桃、ダメージ、いくら
昔々あるところに、桃太郎と呼ばれる若者がおりました。
彼が桃から生まれた訳ではありません。自分の右手からいくらでも瑞々しい桃を取り出すことができたのです。それゆえ桃太郎は貧しいながらに飢えることもなく、年老いた両親と共に楽しく暮らしておりました。
そんな折、桃太郎の住む村に狂暴な鬼が現れます。鬼はあたりの村や城を襲い、金品を奪って揚々と去っていきました。嘆く人々の前に立ちあがったのは桃太郎でした。
鬼ヶ島への道すがら、桃太郎は犬、猿、雉の三匹をお供に加えました。自由気ままな野生動物たちを桃で手懐け、いざ不気味な鬼ヶ島へ。
そこでは鬼の一族が宴会をしておりました。女の鬼、男の鬼、子供の鬼までどれも凶悪な顔つきをした鬼どもの目をそむけたくなるような醜悪な宴です。
ここで会ったが百年目、と桃太郎は自分の右手から出した桃を抱えて、鬼らの前に躍り出ました。
「やあやあ我こそは桃の化身たる桃太郎。我が神聖なる桃の力を用いて貴様らを退治せん」
そうして戦が始まりました。
犬はところかまわず鬼に噛みつき、猿は自慢の頭で鬼を罠にかけ、雉は鋭い嘴で鬼の目玉をえぐります。桃太郎はいくらでも湧いてくる桃をちぎっては投げ、ちぎっては投げ。桃を何より恐れる鬼たちは、桃が当たった者からアナフィラキシーショックでばたばたと倒れてゆきました。
戦は三日三晩続き、疲れ果てた桃太郎一行はついに最後の鬼を討ち取ったのでした。意気揚々と奪われた宝を探しますが、どこにも見当たりません。
呆然としたとき、犬が今斃したばかりの鬼のはらわたに噛みついて主人に向かって吠えました。
桃太郎は犬に倣って鬼の腹を捌きました。鼻が曲がりそうな嫌なにおいが充満し、顔をしかめたその時でした。
「こ、これは……!」
なんと鬼は奪った宝を取られまいと、腹の中に飲み込んでいたのでした。金銀財宝、珊瑚や真珠の細工物。それらは鬼の胃液で絡み合いどろどろとした七色の塊となって、さながら親の内蔵を押し退けて殖えるいくらのように、びっしりと胃の中に張り付いていたのです。
「鬼め、なんという執念」
それらはもはや宝とは呼べない代物でした。何故鬼はそこまで宝に執着したのか、聞き出そうにもあたりには物言わぬ屍が倒れ伏すばかり。仕方がないので桃太郎は三匹のお供と共に、桃を食べ食べ家に帰りましたとさ。