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最低な親(:紅紫)


View.マゼンタ



「あははは! そっか、私を何度も求めるから、求められる私は先輩の傍から居なくならないで欲しいって事なんだね!」


 “あの子”と同じくらいの年齢のヴァイス先輩。

 そんな彼に告白のような、懇願のような言葉に対し。私は雨の中、ついおかしくて笑ってしまった。

 真剣だという事は伝わって来るので、真剣な行動を笑うのは良くないのだろうが、何故か私はつい笑ってしまったのである。


「随分と身勝手な要求だねー。女性に対して、身体だけしか興味ないけど居なくなると発散できなくて困るから、自分のために傍に居て欲しい、かー」


 別に私は身体だけが目的だろうと構わない。

 私だって気持ち良くなるために身体を求めているという事に変わりはないのだし、私の身体で気持ち良くなるのなら私は嬉しい。気持ち良くなる事は幸福な事なのだし、犯罪という訳でも無い。ヴァイス先輩は良い子だと思うし……ならばむしろ望ましいだろう。


「そ、そのような事は言っていません! 当然性格も、振る舞いも僕は好きだからこそ、」

「でもヴァイス先輩は今、私に何度も身体を要求するから傍に居て! って言ったでしょ。僕はエロブラザーだからって」

「う。……は、はい、そうです。僕はエロブラザーなんです。異性交遊の経験が無い女性だけでなく、経験の無い男性にすらに見境なく興奮してしまうエロブラザーなんです……! というか経験問わず血を見るとちょっと興奮します……!」


 血? ああ、彼に混じる事無く、完全に単独として力を内包している吸血鬼としての性質の事か。体内に宿してはいて吸血鬼の血自体は交じりはしないが、力が外に漏れ出た分影響を受けているのだろう。

 しかしその興奮は違った興奮じゃなかろうか。いわゆる吸血衝動的なものであり、食欲を満たす方の欲求だろう。

 そして経験が無い、というのは吸血鬼は混じり気の無い魔力が流れる血を好む。そして生物は交わると僅かでも相手の魔力が混じるので、それを好まないという事なのだろう。


「ふーん、なるほどね?」


 ともかく、違う欲求のような気もするが、彼は自分は性的欲求に忠実だから、魅力的だと言う私にも興奮するのだと言いたいのだろう。

 しかし本気かどうかはまだ分からない。だから私は彼の顔を観察した後、祈る様に握られた手とは逆の手を彼の顎にやり、自身の目を強制的に見させた。

 一応私の目の力は封じられているので、真っ直ぐ見た所でなにもない。ただ彼が本気かどうかを観察したかったので、目を観察して話したかっただけだ。


「あ、あの……?」


 ……ん、あれ、おかしいな。力は使っていないのに何故か彼の顔が興奮状態化のように赤くなっている。何故だろう。

 あ、そうか。雨で風邪の症状が出始めているのかもしれない。ならば早めに終わらせるとしよう。


「言っておくけど、私は経験あるよ?」

「は、はい。僕は経験無い未熟者なので、満足させるよう頑張ります!」

「……それどころか結婚もしてたし、子供も居たし、居るけど」

「家族の皆さんも含めて幸せにするくらい頑張ります!」

「…………私は良いと思った相手なら、男性女性構わず交わるけど」

「はい、マゼンタちゃんは魅力的ですから、他の皆さんが放っておかないでしょうからね!」

「………………付き合おうと告白する相手が、浮気するのは良いの?」

「僕は未熟者です。まだマゼンタちゃんの心を完全に掴む事は出来ないでしょう……ですが、いずれは浮気をしなくても良いくらい、求められるくらい良い男になりますからね!」

「……………………どうして、そこまで?」

「貴女はそうしてでも一緒に居たいと思う程、魅力的だからです!」


 ……これは強い。私を褒める事に余念がない。褒められる事は何度も経験はあるけれど、ここまで情熱的なのは“あのヒト”以来かもしれない。

 “あの子”と同じくらいの幼さだけど、“あの子”より強い――ああ、いや。本当は……


「私は親として、良くない親なの。それでも良いの?」

「え?」

「実は私ね、私なりに愛していたと思った子供には愛が伝わっていなかったの」


 ヴァーミリオンを愛した言葉はヴァーミリオンには違った意味で捉えられており。

 スカーレットを愛したと思っていた行動は、スカーレットの精神の壁を厚くさせていた。

 そして“あの子”が亡くなり、二人の子供に言われてキチンと“あの子”の死に向き合った時。私は母親として良くない親だったのではないか、と思い至った。

 共和国で過ごしていた時は愛していたと思っていたけど。私が共和国で過ごした十五年を思い返すと、“あの子”が楽しそうに笑顔を見せた記憶がほとんど思い出せなかった事に気付いた。


「付き合いたい、とヴァイス先輩は言うけど。私なんかと付き合うのは止めておきなさい。……私は付き合う対象としても……親としても最低な女だからね」


 多くの愛すべき国民に感謝の言葉は思い出しきれない程に受けたのに、愛していたはずの“あの子”が私に好きだと言われた記憶が、小さい無邪気な時以外で思い出せなかった。

 私は“あのヒト”を愛していたとは思う。“あのヒト”は私を愛してくれていたと思う。けれど母親として父親の“あのヒト”に……なにか出来ていたかが思い出せない。

 ……クロ君が言っていたように、私は身近な相手と向き合っていなかったのである。そして“あのヒト”も“あの子”も――もう、向き合う事は出来ない。

 そんな事を“あの子”と同じ年齢のヴァイス先輩を見て気付く。

 正しくは気付いていたけど、目を逸らしていた事に向き合った。

 ……そして向き合ったからには、私は改めて告白には断りをしなければならない。そもそもヴァイス先輩は私と違って性的交わりは苦手だろう。何故か私のために誘ってはいるようだけど、無理をする……不幸になるのならば私はキチンと――


「まぁ、家族が居るのに他の方と交わろうとするのは普通に最低ですよね。うん、それは確かです。それはそれとして、僕と付き合って下さい」


 ……なんだろう、話が通じない。

 微笑みつつ、適切なタイミングで相手を触ったりすれば大抵の相手は引いてくれるのだが、ヴァイス先輩は引いてくれない。

 しかも全肯定して私を求めるのではなく、駄目な所は駄目と言って求めて来る。


「ちなみにですが、マゼンタちゃんは結婚してからも浮気を?」

「え? そ、それはしてないかな。そもそも忙しかったし……」

「子供は捨てたんですか?」

「え? い、忙しかったけど捨てはしなかったよ。それに私的には愛して接していたつもりだったし……」

「なら良いです。僕の親みたいに捨てて無いですし、育てようとはしたのだから最低では無いです、うん」


 うん、じゃないよ。なに納得をしているのだろう。捨てなければ良い親という訳でも無いのに……


「ですが、マゼンタちゃんは最低と思うんですよね?」

「え、う、うん、そうだね?」

「であれば僕やシアンお姉ちゃんや、神父様が最低でないと証明してみせましょう」

「ど、どうするの?」

「簡単です。シキの教会で一緒に過ごすだけで良いんです!」

「……それだけで良いの?」

「はい! なにせ僕もシアンお姉ちゃんも、スノーホワイト神父様も、マゼンタちゃんの事を友であり、一緒に過ごす仲間だと思っていると言ったでしょう。――だから!」


 ヴァイス先輩は私の目を力強く、真っ直ぐ見る。

 赤い瞳が、私を見つめる。……今まで近くで瞳を見る時は力をより強く使う時であったから、こうして強い瞳で見られるのは初めてかもしれない。


「マゼンタちゃんが最低な女性では無いのだと、僕達が証明してみせます! なにせ最低な女性を友達とするほど、僕達は酔狂では無いですからね! だからマゼンタちゃんも自信を持ってください!」


 告白を。付き合うと言っていた目の前の彼は。

 いつの間にか、ただ私に自信をつけて欲しいのだと言っていた。

 ……いや、最初から彼はそう言っているのか。

 私はもう彼らにとって一緒に住む共同体なのだから、仲間はずれにはしないのだと。孤独にならないでいて欲しいのだと。……居なくなると悲しいのだから、居なくならないで欲しいと、言っているのだ。


「……ふふ、そっか。そんなに想われてるんじゃ、その要望に応えないとね」

「はい!」


 子供のような理屈だけど、その理屈には本物の気持ちが存在している。子供だからこそ真っ直ぐ、素直に。

 ……その気持ちから私は始めた方が良いのかもしれない。

 娘と息子、兄と大好きな友達には、まだ“あのヒト”と“あの子”の死から目を逸らしていたから向き合えていなかったけど。


――まずはこの気持ちに、向き合おうかな。


 彼の気持ちに向き合えば、色んなモノに向き合える気がした。

 そんな事を、私は雨の中思うのであった。


「……じゃあ、やろうか」

「え?」

「え、じゃないよ。誘ったからには断るなんて駄目だよ。――元々良い子だと思っていたし、私が据え膳を逃がすと思わない事だね!」

「ちょ、い、今、外で!?」

「外は開放的で気持ち良いよ!」

「それも経験済み!? え、ぼ、僕のはじめてはせめて室内でノーマルに……!」

「大丈夫、なにせ私もはじめては外だったし!」

「そうなの!?」

「フーストアブノーマルは良い思い出になるよ!」

「違う思い出が良いよ!?」


 ……その後、何処からか現れたクロ君達に止められ。

 シアンちゃんと神父君に説教を喰らった。


備考 マゼンタのはじめて

その結果的にスカーレットが生まれたらしい。

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