敢えて口にはしなかっただけ(:菫)
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「――オレを侮っているのか、ロボさん」
ふと、戦いの最中に聞こえた者達に緊張を走らせる声が聞こえて来た。
それは今まで聞いて来た中でも一際低い声であり、ロボに向けて来た明るく嬉しそうな声とは全く声質の違う代物である、ルーシュ殿下の声。
「侮ル? ナニヲ。ワタシハ全力デ戦ッテイマス。ソウイウルーシュクンコソ、手加減ヲシテイマセンカ?」
「なんだと?」
「王族特有ノ魔法ヲ未ダニ使ッテイマセン。ソレガ手加減以外ノ何物デモアリマセン」
喋りながらも戦闘を続ける両者。変わらず早いスピードでの戦闘であり、私であれば着いて行くのがやっと、と呼べるような速さである。
しかし両名にとってこれは、相手が手加減しているように思えているようだ。
「コノ場所ハ王族ニトッテ、調子ノ良イ場所。ニモ関ワラズ、ホトンドワタシノ攻撃ヲ捌クバカリデス。モシカシテ――ワタシニハ本気デ攻撃出来ナイトデモイウツモリデスカ?」
「その言葉をそのまま返したい気分だ。本気でない攻撃をしているのはそちらだろう」
そしてその行為そのものを互いに相手を侮辱していると思っている。
シキでは積極的なルーシュ殿下に、押されるロボという、何処か甘酸っぱい雰囲気である事が多かった両名であるが、今は違った雰囲気がある。
「本気デハナイ? ナニヲ根拠ニ言ウノデス」
「そうか、ならば問おう。貴女は――何故、空を飛ばない?」
「……? 飛ンデ、イマスガ」
「……。言い直そう。貴女は今もオレの攻撃が届く範囲の低空でしか飛んでいない」
しかし、言える事がある。
ロボは本気を出していない事に不満と、別の所での葛藤が見受けられる事。
それに対してルーシュ殿下は――
「それがオレにとっての侮辱である事を知れ――ブロンド・フォン・アンガーミュラー!」
明確に、怒りを覚えている事だ。
「【火最上級魔法】!」
「ッ――」
先程ローズ殿下とフューシャ殿下が疑問を抱いていたが、今では私も確信に変わるほどにはルーシュ殿下は怒っている。
ただロボだけに対する怒りというよりは……ロボにそのようにさせてしまっている自分にも苛立っている、と言った様子に思える。
「コノ程度、利キマセン――」
「だろうな。ロボさんはそういう女性だ」
「ヘ――ゴフ――!?」
ルーシュ殿下は今、火系の最上級に位置する魔法を目くらましで使用した。
火の魔法を受けそうになったロボは、効果範囲外から逃げ出そうとしたのだが、範囲外から逃げ出した瞬間に、逃げ先が分かっていたかのようにルーシュ殿下は十字型双剣の片方でロボの腹部を殴りつけた。
魔法と強化されたであろう脚力で追加された勢いも含め、ロボはそのまま勢いに負けてふっ飛ばされ、それに追撃をルーシュ殿下は行う……が。
――避けられないはずがない。
ロボの戦闘能力は知っている。
ロボは極限まで強化されたワイバーンが、自壊を伴う勢いで突進する力を持ってようやく直撃を受けた力を持つ。
例え避けきれないにしても、なんだかよく分からない力……障壁によってダメージを負う事はあまり無い。
「――、――! ――、―、――」
「クッ、コノ……!」
だが、ロボは現在苦戦している。
ルーシュ殿下の怒涛の攻撃を捌ききれず、また、逃げる事も出来ず防戦一方だ。
知らぬ者が見ればルーシュ殿下の技量が凄まじい、という感想を抱くだろう。
――なんというか、らしくない。
私が抱くロボへの感想は、そんな感情だ。
「緊急脱出!」
「っ!」
そしてロボは言葉と共に足元から火を出し(クロ殿曰くジェット噴射)、打たれるがままであった状況から強制的に脱出した。
その勢いのままロボは上空……もとい、この空間のそれなりに高い場所に移動し、浮遊した。
「ナカナカヤリマスネ。デスガ、ヤハリ本気ハ――」
「それだ」
「……ハイ?」
そして浮遊して留まりながらルーシュ殿下の感想を言おうとする言葉を、ルーシュ殿下はロボを見ながら遮った。
「それだよ。貴女は高く浮遊が出来るのに、何故しなかった」
「……ドウイウコト、デスカ」
「その位置からでも貴女なら攻撃は出来るはずだ。相手の攻撃範囲外からの一方的な攻撃。これ以上に無い戦闘方法だろう。なのに……何故それをしなかった」
「…………」
ルーシュ殿下は見上げながら、ロボを知っているモノならばなによりも違和感を覚えるだろう事を指摘した。
ロボは以前、私を乗せながらワイバーンを一撃で屠る技を使ったロボだ。空中に浮遊しながら技を繰り出すなんて訳無いはずである。
「もし打ち合う事が礼儀だと思ったり、大いなる威力を持つ力だと扉に影響を及ぼすと思ったのならば、オレの勘違いであったと謝罪しよう」
「…………」
「しかし、そうでないのならオレに対する侮辱だ」
そしてそれをしなかった事が、ルーシュ殿下にとっては侮辱以外の何物でもなかったようだ。今のルーシュ殿下は、ロボが謝罪するような内容で飛んでいなかった事を確信してロボを見ている。
「……モシ、ワタシガコノ状態デ戦エバ、ソレハ戦イでハナク、蹂躙ニ――」
「【飛翔星】」
「――!?」
ロボが空中で言葉を続けようとするが、ルーシュ殿下はノーモーションから魔法名を言い、ロボのさらに上に出現した魔法陣を持って攻撃し、ロボの飛翔バランスを崩させた。
「このように遠距離への攻撃方法をオレは多く持っている」
バランスを崩したロボは先程までのような攻撃の届く範囲まで落ち、ルーシュ殿下はそれを見て攻撃はせずに近付きながら語り掛ける。
その表情は、先程までとは違って……何処か、寂しそうに見えた。
「だが……それを知った上で貴女は上へと飛ばなかったな。何故だ?」
「…………」
ルーシュ殿下の問いにロボは答えない。
だが、答えずともロボの答えは察する事が出来るものがあった。
――ロボが勝てば、ルーシュ殿下は諦めなければならない訳だからな。
現在も付き合っている訳ではないし、ロボ自身も自分の気持ちが好きかどうかという整理はついていないだろう。だが、整理が付いていないからこそ今の状況はロボにとって精神を揺さぶられている。
突然呼ばれ、ルーシュ殿下が負ければロボとの付き合いは無かった事になる。巫山戯た話ではあるが、国王陛下の言葉は実際にルーシュ殿下が負けた場合には実行するだろう真実味がある。それほどまでに国王陛下の圧は強いのだ。
「ソレハ……」
……ロボは出鱈目な所はあり、達観した事も言うが精神面には幼い部分がある。
自分を好いてくれ、自分も好いている相手と別れるかもしれないという事に、ロボはやはり全力を出せず――怖がっていたのだろう。
クロ殿とも話し合ったが、やはりこの状況はロボにとっては辛いモノで――
「うっさいですよバーカ!」
『!?』
え、な、なにが起きた?
ロボは頭の部分を開放し、トラウマが解消しかけている、綺麗な顔立ちと髪ではあるが、顔の半分近くが火傷と呪いの痕が残る顔を出しながら、少し涙を流しながら叫んだ。
「ワタシだって意味分かって無いんデスヨ。いきなり首都に呼び出されたら、ルーシュクンと戦えって言われて、ワタシが勝ったら婚姻はナイ!? そもそも付き合うとかもしてないのに、なんでそんな事を今戦いで決められなきゃならないんデスカ!」
ああ、うん。それはこの場に居る者達が割と思っている事ではあるな。国王陛下の圧によって中々言い出せずにはいたのだが。
「そんな状況で本気を出せるほうが、どうかしているんデスヨ! なのにルーシュクンは本気を出せと怒って来るし……ワタシをどうしたいんデスカ!」
「オレは単純に本気でぶつかり合いたいだけだ!」
「脳まで筋肉かナニカで出来ているんデスカ!」
「脳は大体が筋肉だろう!」
「そういうコトじゃないんデスヨ!」
「後はロボさんより強い所を見せて、頼られたいという見栄だ文句あるか!」
「ありマスヨ、見栄を張ってどうするんデス!」
「ロボさんに格好良いと思われたいだけだ! 好きな女性にそう思われるのはおかしいか!」
「そんなコトをせずとも元から格好良いと思っていマスヨ!!」
「それは――それは、う、うむ? ありがとう?」
「エエイ、分かりましたよ、やればいいんでしょう。ワタシに本気を出して欲しいなら、そうしましょう。後悔しても遅いですカラネ!」
「後悔などするものか!」
「後でワタシに負けて、付き合えなかったと思わないコトデスネ!」
「負けるモノか。好きな女性のために無茶出来ずに勝機を逃すのならば、オレは貴女に相応しくないだけの事だ。なにせ最高の女性だからな、相応しくなるために常に全力で行かねばならない!」
「ソレハ――それは、えっと、ありがとうゴザイマス?」
「よし、では行くぞ――ロボさん!」
「エ、ア、ハイ、行きますよ、ルーシュクン!」
………………うむ、なんというべきか。
「これで良かったと思うか、クロ殿?」
「良かったんじゃ無いですかね?」
「……ルーシュ兄様……ああいう表情や……言葉を……言うんだね」
「はい、意外ですね」
「ローズ殿下でもそう思われるのですね」
「それは思いますよエクル。……とても以外で、やはり喜ばしい事です」




