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ライル、雲のむこうに  作者: 伊藤 慎一郎
4/9

4 海軍の訓練場

 ライルの家。



 ライルが父親の帰りを待っていた。訓練場へ入る事を改めて父親に伝えねばならなかった。


 玄関の開く音がする。



「帰ってきた」


 丁度夕食の時間だがその前に話をしなければならない。


「おやじ、ちょっと話があるんだけど」


「急になんだ、珍しいな」


 二人は居間にい座った。


そこにはライルと父親、3人だ。




「で、どうした」


「おれ、訓練場へ入ろうと思う」


 母親の顔が一気に不安な表情に変わる。


「冗談だよなライル」


「冗談ではないよ、俺も一度はきちんとした道を決めなければならないと思った」


「なに? いつもあれほど言っていたのに、それに他にもいろんな道があるだろ、なぜだ」


「もちろんあそこは海軍指定の訓練場であって、巡視艇や護衛鑑の乗組員になるとは限らないよ」


「だが、訓練場に行くからには船乗りを目差すことだろうが」


「そうなんだけど」


「いくらお前がきちんとした道を選んだとしても船乗りは反対だ」


 母親も力強く言う。


「ライル、私も反対です」


「まさかおまえが船乗りを目指すとはなあ。呆れはてるよ、俺の父の話をまたさせるのか?」


 父親はもう呆れてライルの顔を見ないで話しをしている。ライルも父親の顔を一切みない。


「ここまで言っているのにな。ライル、おまえが一体なにを考えているのかさっぱり分からないよ」


「だからさっきから言っているように訓練場に入ってその道を進むって言うことだよ」


「それは分かっている」


「おやじがそこまで言うならやめるよ」


「そこが分からないんだよ、父親の言う事押し切ってまですると言ってみたり辞めるといってみたり、おまえのはっきりしない気持ちがイライラさせるんだよ」


「もういいのじゃない? 私は諦めましたわ」


 母親の割り切った声が響いた。


 ライルはその声を聞いて、自分の意見が通ったのか、それとも見捨てられたのか分からなかった、ライルは少し寂しい気持ちになった。


「……おかあさんありがとう」


 ライルが沈んだ声で答えた。






 ライルは夕飯もとらずに部屋に入った。


「なあ、かあさん。ライルは何故いきなり船乗りになろうと思ったのだろうね、あれだけ俺が反対しているのに」


「わたしも反対です。しかしもう、いくら言っても駄目でしょうね」


「海賊にでもなるのか!」


「訓練場へ行くのは友達と決めたらしいのよ」


「誘われるとやっぱりそうなるか。友達が大事ということか?」


「訓練場に行くとまたライルも精神的に鍛えられるかもしれませんよ」


 部屋に戻ったライルはおじいさんに貰った六分儀を眺めていた。


「これでいいのだろうか」


 ライルの中で葛藤が治まらない。


 自分は間違っていないだろうか、本当の気持ちは一体どこへ行ってしまったのか、ライルの心の中には不安と恐怖が広がっていった。


 今日の星空も綺麗に見え、いつにも増して星が鮮明に見える。星だけではない、外の草や木がいつもと違うように見え、また風も違うように感じられた。


 その夜ライルはなかなか寝付けず、まだ六分儀をみている、この疲労した鉄の腐食具合をみていると、昔の時代が想像出きる。


「しかし、なんで針の数値が狂っているんだろうか」



 ライルが刻まれている読めない文字をずっと見ていると

前にも何処かで見た気もした。

 ライルはやっぱりいろんな事をおじいさんに聞くべきだったと思った。ライルはそのまま眠った。

 その夜ライルは変な夢をみた。



 周りは草原、暗くて遠くの風景は見えない。突然ライルの前にタナーが現れる。


「ライル、ありがとう、もう国に帰る時が来たわ、さようなら」


「国って、何処へ? なぜ帰らなければいけないんだ」


 ライルはタナーに必死に訪ねるが、タナーは答えない。


 風が強く吹いているが丘の上ではない。周りは薄暗いが昼か夜か分からない。辺りより先は暗くなっていて何も見えない。


 ライルの体は硬直したように動けないままタナーは暗い方へ去って行った。


 すると急にライルの体は解かれたように動けた。ライルは急いでタナーを追うが暗闇の中に行ってしまって見つける事ができなかった。





 ライルの夢はここで覚めた、ライルの目が勢いよく開き、体の筋肉は固まっていた。


 朝になっていて外は明るく太陽も昇っていた。外には鳥の鳴き声が微かにしてくる。


「なんだったんだろう」


 ライルは突然疑問が湧いた。


「あのおじいさんが言っていた飛行機のある国とタナーの国の飛行機、関係があるのだろうか?」


「それとも、コンプリトル以外の世界の国は皆、飛行機を作る技術を持っていて、この島だけ文明が遅れているのだろうか?」


 またライルは、自分の居場所の小ささを感じた。


 ライルは思い出したように起きあがり、家を出た。


「まだいるかな」


 その六文儀を持って港の方へかけた。


 ライルはマークとパーカーにも言いたいことがあったが、一番にタナーの場所に向かった。


 沢山聞きたいことがあったのだ。





「いない!」


 ライルが港に着いたが、いつもの岸壁にはタナーの姿がない。ライルは辺りも探し続けた。


「何処に行ったんだ?」


「また、彼女探しかい?」


「あっ、ポブじいさん、いつもの女の子見てない?」


「ああ、今日はみていないな」


「そういえばポブじいさん、この六分儀に刻印してある名前なんだけど、ポブじいさんが言っていた国の名前と何か関係があるんじゃないかって」


「前に話した国ってどの国なんじゃよ」


「あの時に上空を鳥のように飛ばしていた文明の発達している国の事ですよ」





「……そうじゃ」


「やっぱりそうなんだ、この六文儀も古い物だけど画期的な道具のような気がしてならない」


「よくわかったな。それにはゴークと書かれていて、そこの組織の名前であるし、そこ自体がゴークという国でもあるのじゃ」


「それはどういう組織なの? 彼女もおじいさんと同じような事を話すんだ」


「知らない方がいいこともあるんだけどな。ライル、話を聞く覚悟は出来ているか?」


 ライルは緊張したまま言った。


「うん、教えて下さい」




「そうだな、まあ、俺が興味を持たせてしまったのが悪かったのかもしれないな」


「最近になって分からないことが沢山出てきたんだよ、興味があるんだ。大丈夫だよ教えてくれポブじいさん」


「始めライルを見た時に態度には表さなかったがとても好奇心的なやつだと思った。それからわしは本心からライルにいろんな事を知ってもらいたいと思ったよ。ゴークの国は古い考えを持っている国、そして恐ろしいやつらだ。先進的な機械文明を誇っているが人間として間違った考えを持っている、その考えは変わらなくてはいけないし、変えて行かなくてはならないんじゃ。これからの時代は君らのような若い者が戦陣を切って行かなくてはならないのさ」



「僕らがですか? 僕達は何も出来ませんよ。それに僕たちは子供です」


「勿論わしらにしか出来ない事があるが若い君達にしか出来ない事もあるのじゃよ、それも可能性を秘めた未知数なものだ。君らにはまだ分からないだろうがな」


「未来を創って行くと言うことですか?」


「そうだ、君達には君らの新しい時代が必要なんじゃ」


 ライルはポブじいさんの顔を見たあと遠く水平線に目を向けた。





 そこにマークとパーカーがやってきた。


「おーいライル、探したぞ、なんだか常に探しているきがするな、ライルがいつもどこかにいるからな」

 すると何気なくパーカーが喋る。


「こんな時に何かの通信手段があれば良いのにね」


 その言葉に老人が反応して笑う。


「この間の漁船のおじさんだ」


「その調子じゃ。ライル、さっきの話は老人の戯言だと思っていてくれ」


 それを言うポブじいさんは行ってしまった。


「ライル、何か話したのかい?」


「うん、未来の事をね」


「未来の事を?」


 パーカーは意味が分からなかった。


「そういえばライル、聞いたよ。ライルが言ってくれたんだって?」


「何の話だ? 俺何か言ったかパーカー」


「ライルが入隊するなら僕も一緒でなければ入隊しないと言ってくれたんでしょ?」


 そうだった、自分が入隊するのに迷いがあって決断するためにパーカーの入隊許可が出たら自分も入隊すると言う単純な考えで言った事を忘れていた。


「そうだ、そうなんだよ。みんな一緒が良いしね、でも俺も、本当は何もないパーカーを訓練場が受け入れて貰えるとは思っていなかったんだ」


「ひどいなあ、しかし本当はそうだよね」


「でもなパーカーの往生際が悪くて、そんな入隊の仕方はイヤだとずっと言っていたんだ、しかし説明をしてやっとパーカーは話を聞き入れたんだ」


「マークにだいぶ説得されたんだよ。マークにとっては僕の入隊も大事だがライルが本当に入隊して欲しいと思っているんだよ、ライル、僕を訓練場へと言ってくれてありがとう」


「よかったよなパーカー、だからおれも入隊する事になったわけで、お陰で父親と喧嘩したままだよ」


 マークが心配そうに話す。


「そうなのか? 両親に許可もらったんだな」


「もらった訳ではないんだよ、押し切ったかたちだよ」


「よかった、よかった」


「でも俺は二人のように、船乗りに憧れてはいないんだけどなあ」


マークが笑いながら言った。


「入隊を求められて船乗りを目指してないライルと、入隊をお願いしたい船乗りに憧れているパーカー。なんだか矛盾しているなあ」


「俺も最近思ったよ。人生そういうものだと」


 パーカーが知ったように言った。


「よしライル、パーカー、早速だけど訓練場に挨拶にいくぞ」






ライルの家では両親が話をしていた。


「かあさん、ライルはもう出かけたのか?」


「朝早く出て行ったみたいだわよ」


「また友達の所か?」


「あかりませんわよ」


 父親が工場の仕事に行く前の早い時間だった。


「なあ、ライルの事なんだけど、俺は間違っていると思うか?」


「なんの事ですか?」


「俺はライルの生まれた時から船乗りだけにはさせたくないと思っていたし、本人にもそう言って聞かせてきたつもりだ。しかしその反動で船に乗りたいと思ったりしているんじゃないのかなあ」


「それは関係ないと思いますよ、単に反抗しているだけのようには見えないし」


「しかしだ、今までライルも船には興味ないと言っていただろう? それがなぜ船乗りになるような事を言い出したのか、それが不思議なんだ」


「そうね、ライルの中で何か見つけたのかも知れないわね、ライルもいつまでも子供ではないですし私たちが子離れしないといけないのかもしれませんね」


「そうかー、そういえばライルが生まれたときは嬉しかったな。そしてライルは物心ついた時にはもう機械を分解していたな、あの時は家にある道具や機械を沢山分解しては壊していたよな。思えばあの頃が懐かしく思うよ」


 ライルの父親は居間の脇に置かれてある小さな機関車を見ていた。それはライルが小さい時に買ってもらった玩具でその機関車もまたライルの手によって壊されていて動かない。


「やがて大きくなってうちの工場でいろんな工具を使ってはエンジンをバラしては組み立てたよな。それで壊れたエンジンが動き出した時にはライルと飛び上がって喜んだものだ」


「ライルはあなたに似て昔から器用だったものね、そう考えると船乗りになろうとする思いはおじいさんの世代から受け継いでいるのかもしれないわね」


「血はあらそえないか」


 ライルの父親は窓の外に朝日が出てくるのを見ながら思いにふけっていた。


「あっ、もう工場に行かなくてはな、それでは行ってくる」


「行ってらっしゃい」


 父親はいつもと同じように仕事場に向かった。






 ライル達三人は訓練場へ向かった。



 訓練場は海とは場所が全く違う山手の方にあって、海軍とは無関係のような施設みたいだった。


「ここが訓練場だよ、広いだろう」


「船乗りはみんなこの訓練場を卒業しているのだろうか?」


 ライルは敷地全体を見回していた。




 今日は訓練場の門は閉まっていて、三人は横の小さな扉を開けて入った。中は植木が綺麗に剪定してあり、芝生の敷かれてある広い空間の中心に石が敷き詰められていて、一つ通路が走っている。奥には誰だかわからない銅像があり、子供の像で首にまかれてあるスカーフは破れているようになっている。手には双眼鏡。腰には銃がある。


「なんだろう、この像は意味が分からない」


 ライルは不思議に思う。


「この人は大昔の偉い人とか言っていた。ここの創設者か、昔に戦陣を切って戦いに挑んできた当時の若者かもしれないな」


 うる覚えのマークだ。


「なんだか緊張してきた」


 パーカーも黙っていない。


 建物は、何の変哲もない倉庫のような簡易的な箱型の白い建物が、いくつも建てられている。周りに人影はない。


「どこだったかなあ」


「すごく遠いな」


 整えられた通路を歩いて行くと、先には他の建物と一際違う所があった。それは高級そうな煉瓦で曲線にかたどった外壁、それに、石を薄く削ったようなエメラルド色の屋根材で施されていた。窓はカラフルな色の付いた窓だ。


「ここだよ、ここに入るぞ」


「えっ、ここなのか? ここだけ変な建物だな」


 この施設を建設した時代は訓練を外でやっていて他の周りの建物は後から出来たもの。当時の建物と言えばここのカラフルな建物だけで後は倉庫のみだった。その時代はこのような作りが主流で高級感を表す建物は皆このようなスタイルになってしまうのだった。





 マークがその建物に着いた大きな重い木の扉を開ける。


「……こんにちは」


 三人はゆっくり入る。


「よくきたね、私はここの施設の管理人です」


 そこの管理人は待っていたかのように現れた。


「さあ、中へどうぞ。理事を呼んで来るからしばらく」


 三人は中へ案内され、高価そうなソファーに腰掛ける。そのソファーに沈み込んで逆に落ち着かない。

「君たちか、客船に進入したのは。噂は聞いていたよ」


 ピシッとアイロンがかかった服装の理事長が部屋に入ってきた。


「いや、はいそうです。恥ずかしい」


「本当恥じるべきだ、しかし思っていたよりも、もっと大人っぽいと想像していたよ、意外だった」


「はい僕らはまだ16才ですから」


 マークが押し出すように話す


「僕は15才だけど」


 パーカーが修正するように言う。


「ははっ、まあ今日はテストではない、緊張しないでくれ」


 パーカーは既に固まっている。


「では質問する。君たちは船が好きなのかい? それとも海が好きか?」


 唐突にする理事長の質問にマークがしっかりした言葉を返した。


「僕たちは船も海も好きです。是非とも巡視艇の乗組員になりたくて、お願いしました。」


「そうか? そうは見えないんだけど」


 意外に厳しい言葉で返す理事長。


「勿論ですよ、いつも船乗りになることを夢見てきました」


「ぼくも船乗りを目指します!」


 パーカーが初めて口を開いた。


「そこは? そこの君はどうなのかね?」


「ぼ、ぼくも同じです」


 ライルが口を開いた。


 すると理事長の目の色が変わりライルを見つめた。


「そうか、君がライル君か? 変わっているなあ」


「なにがでしょう?」


「君は船乗りにはなろうと思ってないんだろ?」


「そうですねー」


「そうですじゃないだろ!」


 慌ててマークがライルをフォローする。


「いや、ライルは緊張しているだけです」


「いいんだよ、それで。正直でよろしい」


「僕は優柔不断な性格です、このような中途半端状態で入隊するのは他の訓練生に対して申し訳なく思っています。しかし訓練生として入隊を希望した以上最後までがんばります」


「聞く話によると君は機械に強いらしいではないか、それに私は君が興味深いよ」


「なんだかライルはいいよな」


 パーカーが恨めしそうに言った。



「ライル君の場合はこちらから入隊をお願いしたので君達三人は特例で行うようにしたかったのだが、うちの教官達が平等にしたいということなので、訓練は他の皆と一緒だ」


「はい、わかりました」


「私が見るところによると君達三人は他と者と違うみたいだ。今までの入隊して来る者は皆、これまで得てきた知識、船、海、巡視艇の詳しい装備など、自慢げに説明したり。将来の自分の成長と計画を私に投げかけてくる。最後には訓練場の魅力を並べたりするのが普通だ、君らはあまりにも知らな過ぎる」


「すいません」


「むしろおもしろい、君たちは人に対して自分を創るというここの決まった常識みたいなのが無いな。ここに染まらないならいいのだが」


「ありがとうございます」


「えっ?」


「どういうことなの?」


 三人はとりあえず入隊書の記入をした。






 本日ついにライル達の入隊の日がやって来た。


 ライルは父親の意見に反して自分の意志を押し通したままだ。


「いよいよだな入隊式、まちにまった日だな」


 マークは本当にこの時を待っていた。


「楽しみだね、厳しいかな」


 パーカーも不安ではあるが楽しみにしている。


「俺はあんまり乗る気ではないが」


 ライルは入隊を結局自分で決めたが前向きではなかった。


 三人は決められた制服でカッターシャツの襟をピシット立てたまま訓練場へ続く緩やかな坂を汗にじませながら上って行った。


 施設の中へ入ると中央の白く大きな箱型の建物の中に集められ、僕たちと同じく入隊をする者がその場に同じ制服で集まっていた。

 皆自分達の年齢に近い年頃の人たちがいて、その人達とライル達は建物の中へ入った。ここに着くまでしゃべりながら歩いてきたが、皆静かに入隊式を待っているのでその雰囲気が伝わり三人も急に話をするのを止めた。


 式場は自分達と他に同じく入隊する者、また施設の来賓の人が横に座っていて、前の方では男の人がステージの後ろにある旗章のズレを直したりチェックをしているみたいで、今から始まる入隊式の緊張感が増してきた。


 制帽をかぶった背が高い男の人が横から出てきた。スーツを着た姿は足も長くスラットしてカッコ良かった。


「皆さん、本当に集まってくれてありがとう、只今からみんなの入隊式を始める前に注意点が二・三個ある、私はこれから入隊する皆の教官を担当する、二年間だがしっかり面倒を見るから覚悟しておけ」


 皆は担当になった教官の顔を真剣に見ていた。


「先ず、校長の話がある、私語は慎むこと。そして入隊証書を代表が受け取ると、皆はもうここの訓練員になるから本校の決まりに基づいて行動しなければならない、また訓練場の先輩は諸君らの見本となる存在だ。常に尊敬の眼差しを持ち、歯向かってはならない、ここの訓練は厳しい。故に優秀な隊員になるための試練と思い、挫けてはならない」


 マーク達が少しざわつく。


「分かっていたが、既に厳しい雰囲気だな」


「怖い」


 パーカーはじっとしていた。


「なんだか軍隊みたいだな」


 ライルがマークに言った。


「軍隊なんだよ」


 そうするうちに開始の時間になり、司会を進行する職員のもと入隊式の挨拶から式は始まった。


「これより入隊式を始めます。一同起立!」


 今日入隊する者がその号令に急かされるように一斉に立ち上がる。その中には号令に合わせて声を発する者もいてバラバラだ。ライル達も合わせて入隊する者は全員で20名だった。


 校長が紹介されるのと同時にステージ横の扉から出てきた。


「ようこそおいで下さった。我らの訓練場へ。君たちは今から私と同じ屋根の下で訓練を受ける事になるが君たちの未来はここではなく、ここから旅立つ準備を行うだけだ」


 ライル達三人意外は校長の話を微動だにせず聞いている。皆真剣な顔で真っ直ぐな目をして前をみていた。


「皆さんはライバルとなったり、助け合ったりし、20人が一丸となって一人も欠けることなく卒業して下さい」


 校長の長い長い話が終わった。






 それから式は進み、20人は既に一体になった気分だった。


「次に訓練場の先生達からの挨拶」


 その後は訓練場関係者紹介、施設の歴史説明、卒業した巡視艇現役の乗組員の活躍、最後に訓歌を歌った。


「なんだか変な歌だな」


 ライルは歌いたくない。


「そうかな、カッコいいじゃん」


「うん、いいと思う」


 マークとパーカーは納得のいく歌だった。


 20人が皆初めて聞く歌なので、口を音に合わせて歌った。


 入隊式が無事終わると訓練員は廊下に出てこれから訓練する時や寝泊まりする部屋の班分けされたボードを急いで見て自分達の名前を確認した。


「あっ俺は一人違う班だ! 寂しー」


 マークだけ違う班になり分かれてしまった。


「僕はライルと一緒の班だ、良かった」


「よかったなパーカー、俺もよかったと思ったよ」


 班は20人を4班5人ずつに分けて記載してある。寝泊まり部屋もこの班で入ることになる。


 皆自分の必要最小限だけ持ってきた荷物を部屋に置きに行った。


「この部屋狭いな、部屋はベッドでスペースを取っていていっぱいだ」


「なんかすごい部屋だなライル、それに臭い」


 この寝るだけの部屋は二段ベッドで敷き詰められていて窓は一つ、男の汗の臭いしかしなく低い天井には洗濯物を干すのだろうか、ヒモが幾つか引っ張ってある。入り口には下駄箱の他に小さな本棚があるが本は一冊もない。


 部屋の中を見ている時に同じ班のメンバーが話しかけて来た。


「やあ、俺はピート。よろしくな! なまえは?」


 ピートは背が低いが痩せてはいなく素朴な顔をしていた。


「ああ、俺はライル、こっちは気が小さいパーカーだ、よろしく」


「気が小さいはよけいだよ!」


「ははっ、」


 ピートが陽気に笑う。



「そしてそこのベッドのシーツをなおしているのがヒートで、俺の弟だ」


 弟と言っているが双子のようにうり二つだ。


「良かったな兄弟そろって同じ班だなんて」


「うん、本当にそうだよ、ライルは何処から来たんだ?」


「港の近くにある丘の方だよ、パーカーも同じく港の近くだ」


「そうなのか、ここから近くていいな、俺はこの島の裏手にあたるマナ村から来たんだ」


「マナ村、聞いたことある村だ」


「そういえばこの班のもう一人何処にいるんだろう、まだ挨拶していなかった」


 パーカーが珍しく勇気を出して部屋の隅の方にいた班の一人に声をかける。


「やあ、僕はパーカー。君は名前はなんて言うの?」


「あ、俺か。名前はジェスだ」


 小柄で痩せているジェスは言葉数が少なかった。


「ああ、ジェスって言うんだいい名前だね、君も船が好きで入ったの?」


「当たり前だろ! それよりもう集合時間だ」


 ライルはジェスを遠くから見ていた。






 一方マークの班はここも5人のグループ、マーク以外4人は顔見知り同士でそのうちの一人がマークに話しかけてきた。


「おまえがマークか、この班で俺達をよろしくと言いたい所だが訓練は仲良くしては修行にならない。俺達とおまえはライバル同士の関係にあるしここを卒業できても巡視艇に乗れるのは限られた者だけだ」


 傲慢な態度にマークが返す。


「いきなり強気の挨拶だな、こういうやつもいると思っていたが同じ班の中にいるとは思ってもいなかったぜ」


「はっはっは、まあそういうことなんで別の班にいるおまえの友達にも言っとけよ」


「初対面からいやなやつだな、まあこっち側としても気合いが入るぜ」


 マークはこの四人を以前に港で見かけた事があった、その時も周りの人からあまりいい評判をきかない連中だった。


 ライル、パーカー、そしてマークらは時間通りに訓練施設の中の机上棟に訓練員全員そろっていた。


 壇上では教官の挨拶が始まる。


「諸君これから2年間の合宿生活でいろんな事を学んでいく、それは学力は勿論おまえ等の体を造って体力を上げたり、精神的に強く磨きあげていかなくてはならない。そして一番大切なのが人間同士のチームワークとして良いことも悪いことも学んでいかなければならない。」


 マークは教官の言っているチームワークとマークの班にいる奴と比べ実際とは矛盾していると思った。






 早速授業は始まったが始めのうち訓練員らは午前中机の上でノートをとっていく作業をしただけだった。


 マークの机から遠くに離れているライル達の顔を伺うと、退屈そうにしていて相変わらずライル船に興味がないのが分かる。


 そしてあっと言う間に昼食の時間が来た。


「物書きもきついなあ」


 パーカーがなれない作業で疲れていた。


「パーカー達は本も読まないし、文字も書かないからなあ、まあでも結構退屈だったな」


 この施設の中では食事時間もキチンと決まってあり自分達で食べる物は自分達で用意して決まった食事を受け取り片づけも自分達で行う。


「おい、おまえら、食事の前に食堂のおばちゃんに挨拶するぞ、みんな並ぶんだ」


 訓練員達は厨房の方を向いて一列に並び挨拶を言った。


「今日から二年間お世話になります、よろしくお願いします」


「はい、よろしくね」


 挨拶してくれたのは厨房にいる感じの良さそうな食堂のおばちゃん達だった。

 皆はすぐに食器を取りにいって一人ずつ並び器に食事をついでお湯をもらいお茶を注ぎそれを並べた。だがテーブルに皆が揃う頃はかなり時間がたってしまっている。

 皆がそろって一緒に挨拶しないと食事が出来ない決まりなので大変だ。

 食事時間の残りが休憩時間と考えると食事中は話も出来ないくらいに急いで詰め込まなければならなかった。


 また食べ終わった人がいても遅い人を待たないと皆テーブルを離れられない決まりでそれぞれが一番遅い者にならないようにあわてている。


「それでは、ごちそうさまでした」


 班の長が挨拶をし、皆それに合わせる。


「ごちそうさまでした」







 残りの自由時間を作るため食事を早く終わらせたつもりだが全く時間の余地が無くすぐに訓練開始の時間が来た。


「それでは午後の授業を開始する」


 教官は訓練員がバタバタと机に座っているのをよそに容赦なく授業を始める。


厳しいと評判を聞いていたが教官もまた自分達と同じ時間に午前の授業を終わっているのに、早々と食事も済ませて既に教室に入っていた。


「おまえ達は昼飯を食って眠くなっているだろうから、ここで午前中の受けた授業の中身をテストする」


「えーっ!」


 皆とパーカーも同じ気持ちだった。


 すぐにテストが始まり、訓練員は静かに答えをうめていた。


 回答をスラスラ書ける者、ペンを口にくわえ全く進まない者、それぞれだった。パーカーも文字を読むのが遅くなかなか進まない、ライルはと言うと午前中の授業で習ったのでなく、以前から得て知っている内容もあって、これらの問題は簡単だった。


 マークは必死に答えを考えている。その横で同じ班の4人は簡単に回答を進めていて正解しているであろう答えをわざとマークの方へ見せた。


「どうゆうつもりだ、こいつらは」


 マークの班はこのような訓練生活が毎日続くようになった。


 何日か経った夜、寝泊部屋の消灯時間がとっくに過ぎているのにライルにこれからの訓練を不安に思っていたパーカーが話をしている。


「ライル、僕も訓練続けていけそうだよ」


「そうだな、初めの幾日かはめげていたけどな」


「そういえばマークの方が最近元気ないみたいだけど」


「そういえばそうだな」


 同じ部屋のピートが二人の会話に入ってきた。


「それなんだけど、マークの同じ部屋の4人組がさあ、とてもやっかいな連中なんだ」


「同じ班の4人組? それってどういう奴なんだ?」


「やつらは、親族に上流階級の乗員がいて、この間入港した大型客船の乗員がいたり俺たちが目指している巡視艇の上の階級に護衛鑑という船があるんだけどそこに所属している乗員もいて、やつらもプライドが高いんだ」


「今まで気づかなかった、それは凄いやつがはいってきたな、僕たちは相手に出来るような奴ではないよな」


「やつら自身もまたエリートなんだ、それで周りにいやがらせをしたりする」


「そうなのか? そしたら明日マークに詳しく聞いてみるよ」


「それがいいよ、おやすみ」


「おやすみ」






 翌朝、授業中にライルはマークの顔色を伺う。今までは違う班とあまり会話する時間が無く、マークとも話す機会がめっきり減っていた。


 時間は昼休み。食事が終わって時間があまり無かったがライル達はマークに話す。


「なあマーク、聞いたぞ!」


「ライルとはなんだか久しぶりに話をするなあ、ライル達だけでなく人と話すのも久しぶりに思える」


「えーっそうなの?」


 パーカーがびっくりする。


「随分ひどい状態だな」


 ライルが改めて事の重大さに気づく。


「聞いたのか、俺の班の連中の事」


「ああ、エリートらしいだな」


「それだけならいいんだけど、俺たちの事を見下したかのように接してくるんだ、かなりバカにしている」


「マークはいじめられているのか?」


「そうかもしれないけど俺はもう慣れたよ、それよりライルの事も初めから知っていて俺たちを不正で入隊したと思っている」


「そんなー、理事長の同意で入ったのに」


「奴らはそれが気にくわないんだ、だが今は耐えるしかないな」


 午後の訓練の予鈴がなった。


「さっ、始まるぞ。ライル、パーカー、お互いにがんばるぞ」


 ライルとパーカーは、マークの気持を考えると心が沈んだまま午後の訓練を受けた。

 日中の時間は長くなり気温も上がってきて毎日が汗だくの訓練になった。また外からは蝉の鳴き声。





 ある日ライルと訓練員は比較的大きな教室へ集められていた。


今はここの訓練場を卒業して現在、職について働いている実際の乗組員の話を聞く時間だった。

 教官はその卒業生を持ち上げるような口調で言う。


「今日は皆が目指している船乗りとする巡視艇など乗組員として訓練場を卒業した先輩達が皆に話をしにきてくださっている、みんな良く話を聞け」


 続々と先輩達が入ってきた、全員で7人だ。


 その中の一人が前へ出て話を始めた。


「皆さんこんにちは、皆さんは今ここで一生懸命に訓練に励んでいるところだろうか、それとももう既に弱音を吐いている人もいるかも知れないだろうか、私達は幾年か前にここの訓練場で学んで苦労し今に至っている」


 ライルらは久しぶりに現実的な話を聞いているので気持ちも顔も前向きだ。この7人は巡視艇の乗組員をはじめ観光船や湾内船、また陸の上の管理棟の職員などだった。

 やっぱりここの訓練場は巡視艇の乗員になるためだけではなく船の仕事に携わる全般の訓練場のようだ。


 先輩達7人の卒業生の話は長く続いていくのだが、その巡視艇の乗員であろう一人はマークの班の奴らと知り合いみたいだった。


「今、皆さんは訓練中と言う事で苦労したり悩んだりする事もあったり船乗りになる実感がまだ無かったりと思いますが、先の未来は必ずそこにある事を忘れずに頑張って下さい」


 訓練員達はすばらしい話を聞き終わると教室に戻った。ライル達はとてもいい話を聞いたと思ったが講義が終わり自分達の教室へ戻る時廊下で卒業生の一人に呼び止められ、ライルとマークを掴んで言った。


「おまえら覚悟しとけよ、聞くところによると船をなめているようだな、かなりバカにしてるぜ」


 その人は巡視艇の乗員と言ってた一人だった、いきなりの行動にライルたちは固まったままだった。近くではマークの班の奴らが笑っていた。


次回 2020年8月14日 18時 投稿予定

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