首筋、ピアス穴、ペダンチック
百合
「あんたピアスなんて開けてたの」
ミアラはカナの背後でそう言った。お互いに裸で疲れ切って、何か話をしていたはずだったのに、その一言で忘れてしまった。
「そうだよ。変かな」
「別にぃ」
そういう割に、ミアラは随分と不満げだった。弄ぶように穴の開いたカナの耳を弄りまわし、ヴァンパイアピアスが刺さった首筋を舐る。うなじの上の、髪に隠れて見えなくなるところ。こんな風に抱き合ってでもいなければ見つけられないような小さなピアス。
「あんたこれ、ちゃんとやったわけ」
「ちゃんとって?」
「病院行ったのかってこと」
「行ったよ」
苦笑交じりに言うと、ミアラは強めに首筋を噛んだ。嘘、と耳元で囁かれるとぞわりと背筋が粟立った。けれど決して嫌ではない、慣れ親しんだ怖気。
「あんたねえ、すぐそうやって自分のこと雑に扱うけど、やめなさいよ。ピアスで起こる病気って結構怖いんだからね。金属アレルギーとか、ケロイドになったりとか、消毒してなくて膿んだりとか」
ああ面倒くさいな、とカナは思った。ミアラのこういうところは本当に面倒くさい。どうせ昔の話なのだし、特に困ってもいないのに、ペダンチックなひけらかしじゃないかと意地悪く考えて、自分で自分が嫌になった。
彼女はただ面倒見がいいだけだ。いつもそうだった。脛に傷があるのはカナの方だ。それを悟られないように、なんでもないことのように笑った。
「知らなかった。運が良かったね、私」
「はあ!?何言ってんのあんた。ほんっと怖いんだけど。まさか他人とピアスの貸し借りとかしてないでしょうね」
その言葉に、カナはぎくりと身体を強張らせた。
ミアラにはついぞ言ったことはないが、隠すようにうなじに着けたピアスはもともとは兄のものだった。丸くて銀色の、小さなピアス。それは兄のパートナーとおそろいだった。いつだったかこっそり片方だけ拝借して、勝手につけたのだ。もちろん消毒なんてろくにしていないし、悪くならなかったのは完全に運だ。兄は大事なおそろいを失くしてしまったと、困ったように笑った。その困り顔に仄暗い愉悦を覚え、欲情したのはミアラには絶対に秘密だった。
黙り込んだカナに、ミアラはそれ見たことかとばかりに鼻を鳴らした。
「やめなさいよ、そういうの」
「ごめんって」
「ほんとにわかってんの?」
「わかってるよ」
ミアラは信用ならないという風に唸って、またカナの首筋をべろりと舐めた。ピアスの周りをなぞるように舌でなぞり、ぐりぐりと押し付ける。その度にぞわりぞわりと波が大きくなる。もう一回戦する気だろうか。キスをねだろうと身体を捻ったとき、ミアラが急に言った。
「……おそろいがいいなら、あたしとしようよ」
カナは今度こそ動けなくなって、中途半端な格好のまま絶句した。背後のミアラを振り返ることもできなかった。口の中がカラカラに乾いていた。
「……み」
「おやすみー。あたし疲れたからもう寝るね。また明日」
ミアラは荒っぽくカナにキスをすると、布団をかぶって背中を向けてしまった。こうなってしまっては絶対に話など聞いてくれない。何故気付かれたのだろう。彼女の妙に勘がいいところ、それなのに決定的なことはいつも保留にするところ。カナはそれに救われ、また呪われている。
本当に面倒くさい。人間なんかと関わるのは、心底面倒くさい。
けれど、とせめてその身体を背後から抱きしめて、首筋を吸う。髪に隠れて見えないうなじに、おそろいのピアス穴が咲いた。
登場人物は執筆中の長編のキャラクターです。