ファストフィリアでの最初の夜
「ん?」
地下室から出て、廊下にあがってきた桜木校長は以外な人物を見かけた。
「サクラギ様、皆さん、お疲れ様です」
「マリアム大司祭、ご自分で待っていたのかい?それに、」
「皆様、お疲れ様です。改めまして、ヴァージニア教国の騎士、アレクシス・ショーンと申します。以後、見知りおきを。皆様の話はマリアム様からお聞きしておりました。」
マリアム大司祭と召喚士サモンの孫娘、アレクシス。どう考えても部屋に案内するために待機させる人物ではなかった。桜木校長は少し戸惑っていた。
「なぜお二人がここに?」
「驚かせてしまってすみません。アレクシスがどうしても皆さんにお伝えたいことがありまして、私は彼女のお伴として一緒にいます。」
「伝えたいこと?」
「はい」
アレクシスは一歩前に出て、桜木校長たちに向かって頭を下げた。
「この度、我が祖父の死に祭に敬意を払って頂いて、真にありがとうございました。」
急にアレクシスは桜木校長たちにお礼した。突然のことに桜木校長たちは言葉を失い、山田は慌ててアレクシスに駆けつけた。
「な、何を言っているんですか!?アレクシスさん、頭をあげてください!」
「貴方は…」
「僕は山田拓人と言います。それより、礼なんて言わなくてもいいです。
「でも…」
「でもじゃありません」
「…どうして?」
「え、いや、だから、それは…」
山田は更に慌てた。山田自身、なぜあんなに必死になったのか分からなかった。その時に山田の背後から富士村は山田の頭を激しく撫でた。
「落ち着け、バカ。だが、こいつの言う通りだ。あんたに礼を言わせる筋はない。むしろ、逆だ。」
「え?」
富士村、原田、そして桜木校長はいきなりアレクシスに向かって深く頭を下げた。
「え、なんで?」
「赤の他人の俺たちが、身内のあんたをないがしろにして勝手な真似をやってしまってすいやせんでした。」
「ど、どういう意味ですか?」
狼狽えて、何かなんだか分からなかったアレクシスの疑問に桜木校長が先に頭を上げて説明した。
「アレクシスと言ったね。マリアム大司祭から聞いたと思うが改めて自己紹介する。私は桜ヶ丘高校の校長、桜木彩芽。あんたは私たちを喚びだしたサモンの孫娘で間違いないかね?」
「はい」
「ならば、やはりあんたは私たちにありがとうなんて言う必要はない。私たちはあんたのために敬意を払ったわけではない。サモンの生き様を心から尊敬したからだったんだよ。」
「生き様?」
「ええ。命を張ってまで大切なものを守る生き様。」
「!!」
その言葉を聞いたアレクシスは複雑な顔になっていた。それを桜木校長が見通した。
「悔しいかい?」
「…、い、いえ、私、は…」
「無理に強がっている必要はない。守られていた立場として当たり前だからね。なぜなら、大切なものだと思われる人もまた彼を大切だと思っている。彼を守れなかったことは悔しいだと思っても当然。だけど、そんなあんたの気持ちを分かっていても、私たちはサモンの生き様を尊敬に値するものだと思っている。だからあの時悲しんだあんたを無視して勝手に彼を弔っていた。申し訳なかった。」
「うっ、ううっ…」
「これはおこがましいかもしれないが、無理に彼を許す必要もない。彼はそれを望んでいないからだと思う。だから、自分自身を無理に納得させて私たちに感謝などせずにあんたは思う存分悲しむがいい」
「…っ!うっ、うわあああああん!!」
桜木校長の言葉で、最後の糸が切れてアレクシスは泣き喚いた。マリアム大司祭は彼女の背後から彼女を抱き締めた。桜木校長は泣かせたという自覚があって彼女から目をそらさなかった。男性陣は、山田は自分にも分からない感情で苦しんでいて、彼女から目をそらすことが出来ず、一方富士村と原田はずっと頭を下げていて、安原は窓の外の夜空を眺めていて、彼女の悲しむ顔、彼女の涙を見えないようにしていた。
暫くして、アレクシスは泣き止んで、マリアム大司祭に感謝しながら離れて、再び桜木校長たちに向いた。
「もう、いいです。すみません。頭を上げてください。」
その言葉で、富士村と原田は頭を上げて、安原は視線を前に戻した。沈黙の中、感情の整理が出来たか否か、アレクシスは言葉を出した。
「…私は、一体どうすればいいでしょうか?許すことは出来ず、憎むことも出来ないのです。お祖父様のやったことに対して、私は一体どう受け取ればいいのでしょうか?」
「それは、あんた自身が決めなければならないんだよ。他人が何と言っても自分自身が納得出来なかったら意味がないからね。今すぐ決める必要はないよ。サモンのやったことはこの世にどんなことをもたらすか?あんた自身にどんなことをもたらすか?それを見た後に決めても遅くはない。とりあえずは、そうだね、もう夜だし休もうかね?」
「…分かりました。では、部屋にご案内します。これくらいはやらせてください。」
「もちろん。よろしくね。」
「私も同行します。私の部屋も同じ方向ですので、」
そして、一同はその場から動き出した。
部屋に行くその途中、雑談が行っていた。
「サクラギ様」
「ん?何かね、マリアム大司祭?」
「アレクシスのこと、ありがとうございました。無理していたことは分かりましたが、私はどうすれば彼女を納得させることが出来るか分からず、一緒にいることしか出来ませんでした。貴女のお言葉のお蔭で、彼女はほんの少しスッキリしたみたいで、感謝しています。」
「いいさ。私もただ自分が思ったことを言っただけだからね。それに、先も言ったが、この後は彼女自身で決めなければならない。自分の中の問題は外から解決することができないからね。だから、私の言葉など大したことないさね。」
「いいえ、やはり貴女は凄いです。私も貴女から色々と学びたいと思います。」
「恐れ入りますね。大司祭に何を教えるか分からないが、悩んでいる時に相談にのりますよ。アドバイザーとして、私が出来ることはそれくらいですからね。」
「アドバイザー、人々の悩みを受け、正しい答えへの道を示す職業ですか。かなりレアで、サクラギ様にピッタリですね。では、悩みがあったら遠慮なく頼りにさせていただきます。」
「ええ」(本当に純粋で優しい娘だね。まあ、彼女の悩みを聞いたらこの世界の状況を多少把握出来るはずだし、ラッキーということにするがね。)
桜木校長の会話と区切りがついたマリアム大司祭は今度富士村に声をかけた。
「あ、キョウさん」
「はい」
「依頼された件なんですが、先程三人部屋をカエデさんたちに案内しました。三人ともそれで良かったみたいです。」
「そうか。わざわざ教えてくれてすまない。」
「いいえ。また何かあれば言ってください。出来る限り力になります。」
「ありがたい。俺にも何か出来ることがあれば言ってくれても構わない。これから世話になるからな。」
「カエデで三人…もしかして山下兄妹のことかね?そうか、ちびっ子の方もいたんだね…気遣いしてくれて申し訳ないね。」
「サクラギ様まで、いいですよ。」
「そうかい。ところで、地下室のことなんだか…」
富士村への報告が終えて、マリアム大司祭は桜木校長との会話を再開した。今度は原田が小声で富士村に話しかけた。
「さっきから思ってたけどよ……キョウさんってなんだ?」
「……お前には関係ねぇ。」
「へぇ〜、うちの風紀委員長サマは初対面のお姉さんと他人に言えねぇ関係を築くヤツなんだ〜」
「うるさい。黙れ。ぶっ飛ばすぞ。」
「まあ、気持ちはわかるよ。かなりべっぴんだしなぁ。しかし、いきなり国の一番の女を狙うとは、度胸あるっつうか、命知らずっつうか。ほら、例えば前方に歩いてる女子からだな、おや?」
そう言っているうちに、原田と富士村の前方に歩いている女子、アレクシスに話しかける男子がいた。
「あの…アレクシスさん…」
「はい、何でしょう?」
「その…本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫とは?」
「いえ、その、アレクシスさんが無理してんじゃないかって思ってるのですが、その、色々とありましたから。」
「……大丈夫かどうか分かりませんが、無理はしていません。今はこうしたいからここにいます。それに、一人でいる方が耐えないかもしれません。」
「そうか、それならいいんですが、その、本当に辛い時は一人で抱え込まないでください。アレクシスさんを想ってくれる人はきっとたくさんいますから。辛い時にその人たちに頼ってもいいと思います。」
「私を想ってくれる人……そうですね。辛い時にそうしますわ。ありがとう。ヤマダ様は優しいですね。」
「いえ、優しいだなんて、そんなんじゃ、ないです…」
「ヤマダ様?」
「な〜にしてんだ、このたらしい小僧め〜」
「は、原田先輩!?」
「いや〜、うちの後輩がすいやせんね〜。気にしなくていいから、引き続き案内頼むわ。」
「?はい、分かりました」
原田は腕を山田の肩に回していたまま、山田を後ろ方に引きずった。
「違います!先輩!僕はそんなつもりで彼女に話しかけたんじゃないです!」
「わーってるよ。だから落ち着けっつうたろうが。」
「え?」
「オメェ、サモンのジジィの記憶で混乱してんだろ。あのアレクシスっつう女子のことをよ。」
「なんで!?」
「記憶とは気持ちの元だ。サモンの記憶を受け取ったお前は彼の気持ちも少なからず受け取ったんだろう。」
「富士村先輩……、やはり、こういうのだめですよね。自分の本当の気持ちじゃないのに相手に優しさを押せつけるなんて、」
「だめだとか言ってないが?」
「え?」
「経緯はどうあれ、今その気持ちがオメェの中にあんだろ?だったら他人がとやかくつってもしょうがねぇ。テメェの問題はテメェでけじめをつけるしかねぇんだ。さっきのセンセーが言った通りな。」
「……後悔しないように、ですか?」
「ちげぇよ」
「違うんですか?」
「後悔は誰でもする。俺も後悔したことはたくさんある。だが、だからって俺は今歩んでいる道を選んだ責任から逃げたくねぇ。」
「道を選んだ責任……」
「関係者への義理、自分自身へのけじめ、それらを忘れてはいけねぇんだ。」
「…難しいですね…」(それはつまり、後悔してもその後悔を背負うまま進むということですから。最初から後悔しない道を選ぶよりよほど難しい)
難しく考え始めた山田、強くて優しい手が二つも彼の背中を押した。それは富士村と原田の手であった。
「そう考え込むな。後悔はお前のものだけだが、責任を取る時にお前をサポートしてくれる人はいる。少なくとも、お前が桜ヶ丘高校の生徒である限り、お前の間違いは俺の責任でもある。桜木先生の教えを誤った生徒を正すのが風紀委員長の仕事だからな。」
「そして、桜ヶ丘高校の生徒の道を邪魔するモノはこの桜ヶ丘高校総番長がぶちのめしてやらぁ。だから、焦ってこったぁねぇ。ゆっくりその足を動かしな。」
「先輩……」
「それと、相談は……役に立てるかわからんが、特に恋愛相談は論外。まぁ、愚痴くらいは聞いてやるよ。」
「愚痴って、なんだかおっさんの飲みに誘ってる時のセリフみたい」
「フン、よく言われたな。」
そう言っても、山田は救われたとはまだ言えないが、彼の中の不安は確かに除かれた。
(世間の評価は怖い人、荒い人、近づけはいけない人たちだった。だけど、その世間の評価を無視しているように、この二人を尊敬する人は確かにいる。その人たちの気持ち、少しわかった気がする)
頼れる先輩とは言い難いが、不器用でありながら真っ直ぐに進む二人の背中を見ると自分でも一歩は踏み出せると、そう思える勇気がもらえた気がしたからだ。と山田が思った。
そんな、色々な雑談が行ったことを安原は後ろから見ていた。彼は誰にも聞こえない独り言をした。
「やれやれ、異世界に行っても大変な仕事が変わらないか……学校の連中だけじゃなくこの国の連中のことも見なければならないからむしろもっと大変になったな……ああ、ああ、どこに行っても現実は辛いわ。」
そして、それぞれが部屋にたどり様々な思いを抱いたままその夜を終わりにした。




