながらサラに問いかける。
「死への恐怖は無いのか…?」
「……死への恐怖、ね」
「………」
「勿論あるわ。けれど、それより恐ろしい事を経験したの」
「………」
「ウフフ……今度は間違えない。あの人達の苦しむ姿を見るまで死んでも死にきれないわ」
死へ飲み込まれる恐怖を
裏切られる痛みを
犠牲になる悲しみを
胸が潰れるほどの苦しみを
馬鹿にされた悔しさを
惨めだと笑われた憎しみを…!
追い詰めて、這いつくばらせて、立ち上がれないくらいに、ボロボロに甚振って、希望を剥ぎ取り、絶望に泣き、屈辱に震えて強張る顔を見るまでは………。
今まで積み上げてきた全てを捨て去り、苦汁を舐めようと、どんな事にでも耐えてみせる。
「魔王ヨムドイト………どうか私達の願いを叶えてくださいませ」
膝を折り、跪いて手を合わせる。
祈りがヨムドイトに戒めのように絡みつく。
願いが叶うように、祈りが届くように…。
そして地獄に落ちるように。
願いを叶えるのは神じゃない。
祈るのは女神の為でもない。
壊れた心を満たすのは、破壊と絶望だ。
(あぁ………やっと私の復讐が始まる)




