彼も大切にしている
「メアリーさんはですね金色の美しい髪に僕なんかと同じ色ですが美しさが断然違う赤い瞳でして劣情を抱くことが烏滸がましいと思わせる美しさながらも何処か守りたい儚さを兼ね備えていまして彼女以上の女性を見ることは無いと思われる程の女性なのですしかしまだ会っていない貴方様では机上の空論のような眉唾に思えるかもしれませんですから僕の言葉が事実だということ確認するために是非劇に――」
「クロ様の腕を放してください」
俺がシルバ君からにこやかな笑顔でチラシを受け取っていると、俺を心配したのかグレイが少々語気を強めにして戻ってきていた。
初めは誰が来たのか分からなかったシルバ君だが、格好を見て顔を見た後に先程まで俺の隣に居た者と分かったのか、先程まで出ていた黒いオーラを鎮め、腕を離して返答をする。
「ごめんね、この方がチラシを捨てたものだからつい感情的になっちゃって。流石に無理矢理は良くなかった」
シルバ君はグレイにそう説明すると、俺に対しても深々と頭を下げて謝罪をしてきた。
先程まで言葉を矢継ぎ早に話していたとは思えない程に、素直になっている。
あの黒いオーラは恐らく、シルバ君が呪われた力を行使すると噂になった原因となる魔力だろう。
魔力自体に呪いや黒魔術(不健全)の力を孕んでおり、どんな魔法を使おうとも通常より威力は上がるが精神を蝕むとされている。なんというか通常の魔法と比べて“妙に気色悪い”と思う感じである。
あの乙女ゲームだと力に飲み込まれそうになるが、主人公のおかげで力の扱いが上手くいくようになり、噂が払拭されアゼリア学園の生徒達からも受け入れられ明るくなる。そして彼のルートで何故アゼリア学園に入学できたのか秘密が分かったりする。
……の、はずなのだが。
「それじゃ、キミもよかったら見に来てね。素晴らしい方々が演技をするから、一見の価値ありだから」
グレイには無理矢理ではなく、チラシを前に差し出し自主的に受け取るように促してくる。なんというか強かな渡し方である。
「グレイ」
「……失礼しました。ありがたく受け取らせていただきます」
このままだとグレイは意地を張ってチラシを受け取らず、さらに気まずくなりそうだったので名前を呼んで受け取るように促す。
グレイには悪いけどここは受け取ってもらわねばならない。
「うん、じゃあ待ってるからね!」
シルバ君は受け取ってもらったことに満足すると、見る者を魅了する可愛らしい笑顔を作って去っていった。あの笑顔は俺もあの乙女ゲームで知っていると言えば知ってはいる表情だ。
しかし、先程までの黒い性格は一体……
「クロ様、行きましょう」
「ん? ああ、そうだな。いつまでも待たせる訳にもいかないし」
シルバ君の事も気にはなるが、目の前の疑問に気を取られ大切な家族の事を忘れていては元も子もない。グレイも少し不機嫌そうだし、早めに戻って首都観光を楽しむとしよう。
ヴァイオレットさんやアプリコット達と久々の首都の名所を見回れば俺も楽しいし。
ただでさえ明日から滅入るのだから、今日くらいは楽しんで床を迎えたい。
だけどヴァイオレットさん達の所に戻る前に少しだけズルをしよう。
「グレイ、ちょっと待て」
「はい、どうされましたか?」
俺はグレイに待つように告げ、近くにあったソレを二つ買い、片方をグレイに渡した。
「これは……細い棒状のパン生地にクリームが入った……?」
「クローネ、って食べ物だ」
俺が渡したのは筒状に焼き上げたクロワッサンにシュークリームとかで使うクリームを中に入れたクローネ。食べ歩きしやすいように紙で下の部分だけ包装されたモノだ。
「ヴァイオレットさん達の所に戻る前に食べてしまえ」
「は、はぁ……? 頂きます」
俺の突然の行動に戸惑いつつも、初めて見る食べ物と出来立ての良い香りに好奇心が抑えきれないのか、グレイは恐る恐るとだが一口クローネを食べる。
「美味しいです!」
「そりゃよかった」
一口食べると先程までの戸惑いと不機嫌は何処へやら、首都に来た頃のような満面の笑みへとグレイは表情を変える。うん、やっぱりこういう姿の方が見ていて嬉しい。
「クロ様の名前が入っているという事は、もしかしてクロ様が開発したのですか?」
「違う」
多分そうだと言えば信じるだろうけど、そこは否定しなくては。夢中のあまりよく分からない事を言っている。その様子を眺めつつ俺も久々のクローネを食べ、学生のころ食べた味と殆ど変わらない事に少し感動しつつ、ゆっくりと食べる。
グレイはあっさりと完食してしまい、初めて食べた甘いモノとの出会いに感動していた。恐らくレシピを知ってシキに戻ったら作ろうと考える程度には感動しているように見える。
「ヴァイオレットさんには内緒だぞ?」
「何故ですか、母上にもこの味を教えてあげなくては!」
「教えはするけど、今ここで食べたことは内緒だ。いいか、俺達だけ秘密の、な」
「私め達だけの……ですか?」
「ああ。それにヴァイオレットさんに言うと夕食前に勝手に食べるなんて、って怒られるぞ」
「なっ……食べてさせから言うのはズルいです!」
俺は慌てるグレイを飄々と躱し、クローネを食べ切るとグレイの持っている包み紙を奪い、俺の持っていた包み紙と一緒に近くのゴミ箱に入れ、先に戻ると言うと戸惑いつつも俺の後ろに着いてくる。
待っていてもらったヴァイオレットさんの所に行くまでの間グレイはどうするべきかと悩んではいたが、別に苦悩はしている様子はなさそうだ。
そしてヴァイオレットさんは先程までの騒動については耳に入っていないようで、アプリコットと談笑をし近くの露店で商品を眺めていた。
俺が来た事に気付くと、買い物を中断して綺麗な所作の小走りで近付いてくる。
「クロ殿、結局騒ぎはな――どうしたクロ殿。やけに疲れているが楽しそうだな」
「いや、なんと言いますか。思ったよりも首都は大変そうだな、って思いまして」
「? なにかあったのか?」
「ええと……歩きながら話します。まずは宿泊所に行きましょうか。ちょっと回り道してもよろしいですか」
「そうか? クロ殿がそう言うなら別に構わないが。……それとグレイが妙に上機嫌なような」
「先程からそうじゃないですか」
「確かにそうだが……んん?」
悪いですが、ちょっとズルい事をさせて頂きました。
ヴァイオレットさんもグレイを大切にしているけれど、俺にとっても大切な家族なんです。少しくらいズルして共有の秘密を作るくらいは良いでしょう。
「グレイ君どうしました。いつもと香りが違いますが」
「なんでもないですよ。早く行きましょう」
「いつもと声と鼓動が違う……成程、そういうことですか。クロ様もグレイくんが可愛いんですね」
「ふむこの甘い香り……香りと香りから見て……成程、首都は魅力的な食べ物が多いですからね」
「な、なんのことでしょうね! 私めは分からないです!」
『ふふ、可愛らしい』
「なぁ、バーントさんにアンバーさん。何故我が弟子の様子をそこまで的確に判断できる? 何故か分からないがその方法だと弟子を守らなければならないような気がするんだ」
アプリコットよ、その感情は間違っていないし、彼らは特殊技能持ちだから判断出来ているんだと思う。正直怖い。
彼らの前で秘密を作るのが難しい気がしてしまう。




