始まりは保障報告
「あ、おかえりー、クロ。首都でお疲れ様ー。……本当に疲れてるね」
「ただいま、シアン。……まぁな」
火輪が西へと差し掛かる陽気な午後。
シキに着き、馬車の荷物を下ろす準備をしているとシアンと会った。どうやら狙って出迎えた訳では無く、なにやら仕事の最中に偶然馬車を見つけたので寄ってきたようだ。
「馬車移動とか肉体的に疲れたとかじゃなくって、精神的に疲れた感じ?」
「ああ、そうだな。シキに帰ったのが三ヶ月ぶりくらいに感じるよ」
「そのくらい濃い首都だったって事? ローちゃんに簡単には聞いているけど……お疲れ、荷物降ろすの手伝おっか?」
「可能ならして欲しい。助かる」
「オッケー」
他の相手であれば社交辞令だろうが、シアンの場合は出来ない事や嫌な事はわざわざ申し出ない。ならば運ぶのが少々骨が折れるので、手伝いをお願いすると、シアンは快く了承の返事をし、シスター服の袖を軽く捲り上げた。
「で、結局コーラル王妃やオール殿下はどうなったん?」
「不用意にその話をするなよ……って、ロボそこまで話したのか?」
「いや、留守中にシキで起きた事とか、ヒトを見て判断した結果、そいつらがやらかしたんじゃないか、って思っただけ」
「シキで起きた事、か」
シアンは相変わらずの慧眼ぶりである。
俺が留守中にシキで起きた事は大体把握しているが、それだけでコーラル王妃とオール嬢がやった事、と見抜くのは流石すぎる。シアンが首都に居ればコーラル王妃の策略や、マゼンタさんの事ももっと早く見抜けていたのではなかろうか。……まぁ、シアンが居てくれたお陰でシキの留守は大分安心出来ていた訳だが。
それに……
「……お前も大変だったみたいだな。なぁ、悪魔的に人を惑わすシスター様?」
「うぐ」
俺がシアンに確かめるように言うと、シアンは馬車の中の荷物を運びながら、痛い所を突かれたとばかりに苦い顔をする。
「……すまんな、シアン。お前に妙な噂……噂……? をかけてしまって」
「そこで疑問符を浮かべる所は気になるけど、別に構わないから。神父様やスイ君にも言われたし、その程度で可愛い後輩を守れるなら良いよ」
シアンは荷物を手ごろな所に起きながら、気にしていないと言う。
噂、というのはヴァイス君の悪魔容疑……ようは悪しき吸血鬼である容疑に関してだ。異端審問官の方が話の分かる方であったらしいので、ヴァイス君に関しては「善良であるため問題無い」と判断したようだ。
しかし“シキの教会に悪魔が居る”、という情報をどう処理すべきか悩んだそうだ。
要するに、そのような噂が立った原因をどうするか、という話である。まだその時はコーラル王妃の件が片付いていない時期であった上、審問官と一緒に来た軍部の方々は話が通じない可能性がある。つまり「ヴァイス君は善良な子であった」と報告するだけでは、「何故悪魔が居ると言う話になった?」という話が問題になる。なので解決する方法を模索した結果……
「服装の乱れが少しあって、男性を惑わす悪魔的なシスターが居た、か」
という話になったそうだ。
……なんでも同時に来た軍部の方もシアンをシスターだと思っていなかったらしく、その辺りを詰めて調査報告をあげた所、軍部も渋々とはいえ納得してシキを離れたそうである。
「シアン、一応指導が入ったらしいし、スリットの深さを――」
「この深さがベストで最高に可愛いなの」
「……そうか」
そしてシアンは相変わらずスリットの深さを変えるつもりはないようだ。悪魔的に男性を惑わすという評価を受けてもおかしくない、と判断されたのに、変える気は無いんだな……まぁ良いか。
「私達の事は良いの。クロ達はどうなの」
「どうなの、ってなにがだ」
「王妃と第二王子夫人の事」
シアンは俺を真っ直ぐ見て聞いて来る。
……シアン達は審問官がシキでは問題無しとした後、俺達が首都で危険な状態なのではないかと危惧し、誰が残り、誰が首都に行くかと話あったそうだ。
結果として首都へ行く空間歪曲石の使用権を色々と都合出来るシュバルツさんと、動きやすいシアンが行く事になりそうだったのだが、出発前にロボが来て首都は大丈夫だと言われたそうだ。
そして今回俺達が無事帰って来た訳だが……
「まさか、問題にすると国が危険だからって、許した感じ?」
シアンは何処か不服そうに聞いて来る。
不服そうにしている理由は、俺達が乗って来た馬車とは別に、もう一つ馬車がある事だろう。そちらは現在バーントさんとアンバーさんや、キャット親子やカナリアが色々やっている訳だが……
「アレは口止め料的な感じ?」
「そう思ってくれて構わないよ。アレでも抑えた方なんだぞ。もしかしたらあれ以上な上に、俺は伯爵とか辺境伯になっていたかもしれないし」
そう、中から運ばれているのは、豪華な代物だ。机とか食器とか、酒類とか薬草とか布とか……事情を知っている者からすれば、褒賞というよりは口止め料だろう。大事にするな、と言う感じの。実際口止め料も含まれているだろうし。
「ふーん……」
「不服か?」
「クロが納得しているのならそれで良いんじゃない?」
シアンは不服という事を否定せず、ここには居ないコーラル王妃とオール嬢、そしてレッド国王を軽蔑しているように思えた。
「シアン、そう言わないでくれ。クロ殿も交渉の末、あの馬車の褒賞になったのだからな」
「イオちゃん」
俺がどういったモノかと悩んでいると、ヴァイオレットさんがシアンを宥めるように現れ、言って来る。
「口止め、というよりは私達から国への期待の表れ、と思って欲しい」
「期待?」
「ああ、国王陛下、王妃様、及び殿下達の今後のためには、表沙汰にするよりはこれからの結果として示して欲しい、というな」
「……つまり、一連の解決を持って現王族にわだかまりが無くなったから、これからの事は任せるに値する。そしてあの褒賞の中に今回の問題の誓約書のようなものがあって……イオちゃん達が駄目だと判断したら、問題を露呈して正させるような切り札を持った、と言う感じかな」
「今の私の言葉でそこまで分かるとは、流石はシアンだ。……それに、夢ではなく現実を見た、というのもあるだろうがな」
「夢……?」
ヴァイオレットさんの発言によくそこまで分かるな、と言うような所まで読み取ったシアンであるが、次の言葉は良く理解してはいなかった。無理も無いだろう。
あの場に居た俺達以外には国王陛下、王妃、殿下達以外には夢魔法の話はしていない。
メアリーさんの良く変わらん超技術と超解析、そしてヴァーミリオン殿下とマゼンタさんの協力もあって、文字通り夢魔法はかかった相手も“夢を見ていたような気がする”という状態に落ち着いた。
停滞している間に、人間の関わりの無い所で事故……例えば一般家庭だと、料理中など人手が無くなった事により火の不始末による火事、といった事が起きていないかと不安になったが、それも起きていなかったようだ。本当に文字通り世界に夢を見せて停滞させていたようである。マゼンタさんの夢魔法凄い。
お陰で俺の創立者の像破壊も無かった事になった。やったね!
「……ま、イオちゃん達が問題にしないと言うなら、それで良いよ」
「すまないな、シアン」
「謝る必要は無いよ。それにイオちゃんやクロ、殿下ちゃんズがキチンと判断して決めたのなら、それは十分信用できる事だからね」
「そう言って貰えると助かる――シアン、殿下ちゃんズはやめてくれ」
「えー」
「えー、じゃない」
シアンは俺とヴァイオレットさんをジッと見た後、なにかに納得したのか不服そうな顔を止め、いつもの調子に戻る。
……この辺りはシアンの良い所であり、いつも助かっている所だな。ありがたい。
「ま、それにレッド国王とコーラル王妃にとても素晴らしいモノを貰ったし、それで充分満足なんだよ。ね、ヴァイオレットさん」
「ああ、そうだな、クロ殿」
「? え、なに貰ったの? イオちゃんとクロのお父さん達を陥れて、クロ達が二人より身分が上の公爵になったとかそんな感じ? 虐げられた分お返しするぞ、的な?」
「シアンは俺達をなんだと思っている」
「なんでもイチャつきにつなげる、恋に恋するバカ夫婦」
否定はしない。
「生憎と俺達の父親は関係していない……いや、ある意味関係しているのか? ですかね、ヴァイオレットさん」
「そうだな。これからの事を考えると、間違いなくなにかをして来るから、その対策だな」
「対策? もったいぶってないで教えてよ」
「ああ、実は……」
俺とヴァイオレットさんは手を握り合いながら、貰ったモノを思い出しつい笑顔が出てしまう。シアンがそれを見て若干イラっと来ていたような気がしたが、それはともかくとして、俺は首都からシキに来るまで肌身離さず持っていた
とある紙を取り出し、シアンに渡した。
「これがクロ達が一番喜んだモノ……広げて良い?」
俺達が同時に頷くと、なんだかシアンが「この夫婦、さらにあてられる感じになったな」的な表情を浮かべつつ、紙の内容を広げて確認する。
「……“クロ・ハートフィールド。ヴァイオレット・ハートフィールド。この両名の婚姻をクリア神の御名の許に祝福を授ける。クリア教枢機卿――”え、これって……」
「ああ、最高権威の婚姻確認書だ!」
そう、書類の内容はクリア教における最高権力者の婚姻確認書。
いつかの気が付いたら結婚していて、婚姻を証明するためだけに俺の与り知らぬ所で決まっていた婚姻書よりも遥かに効力の持つ代物だ。
これなら一応子爵のブラック父さんどころか、バレンタイン公爵家であろうと文句を言えない。つまり――
「ふふふ、つまり!」
「俺達の仲は!」
「もう誰にも!」
「裂けないという事だ!」
『イエーイ!』
俺はやけに高いテンションで、ヴァイオレットさんも嬉しいのか同じテンションで喜び、ハイタッチを交わした。これだけでも今回の迷惑料を踏まえても十分といえるからである。(それにしてもハイタッチする所作も綺麗だな、ヴァイオレットさんは!)
なにしろ俺やヴァイオレットさんの悪い噂が無くなりかけ、今回は国王陛下直々の呼び出しで、謁見もあった位であるし、内容はともかくその話は貴族内でも広がるだろう。挙句には俺達は国王陛下や殿下達とも良い方向で繋がりを持っている。こちらもいずれは広まる。
その際に俺の父やヴァイオレットさんの父君がなにかする……場合によっては呼び戻したりする可能性だってある。公爵家であれば色々と出来る力を持っているだろうし、子爵家である俺達には逆らうのは難しい。
とはいえ、仲を裂かれるくらいなら反発し、俺達は身分を捨てて亡命するくらいはするだろう。しかしグレイなどの事を考えると辛い事も多くある。
だが、この婚姻確認書があれば、その問題のほとんどが解決する。国教であるクリア教の枢機卿の名と印章はそれほどまでに強いのである。
「ヴァイオレットさん――末永く、よろしくお願いしますね」
「勿論だ、クロ殿――こちらも末永く、よろしくお願いする」
色々と面倒な事や、面倒な人が来る事や、面倒な後始末は多いが……それでも、ヴァイオレットさんと一緒なら頑張っていける。
何者にも裂けないこの結婚生活を共に過ごしていくぞ!
「……要するに、今までのようなイチャつきが、我が猊下によって保障されたって事ね……ふぅ、本当、恋に恋している感じだね、この両名は。……私も、頑張らないとな……」




