碌な事じゃない
「……さて、出迎えましょうか」
「……そうだな」
部屋のチャイムが鳴り、一瞬の間の後出る事にした俺達。
気分的には無視しても良いのだが、まだ入りきっていなかったし、もしかしたら緊急だったりするかもしれないので出たほうが良いと思い俺達は切り替えた。
「俺が出ます」
そして尋ねてきた相手が良くない相手という可能性もある。俺が確認すべきだろう。
宿屋のセキュリティは高いとは思うが、万が一という事もあるし用心に越した事は無い。
そして俺は扉に近付くと、珍しく付いている扉の覗き穴を覗く。
――アンバーさん?
視界に入ったのはアンバーさん。バーントはおらず、先程見た服装と佇まいでピシッ、と背筋を正して立っている。
「アンバーさんみたいですが……念のため扉からは離れてください」
俺がそう言うと、ヴァイオレットさんは静かに頷き一歩離れた。
それを確認すると、俺は扉の取っ手に手をかけて、鍵を外し開けようとする。
「どうかしましたか、アンバーさん――」
部屋の中から呼びかけてなんの用か尋ねても良いのだが、防音と言っていたし外に聞こえないかもしれない。なので慎重に扉を開ける。
「やっほー、クロ。来ちゃった」
そしてそこに居たのはアンバーさんでは無かった。
金色の髪、明るい笑顔。俺より年上なのは確かだが、年齢が今一つ分からない女性。
何故ここに居るのかと言いたくなる彼女は――
「へーい、デリバリーで美女達が来たよ。今日はハーレムに過ごそうじゃないか!」
「帰れ女体化の変態」
彼女は、ゴルドという名のある意味一番厄介な男であった。相変わらず女体化しているようで、厄介な事この上ないので俺は扉を閉めたのであった。
◆
「まったくつれないな。折角美女達が尋ねて来てくれたというのに、追い出そうとするなんて」
「三分の三が外見変えておいてなにを言うんですか……」
初めは扉を閉めたのだが、下手をすると扉ごと破壊しかねないし、なにをして来るか分からないので、ヴァイオレットさんに無言で謝った後結局招き入れる事にした。
そして扉を開けた時「君ならそうすると思ったよ」とでも言いたげなニヤニヤとした笑顔が腹立った。
「お久しぶりです、クロ様。突然の訪問をお許し下さい。どうせ碌に考えての行動では無いのです。シュイです」
「お久しぶりです、クロ様。いつもの思いつきの愉快犯的行動なんです、申し訳ございません。インです」
「お前達結構言うようになったよなー。親への反抗期か?」
身体が水銀であり、姿形を自由に変えられるシュイとインは、以前見たような姿ではなく、それぞれが違う女性の姿になっていた。
シュイは水色髪の……なんか色っぽくて露出が激しい女性。なんというか踊り子っぽい。インは先程までアンバーさんの姿であったのだが、今は銀髪で……騎士っぽい外見をしている。なんだか「くっころ」とか言いそうな外見である。
どちらにしろ二人共露出がそれなりにあり、なんというか……うん、世の男性はその露出に目が惹かれそうな外見だ。
「シュイとインはその姿で外を歩いて来たんですか?」
「そうだよ。そのまますぐに脱げるようにしてあるぞ」
「その情報を聞かせてなにをさせたいんですか」
「誤用の意味での酒池肉林。ハーレム?」
「せんわ」
カーキー辺りであれば喜んでしそうだし、誘惑に負けそうな男性も多くはいると思うのだが、生憎とそんな趣味は無い。というかそのハーレムには貴方も含まれるのか。……考えない様にしよう。
「というか、何故此処に? 気付いたらシキから居なくなったとは思っていましたが……」
ゴルドさんは以前シキに居て、その時に俺達の前世の事も話してある。素直に信じたため、前世の情報を知ってなにかを仕出かすのではないかと思ってはいたのだが、気が付けば居なくなっていた。
気のままな性格で、神出鬼没とは聞いていたので気がかりになってはいたのだが……何故首都に居るのだろう。しかもこの部屋に何故尋ねて来たのだろうか。
「部屋に来れたのは、私達の前ではセキュリティなんて等しく塵芥だからと言っておこう」
……他の人だと虚言だが、ゴルドさんだとおかしくないと思えるのが怖い。
「ちなみに女の姿なのは、私が指名手配犯みたいなものだからね。この姿の方が都合が良いのさ」
「意訳すると、ゴルド様は露出の高い美女を三名で歩く事で」
「世の男が面白いように慌てふためくのが楽しいからとこの姿です」
「碌な事していませんね」
「シュイとインもそれに従うのか……」
「まぁ創造主様ですし」
これはアレかな。元々男であるから男の喜ぶポイントを抑えられる行動を女で出来るとかそんな感じだろうか。だとしても別の意味で騒ぎになりやしないだろうか。
「それで、ゴルド。来た理由を早く教えろ」
「やけに不機嫌だな」
「夫婦水入らずの空間を邪魔され、夫を誘惑しに来た女を温かく迎え入れようと期待をするな」
「私達であればクロをより喜んでもらえる方法を教えられるんだが。一対一ではとても出来ないような、」
「…………」
「うむ、これは怖そうだ。揶揄うのはここまでにしておこう。……それで来たのは、ちょっと今日の内にお前と話したかったんだよ、クロ」
ヴァイオレットさんが睨みはしないモノの、明確に敵意を表す状態を身体全体で示していると、ゴルドさんは俺に向かって話しかけて来る。
……しかし今のヴァイオレットさんの姿良いな。こう、普段は見ない形での独占欲が現れてとても嬉しい。
「なんです? 以前調整したヤツが合わなくなったとかそんな感じでしょうか」
以前は下着を調整して満足していただいた。だが色々やっている方であるし、合わなくなったりしてもおかしくは無いだろう。だとしてもこの時間に来るのは――いや、彼にその辺りの常識を語るのはやめよう。以前シキに居た頃も深夜にカナリアの家でキノコを大増殖起こしたりしたからな(なおその後謎のカナリアパワーにより収まった)。
「一つはシュイとインの調整……まぁ今の身体を堪能させてやる、というやつなんだが。今の身体は男の方が色々勝手が効くからな。しかしそれは彼女が怖いからやめておこう」
……この方の場合、色々と常識外れだから本気なのかどうか分からないな。
「もう一つは余計なお世話だよ」
「余計なお世話?」
「そう。明日君達あの馬鹿共と会うだろう?」
「馬鹿共? ……よく馬鹿弟子と呼んでいるクリームヒルトとメアリーさんの事ですか?」
「その二人とは会う予定はないぞ。会えたら会いたいが、両名共学園だろう。平日だしな」
同時に出来ればグレイ達とも会いたいが……平日に俺達が学園に行くのは色々マズそうだからやめておきたい。そもそも俺達が首都に来ている事自体知らないだろうしな。クリームヒルト経由などで知っている可能性もあるが。
「あー、違う違う。レッドとコーラルだ」
「……世の中広しと言えど、国王陛下と女王陛下を堂々と呼び捨てに出来るのは貴方くらいでしょうね」
反王国派などはするかもしれないが、こんなに堂々と馬鹿呼ばわりの呼び捨てするのはこの方くらいなモノだろう。
「ともかく、それがどうしたんです?」
「ああ、あの馬鹿共と会うにあたって、一つ耳寄りな情報だ」
「はい」
「君達の明日の行動次第では――」
ゴルドさんはまるで「面白い事を言うぞ」と言いそうな笑顔で。
「おめでとう、君達の“望まぬ結婚”が取り消されて、晴れて自由の身になるぞ!」
と、言ったのであった。




