不安なく床につくために
宿泊施設にチェックイン&荷物を預けた後、首都の主要施設や色々なモノが買える中央市場などを周り、一頻りの観光を楽しんだ後宿泊施設に戻り今日の感想と明日の確認をするため俺の部屋に集まっていた。
ちなみにだがアプリコットもアッシュの推薦のお陰なのか同じ宿泊施設に泊まり(割安)、バーントさんやアンバーさんも同じ宿泊施設の俺達の近くの部屋に兄妹で泊まるらしい。
「お酒は無いー?」
「無い」
そしてなんかいつもより、ぐでぇーとしたシアンがシスターとしてはあまり良くない発言をしていた。
どうもと言うかやはりと言うか、教会に行くと散々な嫌味と圧力をかけられストレスを貯めまくったらしい。その反動でここに来るなり正当なシスター服を自分が普段着ているようなスリットが出来るよう手で割き、頭巾を取り酒を要求している。というか服の予備はあるのだろうか。
「観光はどうだったー? 楽しめた?」
「ああ、シアンさんには悪いが楽しませてもらったよ」
ヴァイオレットさんがシアンさんに飲み物(非アルコール)を渡し、俺達が楽しんだことを伝える。
グレイとアプリコットが毎回面白い位の反応をし、見ているだけでも楽しめた事。
シキでは見ない調味料や紅茶の種類を見て味を比べ、味を楽しめた事。
大道芸を見て目を輝かせた事。この時あまり見た事が無いのか、ヴァイオレットさんも食い入るように見ていたのも面白かった。
夕食には俺が学生の頃に行っていた定食屋に行ったら、皆の舌にあったらしく喜んでいた事。
今日だけで起きた事を話した。
「楽しめたようなら良かった。私も歌とか劇の打ち合わせとかじゃなくてそっちに行きたかったなぁ。クロ、後でその定食屋教えて。多分私も行ったことないし」
「教えるのは良いがその格好では止めろよ」
「うぅ、コットちゃん。クロが同期と同じことを言うー」
「いや、シアンさんの服装は止めた方が良いと思うぞ。シキではともかく、ここでは慣れない者も居るだろうから、変に煽るのは良くない」
「えっ、でもコットちゃんの服も目立つし、コットちゃんで大丈夫なら大丈夫じゃない?」
「シアンさんは我の服をそのように思っていたのか!?」
アプリコットの魔女みたいな服も目立つと言えば目立つ。
一応そういった傾向の服装をしている魔法使いも居ることは居るが、アプリコット程大きな帽子や杖だったりマントを翻す者は殆ど見ないし、目立つことは確かだ。シアンの良く見たら“ん!?”ってなるという意味での目立ちやすさは確かに同程度かもしれない。
「劇……か」
シアンとアプリコットが己の服装について言い合う中、ヴァイオレットさんが小さな声で呟いているのが聞こえた。
劇。つまりはヴァーミリオン殿下とメアリーさんが主演のものだ。
ある程度吹っ切れているように見えるヴァイオレットさんだが、それでも思う所があるのだろう。挙句の果てにはその劇に招待もされているとあっては……
「ま、お互いに明日からは大変だろうけど、楽しめる所は楽しもう。シアンだって休みはあるんだろ?」
「一応はねー。劇はともかく懺悔とか歌とかが忙しいからあんまり多くは無いけど。あとその休みを使って学園の部外者参加型試合に出ようかなーって思ってる」
「なにを言い出すんだ」
話題を切り替えたつもりだったが、シアンが唐突にバカな事を言い出した。
「えっ、だって合法的に暴れられる良い機会じゃん。ふふ、私の拳の全力を出せる日が来ようとは……!」
「来ようとは、じゃない。そんなものに出たら徒に見世物になるってことでまた上の方に怒られるんじゃないか」
「学園祭で劇の一員とか懺悔させる場を作って客寄せしている時点で大概じゃん」
それを言われると言い返せなくなる。
確かに戦闘行為自体はモンスターからの自衛のために教義では禁止されては居ないが、行き過ぎた行為は咎められる。シキでは散々やっているので今更な気もするけれど。
「どうせなにをしてても怒られるんなら、出来る限り好き勝手したい」
「シアンさん、たぶんそれは犯罪者とかと同じ思考だと思うぞ」
「イオちゃんも出る? タッグもあるみたいだし、一緒に優勝かっさらおうよ」
「いや、私は……」
ヴァイオレットさんが学園祭の試合に出るとか荒れる未来しか見えない。
一応元とは言え公爵家の娘なのであからさまな妨害行為とかは無いだろうが、目立てば目立つほど段々とブーイングとかが多くなるだろうし、隠れての妨害行為はあるだろう。それが分からないシアンとも思えないが……
「ふはははは! なら我は弟子と共に参加しようではないか! 今こそ我が最大魔法の一つである“十絶”を披露する時だ!」
「おお、あの強大過ぎて喰らった者が全て屠られることから威力がよく分かっていない、あの!」
あの! じゃない。なんだその危ういような危うくないような魔法。
というかアプリコットの最大魔法とかやめてくれ。下手したら闘技場ごと吹っ飛ぶぞ。
「では私は兄と共に参加します。闘技場での戦いは致しませんが、別の所で参加者と戦います」
「はい、様々な方法を駆使しましょう。大丈夫です、エメラルド様から貰った薬があります」
「待てバーント。それ薬じゃなくて毒だろう」
「大丈夫です。なにも検出されないタイプです」
「なにを安心しろというんだ」
すげぇこの兄妹。堂々と裏で参加者を処理すると言い出したぞ。
そういえばこの兄妹の実力はどれ程のものなのだろう。身のこなしから強いのは分かるが、魔法の方はどうなのだろう。なんとなくバーントさんは振動を利用した魔法な気がするのは気のせいだろうか。
「という訳でクロはボッチで参加して。大丈夫、クロなら一対二でもいける!」
「なんでわざわざ単独でタッグトーナメントに出なきゃいけないんだ」
「え、じゃあロボちゃん誘う? あの子となら優勝は出来るだろうけど」
「……良いな、それ」
「クロ殿!?」
ロボと共にタッグか……悪くない。
ロボの実力なら間違いなく学園の中でもトップクラスだろうし、高笑いしながら蹂躙するというのもしてみたい。正しくは蹂躙するのはロボだが、なんと言うか悪の親玉っぽくてストレス発散になりそうだ。
「よし、じゃあ皆の分の参加申込書貰っておいてね、クロ!」
「分かった、シキの名を轟かせようじゃないか」
「違うぞ、名を轟かせるのは我が師弟だ」
「はい! 蹂躙してヒャッハーしましょう!」
「兄さん、私は選手に差し入れられるドリンクの搬入経路を調べます」
「では俺は職員の情報を調べる」
「お、おい皆、本気か? 本気なのか?」
『当然だ(です)』
「皆……!?」
最初はよく分からなかった俺だが、ロボと共に出ると言われて流石に確信した。
これは単にヴァイオレットさんの気持ちが沈んだのを見て馬鹿やっているだけだろう。
シアンはそういう所には敏感だし、気を使わせてしまったようだ。
「くくく、試合当日には溜まりに溜まった鬱憤を晴らして見せる……最大司教とか知った事か……!」
「アプリコット様。ついに【伊吹大明神:演舞】をお見せする時が来ましたね」
「ああ、あれがあれば我が魔法も増大する。改良で呪の力も必要なくなったからな。ふふ、全てを屠ってみせよう……!」
「兄さん、時間帯交代でお嬢様達の守りと調査の役割分担を――」
「ならば俺はこの時間帯に――」
……気を使っているのだと信じたい。
えっ、ていうかアプリコットに概要だけ教えた【伊吹大明神】成功したの? しかも改良版? まじかこの子。




