始まりは招集準備
「グレイ、明日の準備は出来たか?」
「はい、出来ております」
日も高く昇った昼下がり。我が家にて首都に行く準備をしていた。
俺にとっては数年ぶりの首都で、グレイにとっては初めての首都。ヴァイオレットさんにとっては数ヵ月ぶりとなる帰省だ。
正直気が重い。
グレイにはもっと別の機会で首都に案内したかったし、“アゼリア学園の学園祭に招待”という目的が目的なので俺もヴァイオレットさんも嫌な思いしかしなさそうなのが更に嫌だ。
「~♪」
「ご機嫌だな、グレイ」
「ええ、初めての首都ですから。シキには無い物が多いと聞いておりますので楽しみです」
まぁグレイも楽しみにしているようだし、グダグダ文句言っても仕様がない。俺は首都ではやんごとなき御方のお陰で見つかり次第憲兵に拘束される危険性があるので、今回はその危機が合法的になくなっているだけ良しとしよう。
……久々に通りにある定食屋でオレンジさんのシチューも食べられるし。ヴァイオレットさんやグレイが喜んでくれると嬉しいが。
「確か首都ではテッカバで勝利して、女性と一緒に夜の街に繰り出し、ナイトフィーバーでヒャッハーすることで一人前の男性として認められるのですよね?」
「違う。何処で覚えたそんな知識」
「えっ、イエローさんがフィーバーの他にノム・カウ・ウツが首都では鉄板の楽しいモノだと」
「だからあの人の言う事を真に受けるんじゃありません」
繁栄した都市である以上そういう場所もあるのも事実だが、グレイにはどれも早すぎる。とりあえず自称武勇伝お爺ちゃんのイエローさんには後で釘を刺しておくとするか。
……そういえばグレイはここ最近嬉しそうに首都に行くことを触れ回っていたからな。イエローさん以外からも他に変なことは教わっていないだろうか。一応聞いておくとしよう。
「知らない女性に話しかけられたら“僕、迷子になっちゃって、早くお父さんの所に行かなくちゃいけないんだ”と上目遣いプラス涙目で言って去るのがと良いと」
「やめなさい」
「ショタ狂いのような目の男性に誘われたら“俺は安くは無い”と断るのが良いと」
「やめなさい」
「悪い霊が付いているから壺を買いなさいと言われたら、“そんなことより不動産始めませんか?”と言ってシキの良さをアピールするのが良いと」
「やめなさい」
微妙に対策を立てているのかどうかのラインを攻めて教えるのは止めて欲しい。
確かにグレイは騙されやすいから、下手に相手の言う事は信じるなというよりは適当な言葉を言わせてその場を去らせた方が良いかもしれないけれど。
外に出る時はグレイから目を離さないようにしよう。俺かヴァイオレットさん、他にもバレンタイン家のお目付け役として来ているバーントさんやアンバーさんなどが常に付いているようにしなくては。
「クロ様、明日の準備が出来ました」
「ありがとうございます、アンバーさん」
グレイに飲む打つ買うの三拍子について説明し、自身の言ったことに顔を赤らめているグレイに対応策を講じているとアンバーさんが荷物を手にしてこちらにやって来た。
荷物といっても一週間近くの滞在だ。下手に荷物を多くしても動き辛いだけだろうし、最低限の荷物さえあればいいので数自体は少ない。
「お礼ならばハグで結構です」
「妻が居るので止めておきます」
そしてアンバーさんは香りを嗅ぎたいという欲求に素直になって来た。多分俺が彼らの性癖に関して自覚させたのが原因だとは思うが、この方向に対処するようになるとは思わなかった。一応無理矢理とか洗濯ものを口に入れようとかしないので、迷惑にならなければ別に構わないけれど。
ついでに言うとヴァイオレットさんに対しては今までと同じように振舞っているので気付かれてはいない。
「ではグレイくん、こっちへ来てください」
「承りました。……しかし、私めに抱き着くことが本当にお礼とやらになるのですか?」
「なります――フゥ」
俺に断られるとアンバーさんは両腕で相手を歓迎するように開き、グレイにこちらに来るように言う。グレイはなんの疑問も持たずにアンバーさんに近付き、腕の中に抱かれる形となった。……まぁあの位は良いか。グレイがもう少し成長したり色々と思う所があるようなら止めるけど、ただ疑問顔かされるがままなだけだし。
ちなみにバーントさんだと耳元で言葉を囁いてくれとなる。彼らは欲求を補充すると肌が艶々になっ(たかのようにみえ)て、より頑張りだす。バレンタイン家に戻った時に変な方向に暴走しなければ良いと願うばかりである。
「ところでヴァイオレットさんは?」
「お嬢様ならば兄と一緒に、明日からのシキでの管理についての最終確認に出向いています」
「そうですか。じゃあ次は資料の確認をしないと……」
「それならばこちらの荷物に必要な書類を纏めておきました。発行手続きや手配などは既に終わらせてあります。ですのでクロ様は身分証明となる家紋と領主証を携帯するだけで大丈夫です」
「……ありがとうございます」
「いえ、これも仕事ですから」
アンバーさんはこちらの質問と準備に関しての情報を俺が望んでいる以上に的確かつ素早く終わらせていた。……公爵家で執事・侍女を継続できるほどには本当に優秀なんだよな、彼ら。グレイに抱き着き顔を緩ませながらなのであまり実感はわかないけど。
「じゃあ俺は神父様の所に行ってきます。ヴァイオレットさんも行っているかもしれませんが、しばらくの管理を任せる以上は改めて直接挨拶をしたいので」
「はい、それではこちらコートになります。雪はまだ降っておりませんが外は冷えますから」
「……ありがとうございます」
アンバーさんは俺の言葉に素早く反応しグレイから離れると、何処に用意していたのか俺のコートを腕にかける形で持ち、俺に羽織らせようとコートを広げた。……本当に彼らは優秀である。グレイもその機敏さに憧れるような視線を向けているし。
香りを嗅ぐためように持っていたのではないと願いつつ、俺は素直に着せられる形でコートを羽織った。
「じゃあもしお客が来たら夕方までに戻ると伝えてください。急ぎの場合はどちらかが教会に呼びに来てください。見送りは結構ですので、後は自由にしててください」
「承りました」
「いってらっしゃいませ、クロ様」
俺はグレイとアンバーさんに見送られつつ、軽く礼をして部屋を出る。
さて、日も短くなって来たし早く神父様の所に行かないと。もたもたしていたら昏くなってしまう。
「とこ――アンバー様少々――しい――か」
「どう――たか、グーーん?」
「は――実は私め達――れた最――日なの――が実は――」
「――う、そうな――すか。な――」
「はい――ですので――協力――」
部屋を出た後グレイ達の会話が遠くで聞こえたが、内容はよく分からなかった。




