ある夫婦
キーンコーンカーンコーン
タイムカードの時計は、17時丁度を指している。
そのタイムカードの前で、ヘルメットを被ってライディングウェアを着込み、同僚のカードを両手に持ち待ち構える。
この会社の社員のタイムカードは、毎日17時1分に退勤の時間が刻まれている。
以前は17時丁度に刻まれていたのだが、
「チャイムが鳴るまでが就業時間だ!5時丁度にカードが押されているのはおかしい!!」
との社長の声に、17時1分にカードが押される次第となった。勿論、片付けや着替えの為16時45分には作業を終えているし、16時55分には全員扉の前に並んでいる。
カチッ
分針が進むと同時に素早く左手のカードを差し込み、スタンプされ戻って来ると左手で回収しつつ右手のカードを滑り込ませる。
11枚のカードを次々と差し込むこの男、久下敦志40歳。
17歳でこの会社に入社し、現在に至る。
30代半ばで鬱病を発症し、精神病院への入退院を繰り返していたが、今では寛解して元気に職場に復帰していた。
「お疲れ様でぃ〜す!!」
僅か30秒で全員のカードを押し終わると、足早に駐輪場へと向かい、愛車に跨る。
アラフォーでありながら、2ストレプリカで通勤している、ちょっと変わった男だ。
「ただいま〜!!」17時30分、自宅に到着。
車だと最低でも45分はかかるはずだが、いったいどれだけ飛ばしているのか…。
「今日も疲れたわ!」と、ライディングウェアを脱ぎ散らかしながらぼやく。
「またそんな所に置いてる!!ちゃんとハンガーにかけなよ!」
いつもこれだ。明日また着て行くのだから、玄関脇に置いてた方が都合が良いのだと力説するが、彼女には伝わらないようだ。
「コーヒーいれるから、片付けて早く着替えてね!」
彼女の名は友実。敦志より3つ年上の姉さん女房だ。
自称ニートで毎日家に居るが、彼女もまた精神病であり、病気療養中だ。
敦志と友実は、とある精神病院で知り合った。
2人は意気投合し、お互いがお互いの病状を理解したうえで結婚し、一年が経っていた。
「友ちゃん、今日はどうだった?」いつものように敦志は聞くが、どうも今日は調子が良くないようだ。
「なんだか、お腹がちょっと痛いみたい…」そう言いながら、コーヒーを持ってくる。
下腹付近に違和感があるらしいが、虫垂炎では無さそうだ。食当たりかもしれないし、少し様子を見ようと言い、2人はゴロゴロダラダラと過ごした………。