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噛み合わない


 妙な誤解をするヴァーミリオン殿下には早めに母親の説得をして貰いたいが、誤解は解いておかねば俺もマゼンタさんも有らぬ視線で見られそうなので、どうにか誤解は解いた。そして納得はして貰えたようである。

 ……まぁ、途中から見れば、何処か満足気な表情でいる母親が上半身裸で仰向けて倒れていて、俺も先程まで近くで色々していたから誤解してもおかしくは無いのかもしれないが……しれないが、だとしても勘違いが過ぎる。

 それにマゼンタさんもマゼンタさんだ。何故か俺に身体を許す事に躊躇いは無いし、身体は隠さずウェルカム状態だし、発言は危ういしで説明が大変だった。しかも困らせるつもりはなく、善意しかないのが逆に質が悪かった。


「母さん、話しをしたいのですが……体を起こす事は可能ですか?」

「ちょっと無理かなー。起き上がるのもちょっと辛いかな」


 まぁ今は落ち着き、母子の会話に持っては来れた。疲れはしたが、このまま殿下が説得……というか、親子として会話をして、マゼンタさんの意識が変わる事を祈ろう。


「では、このままで。……まずは上着をかけますね」

「別にこのままお母さんの胸に飛び込んでも良いよ。おいでー、愛する息子ー」

「結構です。俺も良い年齢なんですから」

「幼少期を共に過ごせなかった分を、今やらせてくれないの……?」

「微妙に困る反応やめてください」

「赤ん坊の如く、乳母扱いで迫っても良いよ!」

「せん!」

「なんで!? 男の子はみんなおっぱい好きでしょ!」

「おっ――!? 好きな相手でもない限り、触るのは憚れるものでしょうが!」

「という事は、私の事は好きじゃない……そうだよね、一緒に居なかったし……でも、ヴァーミリオンがそう思うのなら、それで……」

「ええい、相変わらず面倒だな母さんは! 普段の貴女の事は尊敬しているし、今回の馬鹿な事を除けば、愛してくれているのは感じたから、母として好きではあるからな!」

「じゃあ憚れる事は無いでしょ?」

「だから、そういう事じゃなくて……!!」


 ヴァーミリオン殿下がペースを乱されている……! メアリーさんなどが相手でも乱される事は有るのだが、それとは別種の乱され具合だ。口調すら所々荒いし。

 ……まぁ、俺が説明した時もずっとあの調子だったからな……殿下も善意を感じ取ったというか、やりにくい相手なんだろうな。あまり会わせたくないと言ったのもその辺りが原因だったりするのだろうか。


――普段、か。


 それにあのような姿になる前、普段は分からないが、普段はヴァーミリオン殿下も愛を感じる程度には愛を注いでいたのだろうか。立場とか色々あって表立って会う事は無かっただろうが、それでも……息子や娘と一緒に居たい、と願いはしたようだからな。

 結果的に先走ったとはいえ、息子や娘の幸福な表情を見れば頑張れると評していた。そこは少ない彼女なりの――ん?


「あれ、フォーンさん?」

「……どうも、クロ君」


 俺が少し離れた所で親子の会話を見守っていると、ふと、ある女性の存在に気付いた。

 前髪がやや長く、清涼感のある綺麗さ、と言う表現が似合うフォーンさん。彼女が何故か物陰からこちらを見ているのに気付いた。


「夢の魔法が解かれ……てはいませんね」


 もしや徐々に夢の魔法が解けかけているのではないかと思ったが、周囲を見ても、感覚的にもそんな様子はない。

 俺と同じように対策を立てていたから魔法のかかりが悪かったり、同じ夢魔族(サキュバス)だから対応出来た、とかそんな感じだろうか。あるいは……


「言っておきますが、この夢魔法に影が薄くて無視された、という事は無いですからね」

「なにも言っていませんよ。というか俺やブラウンは貴女が影が薄いのが何故かと思う、と言っているじゃないですか」

「そうですが……すいません。私の存在感は普段が普段なので……」


 ……まぁ謁見の時ですら全員に見失われたらしいからな。思う所はあるのかもしれない。

 それはともかく、フォーンさんは何故動けているのだろう。


「……私は直接、彼女――マゼンタ様に魔法をかけられたのですが……」


 聞くと、ヴェールさんに頼まれた書類を取りに学園に行った際に、マゼンタさんに遭遇したそうだ。最初は身の危険(俺達が最初に感じたようなモノ)を感じ隠れていたのだが、見つかり直接目で魔法をかけられた。

 フォーンさんは最初の方は夢を見ていたのだが、しばらくした後にこの紫の空気が揺蕩う空間に目覚めたそうだ。目覚めた理由が対策のためか、同族のためか、あるいは……


「……もしかしたら、ヒトをヒトとして見ていなかったからかもしれません」


 だ、そうだ。

 俺が「現実を見ていない」と言ったように、現実を見ていないのに、目の前に“居る”相手を単独でかけようとしたから上手く掛からなかったかもしれない、という事らしい。あくまでも仮説だが。

 しかしその仮説は正しいのかもしれない。ヴァーミリオン殿下が上手く掛からず、こうして夢から覚めてここに居るのは、近くに居たから、自力で目覚めたのかもしれない。


「あ、いえ。クロ君の戦闘の会話を聞いて、見ていないのではないかという可能性を考慮して、偶然見つけたヴァーミリオン殿下を外から解除したんです」

「あれ、そうなんですか」

「発動時のマゼンタ様の近くにメアリー君とヴァイオレット君が居た、という状況は把握していたので……夢から覚ますのなら、彼かな、と」

「夢から覚ます、ですか。よく分かりましたね」

「クロ君との戦闘会話から仮説を立てて、可能性が高い選択をしました。掛かりの甘い彼らの内の一人なら、なんとか私でも解除可能かなと思い……すみません、戦闘に参加せず、私だけ安全圏で……」

「いえ、むしろ素晴らしい対応かと。お陰で助かりましたよ」


 これはお世辞でもなんでもない本音である。

 あの場に居た誰かの中で夢から覚まさせる事が出来る可能性があり、さらにこの場で最も効果的な人選の夢から覚まさせてくれた。それに解除出来たのもフォーンさんの優秀さと生まれのお陰だろうし、本当に助かった。しかも戦闘の会話でそれを読み取ったのだから凄い。

 多分フォーンさんが居なければ、あのままじゃ駄目だという事でマゼンタさんを担ぎながらヴァーミリオン殿下かスカーレット殿下を探し、どうにか解除させようとする、なんて事をするか、マゼンタさんの気を失わせて解除するか……みたいな力技になったからな。


「ところで、何故隠れていたんですか?」

「……今の私、この空間の影響か力が強まっていると思われるんですが」

「“思われる”ですか? あ、もしかして力の影響を受けない様にしているんですか?」

「……いえ。夢魔族(サキュバス)としての力は、マゼンタ様のより大きな力の影響なのか、むしろ上手く扱いやすくなっている状態なんですが……」

「? だとしたら何故?」

「その、能力発動時においての“私の状態”が常に起きている状態でして……このままだとヴァイオレット君に顔向けが出来なくなるので……離れていたんですが、こっちにクロ君が来て……離れようとしたんですが、もう、動くのも……!」

「そ、そうですか。……あの、離れていましょうか」

「大丈夫です……近くに居てくれた方が、自制がなんとか……今離れられると、中途半端に刺激された分、自制が効かずにヴァーミリオン君かクロ君の所に行きそうで……! いざとなったら殴って止めて下さい……!」

「わ、分かりました」


 ……確かにフォーンさんの顔が赤いな。走ったりして疲れているのかと思ったが、違う理由だったのか。もしもこの紫の空気が王族の魔力と合わさってサキュバスの力を活性化するものだったら、フォーンさんにとって今はかなりつらい状況じゃなかろうか。

 だがそれでもこうして近くに居る辺りは、出来る事があるのなら協力しようとしているのかもしれない。責任感が強いと言うか、流石は生徒会長というか。


「大丈夫……お姉ちゃんは大丈夫……私は(キミ)に顔向けできないような女にはならない……! ああ、でもこの空間ならさっきの夢みたいに、同じ年齢になった君との夢を私自身の力で見られるのでは……!」


 ……なんだろう、フォーンさんが違う意味で危ういのは気のせいか。

 だが下手に触れると刺激をしそうだからやめておこう。フォーンさんのためにもヴァーミリオン殿下が早く説得して欲しいが、同時に母と子の会話はゆっくりして欲しいという気持ちもある。


「大丈夫、ヴァーミリオン。今は自由にやって良いんだよ……普段は殿下の仕事大変だろうから、責務を忘れて子供に返って良いんだよ……甘やかせてあげるから。ほら、お母さんの胸に飛び込んでおいで……!」

「ですから、母さんの甘やかすは違うと思うのです」

「でも、子供を抱きしめるのはおかしくはないでしょ?」

「おかしくはありません。ありませんが……」

「なら良いでしょう? 親に甘えて温もりをかんじる事は幸福な事。私は貴方を現実で幸福にしてあげたいだけなの」

「……母さんの思う“甘えさせる”は、少し違うんです」

「??」


 それに二人の会話はフォーンさんと話しつつ聞いてはいるのだが、なんというか、この親子の会話は上手く噛み合っていない。

 殿下も感じてはいるが、マゼンタさんの甘えさせるは、多分俺にしようとしていた事と同じ事をしようとしているのだろう。

 子と言うよりは、男が喜ぶ事として一般的な事をしようとしているだけであり、そこに抵抗を感じていない。そこに気付かないと、やはりこのままでは――あ。


――アレってもしかして……


 どうしたものかと悩んでいると、ふと視線の先に見覚えのある人が目に入った。

 金色の髪、赤い目の、彼女は――


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[一言] お巡りさんこっちです。
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