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第一章 呼び合うふたり① ー新しい日常ー  

それから三年、二人が再び手を繋ぐことは無かった。


 早紀と離れて母についていくことに決めた結衣を、早紀はそれ以来ずっと許せずにいた。


 結衣からは幾度となく手紙や電話で連絡があった。


 しかし、裏切られたという思いばかりが心に残っていた早紀がそれに答えたことは一度もなかった。


 両親の仲は、離婚する前からかなり険悪であることは子供の早紀でもわかった。


 どちらも家を空けがちで、両親に甘えた記憶はあまりない。


 でも寂しいと感じたことはなかった。


 結衣がいたからだ。


 それだけに、母についた結衣を、早紀は受け入れられなかった。


 自分が結衣に嫌われているということが、早紀を意固地にさせていた。


 食卓につくと、父と後妻の幸子さんはちょうど出かけるところだった。


 幸子さんは、長年父の秘書をつとめていた奇麗な女性だ。


 家を空けがちであまり顔を会わせなかった母と比べ、一日の大半をともに過ごしていた幸子さんに父が惹かれていったことは、早紀にも容易に想像ができた。


「早紀ちゃんおはよう。行ってくるね。行こうか幸子」


「早紀ちゃんおはよう。行ってくるわね」


 両親が離婚したことも、父が秘書の幸子さんと結婚したことにも、早紀は興味がなかった。


 両親とかかわり合いがないことに関しては何も変わらなかったからだ。


 幸子さんは、早紀にはよくしてくれていた。


 しかし、家に居場所がないような気持ちの悪い感覚は、以前よりも増して敏感に感じ取っていた。


「行ってらっしゃい」


 言葉だけで見送ると、冷めた朝食を静かに食べた。




「いただきまーす」


 朝練の後のおにぎりは格別だ。


 結衣は勢い良くおにぎりにかぶりついた。


「先輩、ほんとによく食べますね。一年の間でも噂になってますよ。あんなにたくさん食べるのに先輩はどうして太らないのかって」


 呆れる一年の七海を尻目に、結衣は早くも二個目のおにぎりを口にした。

「え? そうなの? でも陸上部に太ってる子なんていないじゃん?」


「違いますよ。もう、いい加減自覚持ってくださいよ。容姿端麗、成績優秀、おまけに陸上部のキャプテンの先輩は、全校生徒の憧れの的なんですから。みんなに見られてるんですよ」


「そんなことないと思うけどなー」


 実際、結衣にはそんな自覚はなかった。


 人に見られている視線はたまに感じるが、自分が飛び抜けて優秀だとか、そんなことは感じていなかった。

 自分に興味がもてないだけかもしれないが……。


 黒い髪を短く借り上げた結衣は、母親譲りのブロンドの長い髪の毛の早紀とは対照的だ。


 結衣はいつも、そんな早紀の髪の毛がうらやましいと思っていた。


 二人とも自覚はないが、結衣も早紀も、一目を惹くような奇麗な顔立ちをしていた。


 おまけに結衣は、女子のなかでは飛び抜けて背が高く、モデルのようにスタイルが良い。


 朝練の後、陸上部のみんなで朝ご飯を食べることは、結衣の楽しみの一つだった。


 グラウンドのすみっこの木陰の下で、学年関係なく円になり朝食を広げる。


 結衣がキャプテンになるまでは完全な縦社会の堅苦しい部だったが、結衣は上下の壁を完全に壊した。


 一人一人が生き生きと活躍できる部が結衣の理想とするものだっかからだ。


 結衣がキャプテンになってから、もともと全国大会の常連校だった部の成績はさらに伸び、表彰台を独占することも珍しくなくなった。


「そんなことないですよ。先輩は一年の間で有名ですよ。私なんて、入学前から先輩のこと知ってましたもん。男子陸上部員すら誰も勝てない女子部員がいるって」


 七海の友達の一年生部員がおにぎりをかじりながら話に加わる。


「えーひどい。私そんなゴリラじゃないもん」


 少し頬を膨らませて結衣は反論した。


「違いますよもー」


 グラウンドに響き渡る笑い声。


 それでも結衣の心は満たされていなかった。


 何か足りない。


 何が足りないかは、結衣自身が一番良くわかっていた。


 早紀……。


「あ、また先輩遠い目してる。どうしたんですか?」


 結衣の異変に鋭く感づいた七海が、膝をついてぐいっと結衣に顔を近づけた。


 そんな七海を、幼なじみの加奈子が押し戻しながら優しくいなしてくれた。


「どうせまた、早紀ちゃんのこと考えてたんでしょー」


「早紀ちゃん……? ああ、妹さんですか?」


 おとなしく自分の場所に戻った七海は、腑に落ちない様子でサンドイッチをほおばった。


「そそ」


 加奈子は中学の頃から同じ陸上部に所属していたため、結衣の家庭の事情はよく知っていた。 

  

離婚以来、どんなに結衣が早紀のことを心配しているかを一番身近に感じていたのが加奈子だ。


「結衣はねー。ロリコンなんだよー」


 結衣の顔を覗き込むように体をかがめると、加奈子の長い髪の毛が風にそよいだ。


 結衣は恥ずかしそうに頬を染める。


 そんな可愛らしく恥じらう結衣は、なかなか見れるものではない。


 答える代わりに、お茶をすすった。


「結衣先輩、妹さんがいたんですね。きっと先輩に似て美人なんでしょうね」


 一年部員が茶化すように言った。


 それを受けて加奈子もにやにやしながら結衣を見つめた。


「そうそう。すっごいかわいいんだから。ねー結衣」


「もう。やめてよー」


 思わず顔を隠す結衣を、加奈子は微笑ましく眺めていた。


「ささ、もうすぐ授業始まるよ。みんな教室に行った行った」


 加奈子の合図で、部員たちはちりじりに教室に向かった。


 加奈子は結衣と同じクラスだ。


 教室に向かう道すがら、自然と早紀の話になった。


「それで? 早紀ちゃんは元気なの?」


「元気……だよ」


 その声には明らかに悲しみが潜んでいた。


「今でも毎日部活帰りに様子見に行ってるんでしょ? 後輩たちが寂しがっていたよ。たまには結衣先輩と一緒に帰りたいって」


「うん……、知ってる。ごめんね」


 結衣のこんなにも悲しそうな顔を見れるのは、加奈子だけの特権だ。


 いつも誰にでも明るく接する結衣だが、加奈子と早紀の話をするときだけは、どうしようもなく悲痛な顔をのぞかせる。


 加奈子にとってはそれが嬉しくもあり、とてつもなく悲しくもあった。


「いいよ。結衣にとっては早紀ちゃんが一番大切なんだもん。好きにすればいいよ。私こそ、ごめんね。陸上部に入ってもらって、おまけにキャプテンまでしてもらってる。ほんとに感謝してるよ。早紀ちゃんに会いにいける時間が少なくなるのに」


「会いにいくって行っても、遠くから見てるだけだし、それに早紀も部活してて帰りが遅いから別にいいよ」


 言葉をきって、結衣は小さな声で、しかし確かな響きで呟いた。


「ありがとう。加奈子。」


 瞬間、加奈子は少し驚いて止まったが、すぐに結衣の方をたたいて走り出した。


「え? 何? 聞こえなかったー。もう一回!」


「ちょっ、加奈子、待ってよー」


 笑いながら走る加奈子を追いかけているうち、結衣も自然といつもの笑顔に戻っていた。


「早く行かないと遅れるよ結衣」


 二人の笑い声が廊下に反響した。

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