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三題噺練習  作者: ものぐさ
3/11

赤、独り言、はじめて

「お土産」


 そういって、出張帰りの母が少女に差し出したのは、一つのりんごだった。


 少女は青りんごというものを初めてみた。青とはいうものの、その色は緑色に近い。どうして青りんごなんていうの、と母に聞いてみると「昔の人はそう呼んだのよ」と返された。全然答えになっていない。不思議だった。


 あんまりおいしそうには見えなかった。りんごというものは赤いものだと思っていたし、少女が見たことがあるのはそういうものばかりだったから。つやつやの、丸いりんご。それだけ見れば普通なのに、色がおかしい。緑なのに青なんて名前がついているし、どうにも気に入らない。


 こいつを赤く変えてやれないのかしら。


 少女はそう思った。


 私ならできる。


 少女はそうも思った。なぜなら彼女は魔女の卵だったから。少女の母は腕の良い魔女だった。自分は魔法を使ったことなんてないけれど、その血を引く自分ならきっとできるに違いないと、少女は訳もなく確信した。


「しかし、どうやって赤に変えればいいのかしら」


 どうせなら母に内緒で色を変えてびっくりさせてやろうと思って、少女は母が目を離したすきを見計らって母の書斎に入った。たくさんの本棚で埋め尽くされて、紙の匂いがむっと詰まった素敵な古い部屋だった。数えきれないくらいの本があるこの部屋なら、きっとりんごの色を変える魔法だってあるはずだ。


 片っ端から本を漁る。難しすぎて読めない本もあったが、気にせずにどんどん探した。少女の「けんきゅう」によれば、色を変えるにはいくつか方法があるらしい。


 ひとつ、表面の組織の形を変える。


 ふたつ、上から色を重ねる。


 みっつ、別の色に見せかける。


 一つ目はよく意味が分からなかったのでやめることにした。二つ目もなんだか気に入らない。せっかく赤くなったと思ったのに、皮を剥いたら元通り、なんて面白くない。それなら残る方法は一つだけ。


「別の色に見せかける……」


 母の言葉を思い出す。


『魔法を使うのに必要なのは、たっぷりの想像力と強い心。難しい呪文も複雑な理論もいらないの。そういうのが好きな人もいるけれど、我が家の魔女が代々得意なのはなんといっても空想の魔法』


 歌うようにそう教えてくれた母。あちこちから引っ張りだこの売れっ子魔女の母。少女はその母の娘だった。


「想像すればいいの、とびっきり赤くて、つやつやで、ぴかぴかで、おいしそうなりんご」


 呟きながら、憎い青りんごをじっと見つめる。お前は赤りんごだと念じながら。


 何も変わらない。


「変わるわ、すぐに変わるから。真っ赤になっちゃうの。恥ずかしがり屋のりんごさん」


 むっつり黙ったままの青りんご。


「大丈夫。私はお母さんの娘なんだから。さあ、変わって!」


 ひときわ大きな声で叫ぶと、少女の手からふわり、ふわりと光が零れた。キラキラと輝く粉を空気に撒いたみたいな光。その光がりんごを包んで、包んで包んで包んで、ついにりんごが見えなくなった。


 これで変わったのかしら。しばらくおずおずと見ていると、ゆっくりと霧が晴れるように、光に包まれたりんごが露わになっていく。霧の向こうに透ける丸いかたち。目が離せない。


「……!」


 少女がぱっと顔を上げた。きれいに晴れた光の霧の向こう側には、真っ赤なりんごが座っていた。


「やったあ!」


 大成功だった。少女は飛び上がってりんごを手に取った。間違いない、真っ赤で丸くて、つやつやのりんご。


「お母さんに見せなくちゃ」


 両手で大事なりんごを捧げ持って、リビングでくつろぐ母のもとへ。書斎を出て、長い螺旋階段を降り、蜘蛛の巣のような廊下をかけて、飛ぶように走る、走る。リビングへ駆け込むと、テレビの前で紅茶を飲んでいた母がのんびりと振り向いた。


「あら、どうしたの。そんなに急いで」


「みて、お母さん」


 少女は自信たっぷりにりんごを差し出した。母は首をかしげて、にっこり微笑んだ。


「おいしそうでしょう、その青りんご」


「え?」


 そう言われて手の中のりんごを見る。さっきは確かに赤かったりんご。


「緑色……」


 少女は泣きたい気持ちになった。


「どうしたの?」


「魔法で赤くしたの、りんご。でも……」


 少女は悲しくなってしょぼくれた。母にうそつきだと思われたかもしれない。本当に赤くなったのに。母は少女の頭をゆっくり撫でて微笑んだ。


「……嘘じゃないの」


「もちろんそんなこと思ってませんとも。あなたは立派にりんごの色を変えたのよね。きっと幻覚魔法を使ったんでしょう」


 母の言うことはよくわからなかった。


「幻覚魔法っていうのはね、本当はそうじゃないものをそう見せかけるための魔法なの。だから魔法が解ければ元に戻ってしまう。こんな風にね」


 母が指を振ると、さっきと同じ光があふれ、青りんごがぱっと赤くなる。それから光がすうっと消えると、一緒にりんごも元に戻った。


「本当だ……!」


 俄かに笑顔になった少女を見て、母もにこりと優しい顔をした。


「あなたはもう立派な魔女ね。初めての魔法を使いこなした、私の自慢の小さな魔女」


 嬉しくて顔がにやけてしまう。ぴょんぴょんと飛び跳ねていると、母が紅茶を置いて立ち上がった。


「さあ、お祝いをしましょう。あなたがはじめて魔法を使ったお祝い。真っ赤なりんごのアップルパイを作りましょう」


 さあ手伝って、と歌うような声に誘われて、ぱっと赤く染まるりんご。今度は幻覚なんかじゃない。


 少女はにっこりして、赤いりんごと一緒に母に着いていった。

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