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黙っていると余計な事を


 午前。

 最高級の朝食を宿屋で食べつつも、若干の堅苦しさとこの後の事を考えてしまったため食べた気があまりしなかった。

 美味しいという事は分かるのだが、もっと別の機会に気兼ねなく食べたかった、とでも言うのだろうか。そんな事を思うのは作ってくれた方に申し訳ないと思いつつも、ともかく美味しい朝食は腹七分程度で食べ終えた。


「クロ・ハートフィールド様、ヴァイオレット・ハートフィールド様ですね。どうぞこちらの馬車にお乗りください。王城までご案内いたします」


 そして食べ終えて準備をし、宿屋を出ようとすると立派な馬車に出迎えられた。

 最初にシキから出た時の馬車とは比べ物にならない程の豪華な馬車(前世だとリムジンのようなものだろうか)であり、戸惑いつつも断る訳にもいかないので大人しく俺とヴァイオレットさん、バーントさんとアンバーさんは王城へと向かう事になった。


「改めて見ると大きかったですねー……そして古いというよりは趣がある、という感じがします」


 そして場内に入り案内された部屋にて、これだけで庶民が稼ぐ一年分の賃金は有るのではないかと思う椅子に座りつつ待機し、そんな感想を言う。他に誰か居れば黙っているが、この部屋には俺達しかいないし別に大丈夫だろう。


「確かに歴史にかまけた、のではなく、継いで来た、という感じがするな」


 同じように座っているヴァイオレットさんは、慣れているかと言うように上品に座りつつ、俺の言葉にいつもの調子のまま返答をする。俺は緊張してきているので、いつもの調子で居られる辺りは流石と言うべきか。

 ちなみにバーントさんとアンバーさんも、興奮する事無くいつもの静かな状態で立って待機している。これだと俺が情けなく思ってしまう。


「ところでクロ殿は城内に入るのは……」

「ええ、以前言った通り初めてです。学園とも離れていましたし、近くで見たのも初めてですよ」


 俺は首都に居た頃にある程度近くで見た事は有るのだが、あまり近付くと門番や警備の目が厳しくなるので近くで見たのは初めてであるし、中に入るのも初めてだ。流石の父も王城内に入れる事が出来たのは長子であるシッコク兄だけだった。

 出来れば別の機会にゆっくり見たかったが……そうも言っていられない。変にキョロキョロするとヴァイオレットさんにも恥をかかせる事になるので、見ようという気持ちはグッと抑えるとしよう。


「ヴァイオレットさんは何度かあるんですよね?」

「うむ、年末年始のパーティーや授与式でな。とはいえ、ほとんど父や兄達の付き添いだが。公爵令嬢として、殿下達と挨拶をしたりな」

「そうなるとレッド国王やコーラル王妃とも……」

「何度か会話をした事は有る。いや、会話と言っても私が相槌を打つ程度だが」


 この会話と似たような会話はシキに来る途中でもした。

 今しているのは、この部屋内での会話が外に漏れ出ない事を把握した上での、気を紛らわせるための会話に過ぎない。……黙っていると色々と余計な事を考えてしまいそうだからな。


――しかし、レッド国王とコーラル王妃か……


 俺は遠くからや顔が写った紙でなら見た事は有るが、近くで見た事も話した事もない。

 そして俺の中での両名の印象は……


――あんまり良くないんだよな……


 名君である事は知っている。

 俺達の王国がモンスターはいるが平和であり、他国と比べても強国なのは国王と王妃の手腕があってこそだ。王としての能力に関しては疑う余地もない御方である。

 しかしそれを除くとあまり良い印象は持っていない。

 なにせレッド国王は二度の不貞を働いている。相手が側室なら良いとは思うのだが、相手が相手である。それを隠蔽し、子として育てて……その弱みがあるためコーラル王妃に強く出れず、スカーレット殿下とヴァーミリオン殿下の扱いを黙認している。

 扱いの差が表立ってはいない以上はレッド国王も尽力はしているのだろう。しかしスカーレット殿下とヴァーミリオン殿下の思いとか、垣間見える演技ではない性格を考えると……


――いや、まぁ俺は偉そうに言える立場じゃないんだけど。


 俺は自分の感情が抑えきれずに第二王子をぶん殴った、辺境で領主をやっている男だ。そんな男が一国を担っている御方を批判する資格はない。

 コーラル王妃に対しても同様だ。

 血のつながりが無い子達に対し、扱いの差は有れど我が子として扱ってはいる。夫を糾弾し血が露呈すると、共和国にて要職に就いているスカーレット殿下達の実母にも非難が届き、王国問題に繋がると分かっているからだ。

 ……カーマインの事も含め、むしろ今の状態で落ち着いている方がマシとも言え――


「クロ殿、別に我慢しなくて良いんだぞ。ハッキリと“お前達は親として気に入らん!”くらいの気構えで良いんだ」

「ヴァイオレットさん!?」


 俺が少々思い悩んでいると、俺の悩みを見抜いたのかヴァイオレットさんはそんな事を言い出す。

 い、一応部屋に入った時に盗聴を気にし、外に漏れ出ない声量で話してはいるけど、まさかヴァイオレットさんがそんな事を言うとは……!?


「私はレッド国王陛下、コーラル王妃陛下を共に崇敬している。だが、崇拝しているからといって全てを肯定している訳ではない。良い所は良い所。悪い所は悪い所で分けて考えねばならないだろう」

「そ、それはそうかもしれませんが……」

「なに、相手は化物という訳でも無いんだ。言葉が通じるなら、相手と対等な立場であると思う気持ちで行けば良いんだ」


 ヴァイオレットさんはそう言うが、本当に対等な立場で、不遜に行けと言っているのではないのだろう。


「こちらにも譲れないものがあると思って、臆せずに覚悟と責任を持って挑め、という事ですか」

「そういう事だ」


 過去の威光を、今までなしてきた偉業を見るのではなく、今日相対する相手を見て、自分の責任を果たすようにする。ヴァイオレットさんはそう言いたいのだろう。


「……なんだか励まされてばかりですね、俺」


 カイハクさんの時と、今。最近ヴァイオレットさんに弱気になった俺を励まされてばかりな気がする。情けない話である。


「気にしなくて良いぞ。クロ殿がそういった感じだから私も落ち着けているからな」

「あ、それ酷く無いですか?」

「ふふ、すまない。……しかし、身分差を気にして殿下に見捨てられた女の戯言だ。私のように感情を抑えきれない事は無く、我が王国を支えている王妃よりは軽い言葉だろう」


 そんな事は無い。と、俺はなにか否定の言葉を言おうとするが、その前にヴァイオレットさんが言葉を続ける。


「だが、クロ殿の妻として、夫に勇気を出させる言葉は言えるつもりだ。少しは立ち向かえる勇気は出来たかな、クロ殿?」

「……なんだか今日のヴァイオレットさん、やけに好戦的じゃありません?」

「当然だ。今の私にとっては国王も王妃もクロ殿と私の間を引き裂こうとしている敵だ。これでクロ殿と戦おうという気概がなくてどうする」

「おお、これは頼もしい」


 ヴァイオレットさんの言葉につい笑ってしまい、そんな俺を見てヴァイオレットさんも微笑んだ。

 バーントさんとアンバーさんも、先程と同じように待機中のまま姿勢は崩さないが、表情は柔らかくなった気がする。


――さて。


 緊張もほぐれた。

 味方が居ると再認識も出来た。

 ならば後は――


「クロ・ハートフィールド様、ヴァイオレット・ハートフィールド様。――どうぞ、いらしてください」


 後は、己らしく戦うだけだ。


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