Boys, be happiness like this ALL
――見える。
この魔法が広がっている世界において、クロ・ハートフィールドは幸福になれないと判断したのか、再び魔法をかけようとしたマゼンタさん。
「どうしたの、クロ君。なんで抵抗するの?」
「貴女を否定すると言ったからです」
しかし俺はその発動をさせまいと、抵抗した。足に力を入れ、拳を握り殴りかかる。
冷静に、怒りを込めて。相手の動きを逃がさず、相手だけの動きに囚われぬように全てを見る。見る、見る、見る――見える。
「怒らないで欲しいな。私は君にも笑って貰えるような幸福な夢を見て欲しいだよ」
攻撃を仕掛ける俺に対し、マゼンタさんは避ける行動をする。
先程は攻撃しても手応えがまるでなく、ダメージが通らないので避け無いモノとも思った。
しかし大規模魔法が発動中のためなのか、俺もマゼンタさんと同じこの揺蕩う魔力の影響を受けたせいなのか。あるいは喰らわないけど本能的に避けているだけかもしれないが、俺の攻撃はマゼンタさんに回避という行動をとらせていた。
「んー……あ、そっか。私に頑張って欲しいんだね」
「なんの事です」
「一度目は上手くいかなかった。次は上手くいって欲しい。――だから、こうして戦って、追い詰め、死中に活を求める事で、もっと効果のある魔法を発動させるように促してくれているんでしょ?」
そしてマゼンタさんは俺の抵抗をあまりにも都合良く解釈した。
俺はこの世界と魔法を否定したい、と言っているのにも関わらず、変わらずこの魔法で夢を見る事が俺にとっての最大の幸福であると疑ってすらいない。
「じゃあ、それに応えようか。――戦おう、クロ君っ」
マゼンタさんが空を舞った。
先程俺は蝶のようだと称したが、羽が生えたかのように空中をふわりと舞ったマゼンタさんは、ドレスのような服が羽のように揺れて、まさに蝶であった。
――届かない。
蝶のようで、持ち前の美貌も含め見惚れはするが、あの位置はマズい。
俺は空を飛べる術はなく、相手にダメージを与える魔法のような遠距離手段も無い。
駆け上がるにも近くにとっかかりも壁も無い。これでは一方的に攻撃されるだけだろう。
あの禍々しい槍で突撃でもしてくれるのならありがたいが――
「えーい」
「っ!?」
もちろんそんな事は無く、年齢考えろと言いたくなる、ハートマークのつきそうな声と仕草で槍を掲げて上空に魔法陣を浮かび上がらせる。
そして次の瞬間には魔法陣から、バーガンティー殿下が先程見せたような雷を次々に出していく。
――見える、避けられる。
発動して魔法陣から放たれれば避けるのは不可能だ。
ならば魔法陣の規模と向きと、書かれている模様列から予想を立て見切れ。その程度出来なくてどうすると言うんだ。
「おー、すごーい」
凄いと言いながらも攻撃の手を緩めないマゼンタさん。
槍は怪しく光り、鳴動し、鳴動と共に魔法陣を空中に浮かび上がらせている。
先程服を消失させた時や、浮こうとした時も同じような状態であった。
恐らくあの槍が杖の様に、魔法を補助する武器となっているか、あの武器が魔法の源そのモノなのかもしれない。
ならばあの槍をどうにかすれば、勝機がある。
「残念だけど、コレの使い方は、そんなんじゃ無いよー。セットー」
「はい?」
勝機があると避けつつ判断していると、マゼンタさんは突然弓を出現させた。
物理でも攻撃するのかと思いつつ、矢も出現させるのかと思っていると――
「構えてー、放つ!」
「それそう使うのかよ!」
マゼンタさんは槍をそのまま矢の代わりにして放って来た!
禍々しい槍が、まるで重火器の様に、当たれば上半身が吹っ飛ぶのではないかと言うような、これまた禍々しい魔力を伴って俺に迫って来る。直撃すればそのまま、ク/ロ、みたいに二つに分かれそうである。
「よ――」
「え?」
しかしもちろん直撃を受ける訳にはいかないし、避けるだけも勿体ない。
前世で言う所の亜音速程度の早さではあるが――取れない事は無い。
「そこっ、ぉお!!」
俺は槍の持ち手の中心辺りを掴み、勢いそのまま足を軸にして回転させ、出来る限り勢いを殺さずに方向を変え、マゼンタさんの正中線目掛けて放った。
「うわっ!?」
しかし俺の行動に驚いていたマゼンタさんではあるが、当たる事は無く寸での所で躱した。くっ、今のを少しでも当てて攻撃が喰らうかどうかを確認したかったのに。
「凄いね、クロ君。まさか見切られるどころか捕えた挙句に返されるとは思わなかったよ」
「あんな音速にも満たない速度なら、撃つタイミングと方向が分かれば見切れますし取れますよ」
別におかしくもなんでもない事である。
「あはははは、そんな事出来るなんてクロ君はすごーい!」
「でも良いんですか? 俺を仕留めるためなのか、気絶するためかは分からないですが、武器を放ってしまって」
「うん? 心配してくれてありがとう、大丈夫だよ」
「なにを――げ」
マゼンタさんを見上げつつ、武器を失った次はどう来るのかと思っていると、マゼンタさんは変わらず笑顔で……
「この魔力が満ちている限り、私は魔法をいくらでも放てるし、武器の用立ても出来るから」
笑顔のまま、先程の禍々しい槍をおびただしい数を空中に浮かび上がらせた。あの槍が先程までとはいかなくても、一気に襲い掛かってきたら流石に全てを避けるのは難しいだろう。
「さぁ、どうするのクロ君。君も頑張ってくれないと、私はもっと頑張れないよ? ――ほーら、がんばれ、がんばれー」
「言われなくても頑張りますよ。あと“頑張れ”を二回繰り返さないでください!」
「?? よく分からないけど、えーい、がんばれ、がんばれ、がんばーれ♡」
「っ!!」
そういう意味では無いと突っ込みたかったし、俺に愛情を向ける様な可愛い声で、可愛く無い事をマゼンタさんはしてくる。
一斉では無いが、空中にある槍を手元から放つことなく、波状攻撃の様に矢継ぎ早に槍を俺に放って来た。
「――ああ、もう、面倒だ」
先程よりは遅いが、先程の様に返していては次に来る槍にあたる。
ならば避け、逃げ道を防がれぬように動き、行く先にある槍を抜いて時には弾きながら、移動していく。
――別の所へ……!
ここに居ては駄目だ。遮蔽物か、隠れる場所に移動しなくては俺に勝機は無い。
だがここは一体どこなんだ。確か俺達は校舎に居たはずなのに、全く別の所に居る様な――いや、この先は……
――この先は……中庭?
揺蕩う紫の空気によって分かり辛いが、移動した先は見覚えのある場所であった。
学園に通っていた頃に何度も通り、色々と確認していた場所。
――中庭なら、アレがある!
中庭ならアレがあるはずだ。立派な草木、木々のある庭園は遮蔽物としては頼りないどころか俺の動きを悪くするだけだ。だが、中庭の中央には――
――あった、設立者の像!
立派な庭園の中央にある設立者の像。あの下には謎の部屋があり、選ばれた者の前だと像が動いて入口が開かれるという代物の謎像である。
アレならば――
「へぇ、あれを足掛かりにするつもりなの?」
俺の後ろを律儀に浮きながら着いて来たマゼンタさんは、俺の向かう先を見て面白そうに話す。
あの像は土台は俺と同じくらいの高さで、像は設立者の背丈などをそのまま二倍に大きくした四メートルくらいの大きさだ。アレを土台にし、強化した足で飛べば高さは届きはする。
「いいよ、ここまでおいでー。来られたらご褒美に、抱きしめてあげるっ」
それを分かった上で、マゼンタさんは攻撃を緩めて空中で静止する。
像からの距離は丁度通常程度の強化した足では届かず、無理をすれば届くかと言う程度だろうか。まさに「頑張ってここまでおいで」とでも言わんばかりである。さらには動きも工夫しないと、緩めたとは言え攻撃に当たりそうだ。
――だけど、ありがとう。
わざわざ攻撃の手を緩めてくれたんだ。その厚意に甘えるとしよう。
「せぇ、」
俺は足を像に向けつつ、ダッシュの勢いを殺さないまま宙を駆ける。
「――のっ!」
「……え?」
そして像に直撃するタイミングで、足に気合を入れて――
――力を借りるぞ設立者!
名前を聞いた事は有るはずだが、詳しくは忘れた人の像の足元を攻撃した!
よし、良い感じに脆い所を付けたぞ。すまない設立者様。恥のある卒業生でごめんなさい。実質退学だけど。
「ああ、クレナイ・ランドルフ様の像が!?」
すまないクレナイ・ランドルフ様。だが口で謝るのは後にしてください。今はそれよりも緊急な事があるのです。
「――強化」
俺は数少ない、俺の身体だと効果がより発揮される魔法を唱え腕を強化しつつ、先程壊した像が倒れる前に、足の所を掴んで――
「くたばれやー!!」
「わぁっーーーー!?!?」
ついでに足とかも強化しつつ、マゼンタさんに向かって振りかぶってから、土台を蹴って攻撃を仕掛ける。そして予想外の行動であったのか攻撃を止め、先程までの余裕は何処へやら、慌てた声をあげながらマゼンタさんは逃げた。
俺は振り下ろした像が当たらなかった事を視認したので、像を離して、飛んだ勢いそのままで放物線を描くように着地した。
そして丁度着地した数メートル先に急な移動で疲れたのか、息を切らしているマゼンタさんが居る。く、この距離とあの高さだと微妙に届かないな……!
「抱きしめてくれるんじゃなかったんですか!」
「クロ君が来たらの話だよっ!」
「来たじゃ無いですか、一緒に抱きしめてくださいよ!」
「像は届いたけど、クロ君はあのままだと届かなかったでしょ!」
くそ、屁理屈を言うマゼンタさんめ。細かい事は良いじゃないか、約束を違えるなんて酷いぞ。
「……でも、予想外の事をして頑張ったのは事実だし……像自体は届いたし……うん、良いよ。頑張ったご褒美に抱きしめてあげる」
「え、本当に?」
そして予想外の言葉に俺はつい間抜けにも聞き返してしまう。多分この瞬間に攻撃されていたらちょっと当たっていただろう。
「うん、私に抱きしめて貰いたくて、頑張ったんだもの。そんな可愛い子には、ご褒美をあげないとね」
そう言いながら空中から降りて来て、おいでとでも言わんばかりに腕を前に出して笑顔を作るマゼンタさん。その表情からは俺が攻撃してくるのではないかと言う疑いの気持ちが存在せず、善意で抱きしめようと言っている。
……どうしよう。予想外過ぎてどうすれば良いかと悩んでしまう。
「大丈夫、私をお母さんだと思って、私の胸に飛び込んできなさい。ほーら、おいでー」
だが生憎と、俺が甘えたいのは相手が居るとしたらヴァイオレットさんである。少なからずこの少女のような毒蝶ではない。
あと、貴女を母だと思ったら、前世だろうと今世だろうとその台詞を言われた瞬間殴りたくなるぞ。特に前世だったら迷わず殴る。
「ほら、さっきみたいに怒らずに、私に抱きしめられて愛でられなさい。私の胸の中でゆっくりと休めば良いの。そして休んで私に身を委ねれば――」
…………よし。
「次に目を覚ました時には、皆みたいに薔薇色に輝いた夢が見られるよ?」
やっぱり殴ろう。
備考 クロが壊した像
「少年よ、大志を抱け」のような格好をした、学園創立者の歴史ある像。
ゲームだと像の下に隠し部屋がある謎の像であり、王国の重要文化財でもある。




