ランナー、港、憎悪
港が嫌いだった。臭いし、風がべたつくし、違法釣り人が多いし、貴方を見送らなくちゃいけないし。そういうぼんやりした嫌悪感が明確な憎悪に変わったのはあの日だ。私は誰もいない港で貴方を待っていた。貴方は船乗りで、私のもとへ帰ってくるはずだった。貴方が船を降り、その両腕で私を抱きしめてくれるのを、ずっとずっと待っていた。その日は酷い嵐だった。
貴方が死んで三年が経つ。いい加減に忘れろという人もいるけれど、私は今でも港へ行く。私たちの家は海から少し離れているから、私はそこへ向かって毎日走る。走る。走る。そんなことをしても貴方のところへは行けないけれど、それでも走る。走っている間だけは何も考えなくて済む。雨の日も、風の日も。
真夏の寒い日、今日みたいな日だ。嵐が近づいて、生ぬるい風に時折ぞっと冷たさが混じるような、風の強い日。そういう日には、走った勢いに任せてそのまま港から飛び出してしまいたくなる。飛べ、飛んでしまえと波が私に呼びかける。私はぼんやりと暗い海を眺めて、足を踏み出しそうになる。
でも私は飛ばない。そんなバカなことはしない。ただ港へ走って行って、高い波が打ち付けるコンクリートの端で、貴方を思うだけ。私が死ぬのは簡単だ。けれどそんなことをして、私の憎悪は、このどろどろのぐちゃぐちゃの塊は、一体どこへ行くんだろう。海なんかに洗われて、何もなかったかのように、疲れ切った私のからだと一緒に、魚のえさにでもなってしまうんだろうか。そんなの、そんなのってないと思う。私の憎悪は私のものだ。私はどうせいつか死ぬ。けれど、それまでこの気持ちは私のものだ。誰にも渡したくない。だから私は港へ走る。
灰色の雲に覆われた港には誰もいない。私は吹き荒れる海に向かって呪詛を吐く。お前が憎い、お前を許さない。返事なんか返ってこない。明日はきっと酷い嵐になる。それでも私は走るだろう。港へ向かって。